第14話 知るべき
書いていると、彼らがなんでこんなに悩まなくちゃいけないんだ…と思う時があります。でも暗い気持ちで書くとそれはそれで悪くない気分になります。
4日も続いた雨はそこかしこを濡らし城壁の上には雨水が残っているが、空に輝く太陽擬きのおかげで湿った感覚はなかった。
連日の雨はロック達には悪くない休息の日々であった。少なくともロックにとっては充実していた。ギャリーの本音を知れたし、ルオンにも会いに行けた。1度だけ警備のために駆り出されたがそれもガジェットの感覚を忘れないためにちょうど良かった。アーノルドと会えなかったのは残念であったが、ルオンから彼が見舞いに来ていたことを聞けたのはなぜか自分事のように嬉しくもなった。嫌いな天気ではあったが激動的な日常を落ち着かせる良い骨休めの機会であった。
しかし十分なリフレッシュ後の最初の任務としては鉛のように重い内容であったことは疑いようがなかった。ウォンバットに身を包んで空をかけるロックはすでに今から向かうべき場所に不安を感じている。
つい数時間前の話だ。強力な電波を捉えたのだ。この電波については先日から話題になっている水晶のものと同じことがわかっている。つまり罠の可能性もあるわけであった。当然捜査のためとはいえガジェット部隊は乗り気といえなかった。もはや敵であるゼオは頭のない猛獣の群れとは違う。あの司令塔と思われるゼオを中心に統率の取れ始めた軍隊になり始めていた。それほどの相手ならここで警戒するのは当然のことだろう。
しかも先日のレイヴンのテストと違って相手がどの規模で潜んでいるのかもわからない。そんな不明と不安だらけで向かうのは愚の骨頂といえる。
だからといって手をこまねいているわけにもいかなかった。調査対象がわかっているのに何もしないというのは一種の職務放棄といえるだろう。もちろん馬鹿正直に突っ込むことはしない。電波を感知したのはいまだに足が踏み入れられていない謎多き場所…かと思われたがその近辺までは調査済みであったためどのような土地化はほとんど判明していた。地形については岩場が多く大きな滝が近くにあり、かなり足場が悪い場所だ。そうなると陸上のゼオでは移動に制限がある。もし待ち構えているとしたら翼を持ったゼオだろう。
そうなれば対策としては当然のごとく6型レイヴンが有効。今回はマーク部隊に補充要員2人を含めた計9人での作戦でレイヴンは3機、ウォンバット5機の編成に新型の武器も搭載しているという念入りな準備をしていた。
現在は目的地に向けて移動中である。レイヴンを装着しているクレア、アシュリー、ギャリーが先陣を切っており、その後ろからロック達がついていく形だ。ウォンバットにもレイヴンについていくための外付けのブースターが脚部につけられている。外付けの消耗品であるが、今回のような作戦にはその有用性を発揮していた。おかげでいつもよりも風を切る音が鋭く感じる。
ロックの心臓はいつもよりも遥かに高鳴っていた。数日ぶりの任務から突然、心身ともに疲弊するであろう任務も理由ではあるのだが、それ以上にギャリーの様子が気になった。先日の本音を聞いてから、このような戦いに彼が参加するのは不安を抱かせる。しかも不穏がつきまとうこの任務には、あの特別なゼオが関わっている可能性は高い。今のギャリーがあれと相対した時にいつも通りの彼でいることができるのだろうか。
そしてこの不安がロックにも影響を与えた。ギャリーとの会話で彼自身にもあのゼオに対する不安が甦ったのだ。あれに何ができるのかはわからない。しかし再び見た時に自分がどれほど平常心でいられるかは自信がなかった。
『目的地まであと15分程度だ。全員、気持ちを引き締めろ』
マークの声が頭に響く。考えても仕方ないから気を引き締める…いつもならできているはずの心構えが今のロックにはとても難解であった。
現在のアーノルドの仕事はそこまで厳しいものではなかった。渡される書類に目を通して、押印したり文章の書き方にペンを入れたりが大半であるため、地球のような余計な人間関係のしがらみがない分、仕事のやりやすさという点では地球以上であった。もちろん開拓地の最善ゆえの命の危険はあるが、ここは設備が整っているのでそれを感じさせるような環境ではなかった。下働きながらもぬるま湯に浸かっているような気持ちであったが、自分が今後政府の中枢で働くならばこういった経験も武器になるはずだ。そんな想いを込めてアーノルドは今日も目と手を動かす。
そんな中、書類の束にバロック宛てのものが紛れ込んでいることに気が付く。アーノルドの口から小さなため息が漏れる。ここに来てから似たような間違いが何度も起こっており、さすがに彼も呆れていた。他の部署による政府への要求申請書が自分のところへ回ってくるのだが、記入前のものや確認を終えたものがたまに紛れ込むらしい。
時計をちらりと見る。今からこれを届けに行けばちょうど昼休憩に入れる。午前中からずっと座っていた身としてはこの辺りで体を伸ばすために直接渡しに行くのも悪くない。後に回したり、誰かに任せるよりも自分の健康的にそちらの方が良いだろう。
やることを決めたアーノルドは机にある電子ボードの画面に手を伸ばす。指を滑らせてバロック宛てにメールを送る。地球では画面越しに通話できる情報機器が主流であったが、ここに備え付けられているのは一昔前のもので文章のみのやりとりしかできなかった。ガジェットや研究施設以外は経費削減のためなのか、それとも時代に取り残されているだけなのかとことん古いところがこの星にはあった。
手短に送った文章に返ってきた文章は同じくらい手短であった。返事がすぐに来たということはバロックは仕事部屋にいるのは間違いないようだし、文章を直接持ってくるのも了承していた。アーノルドは席から立ち上がると体をぐっと伸ばす。動いていないゆえの音が体から鳴る。余程動いていなかったようだ。自分に呆れるように息を吐いた後、書類を抱えて部屋を出た。
動く床に乗って目的地を目指す。ただ床に流されるままのアーノルドはロック達のことを考えていた。自分には情報が入ってこなかったが、研究班と調査班は朝から騒ぎっぱなしであった。例の電波がこれまでよりも強力に感知されて、しかもそれがゼオの罠かもしれない状況で彼らはそれを調査に向かったのだ。
率直に言えば、不安以外の何物でもない。万全を期しているとは聞いているが、ゼオがそれに対して甘んじてやられると彼には思えなかった。
だがアーノルドはこの件について自分が何も出来ないことをよく知っていた。ガジェット装着者どころか彼らのために武器ひとつ要求することが自分にはできないのだ。ただ今の彼に出来ることは友の無事を祈るだけだ。それを理解しているがゆえに、先日のギャリーやルオンの言葉を思い出して、アーノルドは誰に向けるでもなく小さく舌打ちをした。
Z58惑星の開拓チームの中では上位の存在であるバロックの部屋は当然のごとく個室である。それでも自分の部屋の扉と変わらない見た目に少し驚きながらも、アーノルドは呼び出し用のボタンを押した。
間もなく扉が開くと、彼はずんずんと歩いて書類に目を通しているバロックの元まで進む。視界には一人で使うには広すぎるほどのスペースと仕事用具も見えたが、造りの良いソファとその配置も考えると、応接室も兼ねているのかもしれない。
「また自分のところに紛れ込んでいた書類です。未記入でしたので、」
「いつも悪いですね。時間的には体を動かせてよかったかもしれませんが」
アーノルドの差し出した書類に礼を言いながら、バロックは受け取る。表情は真面目だったが、べたつくような声は相変わらずであった。
ここで世間話のひとつでもするのが常識かもしれないが、話す内容もないのにいちいち時間を割くようなことはお互いにしない性質であった。アーノルドは一言「では」とだけ言って扉を目指した。
「最近、またクローン人間と交流があるようですね」
後ろから聞こえるバロックの発言に足を止める。特に意味のない発言だろう。以前のようにクローン人間と親交を深めることに対して小言をつけて、それで終わりだろう。アーノルドは少し挑戦的な雰囲気でバロックに向き直る。
「何か問題でも?」
「いえ何も。ただあなたは正義感に溢れる人だと思ってね。そんな人間があいつらを理解しないまま仲良くしているのは心苦しいと思っただけですよ」
棘のある言い方だが、アーノルドはなんとも思わなかった。ここに来てクローン人間に理解しきれない自分でも把握できたことがある。それはクローン人間が道具としか見られていないことであった。これが正義感と高尚さを意識する彼にとって快く思わないはずはなかった。クローン人間にも心がある。それを彼らとの交流で充分に噛み締めた。だからこそそんな彼らを便利な道具のように扱うのは、人の所業とも思えないほどの軽蔑感を覚えた。
だがバロックはアーノルドの心を無視するかの如く、言葉を続ける。
「あいつらは我々とは価値観が…あー…違います。下手に深入りしない方が良いですよ。ある程度、まともな感性を持っているのなら」
「俺が彼らに幻滅するような言い方ですね」
「いやいや、彼らに裏切られるんじゃないんです。自ら滅びていくだけですよ」
バロックの言葉に何かが引っ掛かった。この言葉は具体性がないだけでただの皮肉にも聞こえる。その程度の言葉のはずなのにアーノルドには自分が気づいていない核心を突かれたような気持ちになった。
押し黙るアーノルドを見ながら、バロックは疲れたようにため息をつく。そこには傲慢さが見え隠れする研究者ではなく、ただ愁いをまとった老人が座っているだけであった。
ロック達が目指す場所までもう間もなくのところで、今回の作戦において敵の戦力予想は外れていないと思った。先の距離には翼を持ったゼオが待ち構えるように飛びながら向かってくるガジェット部隊に狙いを定めていた。
『さっそくお出ましだ。レイヴン隊頼むぞ!』
マークの指示と共に前を飛ぶレイヴン装着の3人が抱えていた大型の武器を構える。今回、ウォンバットがレイヴンに追いつけていた理由は追加ブースターに加えて、レイヴンの新たな装備があったからだ。肩に担ぐほど大きな長方形の武器はレイヴンのために開発されたパルスナイパーと呼ばれる。この武器から撃ち出される弾丸の速度はすさまじく、さらにそのサイズゆえの大振りなサイズが特徴的であった。弾速とサイズを兼ね備えたその性能は強力で遠めでは一種のレーザー光線にも見えるという。
ゆえにガジェットの中でもその反動に耐えられるほどの出力を持たなければ使用不可能といえるこの武器は実質レイヴン専用の装備となっていた。
急ブレーキをかけるように動きを止めた3人は引き金を引く。その瞬間撃ち出された弾丸は目にもとまらぬ速度で狙いをつけて突撃してきたゼオの軍勢に穴を開けた。その後ろにもいたはずのゼオ達すらも貫通したようだ。
一瞬だが他のゼオ達が怯む。この反応が何よりも不気味であった。やはり彼らはとっくに獣という段階を過ぎた存在となっているようだ。
だがそれに腰が引ける彼らではなくなっていた。たしかに恐怖や不気味な思いはよぎるが、予想の範囲に過ぎない。彼らも想定したうえでここに戦いに来ているのだから。
すぐさま前列の3人は次弾の準備をする。パルスナイパーは装弾数こそあるものの、連射できない仕様であった。ゼオもすぐに彼らへと向かってくるが、後ろで控えるロック達が黙っているわけがない。一斉にミサイルのハッチを開き、それらがゼオを迎撃していく。絶命する者、翼が燃えて落ちる者、死んだ仲間が盾となって向かおうとする者、だが全てに共通するのは彼らが今のロック達相手には無力であることだ。
再びレイヴン隊による凶弾が彼らを蹴散らす。1発目ほど数は減らなかったものの、燃える同族をよけたりその陰にいたりしたため、狙いをつけるのは容易であった。
やがて銃声が鳴りやめば、そこにゼオの姿はなかった。撃たれたゼオは全て落ちていき、目下に映る森林かはたまた少し先の滝に繋がる大きな川に落ちたことだろう。
ロックがレイヴン隊に視線を移すと、ひとりだけでわざとらしく落ちていったゼオを無視するようにそっぽを向いていた。ギャリーからすれば彼らの末路も自分に重なって見えるのかもしれない。気の毒に思うと同時に、彼の苦しみが解かれる日が来るのかすらもむなしさも覚えてしまった。
『さて先に進むぞ。唖然とするのは任務を終えてからだ』
テキパキとしたマークの声が聞こえる。彼はどこまでも隊長なのだろう。ちらりとギャリーに視線を向けたのはロックも気づいたが、あくまで隊としての行動を優先したのだから。
マークの指示に従い、目的の場所へと向かう。といっても、ゼオの集団がそこを阻むように待機していただけなので、そこは目と鼻の先にあった。ゆっくりと降りていくウォンバット隊とは別にレイヴン隊は螺旋階段を下りるように回転しながら着地していった。
大きな滝口が近い場所に例の水晶はあった。これまで見てきた中でも最も大きく、そのサイズはロック達の倍はあった。鈍い光を放っていたが、この快晴の下では目立たない。むしろこの水晶は一目見て怪しい点はその生え方であった。中途半端に傾いており、その大きさのせいで今にも倒れて押しつぶされるのではないかとも思ってしまう。地面との付け根を見てみると、自然発生したというよりも無理やり穴を開けてそこに突っ込んで溶接したような跡が見られた。
「決まったな。我々をおびき出す罠だ」
確認と同時にため息をついたマークの声が聞こえる。この人為的な取り付け方を見ればもはや疑いようがない。まだギリギリ推測であったことが事実となった。ゼオは知能を持ち、地球からの侵略者であるロック達を狙っていることが。
ロックは不安になった。ゼオが知的生命体であったこと以上に、このままでは彼らとの戦いはより続くものになると確信したからだ。それを自分の仲間がどれだけ耐えられるだろうか。そして自分自身もどこまでこの血生臭い苦しみに耐えられるのだろうか。ガジェットを身につける以上はそれとも付き合わなくてはならないことはわかっていても、自身はない。
そして不安と同時に疑問も湧いてくる。彼らは何が目的なのだろうか。もしあれに自分たちを罠にかけよう等という知能があるのならば、何か目的があるはずだ。地球の勢力を追い出すこと?だとすればなぜ今まで動かなかった。考えられる可能性はいくつもあるが、その答えを裏付けるものはなかった。
部隊の中に重い空気が流れ込む。この場でそういった考えを微塵も思いつかない者がいればどれほど幸福だろうか。しかし実際はこの場にいるクローン人間全員が未来への予想に心を沈ませていた。
隊長格であるマークやクレアですら、困った様子で顎を撫でながら皆を見回していた。さすがにここまで意気消沈した隊員たちに指示を出すのをためらったのだろう。
この空気が落ち着くのはいったいいつになるのだろうかと思われたその時だ。
「来た」
低く発音もはっきりしない声がその空気を切り裂いた。どこか現実離れした印象を抱かせるその声の主は滝口付近に一匹のゼオの背に乗って悠々と構えている。あの人型のゼオがロック達を見ていたのだ。
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