第28話 追及
一方は信じた作戦を、もう一方は自分を疑います。彼らが歩く道にどこまで悩む必要があるでしょうか。
当然なのだが、日が当たらない洞窟の奥ではライトが必要になる。だからこそ新たに強化されたガジェットは衛星との兼ね合いで通信機能や索敵は強化されているし、明かりは常につけている。そしてゼオは暗闇の中でも嗅覚や聴覚により活動できていた。
だがなぜかゼオの数は予想していた以上に少なかった。4人では多いどころか、2人でも戦力は十分といえる数、ここが拠点とは思えない。
壁を這う2体のゼオを撃ち落とした、ロックはその不安を口にした。
『…奇妙だ』
『その理由をいちいち口にするほど、余裕あるか?俺はなにか見逃すような気がして不安だぞ』
『いやでもわかるよ。こんなにいないとなると、本当に拠点なのか疑わしいもの』
『まったくの見当はずれでした、ということだけは避けたいわね』
全員が同じ気持ちであった。今回の作戦にはこれまでの比でないほどの戦力が投入されている。力の入れようが違うのは、素人目に見ても明らかだし、長年この星で戦い続けたロック達からすればその想いは何倍にも大きいものであった。
だからこそ無駄にしたくない。多くの犠牲があっても、意味のある作戦だったと言えるものにしたかった。
不安を煽るゼオの少なさの中、ロック達は再び開けた場所につく。初めに入った場所よりも狭く、しかし他に繋がる通路は倍以上あった。
『さて予定では、こっちだけど…』
『やっぱり道が多い』
『別にあの衛星がすべてを教えてくれるわけじゃないのはわかっているけどさ、こりゃちょっとずさんだよ』
アシュリーが露骨に不満を打ち明ける。おそらく誰が言っても同じような内容になるだろう。この場所でも衛星で事前に得た道の数よりも多く、作戦の遂行を迷わせていた。
『どうする?また分かれて行く?』
『いつゼオが大勢で迫ってくるかわからないから、それは避けたいな。』
『作戦ではまず最深部に行くことだから、予定進路は変えないよ。一番いやなのは、衛星でわかっていた道とは違うことだ』
ブルベルから情報を聞いた数日後、出勤早々にアーノルドは呼び出され別の部門へと出向くことになった。目的の部屋にはたった一人の男しかおらず、その男はロックの飲み物が置かれたテーブルを挟み、向かい側に座っている。
軍事大臣のジャクソンは突き出た腹を膨らまし、ゆっくりと息を吐く。感情の読めない表情で、さっそく話を切り出した。
「呼ばれた理由はわかるかな」
「…いいえ」
「キミは用心深いからわかっている。しかし確証がないから、口に出さない」
ジャクソンはあっさりと彼の心を看破した。アーノルドは数日前にブルベルと話したことがこの男の耳に入ったのだから、呼ばれたのだろうと思った。ただそれをわざわざ話して違った場合は墓穴を掘ることにしかならないので黙っていたが、この男相手には無意味な策であったようだ。
「あんなレストランで内緒話などするものじゃないな。昔は個室のあるレストランも使ったらしいが、今の時代じゃそれも怪しい。やるなら公共の場は避けた方がいいな」
「どのあたりから知っていたのですか?」
「元々、キミが最近嗅ぎまわっているのはわかっていたからね。ワイズオルからも話を聞いていたんだ」
「自分は目をつけられていたんですね」
「だからといってキミに何かしようというわけではないのだがな」
「じゃあ、何で呼ばれたんです?」
「直接話した方が、妙な色眼鏡を持たずに済むと思ったから、といったところだな」
ジャクソンは熱そうに飲み物を口にする。余裕たっぷりの振る舞いは、アーノルドの警戒心を強めるだけであった。
「さてブルベルくんの話はほとんど間違っていない。実際に人間の人格をクローン人間へと移し替えることは理論上可能だ」
「その言いぶりからすれば、まだ実用段階ではないのですね」
「そうだな。しかし似たようなものは昔からあるんだ。今のクローン人間の主な役割は労働力、そして治療のための人体バンクだが、以前は元となった人間の分身として造られていた」
「それは自分が死んでも代わりがいるように、ということでしょうか?」
「いや、クローン人間の体がどれだけその人間と同じであっても、性格までは同じにできない。仮にできたとしても、あくまで違う人間だ」
アーノルドの頭に、ルオンの姿が思い出される。野心家の自分とは対照的に、仲間と一緒にいてその仲間のために自分が出来ることを探す献身的な態度は、彼を理解していなかった当時のアーノルドからすれば腹立たしく思えたほどだ。
クローンは元の人間とは異なる存在、アーノルドにとってそれはわかりきっていることなのだ。だからこそクローンを道具扱いすることに苛立つのに、目の前の人間は少なくともそれを理解しているのだ。
「だがまったく記憶が共有されていなかったわけではない。数十年前まで造られていたクローン人間は、脳を操作することで元となった人間に記憶を少しだがフィードバックできていた」
「そんなバカな…」
「正直、本当かどうかは疑わしいものがある。本人にしかわからないことだからな。技術を表沙汰にできなかったのも、それが理由だ。
しかし実際に体験してきた先人を何人も見てきたのは事実だ。もっともフィードバックできる記憶は完璧ではなく少ないうえに、どうもこれで生まれたクローンは体のどこかが欠損しているため、生活が不自由になりがちだ」
この話でひとつ合点がいった。マークの脚、ロジエールの腕が無いのは、彼らが今のクローンとは別の用途で生まれた世代であることだ。つまりこの研究自体、相当昔から続けている。その結果、どこかでクローン人間に意識を移し替える方法を編み出したのだろう。だがそれでも、彼には腑に落ちないことがあった。
アーノルドが切り出そうか迷っているうちに、ジャクソンは話を進めていった。
「少し前までも何体か造られている。昔の奴らと比べると欠損部分は少ないが、指とかが無いらしいが、まあいずれにせよ得られる記憶はわずかだ」
「つい最近まで造っていた、ということは研究も常に進めていたんですね?」
「そういうことだ」
「ならばここに来て、そういう噂が流れ始めた理由がわかりません。そんなに昔からやっていたにもかかわらず、研究や技術について漏れなかったのは徹底的な内部統制があったからだと思えばまだわかります。それが今さら…」
「私にそんなことがわかるはずないだろう。だが予測はできる。聞きたいか?」
大臣が自分を試しているわけではないのはわかった。そもそもこの話自体、自分が知らないこともまだあることは容易に想像できる。得られる情報はできるだけ得ようという好奇心とどん欲さが、アーノルドの首を縦に振らせた。
「まずこの研究を進めていて気づいたことだが、記憶を移し替えるためのクローンは、現在生まれている多くのクローンとは人格が違う傾向があることが分かった。達観しやすいというか、ものの見方が違うというか…まあ、具体的なところは本人にしかわからないだろう。とにかくそこから着想を得て、性格をコントロールする術を模索し始めた。クローン人間をより有用に、そして当初の目的を達成させられるような存在にするために。
そんなとき、ある研究所でRANDによる研究資料が発見された。資料にしてはかなり短く、しかしそれはとても有用なものだった。何よりもそれを書いたのが、かのロベルタ・クーベルトだったのだから信頼性は間違いなかった」
名前を聞いたアーノルドの眉がピクリと上がる。RANDの研究者の第一人者で人類史にも名を残す存在。アーノルド自身、100年以上昔の彼の著書を何度も読み漁った。クローン人間の研究にも携わっていることは知っていたが、まさかそこまで深いものだとは思わなかった。
「そこに書かれていたのは、クローンの人格を消しさるための方法と人間の人格を別の存在に移す可能性を示した理論だ。それが判明した時から、研究は大きく進んだ。あとは…言うまでもないだろう」
どこか勝ち誇るような笑みを見せながら、ジャクソンは手を広げる。ロベルタ・クーベルトほどの研究者が残した資料が発見されたのならば、それを試してみない理由はない。そもそも専門職の人間から見れば、その可能性を示されただけで研究に力を入れるだろう。どこまで確立されているかはわからないが、もう完成形に近いことすら伺えた。
おそらくロベルタの資料が見つかったのは、彼が働いていた研究機関だろう。彼は政府直属の研究機関にいなかったし、外部の研究機関に金の流れがあった場所が本命と取れる。
アーノルドとしては反応に困るというのが、正直な感想であった。ロベルタが自分の人生に大きく影響しているのは間違いないが、彼の研究が自分を惑わす原因であることには戸惑った。大臣は自分にその現実を突きつけて諦めさせたかったのだろうか。いや彼の狙いは別に…。
「これを直接話すためだけに俺を呼んだわけじゃないでしょう」
「偏見で物事を見て欲しくないと思っているのは本当だ。私はキミを買っているからね。ぜひ今後の政府を率いていく存在となって欲しいだけだ。そのためにも誤解なく知っておいて欲しかった」
「やっぱりこの技術は政府だけで独占ですか」
「正確には地球政府の上層部だな。まあ、大きくは変わらないだろう」
「こんな倫理的に問題あるような研究を独占し、やることは自分たちが永遠に生きて世界を管理しようというのならバカバカしいの一言です。人間は神じゃないのですよ」
「別にそんな大それたことを考えているわけじゃない。むしろ愚かな存在であることをよく理解しているつもりだがね。アーノルドくん、キミはあの惑星に行って何を学んだ?」
目の前の余裕を崩さない態度にアーノルドも苛立ちを隠さなくなり始める。なんとかしてこの男の鼻を明かしたい。もはや彼の心は、隠すこともできないむき出しの闘争心のようなものがジャクソンへと向けられていた。
彼は決意して挑戦的に、上司へと口を開く。
「何も。強いて言うなら自分の弱さです。現地で働く人間や実際の脅威と戦うクローン人間の方が遥かに優秀だ」
「そうだ。それをキミはわかっているんだ」
ジャクソンのその一言だけで、アーノルドの苛立ちは戸惑いへと変化する。いったい彼は自分に何を求めているのだろうか。
困り顔のアーノルドにたたみかけるように、ジャクソンは言葉を続ける。
「人類は今後も増長する。自分が愚かだと理解できている者こそ貴重であるべきだと私は思うのだよ。そして未熟さを知るからこそ努力する。慢心せずに突き進む。そんな我々が先頭に立てば、人類はさらに発展していく」
「その考え自体が…」
「傲慢だろう。だがそれすらもわかっていない人間は多すぎるんだ。歴史を知れば知るほど、そう思うんじゃないかね。クローン人間を調べていたならば」
もはや自分が何を言っても、ジャクソンを覆せえる気がしなかった。それほど彼の精神は自分の正義に対して自信たっぷりだし、アーノルドの動きもわかっている。そしてもっと悔しいのは、それに対して一瞬でも同調しかけた自分がいたことであった。
『何だよこれ…』
絞り出すようにリュータが目の前に広がる光景の感想を口にする。この空間にホバリングしながらゆっくり降りていったが、あまりの悲惨性にようやく出てきた言葉がこれだった。
最深部と思われる場所にロック達はたどり着いた。ここで別ルートから向かっているはずのマークやロジエール部隊を待つ予定だが、お世辞にも落ち合うにあたって最適な場所とは言えなかった。
彼らの目の前には、ゼオの死骸が積み上げられていた。その数はあまりにも多く、ガジェットの機能を使っても全ては数えきれない。体に大きく穴が開いた者、頭部が無く体だけが残っている者、全身が焦げて原形もない者、様々な死体が積み重なってこの空間に山となって存在していた。
『ゼオって死体を集めるの。何のために…』
『僕たちと同じ目的なら、RANDじゃないかな。彼らが武器やエネルギーを造るのに使うと思えないけど、ゼオが僕らと同じ経緯で生まれるなら彼らも必要なはずだ』
『それじゃ、あいつらはRANDも知っているってことか。この星を発見した時にはすでに住み着いていたようだし、こいつら下手したら相当な技術を持っていたんじゃないのか?』
『これだけでも人類史に大きな波紋を与えそうよね。しかしこんなものをずっと見ているのはさすがに気分悪いわ』
各々が嫌悪感と疑念を露骨に口に出していたが、それでも足音を聞き逃さなかったのは、さすがというべきだろう。彼らの後ろから聞こえた石を踏む音はゼオが突撃してくるような忙しいものではなく、静かなものであった。
どこから現れたのか、今回の目的であった人型ゼオがそこにたっていた。すぐに動こうとするロック達だが、ゼオは両手を上げて口を動かす。
「待て。待て」
『今さら命乞いのつもりか?だとしたら、安心しろ。僕らはキミの命を取らない。あくまで捕まえるだけだ』
「見ろ。見ろ」
横に首を振り、舌足らずな発音でロック達に訴えかける。必死な様子には見えなく、その行動自体をあまり理解していないような機械的な様子がうかがえた。
さっさと捕まえようとしたその時、ゼオはゆっくりと下がって行く。その時ゼオの姿がわずかに下がったように見えた。気にかかったロック達は機銃を構えながら、じりじりと近づくと下へつながる緩やかな坂道があった。壁には妨害電波を発する大小さまざまの水晶があり、その存在だけで衛星にこの道が映らなかったことに説明がついた。
『ここが最深部というわけではないみたいだ』
『だからって私たちがやることは変わらない。さっさとあのゼオを捕らえて…』
オルレアンが言いかけた言葉を切ると、すぐにワイヤーを撃ち出す。人型ゼオが急に這って奥へ逃げ込もうとしたのだ。ロック達も同様にワイヤーを撃ち出すが、周りの水晶に阻まれて届くことはなかった。ゼオはあっという間に奥の闇へと消えていくのだけが確認できた。
『くっそ、逃がした!』
『判断が遅すぎたんだ。見つけたらすぐに捕まえるために動くべきだった』
『それはわかっているけど、あんな感じで言われたら…』
『話すことはわかっていたのに戸惑ったのは、あれにもシンパシーを感じちゃったのかしら』
自嘲するようにアシュリーは言う。割り切ったつもりではあるが、無意識にも判断、動きは鈍るものだ。ゼオが自分たちと同じ存在であるとわかった今、人型ゼオの存在はその事実を視覚的に訴えかけるものとなっていた。
ワイヤーが絡まらないように各々丁寧に戻すと、ロック達は奥の暗闇に目を凝らす。水晶はあるはずだが、その深い暗闇から奥には見えず、ただただ不安を煽るような不気味さがあった。
『終わったことをうだうだ言っても仕方ない。今やるべきことは』
『あれを追うかどうかだな』
結局はそれが問題であった。目的のゼオは奥へと進み見失ったが、一連の動きはロック達を誘うようにも見えた。あのゼオが発した言葉も自分へと注目させるような意図があったとすれば、これが罠である可能性は高い。そもそも衛星に映っていない道を行くのだから、その危険性はより大きなものである。
『マーク隊長を待つにしても、どれくらいかかるかわからないしねぇ。誰か残ろうか?』
『この人数を分散させた方が危険だと僕は思う。待つなら待つ、進むなら進む、どちらかに絞るべきだ』
『それならお前が決めてくれよ。今はお前が先導しているわけだし』
『わかった。ならば、作戦の完遂を第一としよう』
そう言うと、ロックは一歩前に出て洞窟の奥を覗く。隠れていた割にはかなり広い道、仲間たちも異議は唱えずただ覚悟を決めるだけ。その奥に何があるのかはロックも想像つかなかったが、今はただ突き進むだけだ。
感想、ご意見お待ちしています。




