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RAND  作者: 市田気鈴
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第32話 後押し

アーノルドが決意することは…。エピローグと一緒に読んでください。

 音声プレイヤーが自動的に止まる。アーノルドは神妙な面持ちでイヤホンを外した。聞く前は盗聴を気にして、イヤホンをつけながらも周りを気にしていたが、終わってみれば興奮と脱力という2つの矛盾した感情が頭を支配していた。


「…そうか」


 ようやく出てきたアーノルドの声は震えていた。

 古びた音声プレイヤーに記録されていたのは、ロックの最後のやり取りであった。話を聞けば、今回の作戦を実行するにあたって調査部隊には後付けで録音機能なるものがガジェットに備え付けられていた。録音機能はあらかじめ他のものと内容を共有できるようで、これを届けたアシュリーは元々ロック達と録音したものを自動で共有化されるようにしていた。しかもアシュリーは別部隊であるロジエール達にも途中までの録音のコピーを渡していた。最悪、自分たちが全滅する可能性を見越していたのだろう。

 この作戦の戦果は大きかった。ゼオの正体を明確にしただけでなく、その黒幕を突き止め、さらにはゼオの実質的な拠点を壊滅に追い込めたのだから。しかしゼオはすでにZ58惑星の自然界に適応し、勝手に繁殖までしている。すべてを終わらせるには、まだまだ長い時間がかかることは想像に難くなかった。


「驚いていますね。事実だと思いますか?」

「それは驚くでしょう。それにこのやり取りが偽物だと思えない。ロベルタ・クーベルトについては最近聞く機会があったので」


 ゼオを生みだし、操っていたのは、アーノルドにとってあこがれの存在の人格だった。この事実を知っても彼は驚きこそしても、悲観的にはならなかった。ロベルタの存在に失望したわけではない。ただこの事実に衝撃しか感じなかったのだ。先日の軍事大臣の話とつじつまが合うことが、この感情を抱かせるのを助長させたのだろう。

 しかしこの一連の出来事がアーノルドに悲しみを与えなかったわけじゃない。ロックが死んだ。この事実が胃に鉛がのしかかるように、重い気持ちにさせる。彼だけではない。リュータやオルレアンも、自分の犠牲を気にせずにその命を散らしたのだ。このデータを守り切ってマークと合流したアシュリーも命からがらであり、片腕を食いちぎられていたらしい。彼らが死力を尽くしたことは尊敬する。

 同時に挫折を乗り越え、これからの人生に希望を見出していた彼らを思うと、ただ純粋に心が痛むのだ。


「彼女の話では、これをあなたに聞いて欲しかったようです。なにか思い当たる節はありませんか?」

「まさか。ロック達とはまったく連絡を取っていませんし、手段もありません。ロベルタのファンであることは言ったかもしれませんが、それだけでこの情報を自分に回すとは思えません」

「そうですね。もしそれが理由で彼女らがあなたに回すことを望んだならば、浅はかなことこの上ないでしょう」

「バロックさんもよく許しましたね。これは間違いなく重要な証拠だ。それを外部に漏らすような行為を…」

「政府にはもちろんこの録音は報告しています。ただ内容を考えれば、上層部が秘匿する可能性は十分あるので、あなたには別に報告させてもらいました。バロックもわかってやっていることです」


 2人はまた押し黙った。アーノルドはロック達がなぜこの情報を自分に聞かせたがったのかを改めて考えたが、理由は全く思いつかなかった。なぜ自分なのだろうか。政府の役人だから、いやそれだけが理由とは思えない。


「とにかく自分にはわかりかねます。これを知ってもできることは限られますし…」

「そうでしょうね。ひとまずこれはあなたに渡しておこうと思います。そのためにわざわざこの古い音声プレイヤーを用意してデータをコピーしたのですから」


 ロベルタが差し出したプレイヤーを受け取ると、アーノルドは席を立ち扉へと向かう。どことなく気まずい感覚であり、早々に立ち去りたい気持ちが足を速めた。

 それでもこの腑に落ちない感情を少しでも消化したくて、扉を開ける前に後ろを振り返った。


「ロベルタさん、あなたはどう思います?彼らがこれを自分に預けた理由は」

「あなたくらいしか政府の役人を知らなかったからじゃないですか。仲も良かったですし、彼らが出来ることを考えればこれくらいが関の山でしょう」


 彼の言葉から期待がしぼんだことがわかった。自分に何を期待していたのだろうか、いや彼に期待した自分も同じようなものか。複雑な気持ちを抱いて、アーノルドは部屋を後にした。






 その日のZ58惑星の天気は快晴であった。日は強く照りつけており、外に出て光を存分に楽しむ人も散見された。アシュリーとしては何をするにしてもじっとりと汗が出るので苦手ではあるのだが。

 今日も今日とて、彼女がやる仕事は決まっていた。ゴミ出しに荷物運びと雑用だらけ。嫌ではないが、同じことの繰り返しで飽きてくる。

 ため息をつきながらできるだけ時間をかけて仕事をこなしていると、ひとりの男性が近づいてきた。特徴的な足音から目視しなくてもマークだとわかっただろう。


「腕の調子はどうだ」

「まだ隊長ほど慣れた感じはしませんね」


 あいさつ代わりにマークが訊いてきたことは、彼女の新しい腕のことであった。つい先日、ゼオの拠点でマーク達と合流する直前のところでアシュリーはゼオに右腕を噛みちぎられた。おかげで二の腕の途中から下は完全に無くなり、代わりの機械の義手を今はつけている。決して安物ではないが、良い物でも無いためいまだに慣れなかった。


「それは仕方ない。生まれた時から欠損してそれを補うように生活することに慣れた俺らと比べたら、しっくりこないのも当然だ。普通に物の持ち運びできるだけでも良い方だ」

「いちおうわかってはいるつもりなんですけどねえ。で、隊長はサボりですか?」

「まさか。今日は午前中だけで終わりなだけだ」


 マーク部隊の現在の任務はほとんどが居住区の見張りであった。たまにある居住区外の任務もちょっとした護衛程度で以前のような調査は無かった。主要メンバーであったロック、リュータ、オルレアンは戦死、アシュリーも腕を食いちぎられたことで前よりも動けなくなっていた。そのため、現在マークの部隊はほとんど機能を停止しており、任務も以前とは様変わりしていた。もっとも補充要員を入れても上手くいかなかったり、新型ガジェットの配備数増加によって調査する人員が増えたりしたのも理由の一端ではあるのだが。


「だいぶ暇になりましたね」

「休暇と思いたいところだが、こんな星で出来ることも限られるしな。あれほどゼオと戦っていた時は休みがあればありがたがったものだが、今では退屈が先に来る」

「隊長はまだガジェット使って動けるからいいじゃないですか。私なんて雑用ですよ。これだったらさっさと介護やらせろって思いますよ」

「まあ、上の方はお前の復帰も見込んでいるから、そっちに行かせないようにしているのかもな」


 マークなりのフォローかもしれないが、アシュリーは気にならなかった。それは相手も気づいたようで、顎を撫でながら本題に入った。


「例の情報、ロベルト上席が役人さんに渡しに行ったぞ」

「おー、それは朗報!」

「どうも俺にはわからないな。別に役人さんを悪く言うわけじゃないんだが、あの人に伝えたところで事が大きく変わるとは思えない」

「私も同じ気持ちですよ。でも何かしてくれるんじゃないかな、と思って」


 あっけからかんと答えるアシュリーにマークは眉根を寄せながら問う。露骨に腑に落ちていない様子だ。


「それだけか?」

「別のこと期待していました?」

「期待ではないが…お前らが、特にロックが役人さんに影響を受けていたし、仲も良かったんだ。それで何か示し合わせていたんじゃないかって思ってな」

「別にないですね。…ああ、でも特別な情報があったら、アーノルドさんに連絡しようというのは決めていたんですよ。ロックも含めて私達4人で」

「仲良くなったとはいえ入れ込んだな。余計な責任を負わせるだけじゃないのか?」


 マークの疑問ももっともだ。アーノルドは政府に努めているとはいえ、まだまだ若輩者。そして歳と身分相応の真面目な性格を持つ彼に、重要な情報を渡そうものなら責任を感じて大いに活かそうとするだろう。

 そんな彼の心配もアシュリーは理解し、その想いを口にする。


「アーノルドさんには本当に感謝しているんですよ。私達の価値観を変えてくれて、クローン人間としての人生をより意味のあるものに引き上げてくれました。

 ただ、すぐにこれまでの人生を変えられるほどできていません。いくら理想や目標を掲げても私ではどうしようもないことだってあるんですから」

「…役人さんに夢を託したということか?」

「身勝手でしょう。でもそういうやり方しか思いつかなかったんですよ」

「役人さんが何かできるとは…」

「やってくれるかもしれない、勝手に夢を託したものなのでこう考えた方が悪くないですよ。それにさっき言ったようにすぐに人生を変えるってできないものなんです。特にロックみたいに頑固な奴とかは」

「どういうことだ?」

「足かせにはなりたくないけど、力は貸したいってことです。特に友人に対しては」






 静まり返っていた部屋には机付近の小さな明かりしかなかった。アーノルドは渡されたプレイヤーをただなんとなく右手でいじっていた。特に再生するわけでもなくプレイヤーを見る彼の表情は悲しみと当惑が入り混じっていた。

 ロックが死んだ。リュータも、オルレアンも。生き残ったアシュリーすら片腕を失った。その喪失感はアーノルドを蝕んだ。自分にとって大きな経験ができたあの星で得た友人の多くと永遠の別れになってしまった。

それほどまでして繋いだ情報を自分が活かせる道理は無い。彼らが自分に託した理由はわからない。結果そこに残るのは責任感だけとなり、それが余計にも悲しみを増大させていた。

 思い返せば、あの出会いは珍しかった。ゼオの攻撃から命を救われ、その伝手で自分のクローンに会うことにもなった。それから彼らの価値観や任務を知り、自分がいかに無知で認識の甘い存在かを思い知らされた。それでもあの経験を通して自分はいくらかマシな人間になったと思っていた。

 だが託してくれた真意を知ることもできないこの現状では、自分がいまだに無力な存在に思えた。そんな自分に何ができるのだろうか。後悔がとめどなく溢れてくる…。


「…弱気になっているな」


 静かな部屋の中でこぼした独り言は、奇妙なほど大きく聞こえた。同時にロックと別れた時のことを思い出す。

彼は最後に「自分のことを信じるように」と言った。それだけのことだが急に今の自分が自分らしくないように感じた。戻ってからの自分はどうも一歩踏み出せていない状況が多かった。情報を聞いたところで行動を起こすわけでもなく、ただ悩むだけの日々だ。いや無力さに気づけたあの日からかもしれない。命がけでゼオからの襲撃を防いだ時や星に残ると決心したあの瞬間は、今の彼には確かに無かった。

 アーノルドはゆっくりと息を吐く。たとえその先にあるものが破滅だろうが、悩みながらも自分が正しいと思ったことを突き進むことが自分らしさではないか。

 アーノルドは立ち上がると、金庫にプレイヤーをしまい部屋を出る。今の時点で何ができるかはわからない。だが自分を信じて野心の赴くまま行動するだけであった。命を繋いでもらい得た情報は最大限に活かし、親友を失わない世界を実現させるという決心のもとに。


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