第31話 最後
彼の出番はあっさりとすることは決めていました。それが良い方向に転んだかは正直自分でもわかっていません。
ロベルタは確信があった。クローン人間がどのような扱いを受けてきたか、自分に肉体があった頃からその悲惨さはよく知っていた。今のクローンがどこまで苦しい境遇かは、はっきりしない。だがこの星の前線で戦わされている彼らが、不満を持たないわけがないのだ。しかも彼らはロベルタの想像以上に、自分の意思を持って話していた。
ロックが一歩前に出たと同時に、他の3人が退却を始める。狭い小道を通り、そのまま真上の大量のゼオの死体置き場へと繋がる道へと引き返していった。
『…どういうつもりかな?』
『あなたに手は貸せません。それゆえの行動です』
『それがキミらの決定なら私も受け入れるまでだ。理由は聞かせてもらえるかな?』
『単純な話です。僕らはクローン人間として、地球のために戦ってきました。それを今さら裏切るような真似はできないのです』
『キミ自身の意思でそれを決定したということだな?残念だよ』
ロベルタの想像を下回る最悪の結果だった。彼らは自分の意思で人間の道具であることを望んでいるのだ。
『私はね、断られても驚きはしなかった。こんな怪しい存在に手を組もうと言われて、簡単に二つ返事なわけがないだろう。それでもこちらの時間が限界であるから、強引な方法を取らざるを得なかった。
それに私の言葉がキミらに届けば、いずれその意志を実行する可能性もある。それなのに腑に落ちないのは、なぜそこまで揺るぎない行動を取れるかということなんだ』
もし機械の音声でなければ、どれほど力強い言葉が出ただろう。どれほど怒りと不満を表せただろう。今になってロベルタは自分の状態を少し嘆いた。
『自分の意思で決定できるなら、それは道具としてのクローン人間を脱却できる可能性がある。キミらをそのように扱える人類はまだ望みがあると思えるのだ。
だがその決定が、人類への服従となれば話は別だ。キミらは自ら道具の存在になり下がったということなんだぞ』
クローン人間が自分の意思を持って人生を決める、その上で彼らは道具になり下がっているのは、あまりにも深刻的だとロベルタは感じた。自暴自棄になっているわけでもない。ロックの穏やかな声は人生を受け入れている響きがあるのだ。それがそれがロベルタにとって我慢ならない気持ちであった。
だがロックはそんなことは露知らず、言葉を紡いだ。
『ロベルタさん。あなたが僕らのことを考えてくれている、それはとても嬉しいことです。しかしそれは期待しすぎですよ』
『期待だと?ロックよ、キミは思わないのか?クローン人間は人類よりもはるかに優秀だ。キミらはもっと自由になるべき存在であると同時に、人類もそこまで引き上げるべきだ』
『しかしそれではまた人が死ぬ』
『必要な犠牲だ。今の人類には戦いでしか変われない』
『そうでしょうか?話せば変わる人もいました』
『個人の話だろう』
クローンだからなのだろうか、ガジェットを装着したその男には野心を感じさせなかった。なぜ彼らは自分をもっと高めようとしない。なぜ自分の存在を肯定しようとしない。なぜ彼らは…
『やはりあなたはわかっていない』
きっぱりと言い放つロックの目は、見えもしないはずの男の電子化した人格を見据えているようであった。
アシュリー達がゼオの死体の山が居座る場所に着いたのは、想像以上に早かった。警戒しすぎて歩みが遅かった行きと比べると、離脱を目的に急いでいた現状の方が早いのは当然だが。
『急ぐわよ。隊長と合流できるのが一番良いけど』
『こうなった以上、あれが俺らをあっさり逃がすとは思えないな』
『リュータ、残りたかったら残っても良かったんだよ~』
『こんな時までからかうのはやめてくれ。アシュリーも俺がそうしないことをわかっているだろ?』
話も早々に上のルートから脱出を図ろうとしたとき、別の道から数人のガジェットを装着した人が現れる。自分たちの部隊ではなかったが、その姿は見覚えがあった。
『お前ら、もう着いていたのか』
『バラーラ!』
アシュリーは嬉しそうに近づいて肩を叩く。ガチャガチャとした金属の触れ合う音しか聞こえなかったが、それすらも彼女には心地よく感じた。
マスクの下で面食らうバラーラをよそに、一緒に行動していたロジエールの他のメンバーはゼオの死体の山を調べる。
『これは…ゼオが我々と同じ存在であるという証拠だな』
『死んだ仲間からRANDを取ってリサイクルってやつですか。俺らよりも質悪いですよ』
『でも私らと同じクローンなのよね。RANDと遺伝子情報あって造れる存在なのだから』
『キミたち、写真に収めておいてくれ。それと』
ロジエールは部下に指示を飛ばすと、今度はアシュリー達に向き直る。
『マーク達と一緒ではないんだね?』
『隊長は私達を奥に行かせるために入り口のところで別れました。すぐにクレアさんが合流したから無事だと思います。ロジエール隊長、そこでお話があるのですが…』
ロベルタの話は、ロックにとって魅力的な話には思えなかった。自分たちが人類と戦って得られるものが自由だろうが、生きる権利だろうが、大したものに思えなかったのだ。なるほど、このように思ってしまう事とその態度こそがアーノルドにとって許せないことだったのかとロックは今さらながらに納得した。
『私が何もわかっていないだと』
『わかっていない。その通りです』
『逆に訊くが私は何がわかっていないというのだろうか。仮にもキミらを生みだす理論を提唱し、さらにその後のクローンの扱いまで知っている。ここに来てからも古びた宇宙船を利用し、私のクローンに通信を傍受させて現在のキミらの扱いについても多少なりとは心得ているつもりだが』
『そういうことを言いたかったわけでは無いのです。あなたは僕らを結局はクローン人間としか見ていない』
『クローン人間だからこそ、勝ち取るべきなんだ。その決まっている人生を無駄にしないためにも、キミらができる最大限の努力をするつもりだ』
耳に届く電子音を聞いて、これでは埒があかないと思った。ロックは軽くつばを飲み込むと、再び言葉を紡ぐ。
『あなたは気づくべきだ。自分も同じように傲慢な人類になっていることを』
『そんなこと、とっくの昔から理解している。しかし外の人間はさらに』
『すべてを見下しているあなたのことどれほど信じられるというのです?』
『私はそんなつもりは毛頭無い』
『しかし僕にはどうしても同じ人間にしか見えない。だってそうでしょう。あなたは私の話を表面的にしか聞いていない。心のどこかで話しても無駄だという思いからなのか、それともすべてを諦めているのか、そこまではわかりません。しかし少なくともこの事実に直面化することを恐れているじゃないですか』
『恐れているのではない。人類が』
『本気でそう思うのなら…まずは僕らの言葉を受け止めてわかり合おうとするはずです。あなたのように一方的に自分の想いを裏切られたからと言って見限るものではない』
ロックの脳裏に2人の親友の顔が浮かぶ。ひとりは彼をかばい、ひとりは看取ることすらできなかった。大きな後悔を抱いたのと同時に、全てがどうでもよくなったことは今でも覚えている。
彼にとって人間を守るのは当たり前のことだ。どれだけ悪辣な感情を人間に抱いたとしてもその命を奪おうとは思わないし、そもそもそんなことを考えもしない。それが間接的にも2人の親友を失う原因であったとしてもだ。
ロックにとって人間は人間、彼らから与えられる人生を享受しようとも深く理解するつもりなどなかった。
だが自分が命を助けた男はクローン人間を理解しようとした。偶然と無知からではあるが、その後も関わり続けてくれたことには変わりない。そこからひたむきに真摯に向き合う彼の存在と言葉は、ロックにとって他の人間よりも考えさせられた。アーノルドと関わったことが変わるきっかけになったのだ。ロックはクローン人間だ。しかしそれと同時に…
『僕らもあなたと同じ感情を持つ人間なのだから』
この言葉に電子の人格は何を思ったのだろうか。ただ静かに、古い耳障りなノイズが耳に入ってくるだけだ。
数分、もしかしたら数秒も経っていないのかもしれない。しかしこの時間は異常に長く感じた。そして再び例の電子音が耳に届く。
『もうひとつ、もしもの場合に私が何もしないと思ったのか』
後ろからゼオのうめき声が聞こえる。司令塔となる人型ゼオが倒れても、周辺ならばロベルタの指示でゼオは動くようだ。
ロックのガジェットのモニターにはゼオが続々と現れるのが見える。すっかり取り囲まれ、脱出を図るアシュリーたちを追い詰めるのだろう。
『この事実を知り、協力を断られた以上は逃すわけにいかない。キミらはここで死ぬのだ』
『だから僕だけでも、ここに残ったんです。僕らはもしもの時、希望を託せる人にこの真実を知って欲しいから』
もちろんロックとて予測していたことだ。彼は落ち着いて胸の装甲を外す。そこは二重の構造になっており、小さなコードがいくつかむき出しになっていた。本来、素手で外せるような装甲は無く、ガジェットにしてはお粗末な造りの印象を抱かせた。
『我々の結束力はすごいものです。だから整備の人とやろうと思えば、最新型のガジェットにも後付けながら機能を追加できる。雑なやり方ですけどね』
『ここで終わるつもりか。私を道連れにしたところで何も変わらないと思うが』
ロベルタの反応をよそに、ロックはガジェットの機能を準備する。やることは単純だ。RAND入りの燃料を強引に逆流させ、爆発を起こすものだ。もちろん自らの体を吹き飛ばす結果になるが、ロックの決心は固かった。
ロックの退路を塞ぐようにゼオも睨みつけているが、襲う気配はない。あくまでロックを確実に始末するために現れたもので、吹き飛ぼうが関係ないのだろう。
『僕は変わると思います。僕が残ることが』
『人類は何も変わらない。衰退していくばかりか』
『それは無いでしょう。あなたのような存在は後世にも必ず生まれます。その時に』
『それがいつになるか、その間に後戻りできなくなるかもしれん』
『人間も僕らも感情ある生物なんです。その時代で彼らは』
『度し難いな』
『あなた達が造った生物で、あなた達自身の話ですよ』
その会話を最後に、燃えさかる爆炎が空間を埋め尽くした。ガジェットの破裂音、機械が破壊される音、ゼオのうめき声、それらが全て炎に飲み込まれた。
『わかっていたけど、どんどん来るわ!』
アシュリーの声は切羽詰まっていた。この閉じられた空間の中で必死に脱出ルートを目指すも後ろからはゼオが迫っている。とにかく数が多く、倒してもすぐに湧いて出てきた。幸い、敵の位置はガジェットによって特定できるので逃げることはできるのだが、無限に湧く相手に弾数は限界を迎えていた。
『爆薬足りない!まだ結構距離があるっていうのに!』
『ここら辺の壁もミサイルで壊せそうにないしな!』
『だったら足止めするだけよ!誰か一人でも逃げ切ればいいんだから!』
叫ぶオルレアンは体をひねると追ってくるゼオに対面し、両腕の機銃と残り少ないミサイルを撃ち出す。先頭を走っていた複数のゼオが絶命するも、すぐにそれを飛び越えるようにゼオが向かってくる。彼女は動じずに機銃を撃ち続けていった。
『オルレアン!』
『急いで!』
『なら一人じゃ足りないだろ!アシュリー、後は頼む!』
言い残したリュータもUターンしてオルレアンの隣に着いて攻撃を仕掛けていく。機銃とミサイルの煙が通路内に充満していった。
悲しみは無い。それすら考える暇も無いのだ。今はただ必要な情報を持ち帰ることに徹することしか考えられなかった彼女は、ただ一人で出口へと突き進んでいった。
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