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RAND  作者: 市田気鈴
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第20話 前進

 ちょっと短いですが、区切りが良いところでしたので投稿します。決心のつけ方は千差万別だと思っています。

 アーノルドの仕事場となっている個室は防音対策がしっかりと整備されており、音は漏れない。そのため音楽などをかけても良いのだが、彼はそういったものは集中を阻害するという理由で毛嫌いしていた。だからこの部屋ではペンを走らせたり、通信機が鳴ったりと、仕事中の音がよりはっきりと聞こえる。しかしそれを差し引いても、朱肉に何度もハンコを押し付ける音は、いつもよりも激しく聞こえた。

 目が少し充血しているアーノルドは一心不乱に書類を読み、テキパキと書類に印をついていく。単純な流れ作業のはずなのに、今の彼には鬼気迫る勢いがあった。

 ロックの見舞いを終えてから数日後、アーノルドの雰囲気は少し厳しくなったと言わざるを得ない。もちろん表向きにはそれを出さずに振舞っているのだが、ふとした時の鋭い眼光は下級役人の物とは思えないものであった。

 あの日からアーノルドの頭の中は、常に思考の渦でいっぱいだった。クローン人間と自分の理解できずにいた溝を知れたのは、彼にとって大きな前進ではあったが、同時に手放しで喜べないのも事実であった。彼らひとりひとりに、自分を保つための拠りどころがある。ロックは友のために尽くすこと、ギャリーはガジェットの仕事、ルオンは仲間と働くこと、自分が知らないだけでクローン人間達は大なり小なり、自分の生きがいをどこかに持っているのだ。それは自分たち人間も同じだろう。

 しかし彼らは同時に寿命や敷かれたレールの上を歩むことを使命と感じている。それが当たり前と思っているのが、不気味なのだ。

 感情や意思を持つ生命体なのだ。もっと自由に生きていいはずだ。それを自ら放棄して、何も知らずに都合の良い存在であることを受け入れているのを見るのは、とても心苦しかった。

 これが軍事大臣の話していたことだろう。クローン人間の存在と真実、彼らとの交流、なんとも哀れな存在がこの世にいると思った。彼らの存在そのものが政府の暗い影と言わざるを得ない。しかも政府はその闇を理解している。だからこそ彼らの存在を肯定しつつも、彼らと交流できる場を地球に置かなかったのだろう。

 同時にアーノルドにこの苦悩を乗り越えて欲しいのだと考えているのも、理解できた。バロックから聞けば、彼以外にもクローン人間の在り方にショックを受けた人はいる。そうなった際の割り切り方は現実を受け入れて、せめて彼らをサポートするために現場で働くか、諦めて自分の価値観を抑圧して生きていくかのどちらかしかない。軍事大臣はアーノルドに期待するからこそ、彼にこのような苦難を与えたのだろう。政府の中枢で働く以上、並のメンタルでは潰される。この経験が彼を大きく成長させることを期待しているのは明白であった。

 しかし…アーノルドはぴたりと手を止めて、ハンコを横に置くと、椅子にもたれかかりながら手で顔を覆う。

 しかし彼はこの感情を割り切りたくなかった。自分のクローンに出会い、他の者達とも親交を深めた。短い期間であったが、ロック達との交流がアーノルドにとって新鮮なものであったことは間違いないし、自分という無力な存在を見つめなおす機会にもなった。

 それに本当にクローン人間が自分たちと違う価値観を持つとは思えない。本当に違うのなら、ロック達があそこまで悩むことはないはずだ。あれほど苦悩できるのは、彼らも自分たち人間と何ら変わらないという証拠ではないだろうか。

 体を起こして、再び書類に目を通す。要求リストには使用目的について記されており、そこにはゼオの名前も入っていた。思えば、彼らにゼオの話を後回しにすると会議で決定したのは、正解だろう。まさか討つべき地球外生命体が、同じ方法で生まれた存在と知れば、彼らの心にさらに大きな暗い影を落とすことになるだろう。

 結局、今の自分に出来ることを考えれば考えるほど、言われたとおりのことをこなすだけというのが現実であった。政府の役人とはいえ、末端の自分ではできることには限界があるし、父の力を借りようとも思わない。もっとも借りたところで、根っから地球人思考主義の節がある父やその他関係者には、力を借りようにもクローン人間のために何かができるとは思わないが。

 大きく鼻を膨らませたアーノルドは、再び書類に印を押す作業に戻る。頭で考えていることの割には、書類にはしっかり目を通し、必要な書類にはハンコをつく。

 思考は堂々巡りになりながらも、自分に出来ることをしていると、彼の道徳的正義感が膨らんでいく。先日の無力な自分から、こういった考えが独りよがりであることは理解していた。しかしそれでも何か彼らのためにしたかったのだ。

 自分のクローンが野心を持たないことに驚いた。まだ若いクローン人間が戦うことをすんなり受け入れていることに疑問を感じた。苦悩する友の心を救えなかった。

 それを知った自分だからこそ、この問題に立ち向かうことが意義のあるものだと思えるのだ。それは自分が毛嫌いするこの倫理観を否定することにも、それに無意識のうちに呑まれていく自分を取り戻すことにも繋がる。

 気づけば、もはや彼の頭にはクローン人間のために自分の出来ることについて決心を固めていた。だがそれが地球に来る前の自分に酔った野心や正義感ではなく、純粋に友のためという想いを抱いていることは、彼自身も気づくことはなかった。









 退院したロックの心は決して晴れ晴れしてはいなかった。自分の体が健康であるほど、失った親友たちが戻らない存在であることを実感するのであった。

 しかし落胆しきっていたわけでもなかった。久しぶりに動ける身となったロックは、隊長のマークと共に整備班によるガジェットの調整を受けていた。

 ロックの体に合わせていた4型ウォンバットは、今回の一件で大破しており、もはや使える部品の方が少ない程となっていた。基本的に汎用性が高いウォンバットであったが、可動域を考慮する必要があるため、使用者に合わせて調整する時間は相応にかかるものだ。

腕の骨はかなり複雑に折れていたのだが、前線で戦う兵のために充実しているこの星の医療では、早々に治療は完了した。経過観察も終えたが、腕の動きがどこかぎこちなく思えるのは、ここ最近まったく動かしていなかったからだろうか。


「腕の部分、ちょっと長さたりないな。脚の方は悪くないんだけど」

「それなら脚部の方を高さ調節したやつの方が使いやすいね。待ってて、探してみるから」


 ロックよりも少し若そうな整備士が、のんびりした様子で保管されているガジェットを探しに行く。彼としては地下の着脱場は息が詰まるようで長時間滞在したくなかったため、この調整はできることなら二度と体験したくなかった。

 すでに気持ちが沈んでいるロックがため息をつくと、すぐ近くから声をかけられる。


「そんな面倒にならずに、必要なことだからと割り切ればいいさ」


 同様に調整を受けているマークがロックに呼びかける。機械の義足である彼は高さを調節する必要がないため、あとから来たにもかかわらず、もうほとんどやることを終えていた。


「隊長はまた調整ですか?」

「ああ。俺の方は下半身が不調を起こせば、一発でアウトだからな。メンテナンスはお前らの世代よりも頻度が多くしなければ」

「だいたいどれくらいの頻度で来るんですか?」

「2、3週間に1回は来るな。今回は脚の方を調節してもらったから。そういえば、アーノルドさんが見舞いに来ただろ」

「何でそれを?」

「その時に会ったんだよ。お前のことをかなり心配していたようだが」

「ええ、いろいろお話ししました。なぜか謝らないことに驚いていたりしていましたけど」

「あの人の責任じゃないだろうに」

「僕もそう言いましたけど、あの人はあの人で思うことがあったのではないでしょうか。聞けば、ルオンと最後に会ったのも彼らしいですし」

「まあ、俺らと友好を結ぶ事に躊躇ない人だから変わり者ではあるんだろうけど。それでお前の方は、完全復帰したと言えるのか?」


 流し目で様子をうかがうようなマークに、ロックは一瞬言葉が詰まる。しかしすぐに表情を変えずに答える。


「ええ。おかげで立ち直れましたよ」

「お前なぁ。俺がそれを聞いて、はいそうですかと素直に納得すると思っているんじゃないだろうな」


 呆れたようにマークはため息をつくと、ロックの方を向く。実際、ロックは先日の見舞いで心の穴が埋まったわけではない。ちょっとしたことでもギャリーやルオンのことを思い出すし、その度に何もしてやれなかった罪悪感を思い出す。

 とはいえ、立ち直れたこと自体はまったくの嘘でもなかった。アーノルドの見舞いの後、ロックは自分がどうして悩んでいるのかを落ち着いて考えてみた。彼の話す通り、ここまで苦悩したことは初めてであったかもしれない。その苦悩が彼らにもあったのかと思うと、アーノルドの話していたことにもいくらか納得できた。

もちろん、彼が自分よりも付き合いが短いのに2人の親友の心情を理解していたのかは疑わしい。しかしそれについて考えることで、ロックの心に余裕ができたのは事実であった。

 するとせわしない様子で先ほどの整備士が戻ってくる。しかしロックではなく、マークの方に向かっていった。


「マークさん!ゼオが我々と同じようにRANDから生まれたって本当ですか!?」


 その発言にロックやマーク含めて着脱場にいる多くの人物が振り返った。ここで働く者はほとんどがクローン人間であった。


「何だ、その話は?俺は知らないぞ」

「また聞きですけど、そういう噂があるんです!」


 パニックにはならなかったが、多くの人間が作業を止めて不安げに話し始める。特に若い者たちが顕著で、戻ってきた整備士は痙攣でも起こしているのかと誤解しそうなくらいびくびく震えていた。

 この状況に、ロックは落ち着いていた。さすがに現場で戦っている以上、噂話程度にいちいちビビるような精神ではなかった。

 本日、2度目となる呆れたようなため息をつくマークは、彼のガジェットを整備していた老齢の男に中途半端に装着されていた腕部を外すように指示する。老齢の整備士によって早々に取り外されると、若い整備士に向き直り、周りにできるだけ聞こえるような声で話し始める。


「俺は知らないからその情報が本当かどうかわからないが、もし本当だったとしても何が問題あるというのだ。俺らはたしかにRANDの技術によって造られた人間だ。しかし彼らと違って理性を持ち、地球のために戦い続けている。その時点で俺らとは大きく違うじゃないか。自信を持て。俺らとあいつらは違うということを。

 それでも不安なら俺があとで上司に訊いてみるから、安心して仕事に取り組みな」


 マークが装甲を外された腕で安心させるように肩を叩くと、若い整備士は息を荒くしながらも少し安心したように再びガジェットの倉庫を見に行く。他の皆も安心するように仕事を続ける一方で、まだ立ち止まって話しているのも何人かいた。

 後姿が見えなくなった辺りでマークはロックを手招きして自分の近くに来させた。


「正直、その噂話について俺は本当だと思う。あのように不安にさせないために、この事実を隠しているんじゃないかなって」

「僕もその意見に賛成です。でも隊長の言う通りだと思いますよ。事実だとしても我々はあれとは違うんですから」

「それを言えるくらいなら、お前の傷は完全とは言えなくてもだいぶ癒えたのか」


 マークの目を見開く反応に、ロックは肩をすくめる。

 別に癒えてはいない。ただ腑に落ちたのだ。ギャリーがどうしてあそこまで悩んでいたのか。アーノルドの話していた通り、自分の拠りどころが失いかけていた頃に、人型のゼオを見て、彼は無意識に自分らと同じように造られた存在であることに気づき、自分の存在に不信感を抱いたのかもしれない。自分もあれを異常に感じたのは、同じような理由だろう。

 そして先ほどのマークの態度は、どこかルオンを想起させた。弱々しくなっても、彼はいつもの態度で生活していた。それこそ自分たちよりも上の世代であるマーク達のような安定した精神が彼にはあったのだ。彼を理解できた証拠はないが、これほど落ち着いていたルオンが、同期より先に寿命を迎えるという苦難をまったく悩まずに、後悔を残して死んだとは思えないのだ。

 不思議なものだ。これはただの憶測にすぎないし、喪失感も心をむしばんでいる。しかし理由をつけて信じれば、前に進む気持ちは湧いてくるのだ。アーノルドに救われた、それはロックにとって信頼できる友人がクローン人間以外にもいるという喜びとなっていた。


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