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RAND  作者: 市田気鈴
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第29話 ロベルタ

悩みながら生き方を探すアーノルドに、最深部へとたどり着くロック。彼らが知ることとなるのは…。

 その日、アーノルドの気が晴れることはなかった。家に戻ってからも電気はつけず、ソファに座るとただゆっくりと電子タバコを吹かすだけだ。何をするでもなく、傍目に見ればただ時間が過ぎるのを待っている様子であった。実際はいつものごとく、悶々と悩んでいたのだが。

 頭の中では何度も軍事大臣の言葉が巡る。クローン人間の扱いについては、納得できないし当たり前のことと許容されていることが間違っている。この考えは変わらなかった。

 大臣の話が、彼に影響しなかったと言えば嘘である。アーノルドは地球に戻ってからもクローン人間について調べた。クローン人間の歴史に、倫理観をめぐっての対立や団体の設立、彼らの有用性が知られるほど増える需要。これらを知るほどいかに無理難題について考えられているかを実感させられたものであった。それでも生きて自分たちなりの人生の答えを見つけようとするロック達の姿勢を思い出して、自分に出来ることを考えたり、この歴史に自分なりに折り合いをつけていた。そうやって彼はクローンについて自分なりの考えを持ちつつ、その現実に向き合っていくことができたのだ。

 だからこそ大臣の話が、アーノルドにとっては衝撃的であった。ただの労働力としてではなく、人間の代わりとして造られていた。そのクローンが得た知識を、経験を、人生を元となった人間にフィードバックするためであったのだ。アーノルドは現状よりも悪意のあるものに感じた。Z58惑星で見たクローンは自分とはまるで違う価値観を持っていた。しかしそれは置かれた環境やここに至るまでの教育の影響が大きいだろう。周りが変われば、彼らはなんら自分らと変わらない人生を歩めるはずだ。

 しかし当初目的で生まれたクローンは、人格に影響を受けている可能性がある。元より生まれながら人間としての生き方を考えることさえできないのだ。思えば、マークやロジエールは他のクローンよりも成熟した印象を受けたが、それは長年の経験ではなく文字通り「そういった人格を持つように生まれたから」なのだろう。これで体の一部まで欠損しているのだから酷いものだ。

 さらに上層部の連中はそのクローン技術の闇を自覚している。それこそが美点であり、傲慢な考え方であることまで自覚できているのだ。それでいて、クローン人間を生みだしておきながら彼らの生きる道を奪うような行為、体を変えながらも生きていくという神にも匹敵するような技術を進める。明らかに矛盾した行為だろう。

 だがそれを理解しているからこそ、清濁を飲み込んでさらに人類を進歩させようと考えている。その上から目線が、アーノルドにとってまた気に食わなかった。

 そして最も悔しいのは、自分がわずかでもその甘言に惑わされたことであった。Z58惑星でクローン人間の闇を知り、自身の無力さを自覚した。それは自分を人間として成長させたと思っていたが、結局は自分が毛嫌いしている相手と同じだけだったのだ。その証拠とばかりに、大臣の誘いに一瞬でも野心が躍るように跳ねたことが情けなかった。こんなことではロック達のために何ができる、しかしバロックと同じような道を辿ったところでクローンのこれからの歴史に何かが変わるとは思えない。もはやアーノルドには、自分がどうすることが正しいのかがわからなかった。

 その時、携帯電話が鳴った。画面を見ると見知らぬ番号が映し出されている。取ろうかどうか迷ったが、電話の音がうっとうしく何度もかけなおされても困るため、警戒もせずに電話を取った。


「もしもし」

『あー、アーノルドさんの電話でよろしかったでしょうか?私、ロベルトです』

「ロベルタ?」

『ロベルトです。Z58惑星で輸出入の管理をしている』


 聞き覚えのある甲高い声による自己紹介と共に記憶がよみがえった。バロックと長い付き合いのあるロベルト上席だ。相手が既知の人物であることに安心すると、そのまま疑問をぶつける。


「…ああ、ロベルト上席ですか。どうしてこの番号が?しかもどうして地球に?」

『仕事とご報告がありまして。番号はブルベルさんから聞きました。たしかあなたを迎えに来ていた同期と聞いたので、知っていると思いまして』

「そういうことですか。それでご用件は?」

『ちょっと込み入った、いや内容自体はそこまででもないですが面倒なことでしてね。ちょっと会って話せませんか。短い時間でいいので』

「今どこです?」

『政府本庁の近くです。あなたの職場ですから、近くに住んでいると思ったのですが、もしかして違いました?』

「近くではないですが、車で行ける距離です。じゃあ自分が行きますよ」

『できれば本庁から少し離れた場所にしていただけると。私が泊っているホテルではどうでしょうか?本庁に来れる距離でしたら、大丈夫かと。場所を送ります』


 ホテルの場所のデータが送られる。ちょうど自分が出勤する際の通り道で、20分程度で着く場所であった。


「ここでしたら自分の家からちょっと行けば着きます。30分後くらいでいいですか?」

『わかりました。部屋の番号は308です。お待ちしています』


 電話が切れると、アーノルドは再び電子タバコをゆっくりと吸う。仕事でも夜中に呼び出されることもあるため、別に夜にかけてくる分には問題なかった。しかしロベルト上席が本庁を警戒する理由がわからない。なにか聞かれたくない話があるのだろうが、彼が自分に話す内容として思い当たるものはひとつもなかった。それでもすっかり思い悩んだ頭を切り替えるには、ちょうどいい誘いであった。

 アーノルドはゆっくりと煙を吐き出すと、重い腰をようやく上げて辛そうに目を細めて上着を探し始めた。








 ガジェットの背中から噴き出す炎がロック達を奥へと突き進ませる。想像していたよりも長い道のりであったが、岩壁には水晶だけでゼオがいなかった。この状況が進めば進むほど、人型ゼオの罠にはまったような気持ちになる。目的のゼオがすっかり見えないからなおさらだ。とはいえ、今から引き返したところで好転するとも思えなかった。

 ただ突き進むことで5分もしただろうか。ロック達はようやく開けた場所に出てきた。そこかしこに岩肌から水晶が突き出しており、道中とは違いなぜかそれぞれが発光しているため地中にもかかわらず妙に明るかった。戦いの場から離れているため爆音も聞こえず、この空間だけが他とは切り離されたように思えた。

 しかしこの場所に人型ゼオの姿は見えなかった。


『一本道だから見失っても、ここにたどり着くはずなんだ。もちろん隠し通路があれば別だけど』

『じゃあ、この先か』


 アシュリーの視線の先には、さらに通じるであろう道が見える。それほど道は長くなく、ここからでもすぐに別の開けた場所が見えた。


『行ってみる?』

『行くしかないだろ。俺が前でやる』


 リュータがグイグイと前に進み、そのすぐ後ろをロック達がカバーする。陣形を気にしてはいるが、周囲にゼオの気配もない状況では意味をなしていなかった。

 細い道を通ると、その奥で目的の存在が疲れたように座りこんでいた。さっきよりも目に見えて気力はなく、起きているかもわからない。すぐに捕えようかと思ったが、ゼオが寄りかかっているものに目をひかれた。

 人間よりもはるかに大きな生物が入りそうな棺桶、それにドラム缶のような筒状のものがチューブで繋がっている。機械には大量のボタンもついており、ゼオが所有するにしては精巧すぎる代物だ。しかし汚れと錆びがこびりつき、年季を感じさせる見た目だ。最近造られたものではないのは明らかだ。


『もしかしてこれがゼオを造っている機械?ちょっと小ぶりすぎじゃない。あの数を生産するには明らかに少ないと思うんだけど』

『どうでしょうね。しかしこれは写真に撮るくらいでいいでしょう。それよりもまずはあのゼオを捕らえなきゃ』


 不思議そうに首をかしげるアシュリーを尻目に、オルレアンはワイヤーの作動を確認する。ロックとしても調査のために長居はしたくない。やるべきことをやって早々にこの場から立ち去りたかった。

 そんな中で、リュータが岩肌に目を向ける。


『あれなんだ?』


 彼が指さした方向に視線を向けると、ひび割れたモニターが埋め込まれていた。かなり年季が入っており、言われなければ岩肌の一部として見過ごしていただろう。だがこれほど古いものが今さら動くとも思えなかった。


『モニター…場違いではあるけど、気にするほどでもないわよ』

『あれもゼオが使っていたのかな?』

『それは気になるけど、僕たちが今知るべきことではない。さっさと捕まえて、マーク隊長たちと合流しよう』

「見ろ。見ろ」


 通信越しの会話に滑り込むように、人型ゼオが立ち上がる。生気のない顔は骸骨のようで、纏っているぼろきれも相まって一層貧相な体格に見える。

 にもかかわらず、鬼気迫った迫力がこのゼオにはあった。最後の力を振り絞ったような足をふらつかせながら、ゼオは必死にモニターを指す。

 間もなくであった。不快なジリジリという音を鳴らしながら、モニターに光が映し出されたのだ。そこには何も映っておらず、ただ黄緑色が画面いっぱいに広がり、古っぽいノイズが時折見られるだけであった。

 そしてゼオは再び機械に寄りかかるように倒れ込んだ。


『…何の冗談だ?』

『こいつはモニターに映る何かを見て欲しかったみたいだけど、特に何もないな』


 警戒しつつアシュリーが倒れ込んだゼオに近づく。脈を図り、瞼の下を確認していた。


『大丈夫。死んでいない』

『それを聞いてちょっと安心したぜ。捕まえても死んでいたら、いろいろ困るだろうからな』

『だがキミたちはまだここを離れてはならない』


 通信に割り込んできた声は、ロック達もまったく聞き覚えの無いものだった。深く安心させる、それでいて無機質な電子音のようなその声はその場にいる4人に大きな警戒心を抱かせた。すぐに機銃を構えて周囲を見渡すが、モニターに映る映像以外に動くものは何一つ見られなかった。


『誰だ!?』

『姿はない。私に体は無いのだから。だが自己紹介は必要だ。私の名はロベルタ・クーベルト』


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