第22話 期待
それぞれやることを決心して、期待を抱いて前進していきます。主人公はもちろん、相手側も例外ではありません。
Z58惑星という記号的な名前でも、そこに人が住んでいる以上、娯楽というものはあった。特に食事処が多く、酒を飲める場所の多さから一種の歓楽街という印象もあった。その中のひとつで、アーノルドの送別会は行われた。
店はかなりしっかりした造りをしており、広々とした間取りが印象的だ。大きなテーブルがそこかしこにあり、周辺の中でも最も大きい店構えであった。
「さて我々としても初めての経験となる送別会だ。」
ビールがたっぷりと注がれたジョッキを片手に、マークが参加者の顔ぶれを見る。義足にもかかわらず、乾杯の音頭を取るために立っているため彼の目線は下向きだったが、首の動きから慣れた動作だとわかる。
「しかもお初の相手が、この星で親交を深めた役人さんときたものだ。クローン人間でも人生にどんなことがあるのかは、わからないものだね。
あとは…これ以上話すと、頼んだ飲み物の美味さも損なわれるかな。とにかく我々の親愛なる上司の今後の幸運と健康を願って!乾杯!」
『乾杯!』
マークの掛け声とともに、全員が手に持つジョッキやグラスを掲げて、乾杯する。マーク部隊とロジエール部隊が企画したアーノルドの送別会は、和やかなムードで幕開けとなった。
アーノルドは、最初はもっぱら聞き役に回って食事を取りたいというのが本音であった。どうも会議に体力を持っていかれたような気分であり、すきっ腹に食料を入れたいと考えていたが、質問攻めになって考えていたよりも箸は進まなかった。
「アーノルドさん、異動っていつから決まっていたんですか?」
「戻ってからの役職はどうなるんですかね。政府の人事って気になりますよ」
「ゼオの研究はどこまで進んでいますか?」
訊かれることは大半が仕事の内容だ。しかし大半を答えることはできなかった。自分の人事については、最近唐突に言われたことな上、そもそもこれまでの仕事の中で人事関連はからっきしであったため、答えられず濁したような言い方しかできなかった。ゼオについてもクローン人間と同種であるという発表からは、会議くらいでしか関わる機会はなかったし、それも他のクローン人間が参加していたので、彼らと知っていることはほとんど同じだ。
もっとも彼らとしてはいつもの集まりと変わらない様子の態度であったからこそ、気になることをズバズバと尋ねたのだろう。マークの話では、送別会というもの自体をやったことがないようで、今回は相手が人間だから試しにやってみようという感覚だったのだ。クローン人間の仕事は命に関わるものがほとんどだ。そのため下手に友好を深めないために、行わなかったのかもしれない。しかしロック達を見ていると、なぜこれまでやらなかったのかが不思議に思えてしまった。彼らなりの価値観の違いがこんな細かい点にもあるのだろう、と考えることでひとまず納得することとした。
答えることが多く、合間にはグラスに口をつけることが多いため、飲み物の減りが異常に早かった。早くも3杯目のビールを頼んだアーノルドは、疲れたように目頭を触りながら、途切れない話に参加していった。
「よしよし、お前ら。役人さんへの質問攻めも、いい加減にしておけ。さっきから話しているのお前らばかりだぞ」
「でも隊長、もう少ししかない機会なんですから、話せるときに話さなくちゃ」
「気持ちはわかるが、相手の様子も考えろよ」
「心に安らぎがなければ、自分にも他人にも迷惑はかけないものさ。エピクロスもそう言っていたね」
「隊長たちだから言える言葉じゃないですかぁ!」
マークとロジエールの言い方に、ロジエール部隊の女性が口をとがらせる。あまり本気で抗議しているようには見えないが、話せるときに話すというのは本音だろう。
「別に今すぐこの星を離れるわけじゃないんだ。急かさなくてもいいだろうに。
…じゃあ、ここで役人さんからの言葉を貰って、一回打ち止めってことにする。送別会は意気込みとかそういうのを話すらしい。おっと反論は受け付けないからな」
これで決まりとも言うように、マークがぴしゃりと言う。正直、助け舟を出すならもっと早くしてほしかったが、それなりに飲んだ状態ではいちいち気にもしていられなかった。
「それじゃ、役人さん…いやアーノルドさん。これからについてお言葉を」
「ええ、わかりました」
グラスを置き、ゆっくりと立ち上がる。思ったよりはしっかりと動けたので、アーノルドは安心しました。
「今回はこのような会を設けていただきありがとうございます。こういった会は、自分が送られる側になるのは初めてなので感慨深いものがあります。
ここでの仕事は長くありませんでしたが、自分にとっては新鮮なことばかりでした」
通り一辺倒の切り出しをしてから、アーノルドは言葉を切る。見回せば、クローン人間達の顔が映る。だいたいが興味深げか、不思議そうな表情をしていた。そして間違いなく人間の顔であった。そんな彼らがいびつな存在として扱われている。それを彼ら自身も肯定している。
この星に来て、真実を知ってから何度も何度も同じことを考えた。その度に、彼らをないがしろに扱う人間に憤りを感じたり、自分の無力さを嘆いたりと忙しい思考を駆け巡らせていたのだ。
こんな話をしても、彼らに何が伝わるだろうか。今のアーノルドには、この小さな機会すらも意味のあるものしたいという感情があった。
「まず謝らせてほしい。俺はこの星に来て、たしかに経験を積んだが、それで君たちを助けられるようなことは何一つできなかったことを。ここに来てからは、流されるだけだった。俺よりも遥かに君たちの力になっている人間、そういう奴らに対して具体的な支援もままならない中、心の中でそいつらを見下していた。結局、頭で考えているだけで何もしていなかったのは、俺自身だった。
この場でこんな話をしたのは、一種の決意表明だって思って欲しい。俺はここで自分の無力さを思い知った。絶望もした。
そんな俺は自分がどうするかを、まだ決まっていない。しかしここで得たものを糧に…ひとりの人間として、俺は生きていこうと思う。そして約束してほしい。君たちも経験を糧にして、未来を歩んでほしい。与えられたものを享受するだけではない人生を」
再びアーノルドが言葉を切る。相変わらず不思議そうな表情がほとんどだ。当然だろう。こんな回りくどい抽象的な言い方で、アーノルドが彼らに臨むこと…クローン人間も同じ人間であるという想いがわかるはずもない。またしても高尚でありたいという悪い癖が出てしまったのだろう。
しかしこんな話でも、何か思うことがあったのだろうか、彼らの目にわずかながら輝きが見えた気がした。もっともアーノルド自身の期待から、そのように見えた気がしただけかもしれないが。
ちらりとロックに目を向ける。結局、彼に命を助けた恩返しをすることはできなかった。クローン人間のためにと思いながら、身近な存在一人にすら何も出来なかったのだ。
少しだけ息を吐いたアーノルドはテーブルに置いたグラスを持つ。
「最後に、もうひとつ。多くのことを教えてくれた俺のクローンであるルオンに、先日の戦いで散った隊員たちに、これまで人間のためにその命を燃やしてきたクローン人間に、乾杯…じゃなかった、こういうのは献杯だな。俺から捧げたい」
グラスを上げて、中身を一口飲む。少しぬるくなったビールは、滑り悪く彼の喉を通っていった。
ロックにとって初めての経験であった送別会は、特に大きく困ることもなく幕を閉じた。いつもの食事と大差ないように思ったが、相手の今後の成功を願って送り出すという意識を持つだけで、特別な会のように感じた。他の相手でも、今度はやろうという気持ちを抱けたのは彼にとってプラスであった。
そんなふんわりとした考えを持って寄宿舎の自室へと戻ったロックは、コップ一杯の水を一気に飲み干す。体中に水が回り、ぼんやりとした眠気が一気に冷めていくような感覚であった。ベッドに一人分の机と椅子、縦長の小さな本棚、いちおう水が出る古い洗面所、これらが所狭しと置かれた部屋であった。
これよりも広い部屋というのが他にもあるのだろうか。そんな疑問が一瞬頭をよぎったことが、ロックにとって新鮮であった。おそらく意識していなかっただけで、抱いていた思いだったのだろう。その証拠に、この古びた部屋よりも仲間と一緒に夜まで明るい外へくりだす方が多かった。
コップを持ったまま、ロックは机に置かれる写真立てを見る。数少ない私物だが、中には当たり障りないような風景の写真が入っている。ごつごつとした山肌と映える青空が印象的だが、ここがどこなのかわからない。以前、アシュリーがプレゼントに見かけたものをくれただけなのだ。ロックにとって、思い入れのあるのは写真立ての方であった。千切った色紙や色とりどりのビーズ、レプリカの小さな貝殻などが無造作に張り付けられている。地球の施設にいた頃、気になって手に入れたものを当時の仲間たちと一緒に飾ったものだ。
他にも愛着が湧く品はあったかもしれないが、ロックはこれを手放したがらなかった。なぜだろうか。これも今まで疑問に思ってなかったのに、今の彼には不思議であった。
これもアーノルドの影響だろう。ロックは確信していた。自分の身近なことを悩めるようになったのは、彼のおかげであった。それが自分にとって、どこまでプラスなのかまではわからない。しかし自分は悩んでいることに気づくことで、友の死を乗り越えられたのは事実だ。
アーノルドに感謝の言葉をもっと言えたら良かったのかもしれないが、送別会では他のメンバーによる怒涛の質問攻めで、彼とゆっくりと言葉を交わせなかった。それは後悔したものの、アーノルドが途中で放った言葉は彼の心を再び揺さぶった。
別にクローン人間を無意識に差別していたことに怒ってはない。むしろそれが当たり前で、自分たちも怒ることさえしなかったのだ。ただあの場で言葉にしたということは、彼なりにどれだけ悔やんでいるかがわかったのだ。彼があれだけ悩んでいたということは、自分たちクローン人間も彼らと大きな違いはないのかもしれない。
だが人間と同じだからといって、クローン人間としての人生は何か変わるのだろうか。これまでの人生が、より良いものになるのかはわからない。
ふと、昼間のリュータの言葉を思い出す。ただの好奇心であるが、祈ってみるのはなにか価値観が変わるかもしれない。しかし神様など信じていないロックからすれば、その行為自体が迷うものであった。そもそも誰に祈ればいいというのだろうか。
しかしそこからひとつの考えに辿りつく。今は許されないが、もし許されるのならば、ロックは友のためにやりたいことがあるのだ。クローン人間には人権がない。だから諦めていたことだが、アーノルドの言う通り、与えられたものをただ受けるだけでなく、それを実現するために人生を歩むのもありかもしれない。
そんなことを考えながら、ロックは部屋を出て水を目指して食堂へと向かう。考えると喉が渇くものだ。どうせなら部屋で飲めるマズい水よりも、もっと飲みやすい水を飲んだ方が体にもいいだろう。
唯一、人間に近い見た目のゼオが拠点に集まったゼオを見渡す。その数はおびただしいもので、洞窟内の地を埋め尽くすように存在しながら、壁や天井にまで貼りついている者もいた。
その大群を確認したゼオは振り返り、拠点の奥にある装置のもとへと向かう。彼らを生み出す装置のある空間には、ゼオが一匹もおらず、先ほどの場所よりも狭いのに広々とした印象を与えた。
人型のゼオは装置に目を向ける。錆びや汚れが目立つ老朽化した見た目は、どれだけ長い時間酷使されてきたかを物語っていた。もはやまともに修理できても、使えるのかを疑うほどだろう。
体に巻かれたボロ布を巻きなおしながら、人型ゼオは苛立つように地を蹴って足をトントンと鳴らす。他のゼオと違い、知性や感情を持つこの存在は現状に満足できていなかったのだ。
人型ゼオはグッと首を伸ばし、機械ではなくその奥に見える壁に目を向ける。一瞬、洞窟の岩肌に見えるが、実際はひびの入ったモニターであった。いつこしらえたものなのかはこのゼオもわからず、ただ来たるべきタイミングに使えるようにしておくだけだ。
だが現状は思い通りにいかないのが、事実であった。これまでの計画の中で、なぜもっと早く動いてこなかったのかが疑問となっていた。
その時、後ろから一匹のゼオが入ってくる。相変わらずのうめき声を上げるも、このゼオが何を言っているのかをこの存在は理解した。
すぐに踵を返して、計画を考える。もしかしたらようやく目的を達成できるかもしれないと、ゼオでありながらこの存在は考えていたのであった。
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