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RAND  作者: 市田気鈴
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第3話 不穏

最新機よりもただただ怪しい状況が糸を引くだけの話です。自分で書いていてどうしてこうなったという気持ちになりました。

 大きな流れの速い川が轟音を鳴らして下に落ちて滝へと変わっている。周りはごつごつとした岩肌だらけで植物の少なさが露骨であった。そんな場所でもゼオたちは生きている。ぐびぐびと川の水を飲んでいるが、そのうちの一匹が頭を突っ込みすぎて川の中へと落ちてしまう。彼らには種族として同族の認識はしているが彼らが他の個体を救出するような意識を持っているわけもなかった。


「あれじゃ仲間共が助ける必要はなさそうだけど」


 ガジェットに身を包んだリュータがその光景を木の陰から見ながらつぶやく。川に落ちていたゼオはどこで覚えたのかバタフライのような泳ぎ方で流れに逆らっていた。あっという間に岸に戻ると体を震わせて水滴を飛ばし他の仲間たちが水を飲み終えるのを待っていた。強靭な体でも先ほど落ちたことで十分に水を飲んだようだ。


「ああいうの見せられるとこれから攻撃しようとするのが申し訳なくなるぜ。見た目が怪物でもだ」

「そんなこと言ってもしょうがないよ。こっちも5型の運用を試さなきゃ」

「2人ともそろそろお口を閉じてください。今回は見物じゃないのですから」


 リュータとロックの会話に割り込んできたのはマーク隊の副官的存在であるクレアであった。元々はルオンの代わりに配属された彼女だがその真面目ながら柔軟な対応と判断力、ガジェットの扱いからいざという時に頼りになる存在となっていた。堅物に思われがちながら人付き合いも良いため部隊にもあっという間に打ち解けた。ルオンとも一度会っており彼女の実力と人柄に安堵していた。

 そんな彼女が今回装着しているのは『5型タートル』と呼ばれる試作ガジェット。通常のガジェットよりも少し大きくロックやリュータよりも少し身長が低い彼女も今は頭一つほど大きかった。腕の機関銃は口径が大きくなっており、肩にはミサイルとキャノン砲が備え付けられている。さらに脚部に小型のミサイル装置があるという徹底した武装を持つガジェットとなっていた。このガジェットのコンセプトは敵の殲滅や拠点防衛となっており、向かってくる相手を圧倒的な火力で叩きのめすことを狙いとしている。今回、ロック達は生活圏の近場にある川でゼオに対する『5型タートル』の戦闘力調査に来ていた。すでに別惑星では実戦にも使われているようだがゼオにはどこまで有効かは知っておく必要がある。


「手出しはしないでもしもの時だけの護衛ですからね」

「大丈夫ですか。いくら近場に生活圏があると言ってももしものことがあったら…」

「今は技術班と整備士の腕を信じるだけです。殲滅するまでの時間の計測をお願いしますよ」


 そう言うとクレアはゆっくりとゼオたちに近づいていく。すでに銃火器のロックは外してありいつでも撃てる状態だ。

 すると先ほどの川に落ちたゼオがいち早くクレアの存在を確認する。その瞬間、ギャーギャーと不快な甲高い鳴き声を上げてはっきりとクレアに狙いをつけた。すぐに水を飲んでいたゼオたちも顔を上げてクレアの方を向くなり一斉に暴走する猪のように猛進してきた。

 すぐさまクレアは腕を上げて狙いをつけ攻撃を始める。その破壊力はロック達の想像を超えた。口径が大きくなったことでゼオの体は文字通りの穴だらけにすることが容易になり、ミサイルの威力も申し分ない。爆風だけでも彼らを負傷させるのには充分であった。たった10秒程度で十数体はいたゼオを完全に沈黙させたのだ。この結果には装着者であるクレアはもちろん、ロック達も唖然とするばかりであった。


「すごい威力だなぁ…。これなら体格の良いゼオが出ても十二分に消し炭にできますよ」

「正直、私も驚いていますよ。ここまで威力があるとは。これでも一斉放射はしていないんですよ」


 クレアの言う通り今回使用したのは両腕に備え付けられた機銃と右肩に装着しているタートル用の追尾小型ミサイルだけ。つまり左肩のキャノン砲と脚部のミサイルについては全くの未使用であった。これだけでも十分なのにさらに武器の追加もあり得るという案すら出ているのというのだから自分たちの兵器でありながら恐ろしくも思える。

 ちらりと先ほどの砲撃個所を見る。ゼオの死体はもはや原形がないほどの肉片でしかなかったがその下に見える岩肌もすっかりえぐれていた。これほどの火力を森林で扱えばどこまでひどいことになるか分かったものじゃない。いや鉱山なんかでも使用は難しいだろう。


「そう簡単に使えるようなものではないですね。やはりこれはいざという時だけですよ」

「今さらこんなガジェットを配備する意味が分かりませんよ。なあロック、俺らもこれを使うことになるのかな」

「探索がメインとはいえ防衛や護衛につくこともあるからなぁ。ないとは言えないんじゃない」

「煮え切らない言い方だな。俺はもっときっぱり言ってほしいよ」

「じゃあきっぱり言うけど、それは僕にもわからないよ」


 言い合うロックとリュータを見て、クレアはガジェット内で笑みを見せる。


「2人は仲がいいですね。私と隊長以外はみんな地球で同期だったんですよね」

「ええ、何世代目かはわかりませんけど。腐れ縁ですよ」

「そう言うなよ、リュータ。ルオンなんかは僕達と仕事したいがために一緒に来たんだから」

「いい関係ですよ。私の同期はみんな別の星で仕事ですからね」


 感傷に浸るクレアは夢見心地な声色で話す。普段は冷静な彼女らしくない雰囲気であった。

 あまり見たことのない彼女の様子にロックもリュータも面食らっていた。


「クレアさん、とりあえず戻ってからこの話をしませんか?記録も取れましたし」

「…えっ!?ああ、そうですね。私としたことがついぼんやりと」


 恥ずかしそうに顔に手を当てる。自分たちよりも一回り大きいガジェットがしおらしい女性の仕草をやるというのは不気味に見えてしまった。中身がクレアでなければ後ずさりもやむなしかもしれない。

 任務を完了したのでロック達はすぐに飛ぶ準備を始める。しかしクレアは肩のキャノン砲で川の奥にある森林に狙いを定めていた。


「クレアさん?」

「警戒を。なにかいます」


 ロック達も目を凝らす。何もいない様子に見えたがロックは念のためガジェットのズーム機能を利用する。そこには踵を返したような足跡が残っていた。すぐにシステムで確認を取る。いや確認するまでもないはずなのだ。生活圏外にある足跡など2種類しかない。それでもロックは確認した。それくらい切羽詰まった気持ちだったのだ。


『該当ゼオ。予想体格1.96メートル、体重340キロ』


 流れる電子音にロックは生唾を飲み込む。そのサイズは平均的なゼオとあまり変わらないが体重を見ると相当強靭な肉体を持つことがうかがえる。だがそれは今の彼にとってはどうでもいいことだ。ここでの問題はたったひとつ。ゼオが…逃げた?


「…いるか?気のせいじゃないの?」

「いや警戒は解かないでおこう。あの足跡の大きさはゼオで間違いない。ゼオが引き返したんだ」

「「引き返したぁ!?」」


 ロックの言葉にリュータとクレアが素っ頓狂な声を上げる。どうやらリュータはズーム機能を使っていなかったようだ。クレアの方はそもそもタートルのプログラムに戦闘補助のものとしての火器管制や標準機能しかなかったので調べようがなかった。


「ゼオが引き返すなんてありえないでしょう。彼らはブレーキのついていない暴走列車みたいなものですよ」

「僕だってそう思いますよ。でも間違いありません」

「うっわ…クレアさん、ロックの言っていることはマジですよ。たしかに1匹いた跡がありますわ」


 リュータもズーム機能を利用して確認したようだ。さっきと違って明らかに声に覇気がない。事の重大性を理解したようだ。


「…追います?」

「たった1体のためにそこまでする必要はないでしょう。マーク隊長への報告は必要ですが。そもそも追うのなら私もウォンバットの方が必要です。タートルでは機動力で劣りますからね。そのゼオの見た目は確認できていないんですよね?」

「データ称号でサイズが確認できたくらいですね。サイズは平均、でも相当重いですよ」

「少なくともそれだけわかればなんとかなるでしょう。まずは帰還します。生活圏までの距離は短いですが警戒だけは怠らずに」


 クレアがきびきびと指示を出すと背中のジェット機構を展開して低空飛行で生活圏への帰路へとかじを取る。タートルの動きは緩やかで急かしたくなるような速度だ。それでもロックとリュータはとにかく彼女の周囲を何度も旋回して警戒を続ける。ここでタートルを破壊される可能性だってあるのだ。

 ここでひとつ致命的だったことがある。それはロック達がゼオの姿を確認できていなかったことだったのだ。そのゼオは森の中で空を移動するロック達を見ていた。大きさはロック達の話していた通り、ただその体格は予想していたような筋肉はなくむしろほっそりとしていた。彼らが勘違いしていたのには理由がある。ゼオの体格はその土地の柔らかさと足跡から予想される体重予想されるのだ。ではこのゼオはなぜ想像よりも重かったのか。理由は単純であった。その背中にひとりの人間を座らせていたのだから。





 ギラギラと光る太陽がはるか遠くに見える。まさか自分たち以外の銀河にも太陽があるとは昔の人は想像していたのだろうか。想像していただろう。人類がここまで発展できたのはその探求心ゆえとアーノルドは考えていた。だからこそRANDをあそこまで技術発展につなげることが出来たのだ。

 そんな浸るためだけにあるような考えをアーノルドは宇宙船内で抱いていた。こちらは到着まで地球時間でまだ丸1日はかかる。それでも個人の部屋を用意された最高の待遇なら文句も出なかった。しかも父と軍事大臣は彼の乗る宇宙船とは別の後ろから来る同型のもの。定時に電話する必要はあるが、同じ船で顔を合わせて食事中に地球の素晴らしさを歌う持論を聞かされないのはありがたかった。食事はいちおう同じ船に乗っている上司や先日紹介された金持ちと顔を合わせる必要はあるのだが父やその側近よりはマシだし、例の金持ち―――バンドルの家族は人当たりも良かったのでアーノルドはイヤな気分にならなかった。どうもこの家族は父の伝手で今回の出張に同行しており娘の治療を受けさせるためにZ58惑星に向かうのだという。あの惑星に特別な治療法があるというのは聞いたことはないのだが…。

 とはいえ彼もいちいち他人の家族について突っ込んだことを聞こうと思わない。出張前の休みもなんだかんだでZ58惑星の調査に時間を割いていた彼としてはこの静かな部屋で1人になるのは喜ばしいことであった。少々こじんまりしていたがベッドは広めでコーヒーメーカーや小型の冷蔵庫もある。おまけにシャワールームまでついているとなればここはそれなりの値段は間違いないだろう。苦手な父親だがこういった配慮には頭を下げざるを得ない。

 彼は少し眠そうな表情で本をめくる。自分の愛読書である『その時人類は何を思うか』は倫理観の重要性を説いた本であった。著者はかの有名なロベルタ・クーベルト。RAND研究者の中でも著名なひとりで最初期のガジェット開発にも関わった経歴がある。宇宙に出た際に事故にあってそのまま死亡したのが残念でならない。

なんとなくだがアーノルドとしては歴史上に名を残すような高名な人物の本を読んでいるだけで自分が少しはマシな人間であると思える。これが自己満足なのもわかっていたが、こんな事でもやっていないと気持ちがつぶれそうになる。もっとも眠気と戦いながらこんな本を読んでいる時点で見栄を張っているようなものだが。

 本を読んでいると部屋に備え付けられた固定電話がなる。だいたい連絡が来るとしたら政府関係者だが…。


「もしもし、アーノルドです」

「旅を楽しんでいるか、アーニー?」


 聞き覚えのある声がアーノルドの耳に響く。自分のことをアーニーと呼ぶのはこの世で1人しかいない。酔った時の父親ワイズオルだ。


「もう飲んでいるの?」

「持ってきた仕事もだいぶ片付けたしあとは目を通す書類がいくつかあるだけだしな。出張とは言うが道中はちょっとした旅行みたいなものだ。これくらいの息抜きは悪くないだろう」

「まだ地球時間では夕方になっていないけどな」

「ここは地球じゃないしな!」


 若干ろれつが怪しい状態でワイズオルが答える。もう相当飲んでいるようだ。気が大きくなる程度で電話越しではあるがそれでも酔っ払いの相手は面倒なものであった。


「それで何の用?」

「いやいや上手くやっているのかと思ってな。そっちの客との食事はどうだ?」

「どうもこうもないよ。まあ、バンドルさんはいい人たちだけど」

「ちょっと話がくどいがな」

「否定はしないが、俺は嫌いじゃないよ」


 それにもっとくどい持論を聞いているから、とアーノルドは心の中で付け足す。


「だったらいいんだ。いちおうお前も私に頼りすぎない状況の方が良いと思ったからな。今回はこういう分けた形で乗船になったんだ」

「事故でどっちかが死んでも大丈夫なようにじゃないの」

「それもある。そんな考えが出る辺りお前も少しは自分が要人である自覚が出て来たみたいだな。それでこそ生の地球人だ!」

「それを言いたいがだけだったらもう切るよ」

「おいおい待て待て!そう焦るな。実は今回の出張についてお前と話したい人という人がいてな。変わるぞ」


 間もなく受話器の向こうから聞こえてきたのは父親と同じくらいの年齢の男性の声だった。


「これはこれは軍事大臣。俺に話ですか?」

「ああそうだ。キミにどうしても話したいことがあってね。本来は直接話した方が良いのだろうが」


 軍事大臣ジャクソン・オータニの声が響く。父と同世代のはずだがその声は深く、それでいてキレのある雰囲気を持ち合わせている。これで見た目が日系の血が入った腹が出て人のよさそうな顔が特徴的なのだから大抵の初対面の際は面食らうようなものだ。

 いきなりの上司との電話でアーノルドの眠気と気怠さはあっという間に吹き飛び、すっかり政府の下役人アーノルド・ルイスの顔になっていた。


「ご用件は?」

「Z58惑星についてちょっと知っておいてほしいことがあってな。はっきりしたことは現場で話すがキミ自身の調査だけでは私たちの意図もわからんだろう?」


 ジャクソンがほくそ笑んでいる表情が目に浮かぶ。彼も大馬鹿ではない。アーノルドが前もって調査を進めていることは理解していたのだ。ただしそれは咎めようとするものではなく、ただの事実確認を従っている響きだ。


「知っておられましたか…」

「責めはしないがね。まず私としてはキミがあの星に行く意味をどのように考えているのかを聴かせてほしいのだ」

「…そうですね。ざっくりした予想ですが、あの星に何か隠しておくべきことがあるのではないでしょうか?しかも他では口外できないような。政府がなにか黒いことをやっていると疑われてもおかしくないのでは。そして俺をより政府の中枢に行かせようとまでしている」


 アーノルドは率直に意見を言う。あの情報の少なさ、明らかに調査されているべき情報が開示されていないことを考えると意図的に隠しているようなイメージしか湧かない。

 こんな不信感をストレートに言えるのは彼くらいだろう。だてに若いながらも前線で働けているだけはある。だがその彼の思い切った発言にもジャクソンは動じなかった。


「そこまで考えているのなら十分だろう」

「俺が口外しない可能性を考えないのですか?」

「口外したことで意味のないことさ。どれだけ多くの人間が信じようともこんな時代なのだからどうすることもできないだろうとすぐにわかる。それよりも」

「バンドル一家も関係があると?」

「ああ…。それも重要なところだ。なんと言ったってキミが今回いけるのは彼らがキミの父親と親しいからね。あそこなら多くの治療が出来る。地球ではできなかったことが」


 言い方に含みを持たせている。こんな言い方を何度もやって同じように興味を持たせてきたのだろう。ただアーノルドはむしろ背筋にゾワリと冷たいものが走るような気持ちであった。まるで得物に絡みついてこれからいただこうとする蛇のようなねっとりとそれでいて残酷な雰囲気が発言の中に感じられたのだ。


「いずれにせよ、行けば教えてくださるのですね?」

「そのつもりさ。基本的に今回キミは実情を知ってほしいのだよ。キミは間違いなく世界政府を引っ張る男になれるからね」

「ずいぶん買ってくださるのですね、俺のことを」

「私も長く多くの者を見てきた。今の政府を続けるにしてもキミのような新しい血は必要となるのだ。そして私の考える政府にうってつけなのだよ」

「…ご期待に添えるように努力します」

「訊きたいことがあれば連絡してくれたまえ。父親にでもいいがな」


 どことなく不審なやり取りは軍事大臣の未来への期待で締めることとなった。静かな部屋でアーノルドは自分の額にじっとりと汗がにじんでいることに気づいた。それくらいこの話が気味悪く感じたのだろう。

 実を言うと、軍事大臣が自分と話したいと言ってきたときにはアーノルドはしてやったりと思った。今回、調べるにあたって敢えて自分の足跡を残していたのは意図的であったのだ。ジャクソンは歴代の軍事大臣の中でも抜け目のなさと温情を持ち合わせている不思議な男という評価である。そんな男なら友の息子がコソコソ嗅ぎまわっていていれば警告するなり逆に何か教えてくれたりと接触すると考えていたのだ。

 だが実際は彼の底知れぬ不気味さに直面させられただけであった。あの話し方、言葉の含み方、声色からしても全て意味ありげな様子で不安を誘うのだ。これが政界の重鎮の力かなどと納得してしまうのが恐ろしい。もっとも彼としては父親も同じような底知れなさがあるのを知っていたため、まだダメージは少なかったのかもしれない。基本は毛嫌いしている父親だが自分を育ててくれる恩と仕事の手際には感服していた。逆にそこがコンプレックスを刺激するのも理解していたのだが。

 アーノルドは冷蔵庫を開けて水の入ったボトルを取り出し中身をマグカップに注いで一気に飲み干す。さっきまでコーヒーが入っていたためわずかに残る匂いが鼻に入ってきたがそれを気にするほどの気持ちでもなかった。

 大きく息を吐き出すとだいぶ頭の中が落ち着く。一枚上手だと思っていた自分が未熟であることを理解したが、それでも収穫はあったのだ。政府はあの星に何かを隠していることは調査段階で予想していたことなので驚くほどではない。この隠し事は今の時代だからこそ受け入れられているようなものだということだ。真っ先に思いつくのはRANDの新たな活用だがあの常に想像を超えていくエネルギーについてはこれ以上の想像は無意味だろう。

 ただあの言い方は昔なら到底受け入れられないようなことを意味する。考えもつかなかったことだろうか、それとも倫理的にマズいことなのか。それにこの件についてバンドル一家が関わっていることも見過ごせない。父と繋がっていることは知っているので特権階級なのは予想できるが、その恩恵が彼には想像できなかった。あえて言えば娘の治療なのだが、その場合は世界に声高に公言しない理由が思いつかない。

 例によって思考の沼にはまっていると部屋に来客のチャイムが鳴り響く。誰が来たか確認すると色黒の少年が緊張した面持ちで扉の前に立っていた。バンドル一家の息子だ。


「どうしたのかい?」

「あの父さんが…良ければ一緒にお茶しないかって…」


 ぼそぼそとしゃべる声は小さくて聞こえづらかったが彼なりの勇気がよく見られた。そんな少年の勇気を無下にするほどアーノルドは冷酷な人間ではなかった。彼は自分の考えうる限りの笑顔を少年に向けた。


「ありがとう。ぜひご一緒させてもらうよ。一緒に行こうか」

「は、はい!」


 少年は安心したようにどもりながら返事をする。彼らを知ることも重要だがむしろ今は考えるだけでとどめておくべきなのかもしれない。不穏な影を自分や気のいい同乗者に落とし込むのは気が引けるし、ここでは調べられることも限られている。あと数十時間後には知ることになるのだ。ここで慌てたところで何の意味を成すというのだろう。

 こう思いながら少年と共に食堂へ向かう彼の足取りは軽くはなかった。考えていても行動に移せないあたり、自分と大臣や父親とのメンタル的強さを実感するのであった。


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