第18話 懸念
敵の正体について言及し始めます。そして徐々にですが、この物語にも終わりが見えてきました。
このドーム状の大型会議室に入るのは、まだ2回目だ。初めて入った時は、同僚と共にクローン人間の存在とZ58惑星の現状を聞いていた。この星に来てから知ったのだが、この会議室を利用する際はかなりの人数が集められるため、内容もそれ相応のものとなるのだ。それに確信を持てるのはこの会議室を使っているにもかかわらず、クローン人間が誰もいないことであった。本来、重大な議案ともなれば調査部隊を率いるマークやロジエール、他にもガジェットの整備班などから参加してもおかしくない。しかし見れど見れど、席に座るのはクローン人間がいない役職の者ばかりであった。
一方でバロックは自席でキョロキョロと周りを見渡すと軽く咳払いをして話し始める。
「さて全員集まったようだから、始めようか。ああ、挨拶とかはしないから立たなくてもけっこう。内容が内容だから身構えると思うがね」
彼が隣に座る部下に指示を出すと、中央の立体モニターにゼオの姿が映される。従来の標準的な姿、翼を持った姿、そして先日ロック達が遭遇した突起のある姿だ。突起のあるゼオについてアーノルドは詳しく知らなかったが、電気を溜め放出できると聞いている。ただそのゼオを見ることは、恐ろしさよりもロックを思い出す心苦しさがあった。
そんなことは露知らず、バロックは手元にある資料を乱暴にめくりながらどのように切り出そうかを迷っていた。
「まずは…そうだな…この前現れたゼオの生態について話そうか。この電気を操るゼオの存在についてだ。
これまでのゼオと比較すると、塩基配列がかなり違っている。正直、突然変異にしても不自然なくらいだ」
「じゃあ、やはりゼオ達が手を加えているということでしょうか」
「ここまでくると改造なんてものじゃすまない。我々がクローンを造るのと同じように最初から生み出したと言える」
バロックの言葉にざわめきが走るが、予想していたよりはずっと静かであった。おそらくここに集まったほとんどの人間がある程度似たような予想をしていたのだろう。
「ただこのゼオには気になる点が他にもある。こいつが電気を操る器官を調べていたのだが、どうもこいつはデンキウナギのように発電器官を持っていない」
「ならば、電撃はどこからきたというのです。スクィード部隊に記録された映像データには肩の突起から電気を放出していましたよ」
「こいつらは電気を貯める性質なんだ。あの作戦実行前に豪雨が続いた日があっただろう。これは推測になるが、雷を蓄電したのだと私は考えている」
何もおかしいことは言っていなかった。バロックはただ予測を話しているにすぎないし、破綻した内容ではない。
しかしだんだんと、しかも確実に気持ちの悪い不安がこの会議室にいる聡明な者達を狙っていた。この話の先をわかっているバロックの反応がそれを物語っている。いつもの余裕の表情は崩さないが、その顔に流れる脂汗とふとした時に垣間見える辟易した表情、一挙一動がぎこちなかった。
この状況で話を展開させたのは、バロックとも長い付き合いのあるロベルトであった。
「それで気になる点というのはなんですか。その口ぶりでは電気のことはさして気にしていないようですけど」
「別に蓄電能力はさほど私も気にしていない。しかしな、タイミングが良すぎないか?発電器官ならともかく、この天候で電気を貯められるようなゼオが現れた。調べれば調べるほどあのゼオが蓄電できたのは先日の天候による雷としか思えない。
つまり私がもっとも危惧しているのは、あのゼオはその天気を確認してから造られたということだ」
徐々に会議室内の空気が凍り付くのがわかる。この推測が正しかったとしたら、ゼオはたった数日で生み出される存在ということだ。しかもゼオのあの異常な繁殖能力はいまだに不明であるため、これが事実ならば筋の通る話であった。
だがこの話はここで終わりとはいかなかった。
「そして今回のゼオの死骸を調査して判明したのは、あれがただ造られている存在というだけではない。これらのゼオに唯一共通して使われていたと思われる成分がある。RANDだ」
「RANDが?そうなるとゼオの正体は…」
「我々が生み出すクローン人間とほぼ同じということだろう。似通った見た目を考えれば、数体のモデルを元にして生み出しているとも取れるからな。それにこいつらの死骸にRANDが含まれているのもその証拠の裏付けになる」
ざわめきはさらに強くなった。ゼオは地球の人間と同等の技術を持っていたということだろうか。もしそうならばこれまで地球の生命体として抱いていた誇りと価値観は瓦解するであろう。またクローン人間にもどのような影響を与えるかわかったものではない。
「これほど資源が豊富な星だ。ゼオは生み出される期間と資源量を考慮すると、元を叩かねばいくらでも湧いてくる存在と言える。今回のような戦闘や、翼を持った奴らが確認された時の襲撃が、今後も行われるであろう。その前に何とかして対策を取りたい」
声を震わせながらも、バロックは強い口調で先導を取る。
「何がきっかけかはわからないが、最近のゼオの活動は活発になっている。このまま下手に星の攻略を長引かせた場合、我々が食われる可能性も低くないはずだ。現在、彼らの拠点を見つけるためにあらゆる手段を講じている。なんとしてでも、あれを攻略する必要が今の我々にはあるのだ」
会議が終わった後、多くの者がその表情をげっそりとさせていた。ゼオの脅威を目の当たりにすれば当然だろう。それはアーノルドも例外ではなかったが、彼は周りよりも心労で疲れた様子であった。
病院へと車を走らせるアーノルドだが、運転するには慣れた道のりであったため、考えることが止まることはなかった。
ゼオの正体がクローン人間と同じというのは驚くべき事実であったが、彼はもしこの事実を知った場合のロック達を心配した。敵対する相手が自分たちと同じ存在と知った時、一体何を思うのだろうか。いまだに彼らの信念や生きる意味を理解しきれていないアーノルドとしては、先を予測するだけで心を痛めた。
しかもこれからロックの見舞いに行くところだ。大切な親友を2人も失った彼にこれ以上不安にさせるようなことを言いたくない。約束こそしていなかったが、あの会議の後では彼への心配もいっそうであり、顔を会わせなければいけないという義務感を勝手に抱いていた。
彼らが任務を終えて帰還してきたことを今でもよく覚えている。結局あの時は輸送機を使い、マーク部隊と水晶、ゼオの死骸を回収してきた。戻ってきた際にロック達と顔を会わせたが、その時の失意の表情は悲しみと自責の念に溢れていた。同時にルオンにこのことを話そうとガジェットも脱がずに向かおうとしたところを、マークと一緒に体を張って止めた。その際にルオンも寿命が来たことを伝えると、彼の体は魂ごと抜けたかのように力が入らなくなったのであった。
あれからすでに2週間近く経とうとしている。すでに他のメンバーは治療、入院を終えているが、ロックは未だに療養中だ。
目的地へと到着すると、車をいつもの場所に止めて、手土産を持って病院の門をくぐる。相変わらず人が込み合っており、受付まではまだ時間がかかりそうな様子であった。
少し擦り切れている椅子に座りながら、順番を待つ。少し無理を言えば先に受け付けてくれるのだろうが、そんなことで病院の人間に入らない負担を強いるようなことはしたくない。何よりも彼自身がロックと顔を会わせることに、少し時間があった方が助かるのだ。
「おう役人さん」
待っている間にひとりの男性に声をかけられる。歩くたびにガチャガチャと音が鳴る義足でアーノルドの方へ向かってきたのは、ガジェット部隊の隊長マークであった。
「ああ、あなたですか」
「そんな他人行儀じゃなくていいって言っているじゃないですか」
「しかし俺よりも年上ですよ」
「年上って言ったって、あなたは俺の上司なんですよ。それに俺はクローン人間だ」
「俺にとって、充分尊敬できるのですから当然の態度ですよ」
静かに肩をすくめるアーノルドに、マークは目をぱちくりとするとふっと笑顔を見せる。
「隣いいですか?」
「もちろん」
マークはゆっくりと注意するようにアーノルドの横に腰を下ろす。この動作だけで、彼の義足の不便さを理解するには充分であった。
もともとロック達の世代よりも前に生み出された試作段階のクローン人間、それがマークであった。かなり若く見えるが実際の年齢はすでに50を過ぎていると聞いている。彼の世代で研究されたクローン人間は、死んでからも使える身体を目的に研究されていた。今のロック達のように寿命を調整し、死後もその身体を医療のために移植可能となったのは彼らの存在あってと言える。正確に言えば、彼らは完全に失敗だったらしく同世代もほとんど残っておらず、その下の世代が大きな貢献となったのだが、失敗も成功の糧と考えれば、必要な存在だ。
おかげで彼らは寿命の割に肉体は若々しくも、身体のどこかが欠損した状態で生まれてくるという他のクローン人間には無い特徴を持っていた。マークの場合は両脚を失っており、これまでの仕事もガジェットを使ったものしかやらせてもらえないため、半生以上を別の惑星の開拓にいそしんでいた。
「今日はどういった用事だったんですか?」
「義足のメンテナンスですよ。これの作動がいまいちだと、いざという時に困りますから。役人さんは?」
「俺は…ロックの見舞いですよ」
一瞬、何か言われるのではないかと思った。非難か制止か、今のロックに会うことの危険性を指摘されることを考えたが、予想と反してマークは少しだけ神妙な顔をした程度で話を続けた。
「あー、なるほど。あいつ落ち込んでいるので助かりますよ」
「あれから2週間近く顔は合わせていないんですけどね」
「それは仕方ないところもありますよ。それに無理に顔を会わせに行くよりかは、今回のように少し時間を置いた方が正解だと思いますね」
「でも俺には力になれる自信がありません」
アーノルドは弱々しく言葉を紡ぐ。先日の件で彼が特に思い知ったことであった。クローン人間に偏見など持っていなかった。だからこそ彼らを道具のように扱うのが気に食わなかったし、自分は彼らを理解できると思っていた。しかし実際は彼らの心や本質を知らず、ピンチや絶望した時に力を貸すことが出来ない。自分が口だけの人間であり、わかったつもりであった高尚な人間だと自分自身がそう思いたいだけの振る舞いをしていただけなのだ。
しかしマークには彼の言葉の真意というものはわからなかった。自分のやるべき使命を確実に遂行する、生まれた時から自分に課せられた義務を全うする彼にアーノルドを理解できなかった。
それでもこの若い役人が苦悩しているのはわかる。少なくとも自分の部隊の人間が関わっているのだということは予測できた。
「俺にはわからないが、力になってくれていると相手が思うのなら、それで良いんじゃないですか?」
「そうやって割り切れるほど、俺は優秀じゃないんですよ」
「役人さんが優秀かは知らないですよ。ただロック達があなたという友人ができて喜んでいたから、俺は力になっていると思った。それだけですよ」
「…簡単に言いますね」
「わからない以上はなんとも。とにかくロックに会って話せばいいでしょう。やることやってから悩んでも遅くないはずです」
マークの言葉にわずかながらアーノルドは安心した。彼は彼で長い間、多くの人間を見てきたのだろう。だからこそガジェット部隊の隊長として任されている。そのリーダー気質は、どんな相手でも発揮されるようであった。
そんな中、マークの肩を叩く男が現れる。ガジェット部隊の隊長であるロジエールであった。
「迎えに来たぞ」
「ああ、悪いな。今ちょっと役人さんと会ってさ」
「これはアーノルド様、ご無沙汰しております」
「ああ、ロジエール隊長。しばらくぶりです」
マークよりもかしこまった態度でロジエールは対応する。マークとは同世代である彼は右腕と薬指を失っているため、義手をつけている。ねじなどが露骨に見える機械の腕はただの人間とは違うという印象をより強く抱かせた。
「非番なんでね。これから馴染みと語りに行くんですよ。それじゃ役人さん、ロックをお願いします」
マークは明るく挨拶をすると、出口へと向かう。ロジエールも無言で丁寧に頭を下げると、彼と共に去っていった。
できた漢達だ、アーノルドは思った。自分と違ってその生き方に自信があるのだろう。その後ろ姿がとても羨ましく見えたものであった。
そんな彼らでもゼオの真実を知ったら、どう思うのだろうか。あの強さを知るほど今さら動揺することはないと思うが、そうならないという確信はない。すでに会議の中でクローン人間達には相手の拠点を知った時と決まっていた。彼らに無駄な混乱をさせないためもあるが、おそらく自分たちも心配なのだろう。それを知ったクローン人間が何をしでかすかということが。
「アーノルド様、いらっしゃいますか?」
丁寧で柔らかい呼び声が聞こえる。アーノルドは一度大きく息を吐くと、ゆっくりと立ち上がった。自分に何ができるのか、ゼオの正体にクローン人間は何を思うのか、心にヘドロのような重いものを抱える役人は、友への見舞いにも重い足取りで歩いていくのであった。
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