第23話 次の道へ
今回はアーノルド側の話が多めです。まあ、この星から旅立ちますし…。
じりじりと日光が照り付ける。おかげで外はかなり暑く、それが改めて地球と似ていることを実感させた。思えば、こんなにも都合の良い星が存在することが、不思議なものであった。
送別会から3週間も経たないうちに、地球からの輸送船は到着した。多くの物資が積まれており、アーノルド達が要求した武装も問題なく揃っている。
もちろん、例の衛星も運ばれており、惑星周辺の軌道上で組み立てがすでに行われていた。地球周辺の星ならば打ち上げるが、さすがにRANDを燃料にした宇宙船でも数日かかるような場所では難しいので、ある程度組み上げたものを輸送してくるようだ。会議から日もほとんど経っていないのに運んでこれたのは、あの時点で情報が少し古かったのではないかという妙な勘繰りをしてしまうほどであった。
出し渋りもなく着々と予定通りの戦力が揃っていくのを見ると、政府もこの星の戦いに決着をつけるべきという考えのようだ。
自分の仕事部屋の窓から外の光景を見る。いつもよりも生活圏が慌ただしいような気がした。物資の搬入や役人の視察で、いつも以上に人がいるのは当然だが、アーノルドがこの星を名残惜しく思っているから、余計そのように見えるのかもしれない。
父が話していた予定よりも長くいることになったが、それは後悔することではなかった。クローン人間との交流と真実、この時代の人間の価値観、自分の未熟さを知ることになったのだから。この先を生きていくにあたって、この星の経験が彼に影響を与えることは疑いようがなかった。
しかしそれは彼が自分の人生を縛り付ける可能性もあった。彼の持つ必要以上の高尚な正義感と、未熟を自覚した上の劣等感は、クローン人間の現状の扱いに憂いを抱いてしまう。必要なことと割り切らない限りは、この憂いは今後の彼の人生にまとわりつき、彼を悩ますだろう。それは彼の人生が、ただただ苦悩を抱え続けるだけの辛いものになることを示唆していた。
もっともアーノルド自身もそれについては理解していた。このままクローン人間のことだけ考えていては、人生の幅を狭めかねないことは。自分が働くのは政府なのだ。あくまで人間のために尽力する機関なのであり、クローン人間だけに集中するわけにはいかないのだ。
バロックやロベルトのように、違う形で彼らを支援する方法はある。だがそれをすぐに決断するほど彼は他人本位でもない。政府の人間として、後世にも影響を及ぼすような実績を残したいという野心も少なからずある。
つまるところ、今の彼はまだ模索しかできていなかった。たとえそれがどこかで決断しなければ、手遅れになるかもしれないことがわかっていてもだ。
何度目になるかわかりもしないため息を大きくつくと、振り返り仕事場を見渡す。ここに来てからほとんど私物は持ち込んでいなかったため、まったくと言っていいほど変わりばえしなかった。考えてみれば、この星を離れるというのに思い出になるようなものは何もなかった。観光地でもないので当然と言えば当然なのだが。
時計を見るとそろそろ迎えの宇宙船に向かわなければならない。ほとんど変化のない仕事場に対しても名残惜しそうにアーノルドは部屋を出て行った。
凛とした表情でアーノルドは施設を出る。別に体が疲れているわけでもないし、わざわざ自分が辛そうな表情をして同情を買おうとも思わない。しかし足早に動いていたので、予定よりもそれなりに早くついてしまったことには、本人も少し困惑していた。予定では施設の入り口に迎えの車が来ることになっていたが、それらしい車体は一つも見当たらなかった。待たせるよりは遥かに良いのだが、入り口付近でポツンと立っているのも傍から見れば間抜けだろう。
「アーノルドさん!」
どうしたものかと考えていると、聞き慣れた声が耳に入る。少し離れているにも関わらず、大げさに手を振ってアピールするアシュリーは相変わらずエネルギーに溢れていた。その後ろではロックがやれやれといった表情で彼女を見ている。
2人とも足早に、彼のもとへ近づいてきた。
「もう船に乗り込んだと思っちゃいましたよ。ここで何をしているんです?」
「迎えの車がここに来る予定だったんだが…けっこう早くついてしまってな。我ながら時間管理が甘いと思うよ」
「あらら、いざ出発だというのに締まらないですね」
ロックが忠告するように彼女を小突く。アシュリーの無礼な態度は不快になるようなものでもないので、特にアーノルドは気にしなかったが、ロックはそこら辺の規律は守りたいのだろう。そんな彼女ですら自分の存在に悩み、揺らぐこともあるのだというのだから、彼女がクローン人間であることが不思議に思えることもあった。
アシュリーはロックの行動に、わかっていると顔をしかめて見せた。
「まあうん、でも私たちがアーノルドさんに会って最後に話せたのはラッキーというわけだ」
「俺にとっても幸運だな。最近、お前達ずっと任務続きだったものな」
「仕方ありませんよ。今が正念場ですし」
「お前達が戦わなくても良い時代が来ればいいんだけどな」
「それは無理ですよ。そういう目的で僕たちは生まれたようなものですから」
「…そっか。まあ、別れを言える機会があるのはよかったよ。俺はキミらに世話になりっぱなしだったからね」
「まったくそんなことないのに、気を使わなくてもいいですよ~。私たちもアーノルドさんと友達になれて嬉しかったんですから」
ニヤニヤしながらアシュリーはアーノルドと握手を交わす。続いてロックとも手を交わすのだが、とても力強く感じるものであった。
「アーノルドさんはまだ迷っているようですが、僕は目標を決めましたよ」
「俺はそういうことじゃ…えっ?」
「だから決めたんですよ、目標を」
前置きもなく出された発言にキョトンとするも、ロックは気にせずに話を進める。
「クローン人間も生きてきた証が欲しいと思ったんですよ。僕たちって死んでも、体を使われて残りはRANDになるだけですから。この名前含めて残したいと思うのです。そこでお墓を建てたいです」
クローン人間に人権はない。そして相当の数がこれまで死んでいき、今でも多くの個体が造られている。それゆえに墓を建てることは認められていなかった。もちろん個々で勝手に作る分には問題ない。
傍から聞けば、勝手に作ればいいと思うだろう。だが彼がどんな意図でこの話をしたのか、アーノルドは理解できた。認めて欲しいのだ。自分たちが生きてきたことを。政府に、地球に、人間に、自分たちも同じように生を享受された存在であったことを。
これがどれほど難しいことか、本人もわかっているだろう。実現する方法を考えても、それがクローン人間ひとりではどれほど難しいか、いや不可能と言ってもおかしくないだろう。
しかしそれでも彼は自分の目標を見つけた。諦めからくるクローン人間ができる範囲のことだけではなく、その一歩先を踏み込んだ目標を彼は抱いたのだ。
もはやただの操り人形から脱したその存在は、自分よりも未来を掴むべき可能性溢れる存在に見えた。
「キミは大したものだよ。今となっては俺よりも遥かに人間らしい」
「そんなふうに言ってくれるのは嬉しいです。だって僕を人間にしてくれたのはあなたなんですから。
だからアーノルドさんも自分の信じてください。後悔だけはしないで欲しいんです。あなたには特に」
がっしりと握った手の力と同じくらいの力強さが、今のロックにはあった。最後の最後まで彼には救われる想いだ。
アーノルドはただ口元に笑みを浮かべる。すぐに政府の車が迎えに来たのを確認すると、彼はただ一言だけ恩人たちに向けた。
「またな」
「あっさりだったね」
あっという間に見えなくなった車を追うように視線を走らせながら、アシュリーは言う。なんだかんだで彼女も名残惜しいのだろう。
「いいじゃないか。最後の最後に言葉を交わせたんだから」
「ラッキーと取るべきか、これくらいのことしかラッキーと思えないのか…なんかもったいない気分だよ」
「ポジティブな考えを取ろう。ラッキーだった、それでいいね」
「はいはい。にしても、普段から礼儀をどうのこうのっていう割には、アーノルドさんへの激励ってちょっと上から目線だったんじゃないのー?」
ニヤニヤしながらアシュリーはロックを責める。もっとも非難しているわけではなく、ちょっとしたイジワル程度のことなのは火を見るよりも明らかだが。
ロックとしてもそんなことに付き合うつもりはなかったので、態度は変えずに淡々と答える。
「僕はあの人に後悔しないで欲しいだけさ。本気で考えていることを突き進まないなんて、もったいないだろ?僕らよりも自由があるのにさ」
「私たちを気にせずに、ガンガンいけ!ってこと?」
「あの人の足かせになりたくないんだ。だって彼は僕たちのことを本気で考えてくれたんだ。自分のクローンにまで会ったんだよ。僕はそんな人と友人になれたことを、誇りに思う。
だからこそあの人のために、僕が出来ることをやったまでだよ」
「あんた、変わったのかと思ったけど根っこのところは変わっていないんだね」
「そりゃ、クローン人間でも昔から培ったものはすぐには変わらないよ。自分のことを客観視できるようになったとは思うけどね」
「じゃあ、ロックの話したお墓の件は本気じゃなかったの?」
「まさか!あれは本心さ。僕はいつか死んでいった親友のために、建てて見せるさ。そのためにもまずはここでの戦いを終わらせなきゃ」
ロックは決意を言葉にすると、ガジェット整備のために再び歩を進める。自分には不可能かもしれない、そんなことはわかっている。それでも大きな夢を持つことが大事なのだ。今度は少しでも現実に近づけるために、一歩ずつ進むだけだ。たとえ成し遂げられなかったとしても、そのために全力を尽くせる生き方はこれまでとは違った景色を見せてくれるかもしれない。
「じゃあさ!私もちょっと思いついたよ!」
「何を?」
「目標だよ!あの送別会からあんたやアーノルドさんの言うようにいろいろ考えたんだけどさ、やっぱりダメだね。これといった目標って思いつかなかったんだよ。でもやりたいことはある。立派なものじゃないけど、前に話したように地球に戻りたいんだ。あの空気をもう一回味わいたいね!」
「そうか、思うだけじゃなく目指すことにしたんだな」
「理想を現実にってね。難しくてもやってみるつもりよ」
足取りも軽く、アシュリーはロックの前を行く。そんな彼女の姿は、前に同じことを話した時のような憂いを帯びたものではなく、いつもの彼女らしさそのものだ。ルオンやギャリーも彼女のようになれたのだろうか。少しだけそんな疑問と心残りを抱きながら、ロックは彼女と共に着脱場へ向かうのであった。
宇宙船に乗り込んでから、離陸まで時間はかからなかった。バロック達との挨拶もほとんど事務的なもので、印象に残るものではない。もっとも衛星も備え付けられたため、バロックとは通信できる機会はあるだろうが。
今回の宇宙船は来るときに乗ってきたものと比べると一回り小さかったが、別段不満を感じるようなものでもない。ただ相部屋なのは気がかりであった。正確に言えば、相部屋が気がかりなのではなく、一緒の部屋にいる相手が困るのだ。
今回、アーノルドを地球に連れて帰るにあたって、政府の高官は来なかった。たかだかひとりの末席のために、わざわざ足を運ぶお偉方もいないだろう。あくまで今回の訪問は、物資や武器を運んでくることなのだから。
そのため彼自身も知っている人間が来るなどとは思いもしなかった。
「ぶえっくしょい!」
「なんだ、風邪か?」
「着いてすぐのとんぼ返り状態だからな。俺は敏感だから、環境の変化は苦手なんだ」
辛そうに鼻をすすりながら、ブルベルは答える。聞けば、この男はわざわざ今回の迎えに行くにあたって立候補したのだという。いくら彼が末端の役人とはいえ、アーノルドと同じく父親が政府の重鎮である上に、彼とは違ってその立場を利用するタイプなので、その姿を確認した時は驚いた。
いまだに大きく鼻を鳴らすブルベルに、呆れ気味に声をかける。
「こんな迎えの仕事、お前がやることじゃないだろ」
「言ってくれるぜ、アーミー。俺とお前の仲じゃないか。それにこんな小さなことでも、ポイント稼ぎに使えるものだぜ」
だったらまずその尊大な態度を隠す努力をするべきだと思ったが、直接言ったところで聞き入れもしないだろう。この男との相部屋は気持ちが休まらないので、アーノルドとしては願い下げであったが。
「それでどうだった?この半年間の仕事は」
「報告書は書かなければならないんだ。あとで見せるから、それでいいだろ」
「バッカ、お前!わざわざこんな星まで来たのは、お前から話を聞くためでもあるんだぞ!」
「お前はクローン人間に興味あるのか?」
「ねえよ。ただ俺はあの時、お前に越されたと思ったんだ。あの場で俺も残ると言っておけば…いや過ぎたことはどうでもいい。とにかく話を聞かせてくれよ」
相変わらずというべきか、ある意味での仕事のストイックさには感心してしまった。話すべきか迷ったが、ここからどう頑張っても地球までは数日かかるのだ。この男に説明するよりも、今しかできないことをやるべきだ。
「話すのはもうちょっとしてからな。今はこの景色を、目に焼き付けておきたい」
「さすがに半年以上いれば、情も湧くか」
「そうだな。ここで俺が得たものは大きかったよ。いや俺はもらってばかりなものだったけどな」
気づけばかなりの高度まで来ていたのか、雲も近くなっていた。それでも下を見れば壁に覆われた生活圏が見える。この高度でもすべてを見渡せるわけではないのだから、相当な規模の大きさの拠点だったのが改めてわかる。
その時、拠点の壁付近から飛び出していく線がいくつか表れた。まるで地を切る彗星のように、その線は森を過ぎていった。自分の知る彼らだろうか、それとも別の部隊だろうか、自分に大きな影響を与えたクローン人間が、また任務へ向かっていく姿をこの星の最後の光景として彼は目に焼き付けたのであった。
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