第13話 暗雲
文字数は多くないですがぶち込みました。もう敵の正体について察しのついた人もいるでしょうが、ゆっくり読んでいってください。
それと今回はいつもの2人以外にも場面を増やしています。
この星は地球よりも遥かに資源豊富であったが、同時にこれほど地球に似た星も今のところ発見されていなかった。外の打ち付けるような豪雨はその事実を物語っていた。今は風や雷こそなかったが水源がない死の星もあるなかで、これほど雨が降るのは珍しいと言わざるを得ない。
この雨ではさすがにガジェットを装着して調査などはできない。護衛以外だいたいは出歩くことなく室内での仕事に打ち込んでいた。
そんな中、アーノルドは早々に仕事を切り上げて病院で一人の男と話していた。
「それで交流はよかったんだが、ギャリーが俺にそういった質問をしてきてな。あいつは元々悩みやすいタイプなのかなって」
「ロックやオルレアンはともかく、ギャリーは割り切っているタイプですよ。あいつ何かあったのかな…?」
アーノルドは先日の食事をルオンに話していた。食事自体はとても楽しく、終いにはマーク、リュータと肩を組んで教えてもらった昔の歌を共に歌うという自分らしくもない行動も取ったくらいだ。それほど満足いくような交流だった故に、ギャリーの様子が最後まで気がかりであった。別に彼の態度に腹が立ったとか、そういった嫌悪の感情でない。ただ彼を理解したかった。
そこでアーノルドが訪ねたのは、彼と幼少期からの付き合いであるルオンであった。知り合いも少ない中で一度会っているため訪ねやすく、見られても見舞いとすれば妙な勘繰りもされることはないだろうと考えた。幸い、今日は体調が良いらしくベッドから体を起こしてアーノルドと話していた。
「その後はずっと気まずそうな様子だったからな。悪いことしたな」
「うーん、たしかに話すことに困っちゃいましよね。俺だってアーノルドさんにそこまで言われたら驚いて委縮しちゃうかもしれません」
「なんだ?たしかにここ数日で会った程度の関係だが、俺はロックに命を救われているんだぞ。それに俺よりも同じ職場とはいえ前線で戦うような彼らのために何かしてやりたいと思うのは当然だろう」
「クローン人間にそれを言える人はまずいませんよ。少なくともこの星には」
「やはりそれはクローン人間だからか?」
「そうじゃないですかね。俺らは決められていることが多いですから、未来について何か目標をとあまり思えません」
淡々と答えるルオンにアーノルドは不満を感じた。上昇志向や野心が強いこの男からすればクローン人間の諦めたような態度は腑に落ちなかったのだろう。自分と似ているのであれば尚更だ。だが彼を責めることはアーノルドには到底出来なかったのだ。
そんな彼の表情を察したのか、ルオンは痩せた表情を緩ませる。
「苛立ちます?」
「わかっているなら質悪いな。俺のクローンとは思えないよ」
「性格までは似ませんからねえ」
「何かやりたいことはないのか?」
「ありますよ。ロック達と一緒にもう一度仕事ができるようになりたいです」
「そういうことじゃなくてな。お前自身がどうしたいのか、どうなりたいのかというものはないのか?」
「それがよくわからないんですよね」
ぼんやりと答える目の前の男はクローン人間特有の考えを持っていた。その思考、態度には哀れみしか感じなかった。
彼と初めて会った後にアーノルドはクローン人間について学んだ。調べればクローン人間には権利というものがなかった。生まれてからすぐに地球の施設に入れられて、そこで別惑星で働くために学び、訓練する。ガジェットの装着や知識はもちろん、工場で働くためのスキルや医療福祉についても学ばされる。通り一辺倒のことを学ぶと、あとは希望する分野の道へ進み現場に出るまで同じことの繰り返しだ。選択権こそあるもクローン人間としての労働力としての範囲を出ることはなかった。
彼らはこの事実を知っていた。これに不満を覚えるクローン人間もいるが、それも大人になるにつれていつの間にか落ち着く。
これを知った時、アーノルドの不満は募るばかりであった。クローン人間は何もごく最近にできた技術ではない。それなのに彼らは今日にいたるまで従順な態度でいたのだ。別に反逆するべきと思わないが、自分たちの権利を主張しようとしなかったのだろうか。クローンとはいえ同じ感情ある生物、無理に彼らを縛ることなどできないはずだろう。それともそこに至るまでの過程で特別な教育でもされるのだろうか。さすがにクローン人間といえ、思考や感情までコントロールできるとは思わないが…。
「クローン人間をそんなに哀れまないでください。良いこと多いですよ。保険とかそういったものに悩まなくて済みますし、性行為だって子供を気にする必要はないから普通にやりますし」
「クローン人間の良いところを聞いても意味ないよ。そこからさらに良くなろうとしないお前らがわからない」
「アーノルドさんは本当にいい人ですね」
ルオンは痩せた笑顔を向ける。すっかり肉の落ちた顔のせいで無理に作ったようにも見えた。いやこの男の様子から皮肉とは思えない。
屈託のない笑顔をのままルオンは言葉を続ける。
「俺は嬉しいですよ。最後にあなたみたいな人間に会えたことを」
「寿命ももう間もなくなのか?」
「おそらくですけどアーノルドさんが帰る前には来ると思います。肺とかの呼吸器官以外は使えると思いますし」
クローン人間にはある程度の寿命が決まっている。だいたいは30歳前後で死ぬことになっており、その遺体は人間のための臓器スペアになっている。驚くべきはその適応力で年齢が違ってもほとんどが代替のものとなれる。つまりその年で死んだクローン人間の臓器を一定の手順を踏んで加工さえすれば赤ん坊にも移植できるものとなる。クローン人間は死後も使える肉体なのだ。もちろんルオンのような生まれつき異変があった場合やマーク、ロジエールといったプロトタイプ世代のような例外はいるが、それがクローン人間の枠組みとして外れているわけではない。
死期を知り、それに微塵の恐怖も抱かない。ルオンの態度こそが自分の運命を受け入れるということなのだろうか。一種の美しさすら覚えるが、今のアーノルドには人間の身勝手な醜さが反映された価値観に見えたのだ。
「なぜそこまで…」
意図しない形でアーノルドの口が動く。心から感情が漏れ出たとでも言おうか。ただ哀れな存在に同情や疑問、呆れ、苛立ちあらゆる感情が混ぜ込まれて生まれたヘドロのような言葉になっていた。
だが彼の態度こそギャリーを理解するための手掛かりとなるのかもしれない。彼らを知り友好を深め、その先にある高尚な何かを彼らに伝えられるのかもしれない。得体のしれない正義感を決意したアーノルドは目の前のクローン人間とただ談笑するだけの時間を過ごしていった。
雨の存在をロックは喜べなかった。ジメジメとした湿気が体に張り付き、気持ち共々重い感覚にさらされるからだ。それにいまだに地球の施設にいた頃、雨のせいで外に出て遊べなかったことを思い出す。子供っぽい理由だが、雨にはどうもそういったイヤな思い出しか結びつかなかった。
そんな彼でも今日は雨よりも友人の方が気にかかった。雨のため任務は無く駆り出されているガジェット部隊は警備のみで調査、探索が主な任務である彼らは待機という名の休日を過ごしていた。これもロックが雨嫌いな理由でもあった。曲がりなりにもガジェットで飛び回る心地よさも雨は奪っていくのだ。
最初はルオンの見舞いに行こうかと思ったがもともと明日行く予定だったので後回しにして、まずは先だって話を聞くべき男と会っていた。
コーヒーを飲みながら目の前に座るギャリーを見る。会って10分は経つがロックの最初の問いかけにギャリーは答える気配すらなかった。
「呼んだ僕が言うのもなんだけどさ、頼むから何か言ってくれよ。それで来てくれたんじゃないの?」
いつもの態度で促すが、ギャリーは飲み物をすするだけの口しか開かない。ロックがギャリーに訊いたことはいたって単純、アーノルドへの追及の仕方であった。元より彼に訊くことはアシュリーの提案で全員が納得済みではあったが、いきなり上司に対して質問するには気が引ける内容ではあった。ましてや友好的に接してくれる相手ならなおさらだ。そのため場慣れしているマークがそれとなく訊く予定だったのだが、どうしたことかギャリーがいきなり詰問するかのような態度を取っていたのだ。
ふてくされているわけでないのは彼の顔を見ればわかった。しかし同時に見たこともない表情であった。決まりが悪そうな表情なのだが、そもそもいつも仕事についてはぐっと文句を飲み込み、身内でも冷静な態度である彼のこういった表情は見たことがなかった。
それから間もなくギャリーはゆっくりと息を吐き、絞り出すような声を出した。
「あれは俺が悪かったよ」
「それがわかっているなら…」
「わかっていながらも止められなかったんだ」
「らしくないよ。別に無理に我慢しろというわけではないけどさ、そんなにゼオを倒すのがイヤだったのか」
「戦うのが好きな奴なんているのかよ」
「そういうつもりで言ったわけじゃないよ。でもそこまで追い詰められているとは思っていなかったからさ」
「追い詰められているわけじゃない」
吐き捨てるように言うギャリーに、ロックは不安になった。やはり昔から知るギャリーとは雰囲気が少し違う。
「原因はなんだい?何がキミをそこまで思わせるんだ?」
「…あのゼオのことが頭から離れないんだ」
この一言でロックはすべてを理解した。彼を悩ませ、普段とは違うギャリーが表れるきっかけが自身も経験した人の形をしたゼオとの出会いから始まったのだと。たしかに例のゼオは他の個体とは明らかに異質な存在であった。知能があるように見えたから?指揮を取っている様子だったから?いくらでも予想はできるが明確な根拠にはならなかった。生理的に、本能的にあれは気味が悪く、ゼオに似て非なる別の存在に見えたのだ。
いつものギャリーでいたことに安心していたが、自分がルオンをアーノルドに会わせることを忘れていたほどショックを受けていたのと同じように彼もあれを見たことは衝撃的だったのだ。そしてそれに気づけなかった自分にロックは苛立った。長い付き合いの友人としてだけでなく、同じ経験をしたのに背中を預けられるほど信頼する男の異変を察知できなかったのだ。
目の前のギャリーは頬杖をついて顔を背けている。彼は弱さを見せたと思った様子で自分の発言に後悔していた。元より自分の感情を吐露しないで、精神的な強さを見せる彼には、身内にこんな姿をさらすのは不本意だろう。しかし先日のアーノルドへの一件から貯めていたものが決壊したダムのごとく飛び出していき、止めどころがわからなくなったのかもしれない。
「だけどアーノルドさんに当たるようなことをするなんて…」
「お前含めてみんなが楽観的すぎるよ。あんな感じでクローン人間に触れてきた奴がどれくらいいると思っているんだ」
「だからこそ嬉しいじゃないか!ようやく僕たちを認めてくれる人が現れたんだよ!」
「あの人は無知なだけだろう。どうせすぐにわかる、俺らの無力さに」
この言葉はロックとしては腑に落ちなかった。一方でギャリーは相変わらずバツが悪そうに、しかし自分は間違っていないという想いだけは一貫した表情であった。同時にロックとギャリーが互いに埋まらない溝がより浮き彫りになった瞬間であった。
ギャリーはゆっくりと息を吐いてから改めてロックに向き直って口を開く。
「わかっている。悪いのは感情を処理しきれなかった俺だ」
「…それについては擁護しないよ。でも僕もキミの悩みに気づけなかった」
「気づいて欲しくもないから気にするな。だから俺はまたいつものように振舞う。人間に期待しようなんて思わないさ」
カップの中身を空にするために一気に飲み干す。その姿は一刻も早くここから出たがっているようで相変わらず自分には心を開くことが無いのだとわかり悲しくもなった。
Z58惑星のどこを最深部と定義するかは難しい。この星が地球以上のサイズを誇っているからといって球体である以上は果てというものがないからだ。しかし現在地球が拠点としている場所の連中から見れば、ゼオが最も多く集まっている場所こそ最深部とも言えるだろう。
木に囲まれて窪みの見えないこの洞窟の奥こそ彼らの主要な拠点であった。大量のバレンリウムが発生し、洞窟の壁には無数の種類の鉱石が混じりこんで鈍い光を放っている。だがその広い空間に対して、その場にいたゼオはたったの一体だけであった。いや一体という表現も正しいと言えるかは疑問であった。そのゼオは一人と呼んだ方が自然なたたずまいであったからだ。
おんぼろの布を顔や体に巻いて覆っているその姿はかつて死体の腐敗を防ぐためのミイラにも見える。しかしミイラと違ってその鋭い眼光は目の前にある何かの装置のようなものに釘付けであった。装置は巨大な棺桶が一つ、その横に二つのドラム缶のようなものに管が繋がっているだけの簡素なものであった。妙な駆動音は苦しんでいるよう名印象を受けるし、表面はすっかり色あせている。素人目から見ても劣化していると思われるだろう。
何かを待っているようにそのゼオはただじっとしている。すると後ろから二匹のゼオが呻くように現れた。気配に気づいた人型のゼオは後ろを振り向くと、大声を上げる。見た目からは想像もできないほど苛烈な音が洞窟内に響き渡ったが、二匹のゼオも同じような音をギャーギャーとわめきたてた。不快な音が響き合うが間もなく二匹のゼオの方が口を閉ざして踵を返していった。
彼らが出て行くのを確認してから再び装置へと視線を戻す。相変わらず駆動音はやかましく鳴っており、仕事が終えるのを予測させなかった。
「間…もなく…」
人型のゼオがぼそりと呟いたのは先ほどの不快な音ではなく、言葉として成り立っていた。その不気味さはどんな人間にも出せないような異質なものであった。
すると彼の言葉通り、装置に動きがあった。先ほどまでの鈍い音はどんどん甲高くなっていき、両端の筒状の機械が煙を吹いていく。同時に中央の巨大な棺桶からは異臭が漂い始め色の違う煙が立ち込め始めた。徐々に両端の機械の動きが鈍くなっていき、やがて止まっていく。
機械の動きが完全に止まると中の棺桶から1体のゼオの姿が現れた。サイズは通常のゼオよりも一回りは大きく、肩には突起のようなものがある。元よりむき出しであった牙はさらに長くなっておりセイウチを想起させるようなものであった。
現れたゼオは低い声で呻くが、人型のゼオは何も言わずに顔を背ける。その胸に秘めるのは決意か、大きな志か、はたまた虚無か、それを知る者は誰もいなかった。彼自身も知らないであろう。ただ唯一わかるのは、彼がこれから行おうとすることは地球を故郷にする者にとって決して好ましいものではないということだけであった。
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