第25話 終幕の始まり
タイトル通りの内容です。各々の星で自分の戦いを始めます。
時差ボケというものがあるが、人間が宇宙に進出してからは、星と星の移動の間にも同じような現象が起こっていた。それどころか星ごとに環境は大きく違うため、別の星になれるのに1年以上かかるような人間も少なくなかった。
アーノルドはどうかというと、影響のようなものはなかった。多少の気怠さはあるものの、仕事を休むほどではなく、問題なく一日一日を過ごした。これもZ58惑星の環境が地球に近かったおかげだろう。
戻ってきた彼が最初に行ったのは報告書の作成だ。あの星で彼の主な活動内容、他の職員たちの仕事ぶり、職場環境、あくまでアーノルドの視点からのレポートを求められた。名目上は長期視察だが、実際に彼の仕事を考えれば単身赴任で別の場所で働いていたという感覚が強かった。
驚いたのはこの報告書にクローン人間の仕事状況についても記載することであった。もちろんあの場にいたのだから、必要事項であることは理解している。ただこれまでの報告書にも記載されていた事項にもかかわらず、自分がクローン人間の存在に対してほとんど知識がなかったことに驚いていたのだ。
政府の人間とはいえ、アーノルドが在籍するのは流通部門。それも国内の当たり障りのないものだ。こういった報告書を目に通す機会は、これまで少なかった。しかしだからといって、ここまで知らないものだろうか。つくづく自分の視野が狭かったかを思い知らされる。
「誰だって最初はそんなものだ。すべてが上手くいく人間なんていない」
昼休憩時に、アーノルドと同じ部署の先輩であるバズがカレーを食べながら答える。ちょっとした愚痴にも付き合ってくれる男だが、正確に言えば他人の文句を聞くのが好きという風変わりな嗜好の持ち主であった。
対面に座るアーノルドは、サンドウィッチを片手に悩まし気な表情を作る。
「それはわかるんですけどね…」
地球に戻ってからというもの、同僚から食事に誘われることが激増していた。Z58惑星ほど離れている星に、査察でもなく長期で出張となったのが珍しかったからだろう。同時に彼の父親関係のつながりも考えれば、出世を予想してつながりを求めているのかもしれない。同じ立場ならアーノルドだって、そうしただろう。もっともバズは野心よりも、好奇心を優先していたのだが。
「自分がクローン人間について無知だった。それだけのことで悩むお前が俺にはわからないね」
「Z58惑星でクローン人間の友人ができたんですよ。あいつらを知るまで俺は彼らの実態や境遇について、興味すら抱かなかった。」
「なんだ、お前は。聖人にでもなったつもりか。あれを人間と同じように考えるから、ダメなんだ」
「それじゃ、彼らを道具のように扱えと言うのですか」
「割り切れと言っているんだ。俺らの仕事なんてそんなものだろ」
地球に戻ってからも、同じような感情の繰り返しだ。ウジウジ考えるのが自分だとわかっていても、心地よいものではない。
「それよりも自分のクローンに会ったんだろ?やっぱりお前に似ているとかあったのか?」
さっきまでの神妙な雰囲気とは打って変わって興奮しながら、バズはアーノルドに問う。彼としてはこんな面倒な話題を聞くつもりはないのだろう。強引に話を変えられたら、アーノルドとてそのまま話を戻しても意味のないことはわかっているので、素直に応えた。
「顔はそっくりでしたが、それだけです。性格はまるっきり別人でしたよ」
「まるっきり?少しも似てなかったのか?」
「ええ。彼は彼で、俺とは別の人生を歩んでいましたよ」
「まあ、そんなものか。さすがに人格や性格までコピー、再構築とまではいかないか」
「あくまでRANDとほんのわずかな遺伝子を活用しただけですからね。それだけで性格まで影響を与えることはないですが…期待していたんですか?」
「うーん、ちょっとな」
「バズさん、俺よりもクローン人間に詳しいはずでしょう」
「でも実際に会ったことはない。ましてや自分のクローンなんてさ。知り合いでそんなのと会ったことあるお前に、訊いてみたかっただけだ」
ヒラヒラと手を振りながらバズは答えた。軽い動作に同じくらい軽い話し方ではあったが、ロックの中でひとつ気になることが生まれた。
「そういう実験が行われているのですか?」
「なんだよ、いきなり」
「人格すらもコピーするクローン人間の実験が行われているのか、訊いているんですよ」
「いや俺がその話をしたのは興味本位で…」
「再構築なんて言葉はなかなか出てこないと思います。バズさんが興味本位でいろんな部署をかぎまわっているのは知っていますし、俺から何か訊けるかもしれないなんて期待があったからこの話題を振ったんじゃないですか?」
責めるように切り込んでいくアーノルドに、バズはすっかり食事する手を止めて困ったようにあごを撫でる。この素振りだけで彼の頭の中で、何らかの問答が行われているのは理解できた。
バズは体をグイっと前に倒すと、警告するようにアーノルドに指を向ける。
「いいか、これはオフレコだぞ」
さっきまでの軽い話し方とは打って変わり、周りを警戒した用心深い声であった。
「どうも最近、クローン人間の研究に力が入っているようでな。俺もちょっと気になって調べてみたんだ」
「その研究が人格のものだと?」
「探りを入れた限りな。しかし俺も全部は把握できていないんだよ。うちの上司でも知らないんだ。大臣くらいの高官でもなきゃ、全貌を把握していないんじゃないかな。
でもまったく知らないわけじゃない。どうも人格を構築しなおして、思い通りの性格のクローン人間を造る計画みたいだ」
「そんなことやったら、それこそクローン人間に自由なんて無いじゃないですか!」
「だから言ったろ。割り切れって。いつまでも考えていたら、この研究が現実化した際には、お前の方が苦しむぞ」
この話に危機感を持ったのか、バズは空になった食器を持って席を立つ。追いかけて追及しようかと考えたが、彼がこれ以上口を割るとも思えなかった。
残されたアーノルドは先ほどとは打って変わって、思考を巡らせる。自分が突っ込むべき話題ではないことはわかる。しかしクローン人間のためと言いながら、これを見過ごすことができようか。今の彼には、抱いた正義感を一時的に捨て去るような真似はできなかった。
しかし彼も昔とは違う。考えなしに向こう見ずな行動を取るほど、正義感が頭を支配してはいなかった。まずは知ることだ。この話が本当のことなのか、それを調べることで初めて自身も動ける筈であった。
幸い、当てはあった。もっとも簡単で、もっともアーノルドが避けたい方法ではあるが、自分がことを為すためにはいらないプライドは捨てるべきだと考えた。
決心したなら話は早い。まずは少しでも印象をよくするためにも、今持っている仕事を早々に仕上げようと昼食を急いで口に詰めるのであった。
全身に身につける鋼の鎧、ゴウンゴウンと耳に入る機械音、これだけで気持ちが引き締まるのだから、単純な精神構造だと思った。それとも何度も経験しているがゆえに、体と精神がそのように覚えてしまったのだろうか。これまで考えたことがなかったのに、いざ意識するとキリがない。この不思議な感覚は、これからも生きていくうえで何度も経験することになるのだろう。
ロックは着脱場でガジェットを装着している際に、これからの作戦に緊張感を抱いていた。相手はいつも通りのゼオだが、攻める場所は彼らの拠点。自分が見てきたゼオとは比べ物にならない数が、そこにいる筈であった。
もちろん作戦に当たって、戦力も膨大であった。多くの人員を割き、ガジェットや武器も出し惜しみなかった。実際、ロックが現在装着しているガジェットもこれまでの4型ウォンバットに改良を加えたものとなっている。使い勝手こそ大きく変わらないものの、その性能は間違いなく上昇していた。
向上したガジェットに身を包まれるのは、一種の安心感を覚えた。所詮はクローン人間、神様などを当てにしたことは一度もない。そんなものよりも、実際に力のあるものがロックにとっては信用できた。
だが信じるのは機械だけではない。共に戦場にいる仲間、散っていった仲間、そして今は地球にも仲間がいる。不思議なものだ。1年もいなかった友に自分がそこまで入れ込むとは。
笑みを浮かべる顔にマスクをつけられたところで、ロックは歩を進める。専用のエレベーターに乗り地上に出ると、空に飛びあがる。集合地としていた壁の上にはすでに装着を終えたアシュリーたちがいた。全員が4型ウォンバットの改良型を身にまとっており、いつもよりも頼もしい印象を抱かせた。
「おっ、来たね」
「あとは…マーク隊長だけか」
「隊長、装着遅いのに他の人に先に行かせるから~」
「今に始まったことじゃないので。ところでみんな作戦は頭に叩き込んでいますね」
クレアの問いかけにその場にいた全員が頷く。作戦を忘れた者など、ロックがマーク部隊に入ってから一人も見たことはない。クレアもわかっているのにわざわざそんなことを口にすると言うことは、彼女も極度の緊張状態なのだろう。
間もなく、ガジェットを装備したマークが合流した。彼は彼で違うガジェットを身につけていても、あまり雰囲気が変わっていないように見えた。
「最後になってしまったようだな、悪かった。さて通信状態だけチェックしておこう」
順番にチャンネルを回していき、全員の声が届くかを確認する。衛星のおかげで以前よりも長距離の通信が可能になったため、確認もいっそう慎重になっていた。
『問題ないな。俺らの通常チャンネルは3で行う。非常用は8番だ。忘れるなよ』
確認後、全員がマスクを外す。緊張から口をしっかり結んでいるオルレアン、げっそりした面持ちのリュータ、アシュリーですらいつもの軽薄な雰囲気が薄れてどこか引きつっているように見える。補充要員で来た…名前はたしかディーゼルだった気がする、彼も不安ゆえにずっと前で組んでいる手の指をトントンと鳴らしていた。クレアは表情にこそ出さないものの、先ほどのやり取りでその不安は伺えた。ここまでくると、自分もおそらく顔に出ているのだろうと、ロックは思った。
ただ変わらないマークだけが、皆を見ていつもの調子で口を開く。
「それじゃ、作戦前に少し話しておこうか。当然ながら、皆緊張しているな。いや、それがおかしいわけじゃないのはわかっている。しかし俺にはどうにかできる術を持ってはいないからな。
さて…皆も知っている通り、今回の作戦は非常に重要だ。我々の長年の敵の拠点を、叩くことになるのだから。もちろんそれで戦いが終わるわけじゃない。だがこれまでよりも遥かに確実な安全が約束される」
マークのその言葉に、ロックの脳裏には2人の親友の顔が浮かぶ。ギャリーはまさにゼオとの戦いの中で命を落とした。ルオンだって、自分たちと仕事をするために一度は戦いの中に身を投じたことがあるのだ。それが無ければ、もっと生きられた可能性はある。
こんなことを考えるのは、ロックだけではないだろう。同期であるアシュリーたちはもちろん、ギャリーやクレアもゼオとの戦いの中で部下や仲間を失っただろう。補充員の彼ですら、先日の襲撃で命を危険にさらしたはずだ。それどころか、名も知らぬ他のクローン人間も思っているだろう。
多かれ少なかれ、現場にいる全員がゼオを倒すことの必要性を理解しているのだ。
「だからこそ不安になるだろう。当たり前のことだ。我々だって感情ある生き物なのだから。だがそれは作戦を辞退する理由にはならない。我々はただいつも通りに作戦を、遂行するだけだ。そして少しでも輝かしい未来を切り開こう。これはそのための第一歩だ」
言い終わった後に、マークはふっと自嘲的に笑みをこぼす。
「なんてもっと厳格な内容を話すつもりだったんだけどな。どうも慣れているつもりだったが、俺もちょっとクローン人間の人生にいろいろ見出したくなったみたいだ。
まずはこの戦いで勝とう。話はそれからだ」
その時だ。壁の上にいた彼らのさらに上を通る存在がいた。空を切り、轟音を鳴らすレイヴン隊が目的地へ向かっていった。第一陣である彼らが動いたことは、事実上の作戦開始の合図でもあった。
「時間だ。全員マスクをつけろ」
再びマスクをつける。彼の映る景色は機械的なフィルターに通されたものとなった。だがそれこそが、緊張を緩和させる。やるべき仕事を意識させてくれる。同時に、マークの言葉が自分と同じことに安心した。
『それでは…行くぞ!』
掛け声と共に、マーク部隊が空をかける。先ほどのレイヴン隊と比べると遅く、それでいて安心を抱くこの鎧をロックはただ頼りにしていた。
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