第27話 裏あり
別に主人公ではないのですが、最後にフォーカスあてた彼らにも意味はあるのです。
久しぶりの馴染みのレストラン、そこのコース料理にもかかわらずアーノルドはほとんど味に注意が向かなかった。しかしさっきまでのような後ろ向きな理由でなく、純粋に目の前の疑問と情報にすっかり食らいついての反応であった。
ブルベルの方は、普段あまり取り合ってくれないアーノルドが自分の話に集中しているのに気を良くして、すでに4杯もの酒を飲み終えたところであった。
「クローン人間の人格を固定化させようというのが納得できない。彼らも人間だぞ」
「それはただの副産物ってところだな。間違っていないけど、本来の目的じゃない」
「噂はあくまで噂って事か…」
「もっともその研究も進めているようだぜ。クローン人間の人格を消して、余計な感情を持たない別の星で活動する労働力にしようっていうのが」
「そんなの機械にやらせればいい」
「未知の惑星でどれくらい不測の事態が起こると思っているんだ。人格は消えても考える力は残る。人としての労働力が欲しいのさ」
「この研究だけでも世間はざわつくだろうな」
皮肉たっぷりにアーノルドは言う。今ですらクローン人間達を強制的に別惑星に送っているようなものなのに、人格まで奪われては人間という呼称すら怪しく思える。
だがそんなことは大した問題でもないかのように、ブルベルは手を振りながら答えた。
「バカだな。今さらクローン人間について、そんなふうに関心を持つ奴なんていないさ。そういう団体はわずかしかいないし、地球外でクローン人間がどれだけいると思っているんだ。感情論だけで否定してみろ。それこそ泣きを見るのは、そうやって声高に叫んだ自分たち自身なんだから」
ブルベルの言い分も全くの的外れでないことが、悔しかった。たしかに地球に戻ってから調べてみると、クローン人間という技術、存在について否定していた団体は存在していた。しかしそのほとんどが、人類が進歩していくにつれて縮小、解体していった。
なぜここまで、とも思ったが当時の熱狂は凄まじかったのかもしれない。人類が長年夢見てきた宇宙への侵出、それにより生まれた失望、地球を唯一無二の存在として認識できただけでなく本当に宇宙全てを掌握するのではないかとすら思えるエネルギーRANDもあったのだ。それらが当時の人間にどれほどのエネルギーを与えたのかは、今となっては知る由もない。
「くそっ!この話だけで気分が悪くなる…」
「お前、本題はまだ先だぞ。やっぱり飲むか?」
「本気で考えたいときは、俺はできるだけ飲まん。それで本題だが、そもそもクローン人間の研究は何を目的にやっているんだ?」
「クローン人間ってさ、何で生まれたか知っているか?あれって自分たちと同じ存在を生み出し、実質的に人生を伸ばす延命治療みたいなものなんだよ」
「…よくわからん。いくらクローンでも別人だろ」
「この研究をしていた当時は、そうでもなかったようだぜ。クローンは分身みたいなもので、彼らの人生が本人の人生の価値にも繋がる、そんなことを本気で考えていたみたいだ」
「だが今は違う。クローンは必要な労働力というのが、世間一般での見解だろ」
「世間でな。しかしここにきてお偉方はどうも昔と似たような考え方を持っている。そして今度は彼らの人生を間違いなく自分と同化させる気だ」
もったいぶるブルベルの言葉に、アーノルドもさすがにいら立ちが募って指で机を叩き始める。
「事実を知らないのに、回りくどい言い方されてもわかるか。さっさと教えてくれ」
「つまりクローン人間に、自分たちの意識を移し替えようってわけだよ」
アーノルドは目を細めた。動かしていなかったフォークとナイフもとうとう皿の上に置いた。
次に彼の口から出た声は、呆れと嫌悪の入り混じった侮蔑的な雰囲気であった。
「不可能だ」
「どうしてそう言える?」
「当たり前だろ。人格、記憶、考え方、どれを取っても複製できるようなものじゃないだろ。人間は機械じゃないんだぞ」
「ああ、まったくだ。しかしお前がさっき話したものをコピーできる技術があるとすれば、話は別だろ?」
「あるのか!?」
「一時的に複製させることは可能なようだ。すでに動物実験で成功させている。極秘ではあるが、技術の確立は間違いないようだ」
自信たっぷりに話すブルベルに、アーノルドはただ唖然とした。そんな非現実的な技術が確立されているとは、どうにも信じ難い。
ただブルベルがからかうために、嘘をついているとも思えなかった。
「どれくらい前から実験していたのか、わかるか?そんな大きな実験ならば、相当昔から着手していると思うんだが」
「そこまでは。ただ俺の見立てだけど、ここ1年くらいで急速に研究が進んだと思うんだ」
「根拠はあるんだろうな?」
「この話を親父から聞いた後にさ、ちょっと研究部門や人事、外部の器官をほじくってみたのさ。そしたら大当たり。研究部門では強引に遺伝子関連の研究者が引き抜かれたり、戻されたりしたようだし、そいつらが繋がっていた2つの研究機関で謎の金の動きがあったんだ。そこで働く知り合いの付き合いが悪くなった時期とかもその辺りだしな。推測の領域だけど、確証って言えると思うぜ」
「ちょっと待て。お前、どこで研究しているかも知っているのかよ」
「ハッハー。俺のパイプを舐めすぎだって」
意地悪く笑うブルベルだが、その言葉はもっともであった。似たような立場ながら積極的にコネを利用する彼を、アーノルドはどこかで見下していたし、それは自身もよくわかっていた。いくら表面上で評価しても、結局は自分の方ができる存在であることを。
しかし悔しいが彼はその考えを改めざるを得なかったようだ。同時に優秀な同期の存在に気づけたことに、一種の喜ばしさもこみあげた。
目を丸くして息を吐くというわかりやすい驚愕のリアクションを見せると、ブルベルは気を良くしてフォークを料理に突き刺す。
「お前のそんなリアクションを見られただけでもこの話をした意味はあるな」
「なら、もっと詳しく話してくれよ。俺はこの話を知りたいんだ」
「いや俺だって全部知っているわけじゃない。なぜこんなに研究が進んだかなんて、実際に携わっている奴でもなきゃわからないだろ」
「…それもそうか。それじゃ、人間の人格をコピーしてクローン人間にそれを移し替えることが目的ということだな」
「一種の延命措置だな。これを繰り返せば、永遠に生きることも可能になるはずさ」
この技術は神の領域だ。アーノルドはそう思わざるを得なかった。それは神聖な倫理により守られているもので、人間が手を出していい代物ではないはずだ。
しかし技術が発展するほど、人間に出来ることは増えていった。その中で同じ考えを持つ者がどれほど多く存在して、埋もれていったかは彼が知る由もない。アーノルドがこのような感情を抱くこと自体、とっくに形骸化したもであった。
「これはやっぱり地球政府が主導か?」
「だろうな。俺の親父含めた高官は少なくとも知っているはずだぜ。お前の親父さんも聞いたことはあるんじゃないか?政府は地球の存在をもっと意味のあるものにしたいだろうし」
「それだけじゃないな。そこまで技術が確立されているにもかかわらず、情報が隠蔽されているとなれば、上の方だけでそれを独占するつもりだろうよ」
「そこまでやるか?活動規模を増やしすぎて、クローン人間に手を出すほど人材がいないんだぜ」
「人材がいないのは、この技術を隠ぺいする理由にはならない。そもそもクローン人間の人格を消して都合よく動かそうとしているのだから、労働者の少なさなんてどうにかなる問題なんだ。
ここで重要なのは、地球政府の選民的な思考だ。今はクローン人間でなくても、地球外で一生を終える人だっているんだ。彼らを見下す考えがついてもおかしくなかったんじゃないか?」
こじつけ気味なのは理解しているが、アーノルドはまったく根拠のない推測でもなかった。Z58惑星で働いていた頃、物資の流れを過去の分までさかのぼってみれば、自分がいた頃と比べると雲泥の差であった。地球政府の下役人がひとりいるだけで、ケタや質が大きく違ったのだ。さらに戻ってから調査すれば、役人がいる星への金のかけ方は大きく違う。これだけで黒い何かが透けて見えるようなものであった。
数字に加えて、バロックの垣間見えるゼオへの執念もこれまでの地球からの援助の少なさも拍車をかけていたと予想できる。現場の人間の地球への一種の恨みの感情は、対象が相応の扱いをしているからだろう。
いきなり展開された同期の理論にブルベルは間抜けな戸惑いの表情を見せていた。口に運ぼうと持ち上げたグラスが、空中で止まって中途半端に乾杯しようとしているように見える。
「つまりお前が言いたいのは…」
「本当の意味で全てを管理しようと企む輩がいるってことだ。それも俺らの父親たちがな」
ついにゼオの拠点にロック達は足を踏み入れた。実際のところ足はつくことなく、大きな空洞があったため、ホバリングによりゆっくりと降りていった。どうもゼオ達は壁を這って上の穴から這い出しているようだった。それらも突入前のタートルの攻撃によって崩れた入り口の岩肌に潰されたり、降りていくロック達に撃たれたりと数はあっという間に減っていった。
目視する限り最後の一匹を撃ち抜いたところで、ロック達は着地する。どうも洞窟内の空気がよどんでいるように見えた。
『マスクは取るなよ。バレンリウムが充満している』
『ゼオがこれをものともしないのは驚きませんが…この濃度は高いですね』
『発生源を調べます?』
『それは二の次だ。今回の狙いは別の所だからな。さて…』
マスクの上から顔に手を当てて、マークは思案する。予想はしていたが、やはり複数の通路があった。アリの巣のように複数の空洞が繋がっていることは衛星のおかげでわかっていたものの、どのように進むのか迷っていた。というのも、事前情報だとここの道は2つしかないはずなのに、なぜか3つあったのだ。
『このままもうひとつの道を見過ごしていいかは、俺も判断しかねるな』
『でも見た目はそんなに違いないようですよ。岩肌の傷はかなり酷いようですけど』
『それじゃ、あの道はゼオが特に使っている道ということか?』
それを思うと、不思議と道が不気味に思えてきた。気のせいか、奥からゼオのうめき声が聞こえる。
『ここで無駄に消耗するのは得策じゃないな。二手に分かれるぞ。ロック、アシュリー、リュータ、オルレアン。4人で右側に行け。俺はクレアたちが降りてから真ん中へ…』
言葉を切るマークは、すぐに攻撃の身構えを取る。ゼオが数匹穴から現れたのだ。マークは素早く両腕のブレードを展開すると、向かってきたゼオをバッサリと斬りおとしていった。しかしその後ろから続々と現れるゼオに、マークはどうしても足を止めて戦わざるを得なかった。
『俺にかまわず行け!ロック代わりに指揮しろ!』
『そうも行きません!隊長だけに足止めさせるわけには!』
『5人でやってもいつ途切れるかわからない。もうすぐクレアたちも降りる筈だから、お前らが先行して調査しろ。さっさと例のゼオを見つければ脱出できるんだ』
『…でも』
『行け!作戦の重要性はわかっているだろ!』
マークは脚部の外付けの発射機構からミサイルを撃ち出す。爆風で多くのゼオが吹き飛んだが、それをかいくぐって向かってくるゼオもいた。このまま増えていけばマークひとりで止められなくなるのは明らかであった。
『…よし!みんな行くよ!予定通り、右の穴だ!』
『了解!!』
反論する者は誰もいなかった。今さら、自分たちの隊長を疑うような真似はしない。それは彼が死に直面する状況でも同じであった。
ロック達は背中のブースト機能を起動させると、この場から離れて奥へと突入していった。
『先に行かせたんですか?』
マークが呟いて間もなく、ガジェットに身を包んだ数人が降りてきた。降りてきたクレアの開口一番の言葉は、あまりにも不思議そうな声色だった。
『こいつらの数やお前らがすぐ来ることを思えば、そっちの方が効率的だろ』
『無茶しますね。死ぬ気ですか?』
『死んでもいいくらいだな』
さらりと答えるマークだが、クレアはあまり本気で取り合わなかった。彼が命を欠けることなど今に始まったことではない。どうもこの男はクローン人間の中でも、命への価値観が他の世代よりも達観しているような印象があった。
『うんまあ、この作戦は重要ですものね』
『…それだけじゃないな。どうも不思議な感覚なんだが、今になって確信したというか…』
『何ですか、隊長らしくない。歯切れ悪いと迷って食われますよ』
『わかっている。でもお前らがいるから、食われる心配はないだろ。だからこそ言いたいのだが、俺はどうもゼオが自分たちと同じ存在であることをどこかでわかっていた気がするんだ』
『長く生きていたからじゃないですか。あなた達の世代なら、他のクローンよりも長生きなんですから、感覚的に知るものもあるでしょう』
『本当にそれだけか?』
『私がわかるわけないでしょ。少なくとも死んでもいいとは、関係ないと思いますけど』
『…そうだな』
マークはちらりと視線を移す。それは話していた女性ではなく、その隣にいる隊の新人だ。なぜか彼が他人事のように思えないのだ。それは相手も同じなことは、マスク越しに視線が合ったことで確信した。
長いクローン人生で彼が初めて浮かんだ疑念は抱えながら、作戦を続行するしかない状況となっていた。
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