第17話 比肩
ようやくこの場所での戦闘が終わりました。新型ガジェットの方針は決まっていましたが、名前にかなり悩みました。そしてここから予定通りにやろうとすると、これが活躍するタイミングがもう無いような…。
新たなガジェット部隊の反応が現れた時、アーノルドは驚きを隠せなかった。いつの間に援軍を繰り出していたのだろうか。
「援軍は出さないのでは…」
「予定外のは出さない、ですよ。元々今回の作戦では8型も遅れて合流させる予定だったのです。ただ進軍速度の遅さとこの事案の緊急性を考えると、先に彼らを向かわせたにすぎません」
淡々とロベルトは答える。作戦を教えられていないことをいちいち気にするほどではないが、何も知らなかった自分がバカに思えるのはいい気分ではなかった。
しかし同時に安心も感じたのは事実であった。このモニターではゼオの動きはわからないものの、反応が一つ消えたことやギャリーがレイヴンの外装を外したことはわかる。ロック達が追い詰められている状況で援軍が到着したのは幸いであった。
「正確な状況はわかりませんが、我々が思う以上に現場は混乱しているかもしれませんね」
「しかしそれは相手がかなりの戦力をこちらに向けている証拠。もしかしたら我々が期待する以上の成果が得られるかもしれない」
胸をなでおろすアーノルドには目もくれずに、ロベルトとバロックはモニターを見ながらお互いの意見を交わし合う。その会話は乾いた印象を与えるものであった。
しかしアーノルドもそこまで目くじらを立てるような雰囲気ではなかった。作戦も知らずに彼らを非難めいた気持ちで見ていた自分が恥ずかしく思えていた。彼らの方が自分よりもよっぽど行動に移している。それを目の当たりにして、勝手に独断と偏見を抱いていた自分はなんと愚かしいことか。
「今回のデータがどれほど活かせるでしょうか?」
「期待するだけだ。あと何か決め手になるものがあれば、この星の戦いも終わるのだろうから」
彼らの会話に珍しくいつもの規律や潔白性を重んじる正義感は鳴りを潜め、純粋に興味だけで反応していた。それに気づいたアーノルドは再び自分に対して気落ちするのであった。
『寝るなよ。まだ終わっていないんだから』
「ご、ごめん。安心して油断していた」
ギャリーにマスク越しに顔を叩かれて、ロックはまどろみかけていた目をなんとか開ける。すぐ近くにはガジェットを装備した男がもう一人いて、2人を守るように警戒をしている。
『さっきから他の奴らと通信が繋がらないんだ。援護が来ていることを伝えられない』
「あの電撃で周辺の電波がおかしくなったとか?」
『そうかもな』
あまり取り合わずにギャリーは答える。まさか電波にすら干渉する電気とまでは思わなかった。別の要因も考えられたが、例のゼオが現れた直後はやり取りできたことを考慮すると、ゼオの電気の影響が一番可能性が高いだろう。
皆の状況が知れずに不安がよぎったところに、増援の男が話しかける。
『ここで心配するなと言うのも酷だと思うがね、こちらも部隊を充分に展開できている。さっきの通信ではウォンバット、レイヴン共に全員確認して援護しているそうだ』
この情報にロックはすぐに不安が払しょくされた。その最新型のシルエットはとても頼もしかった。
彼らが装備しているガジェットは8型スクィード。これまでのガジェットとは大きく違い、水陸両用の性能を誇っていた。背中のブースト機能は専用の設計がなされており、脚部もスクリューが装着されており他のガジェットと全く違った形状をしていた。特別な気密タンクはフル稼働すれば一日中潜水することも可能としており、これをエネルギーとして利用することで滝すらも登れた。片腕には大きな水陸両用のミサイルか、ワイヤー付きの大型クロ―を装備しており、他にも手持ち武器もあるため、火力においても安定している。さらに水中のため他のガジェットとは異なる通信装置を装備しており、その範囲、安全性、妨害への耐性などあらゆる面で高い性能を持っていた。
信頼できる情報ではあったが、全てが上手くいくとは限らない。
『ただウォンバットを装備していた一人の半身がなくなっていた。犠牲0とまではいかなかった』
男の発言にロックは気持ちを引き締める。おそらく巨体のゼオが現れた時の通信で、途中で切れた補充員だろう。まだろくに話せていなかったが、これから仲を深められるかもしれなかったことを考えると、喪失感が大きかった。
空中戦はさすがに手間取るがレイヴン隊がかなりの数の翼付きゼオを落としてくれたおかげで、現状はもはや掃討戦となっていた。
向かってくる小型のゼオはスクィードのミサイルに薙ぎ払われていく。数匹が取り付いても、水中で動けるだけの馬力を持つスクィードには無理やり引き剥がされるのが関の山であった。
そこに爆発音やゼオの叫びに負けない声が彼らのマスクに響く。
『例のデカいゼオを2匹倒したようだぞ!マーク隊長が1匹倒したという報告もあったし、あんたらのも合わせれば4匹だ!』
興奮したスクィード装着者の声に、ロックも内心喜ぶ。この戦果は大きなものであることは、実際に対峙した者だからこそ実感できることだろう。
彼らは黒煙で見えなかったが、スクィードは電気を使うゼオ相手に有効であった。ウォンバットよりも高い火力に加えて、水中の漏電をも警戒して電気にも耐性のあるこのガジェットは頭のないゼオすらも怯ませていたのだ。
次第に銃声やゼオの鳴き声が減っていく。まだ警戒しなければいけないのはわかっていた。しかし隣にいるスクィード装着者が攻撃を行わなくなってきたこと、翼がはためくような音がまったく聞こえないこと、その他の多くの要因が彼を安心へと導いているのは疑いようがなかった。
「…終わり?」
『煙はまだ全部晴れていないから全滅したかはわからないな。スクィードでも無理か?』
『ゼオの索敵はウォンバットとそこまで大差ない。確信は持てないよ。でもまあ…』
会話の途中で銃声が完全に止んだ。徐々に晴れていく黒煙の中から視界に入るのは、肩で息をするマーク達、いつの間にか地上に降りて外装をほとんど外しているアシュリーやゆっくりと降りてくるクレア、多数のスクィード装着者と様々であった。おびただしい数のゼオの死骸がそこかしこに散らばっており、不気味な光景へと様変わりしていた。しかし今のロック達にとっては勝利を意味する光景である。
「本当に終わった…!」
『だからって腰を抜かすほどか』
絞り出すように声を出すロックをギャリーが支える。しかし呆れ口を叩く彼の心底ほっとした表情であった。
自室に戻ってからアーノルドはバロックの言葉をずっと考えていた。椅子に座り、コーヒーを飲み、書類に目を通しと一連の行動にその考えがついてくるのはすっきりしないものがある。
言葉通りに捉えていいのは、ここ数か月の経験でよくわかっていた。バロックほど注意深い人物が、人が複数いるような場所で極秘の話はしない。そういう意味ではあの話自体は真実なのだろう。
しかしそこまでわかっているのにもかかわらず、自分が来てからこの数か月、以前の任務とほとんど変わらない状況が続いているのが謎であった。あれほど確信めいた言い方ができるのならば、何かしら策を講じられるのではないだろうか。それとも彼の話す決め手がよほど大事なのだろうか。だとすれば、その決め手とはいったいどういったものだろうか。
バロックの発言に悩むのは内容だけではなかった。この言葉にこれほど引っかかる自分にもアーノルドは首をかしげていた。
こんなに悩むのは今に始まったことではない。些細なことからネガティブな発想に飛ぶのは、ある意味いつも通りの彼であった。それなのにどうしていつもよりも自省的な感情が沸き上がるのだろうか。
いやどこかで理解している。自分の無力さをあらゆる面で理解していることだ。この星に来てから自分は何が出来ていたのだろうか。自分のクローンに会ったことは彼らに感謝こそされたが他愛もないことだ。この星の開拓に尽力したか。新型ガジェットは配備されたが、あれは元より申請されていたもので自分は何もしていない。物資の申請は以前よりもスムーズかつ優先されるようになったが、これはアーノルドの力ではなく政府の役人という立場だからこそのものだ。
結局はそこなのだ。自分がクローン人間のためにどこまでも無力であることが浮き彫りになることが辛いのだ。自分たちと同じ感情を持った存在だと彼らを思いつつも、そんな彼らの力になれないことが情けない。それこそ彼らを見下している連中よりもずっと無力であることが。
大臣の話はこの旨のことなのだろうか。自分の無力さを知る、その一点のみにわざわざ父を利用して自分をこの星に連れてきたのだろうか。わざわざ自分がここに残ることを見越して。さすがにそれはないと思いつつも、欺瞞と不甲斐なさを抱きつつアーノルドはガシガシと頭を掻くばかりであった。
苛立ちと不安を募らせていく中で、部屋の電話が鳴る。気持ちが不安定なせいなのか妙に音が響いており、耳に障るように感じた。かといって無視するわけにいかないため、アーノルドは腕を伸ばし受話器を取った。
「はい、こちら本部のアーノルドですが」
命の危険を感じたことはいくらでもあったが、今回は特に酷かった。翼を持つゼオが現れた時も武装が貧弱な時もここまで満身創痍にならなかったので、その想いはひときわ強いのだろう。
マスクを外して空気を思いっきり吸い込む。火薬の匂いが鼻孔をくすぐるが、冷たい空気と勝利の高揚感がその不快さを上回った。
げっそりとした様子で座るロックに、同期の仲間たちが集まる。他のメンバーもマスクを外しており、汗と煙で汚れた顔に疲れと興奮を光らせていた。
先頭にいたリュータがロックの両腕に視線を向ける。
「両腕すげえことになっているけど」
「正面から防いだ結果がこれさ。これだとルオン共々入院だよ。みんなは大丈夫?」
「俺とオルレアンは銃弾切れたくらいだな。クレアさんと一緒だからわりと何とかなったよ」
「私は逆にダメだったな。補充員の人と一緒だったけど彼を助けられなかったし、結局マーク隊長や援軍の人に助けられたし」
苦虫を嚙み潰したような表情で語るアシュリーは、ギャリーと同様にレイヴンの外装を取っ払っていた。擲弾発射機や肩部にミサイル射出装置が残っているあたり、ギャリーほどではないが彼女も過酷な場面を潜り抜けた様子であった。
「悪いことしたよ。私が上の奴らに気を取られている間にやられちゃったんだから」
「責任を感じすぎちゃダメよ。それでつぶれてしまう方が死んだ彼にも申し訳ないんだから」
「ハイハイ、承知しておりますよ」
オルレアンの励ましを流すようにアシュリーは反応する。彼女の内心が穏やかでないことは理解しているが、それをどうにかできるのが彼女自身であることもわかっていたのだ。
ロックは奥にいるマークを見る。クレアと共に援軍に来てくれたスクィード部隊とどうやって水晶やゼオの死体を運ぶかを話し込んでいた。まったく顔色も変えずいつも通りに業務をこなしている様子はさすがの貫禄と言えるだろう。潜ってきた場数の違いがこういったところで活かされていた。
「あれくらい俺らも割り切れるかね?」
「その前に寿命で死ぬわよ」
「さっさとゼオがいなくなってくれたらこんなこと悩まずに済むのに…」
「それよりも手伝うぞ。いつまでも休憩しているわけにはいかない。ロックは俺が介助するから先に行きな」
各々不満をぶちまける中でギャリーがきびきびと声をかける。リュータ達も彼の言葉に納得するとダラダラとマーク達の方に向かう。足取りからは疲労以外の感情が垣間見えた。
ギャリーはロックの肩を組むと、ゆっくりと支えるように起こす。痛みが長かったためか、血の気が引き気味のロックはギャリーに声をかける。
「驚いたね。この前は戦うことを割り切れなかったじゃないか」
「まだ割り切れているわけじゃない。しかしそれ以外に道はないんだからやるしかないだろう。それに先に弱音を吐いたのは俺なんだ。ここでみんなと同じような態度じゃ、せっかく危険を乗り越えた安心が無駄だろう」
ギャリーの言葉を聞いてロックはふっと笑みをこぼす。横にいるのは自分のよく知る男なのだ。どこか馬が合わず、しかしいざという時は互いに声をかけずとも最善の動きができるそんな頼れる男の顔だったのだ。
強い…素直にそんな感想を抱いた。思えばゼオと戦っている最中、彼は動揺を見せず最後まで戦い抜いた。それはロックの心配とは裏腹に、この男がしっかりと自分でその苦しみにケリをつけた証拠でもあったのだ。
長年の付き合いなのに改めてギャリーの強さを目の当たりにしたロックの口から出たのは、ただ心から思った一言であった。
「お前はすごいよ」
「そういう言葉はな、戻ってから聞きたいものだ。どっちにしろ俺はお前の励ましなんかは…」
言いかけたところで何が起きたのかを完全に理解できた者は誰もいなかった。ロックは突然押し出されて、後ろを振り向くアシュリー達は目を見開き何かを叫ぶ。その先にいるマーク達も必死の形相をしており、援軍のスクィード部隊は腕を上げて攻撃を行う。
そしてロックの目に一瞬映ったのは、身体の半身近く削られた一体のゼオが残った筋骨隆々の右腕でギャリーの顔面を殴りつけたところだった。間もなくスクィード部隊の攻撃がゼオの頭部と残った体に当たり、血を噴出しながら後ろに倒れる。
倒れたロックはすぐに起き上がり、岩盤に叩きつけられたギャリーを起こした。その顔は完全にひしゃげており、顔のあらゆるパーツが粉砕し、血が流れている。
それを見た瞬間、ロックは内からこみあげた想いが口から表れる。それは言葉としての意味はなく、しかしゼオの叫びですら出せない絶望に満ちた声であった。
「ダメだ!ギャリー!ダメだぁ!」
ロックの涙でにじむ眼とは対照的に、ギャリーはすでに光を失い何も見えていない。さっきまで共に歩んだ一人の友はたった一瞬で動かない肉塊へと変貌していた。
昼も過ぎた頃の日差しは居住地を照らしていた。先日の雨が光を反射してより輝きを増している。
その男は心から晴れやかな気分であった。その景色の美しさが染みわたるのだ。病院から嫌というほど見慣れた景色のはずなのにどうしてここまで美しいのか。単純で何も知らずただ純粋な美しさだけを映す、そんな景色に思えた。
その景色は自分と同じ顔をした人間の言葉を思い出させる。彼の言うような野心は自分にはない。ただ心から気を許した同じ存在と苦楽を共にできればそれで良かったのだ。
それにクローン人間である自分が持っていいはずが無いのだ。彼がそう思ってくれても世間が許さない。クローン人間の存在をあの男はどこか人間と同じだと思っているのだろう。まったくもっておめでたい男だ。しかしそれが自分やその友を救ってくれたことも事実である。願わくば、もし少しでも野心を持つとしたら、あの男のそういった心が折れないで欲しい。自分たちを友と呼び続けて欲しい。そうすれば自分がいなくなっても、ロック達の心の支えがあるはずだから。
男は震える手でベッドの横にある水の入ったコップを取る。落とさないように慎重にゆっくりと中身を飲み干すと、大きく息を吐いた。
瞼が重くなってくる。自分の終わりが近づいてくる。恐怖は全くない。あるのは出会えた友への感謝と、自分がいなくなっても大丈夫と思えるその安心の一点だけだ。ゆっくりと静かにその男が閉じた瞼は開くことはなかった。
ルオンが絶命してから間もなく医者たちがやってきて、その死亡を確認した。ロック達が任務に出ている以上、その情報が彼のオリジナルに最初に伝わるのはかくも当然のことだろう。
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