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RAND  作者: 市田気鈴
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第19話 存在意義

ぼちぼち進んできました。ただ話しているだけですが、内容自体は割と重要です。

 受付を済ませて案内された階へと向かったアーノルドは、目的の部屋の扉を軽くノックする。返事はなかったが、アーノルドは気にせずに扉を開けて入っていった。ここまで来て返事がないことを理由に帰ろうなどと思っていない。

 ロックの病室は小さな個室であった。たかだか腕のケガに個室を用意するのかという話も聞いたが、今のロックの心の平穏を保つためには必要なことだと思った。ルオンの個室と比べるとだいぶ狭かったが、私物や見舞いの品が所狭しと置かれているため無駄に派手に見えた。

 部屋の主は包帯が巻かれた腕で本を持って、目を通していた。誰か来たところで顔を上げないあたり、毎日のように誰かが見舞いに来て、慣れているのかもしれない。


「手はまったく使えないわけじゃないんだな」

「あっ…アーノルドさん」


 声を聞いて驚くように顔を上げる。予想していたよりも顔のハリはよかったが、その割に目はすっかり落ちくぼんでいた。


「遅くなったけど見舞いに来たよ。これプリンだけど、その手は使えるのか?」

「腕はこんなのですけど、スプーンは持てます。そもそもほとんど治っているんですよ。ただ経過観察でもうちょっと入院する必要があるだけで」

「もう少し待って退院祝いでも良かったな」

「僕は嬉しいですよ。ギリギリでも来てくれて」


 当たり障りのない会話、穏やかな表情、それでも2人の間に不自然な空気が流れているのは誰が見ても明らかであった。アーノルドはルオンとギャリーの死を切り出すかを悩み、ロックはどこか心ここにあらずといった表情で視線を来訪者に向けていた。だがその眼はアーノルドを映さず、さらにその奥を見つめているような雰囲気だった。アーノルドの知るロックはそこにいなかった。

 アーノルドは土産を備え付けの冷蔵庫にい入れると、パイプ椅子をひきょせてゆっくりと座る。


「おい、ロック」


 大丈夫か、辛くないか、こんな慰めの言葉すら出てこないのだ。ここでそれを言っても意味がないことを理解しているからか、それともまたもやクローン人間を理解できていない自分に愕然としているのか、わからなかった。ただロックの様子がアーノルドにとってこれまで以上に哀愁や同情を受けたことは間違いなかった。

 それでも言葉を続けようとするが、ロックは遮るように話し出した。


「アーノルドさん、僕は嬉しいんです。ケガをして心配してくれる友人がいることが、嬉しくてたまらないんです。ただやっぱりその友人を同時に2人も失った。この事実だけは覆らないことがわかっている…それでも辛いものがあります」


 ロックからこの話を切り出したことは意外だった。アーノルドとしては無難な会話程度で見舞いを終える可能性も予想していたので、驚いた。同時にこのバカ丁寧な言葉が場の空気を変えていた。

 アーノルドは胸が痛んだ。自分にもっと力があれば彼をここまで気負わせることにならなかったはずだと思った。アーノルドの性格からすれば自分にもできたことがあると考えてしまう。友として政府の人間の立場をフルに活用できていない、しようともしていなかったその不甲斐なさを抱いていた。


「お前は…俺を責めないか」

「責める理由がないでしょう。あなたが殺したわけじゃない。恨むならゼオ達です」

「俺なら作戦を止められたとか、もっと早く援軍を送れたとか…」

「できたんですか?」

「いや実際にできたわけじゃないが」

「どっちにしてもあなたを責めようとは思いません。それとも何か後ろめたいことがあるから、文句を言われると考えていたのですか?」


 眉根を寄せてロックはいぶかしげに訊ねる。彼の言う通りアーノルドが責任を感じる必要性は何一つなかった。あくまで彼自身のエゴから来るものなのだ。

 そしてロック自身、本気で非難するつもりはなかった。むしろ責任を感じているのは…


「あいつらの力になれなかったことは心残りですがねえ…」

「お前の存在は間違いなくルオンやギャリーにとって重要だっただろう。何をそこまで卑下する?」

「卑下とかそういうのじゃないんです。彼らがあのまま逝ったことが…僕にとって力になれなかった証拠なんです」

「ロック、俺はいまだにクローン人間のことをわかっていない。明確に説明してくれないか。その…俺でも理解できるように」


 アーノルドの頼みにロックは相変わらずぼんやりとした表情であった。しかし一瞬、目の中がきらりと光ったかと思うと、淡々と説明を始めた。


「クローン人間は寿命がだいたい決まっているようなものです。そして皆さんが与えてくださった人生を、僕たちはただ後悔の無いように生きていく。これは大きな強みだと教えられてきました。普通の人間と違って、与えられた道から選び、どのように時間を使えばいいかを知れる。どのように生きればいいのかを迷うことも少ないのでムダに時間を浪費することも少ないのです。

 そんな僕らだからこそ絶対に後悔せずにこの人生を満足しながら死んでいこうと思うのです。最後に満足して死んでいく…これほど幸せな人生はないでしょう。僕も何度も友のそういった姿を見てきました。そういった死を長年付き合った友人には送りたかったのです。

 しかし実際はこの様です。ひとりはその悩みを受け止めてあげられず僕をかばって死に、もうひとりは抱いていた最後の夢は叶わず誰にも看取られないで息を引き取る…僕が彼らのために何一つしてやれなかったんですよ。何一つ…」


 ロックは言葉を切ると、片手で目を抑えすすり泣く。せき止められていた涙が思わずあふれ出して、それが止められないような様子であった。


「ギャリーの悩みを理解してやれなかった。ルオンのそばにいてやれなかった。考えるほどそのことが心を引きずり、僕はこの長い年月に何をやっていたのかがわからなくなるんです」


 ロックの背負う後悔は、彼自身も得体のしれないものであった。悲しくて、情けなくて、苦しくて、そんな想いは何度も経験してきたはずなのに、今の彼が引きずるものはその負の感情が何かにまとわりついてその心に大きく暗い影を落とすものであった。

 アーノルドはそんなロックの苦しむ姿を目を細めて見つめている。今さらながら気づいたのだ。あの時、ギャリーがどうして苦しんでいたのかを。

 アーノルドは軽くロックの肩に手を置く。


「ロック、キミがそんなふうに悩むことは大切なことだ。悩むことはギャリーとルオンを理解しているからこそだ」

「意味のないことですよ…」

「俺はそうは思わない。俺はギャリーがどうしてあんなに悩んでいたのかわかる気がする。本来とは違う任務に振り回され、自分にとっての生きがいを否定されているような毎日、自分の存在に疑いを持ったはずだ。

 そしてルオンは無意識ながらもすでにわかっていたことなんだと思う。俺はあいつが亡くなる前に会ってきた。あいつの拠りどころはおそらく友と仕事をすることだろう。しかし彼の最後の願いは変わらなかった。にもかかわらず、死が近づいていくあいつの顔は、満足を知っているものだ。その苦しみを乗り越えたことがあってもおかしくないはずだ」

「だったらなんだというのですか。仮にそうだとしても僕が彼らを理解していないことに変わらないでしょう」

「それは違う。キミも彼らと同じように悩んでいる。それこそ彼らを理解している証拠じゃないのか」

「僕には…僕にはわかりません。あなたが言うことが正しいのか」

「正しいと思っておいてくれ。それがキミの心を救うことにも繋がるはずだ」


 顔をくしゃくしゃにゆがめているロックは、ここに来てアーノルドの顔を初めてはっきり見た。2人の視線は空中でかちりと合うも、お互いにどんな感情や想いを抱いたのかはわからない。

 するといきなりアーノルドの上着のポケットから、電子音が鳴る。肩に置いていた手をポケットに突っ込み、通信機を取り出す。表示されたのはバロックの名前で、音声はなく代わりにすぐ戻るように指示し文字が映し出されている。


「緊急のお呼出しだ。悪い、戻らなければ」

「いえ、こちらこそお見舞いありがとうございます」


 呼び出しに辟易した様子のアーノルドに、ロックは素直な反応を見せた。目にはまだ涙が残っていたが、さっきまでと比べると生気が宿っている。

 わずかながらに光が見えてきたロックを残して、アーノルドは部屋を出て行った。彼とは逆になにか黒いしこりを胸に抱えたまま。










 緊急の呼び出しからアーノルドはすぐに執務室に向かった。急いでいたわりにはアーノルドの髪は崩れておらず、身なりは整っていた。

 部屋ではバロックがただ椅子に座って、祈るような手の組み方をして待っていた。アーノルドを待つ間に、何を思っていたのだろうか。


「突然戻してすいませんね」


 ひょうひょうと謝るバロックから謝罪の気持ちはまったくといっていいほど伝わらなかった。しかしアーノルドは今さら咎めようとは思わなかった。


「ご用は?」

「順を追って話しましょう。まずこの書類を見ていただきたい」


 彼に渡されたのは先ほどの会議資料とはまた別のものであった。そこには例の水晶に関する情報がまとめられていた。ゼオを引き寄せる性質やこれまで採取した場所など見知ったものばかりだ。しかしこの資料が一枚のぺら紙に添付されているような順番であるのが気になった。一番上の紙にはぎっしりと最近の成果について書かれている。


「つい今しがた研究チームが出した結論です。結論から言えば…」

「あの水晶が出す電波はゼオを引き寄せるだけではなく、こちらの通信を阻害するものだということですね」

「理解が早くて助かります」

「なぜこれをさっきの会議の議題で出さなかったので?」

「判明したのが会議終わってすぐだったので。研究班の話では、これを逆手に取れば拠点の場所も搾れるのではないかということです。そしてお次ですが」


 バロックは机に用意しておいた別の書類の束をアーノルドに渡す。彼も見慣れた物資に関するものだ。何度も許可するためのハンコを押しているのだから、これ自体に目新しさがあるわけではない。彼が目をつけたのは要求リストの武器の多さとその中のひとつであった。

 だいたいのガジェットの武装は名称の後に括弧でどのガジェットの装備なのかが書かれているのだが、まったく記載のないものがあるのだ。


「クロンミサイル…どのガジェットで使用可能か書かれていませんが?」

「それはまだ正式に使われていない試作武器です。伝手で今回入手できることになりました」

「いちおうこの星は資源の採掘所みたいなものなので、テストは他の星でやるべきでは」

「その武器の破壊力はとてつもないと聞きます。それを期待しての注文なのですよ」

「おっしゃっていることが見えてこないです」

「今回の輸送で、ゼオのアジトを発見した時の武器を運んでおくのですよ。あれの拠点を見つけられる目途が立ってきた現状、発見されてから準備するのでは後手に回りかねませんからね」


 この男は本気だ。その意気込みを感じるほど言葉に強さがあった。彼もロック同様この戦いに疲弊しているのだろう。終えられる戦いがあるのなら、そのために尽力するのは当然だ。

 再び書類に目を落とす。武器の名前を見てもどれが特別なのかはわからない。しかしわざわざ試作段階のものまで取り寄せようというのは、この男の覚悟を裏付ける以外の何物でない。


「しかしこの書類を見せるだけに呼んだということではないでしょう。これならすぐにでもまた人を集めて、その際に話せばいい。なにか俺に指示があってのことじゃないですか?」

「ええ、もちろん。正確に言えば、私ではないのですが。先ほど政府の方から連絡がありました。あなたを地球に戻す目途が立ってきたとのことです」


 バロックの言葉にアーノルドは眉根を寄せる。正直、いきなりお呼びがかかったことで覚悟はしていた。この地に来てから半年近く経っていたが、有言実行がほとんどの父が別れ際の言葉を考えれば、むしろ遅いくらいだと思った。

 それに自分がここにいても出来ることは少ないことが、この期間ではっきりした。アーノルドとしては政府から戻るように命令があればすぐにでも動くつもりであった。

 それでも心残りは少なくない。ここに来て自分の無力を知った上に、せっかく得た友と別れる。短期間でもこれほど情が移るのだから、


「やっぱり思うところはあるものでしょう」

「いえ、俺は言われたとおりに動くだけです。まだ若輩者の身であるので」

「そうは言っても、すでにあなたはこの地でクローン人間と友好を深めている。なかなか辛いものがあるではないですか。運命をわかって受け入れているはずの存在が、自分のよりどころが見つけられず、苦しむ様子を見るのは」


 バロックの言葉にアーノルドは背中に冷たいものが走った。たしかにロックの見舞いに行くことをこの男は知っていた。しかしなぜここまでアーノルドを理解できるのだろうか。


「あなたみたいに思う人はいっぱいいましたよ。そして彼らをどうにかしようとも、上手くいかないことがほとんど…。あなたは自分でクローン人間についていろいろ調べたようですが、それもここでは限界があるでしょう。どうしても消された資料のことなどは知らない」

「そこまで言うなら、教えてくれるでしょう。軍事大臣のように自分で考えろというのなら、また別ですが」


 深いため息をついた後、バロックは説明を始める。その顔はさっきと比べると同一人物か疑うほど老け込んだように見えた。


「クローン人間という技術に反対しなかったわけじゃないんですよ。命の複製という神の領域に足を突っ込んだその技術。人間という生物の尊厳破壊以外の何物でもない。

 しかしその頃はすでにRANDの技術により、人類は宇宙へと進出していったのです。宇宙への失望が当時の人達の価値観に影響を与えたのは、今でもよく知られていることです。その価値観がクローン人間の技術を肯定することに関与したのも疑いようはありません」

「ですが、世界中の人間がいきなり同じ価値観を持つわけがない。反対運動」

「さっきも言ったでしょう。反対する動きはあったのです。私の祖父がまさにそうでした。反対運動として抗議デモや書面活動などあらゆる手段を講じたと聞きます。技術の否定はもちろん、すでに生まれていたクローン人間への人権を認可するように働き替えていました。

 しかしRANDの有用性とクローン人間の優秀かつ即効的な人員補充は、宇宙開拓にあたって喉から手が出るほど欲しいものでした。宇宙の生命体への失望はあっても、資源は未来のためにも必要でしたから。

 それにね、生まれたクローン人間達は受け入れられないことが多かったのですよ。元の人間を知っている相手からすれば見た目から敬遠されますし、彼らの自分を持たない性質は手を差し伸ばそうにも断られる始末。

 宇宙進出のための人手が必要になるのと、働き手として都合のいいクローン人間の言動は、反対していた者達のやる気をどんどん削いでいきました。今でも細々と活動を続けているらしいですが、実際はどうなっていることやら…」


 話に区切りがついたところで、バロックは憂いに満ちた表情で再びため息をつく。やはりというべきか、この男の本性を垣間見た気がした。彼も似た経験があったのだろう。あるいはそういった人物を数多く見てきたのかもしれない。彼がアーノルドの理解していたのは、クローン人間へ入れ込みすぎた者達の末路を知っていたからなのだ。そして宇宙に失望した人と同じような失望を、その存在に感じたのかもしれない。


「あなたもそうだったのですか?」

「前にも話したはずです。自ら滅びるだけだって」


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