第11話 陰りに光り
別れを劇的ではなくあっさりめにしようと思いました。結果的にあっさりしすぎになりました。
「体にだけは気を付けてくれ。長くても半年かからないで地球に戻れるだろう」
「父さん、そこまで心配しなくても大丈夫だよ」
「前にも言ったが…」
「俺は俺のことを考えてここに残る決断をしたんだ。今さらどうこうしようはないよ」
きっぱりと肩を上げてアーノルドは答える。彼はこの数日間、充分というほど父や同僚にここに残ることを説明していた。
思い返せば、この星に来ての視察はあっという間であった。人は忙しくなれば時間が早く過ぎるというが、彼にとってこの星の出来事は新鮮の連続であった。自分のクローンと出会うという摩訶不思議な気分になるものからゼオの襲撃のように人生で経験したくないものもあった。
父の後ろにはここに来る際に使われていた宇宙船と追加で到着した大型機の二機が鎮座していた。今回はこれに貨物船も共に行くのだから地球までの道のりはさぞ圧迫するだろう。
父との別れをアーノルドはそこまで悲愴的に取っていなかった。自分にとってこの星に残ることはあくまで挑戦と真実を知るための第一歩なのであり、身の危険をさらしているつもりはさらさらないのだ。
それでもワイズオルからすれば子供を命の危険を伴うこの星に子供を残すのは不安であるだろう。それが自分の息子としてなのか、それとも政治家としての息子としての扱いなのかは傍目からは判断しづらいが、アーノルドは後者だと考えていた。
そんな別れに一人の男が介入してくる。軍事大臣のジャクソン・オータニだ。まだ登場していない役人を連れており、その中にはブルベルもいた。
「ワイズオル、ここまでにしよう。あとは自分の息子のことを信じればいいじゃないか。少なくとも私は信じている」
相変わらずの深い声はワイズオルにすら効果的なのだろうか。それとも肉親以外の男が息子に信頼を置いていることに感じ入るものでもあったのだろうか。ワイズオルは鼻から少し息を吐き出すだけで口を閉ざした。
アーノルドは介入してきた大臣に少し非難めいた口調で話しかける。
「教えてくれないのですね。道中で話したことについては」
「この星にあることだろう。私が話す前にキミは察してくれたみたいだからね。それに今さら聞こうとは思っていないのだろう?」
全てを知っているかのように応える大臣の言葉は正しかった。アーノルドはすでに自分で政府の黒い根幹を見つけると決心していた。それが自分のためになるはずだし、今後組織をより知るにあたっても必要だと彼は考えていた。むしろ今さら話を聞いて大臣の見方に影響されるのはごめんであった。
そのことはおそらく父や大臣はわかっていたのだろう。それでも父は親としての感情が邪魔をし、大臣は期待が優先して、結果的にアーノルドの意思をくみ取るのが大臣側になってしまったのかもしれない。
もっとも軍事大臣がアーノルドをそうするように仕向けたのかという試案もあったが、それはそれで乗っかってやろうというほどの気概であった。
「私からアドバイスがあるとすれば割り切るところは割り切るべきだ。でなければ後悔という言葉がキミを底なしの沼に引きずりこむぞ」
「その言葉を心にとどめておきますよ」
アーノルドの言葉に大臣はニヤリと笑う。温和ながらもどこか少年らしいいたずらな笑みだが、この男がやると含みがあるようにしか見えなかった。そしてワイズオルと歩を合わせながら帰還用の宇宙船搭乗口へと向かった。アーノルドは彼らの後ろ姿を見送ろうとするが、代わりに視界に入るのは自分とは性分の違うブルベルの自分を気にした視線ばかりであった。声をかけたそうだったが、大臣についていくので精一杯という様子だ。アーノルドとしては絡めば面倒なだけなのでこのまま無言で別れた方が楽だが、今後も共に働く相手に無神経な態度を取るのもはばかられる。それに取り巻きが宇宙船の到着と地球への帰還に湧く中、最後まで自分を気にした様子を見せていたのはブルベルであった。
アーノルドは少しだけ上げた手を振ってブルベルに小さな別れの意を示す。自分でもらしくない行動なのはわかっているが、ちょっとした態度は人を軟化させるようだ。それは彼だけでなく相手も同様であった。ブルベルは一瞬だけ目を見開くといつものニヤリとした笑顔と共に口の動きだけで「またな」と言って他の連中と同様に前を向いた。これくらいの調子が常に続くのなら見せかけではない友情を築けるのに…苦笑い気味に彼は心の中でつぶやいた。
役人たちが乗船の手続きを終わらせるのが見える。最後に父親の顔がちらりと見えたが、それはすでに政府高官という仕事の顔であった。そこに見計らったようにアーノルドにバンドル一家が話しかけてきた。
「アーノルド君、キミには本当に感謝しかない」
開口一番にバンドルは再び感謝の言葉を述べる。すばやくアーノルドの手を握ってくるあたり、逃そうとしない気持ちが察せられる。
思わず身を引いてしまうほどの迫力はアーノルドの感情を揺さぶった。自分が感謝されるのは見当違いなのだ。あのゼオを追い払ったのはロックであり、自分ではない。それなのに何度も礼を言われるのは彼の取るに足らない自尊心ですら刺激した。
「私には何もできませんでした。バンドルさん達と自分を助けたのは以前紹介したロックです。私ではありません」
「それはわかっている。それでも我々はキミに助けられたのだ。キミが来てくれたおかげでどれほど心が救われたか…」
それが辛かった。その態度、言葉、彼が自分に感謝する理由も充分理解できるのだが、それが尚のこと何も出来なかったことを浮き彫りにしているような気分にさせるのであった。
彼以外の態度も似たり寄ったりであった。バロック夫人は目に涙をためて見ており、息子の方は感謝を示すように首を振っていた。娘だけは相変わらず我関せずといった様子でぼんやりと虚空を見つめている。
いたたまれない気持ちになってきたロックは話題をバンドルの一人娘に移す。
「娘さんの容態は?」
「手術が無事に成功しまして、あとは地球に戻って療養するだけです。ここでは長期間入院するには不便ですからな」
「内臓のご病気でしたっけ」
「ええ。再発症のリスクもだいぶ低くなりましたし、本当にここの治療様様ですよ」
ニコニコとバンドルは答える。彼女の治療内容について詳細を知りたい気もしたが、別れ間際にこれ以上掘り下げる話題でもないだろう。それにズルいようだが、どうしても知りたければ
「おっとそろそろ我々も乗船せねば…じゃあアーノルド君、キミのここでの活躍を願っているよ」
「バンドルさん達もお元気で」
最後にもう一度固めの握手をして短い付き合いだった大富豪一家と別れた。思えばあのゼオに襲われなくても、彼らは家族のひとりの命をかけて切羽詰まった状況だったのだ。だからこそ命を繋いだあの一瞬は彼らにとって大きな感謝に値するものだろう。それでもその重さに自分の行動が釣り合ったとは思えないのだが。
飛び立つ準備をしている宇宙船を眺めるアーノルドの隣に高低差のある男たちが並ぶ。低い方はバロック、背の高い男はここの輸出、輸入の管理を行うロベルト・トレンジャー上席だ。彼らも宇宙船を見送りに…来た振りをしてアーノルドに話しかけるチャンスをうかがっていたのは火を見るよりも明らかだ。
「行ってしまいますな。わかってはいましたが、毅然とした態度を崩さないのは見事でしたな」
「自分で志願したのですから当然でしょう」
「案外、土壇場で気が引ける輩もいるものですよ。政府の人間ならなおさらですわ」
「見てきたような口ぶりですね」
「こう見えても昔はいろんな国の前線で研究し続けてきたのですよ。腐るほど見てきました」
「勘違いしないでくれよ。皮肉ではなく我々はキミを評価しているのだ」
相手を威圧するような見た目とは裏腹に甲高い声でロベルトはフォローする。一歩間違えば中年女性の声と言われても違和感がないように思えた。
「ロベルトさんも同じような心境で?」
「私はなんとも。給金を貰う以上、任された仕事はやるだけだ」
「こいつは向上心がないだけさ。気にするだけ無駄ですよ」
チクリとした小言だがロベルトはまったく気にしている様子はなかった。彼とバロックの関係性はこれが普通なのかもしれない。
「それでご用は?」
「なに、そんな大層なものじゃありません。輸送された荷物のチェック、あと新しく来た補充要員どもと会っていただきたいのですよ」
「わかりました。しかし補充員に会うのは下役人にさせることですか」
「必要なのですよ。下役人とはいえ地球政府のひとり。別惑星にいる限り、あなたはいつまでも力のないガキでいるわけにはいかないのですから」
本音は隠すべきだろう…そんなことを口に出しても意味がないのを知っていたアーノルドは彼らの後についていった。
まあいいさ、楽しみがあればこの難しい立ち位置にもいずれ慣れるだろう。少なくともその楽しみの第一歩が作れることを噛み締めながらロックは一歩一歩を毅然とした態度で踏みしめるのであった。
宇宙船がゆっくりと上に昇っていく。今度この星に来るのはいつになるだろうか。それほどかからないのかもしれないが、ロックとしては毎回あれが飛んでいく姿を複雑な気持ちで眺めていた。もう二度とこの星に来ないのではないかという寂しさなのか、見捨てられるのではないかという不安か、様々な予想が頭の中を駆け巡るものの核心を持ったことは一度もなかった。
「なんか特別なことあった?」
隣にいるアシュリーが呼びかけてくる。わざわざガジェットのマスク部分を外して訊くあたり、よほどロックの様子が気になったのだろう。
「いや割とさっさと行っちゃうなと思って」
「そうだよねぇ。もうちょっと私たちに労いの言葉でも言ってくれればいいのに」
「仕事が終わればさっさと引き上げるのは人間もクローンも同じなのかも」
「そう考えるとさっさと帰ってくれた方が私たちも早々に戻れるのかな。そろそろ探索任務も再開されるだろうし、もう護衛はこりごりだわ」
わざとらしい顔でアシュリーは不満を口にする。本音半分、おふざけ半分といったところだろう。ロックとしても護衛任務はもう切り上げて思いっきり飛び回りたい気持ちであった。
元よりこの星ではガジェット装着者は護衛と探索の任務を希望によってどちらかに割り振られているのだが、緊急時や必要な場合は人手が足りない方の任務も当たり前のように参加させられた。もっとも探索はそれなりに経験が必要になる上に、護衛の方が時間的拘束が長いため、護衛の方に召喚されることが多い。それでも任務の種類を希望しているため、そろそろ本来の探索任務に従事したいものであった。たかだか1週間ちょっとではあるが、今回は翼付きのゼオとの交戦に謎の人型ゼオの発見、加えて予定以上の護衛任務の回数と続けられたのでその想いは尚更強かった。おそらくロックやアシュリー以外にも探索班は不満を抱えているだろう。
「でもおそらくこれから探索班は相当忙しくなると思うよ。不可思議なことが多すぎる」
「それも嫌だけど、ジッとしているよりかは数百倍マシだよね。あんな感じで宇宙船を守るのはしばらくいいわ」
「そのおかげでアーノルドさんにも会えたようなものだから、一概に否定はできないけどね」
「それには同意するわ。あっ、それでさっき感傷的にあの船を見ていたの?」
突然の指摘にロックは顔には少し驚いた。ここまではっきりと指摘されるのは、親しみ深い相手でも困るものだ。
この感情をロックは誰にも話したことがなかった。こんな感情を抱くのは自分だけかもしれなかったので誰かに話して解決すると思わなかった。それをアシュリーのような能天気な性格の友に言い当てられるとは…いやむしろ当然なのかもしれなかった。翼を持つゼオが襲撃してきたあの日、彼女が妙に感傷的になっていたこと。マイペースで気持ちの良い性格のアシュリー、そんな彼女が自分たちの故郷を懐かしんで物思いにふける姿は似合わなかった。Z58惑星は地球に似通った景色が多い。この景色が彼女の心をよほど刺激したのであろうか。
それに気づいた時、ロックは自分の考えがいかにエゴに満ちていたのかを思い知らされた。なぜ自分だけがこんな敏感な感情を持つと考えたのだろう。もしかしたら他のクローンも大なり小なり同じよう考えを持っているのかもしれないではないか。そして同時になぜ今までこのような想いに至らなかったのだろう。それとも気づいていながらも、目を背けていただけなのだろうか。
考えるほど、答えが遠くなっていくような気持ちであった。気づけば宇宙船はとっくに高度を上げてガジェットでもすぐに向かえるような距離じゃなくなっていた。
「行っちゃうなー」
「ああ、そうだね。また探索の毎日だ」
「でも私たちが望んだことじゃない。割り切っていこうよ」
「ずいぶんあっさり言うね」
「ロックがちょっと気負いしすぎなのもあるかな。こういう時は人に話してみるのが一番だよ」
「それは誰かの受け売り?」
「いや体験談」
先日のことだろうか、それとも違う誰かだろうか、些細なことなのに追及したくなった自分が小さい男だと思った。ここで自分が彼女の助けになったのかを知りたくなる辺りが、自分中心な考え方のひとつでもある気がした。
先ほどの感情も含めて、アシュリーの言葉とは正反対に靄がかかった感情がより強くなる。多くの負の感情を表す言葉が「自己嫌悪」の一言に終息されているような気分だ。
まったく自分のようなバカがこんな哲学チックな問答をひとりで考えて、特別変わることがあるのだろうか。そう思いつつも抜け出せないのは結局割り切れていない証拠そのものであった。
「よし、そんな考えすぎなロックに二重の意味で美味しい情報を与えよう」
「そういう期待値の上がる言葉は控えるべきじゃないか?」
「それは聞いてから判断するべきだよ。それでは発表します。ここに来る前にアーノルドさんに会ったのだけれど、今度私たちの隊と共に食事しないかだって。すでにマーク隊長には話も通していて、他のメンバーにも会ったら話しておいてほしいって言われたの!」
「アーノルドさんが?」
「私たちともっと話したいんだよ!友人としてだってさ!」
彼女の嬉しそうな様子は表情はもちろん、体を包む鎧越しにも十分に伝わった。たかだか偶然知り合った地球の下役人と食事に行ける…傍からすればコネを作る以外にはあまり目的のありそうなものとは思えない。
しかし彼らにとって喜ばしいこと他ならなかった。その理由はクローンにとってだからこそ大きく、深い意味を持つのかもしれない。たったそれだけと言う人は山ほどいるが彼にはたったそれだけが心躍らせるものなのだ。さっきまで地球に似ているだけの景色も今では記憶の中の地球に磨きをかけたような美しさがあったのだ。
ロックの顔を見ながら、アシュリーの顔はさらににやけていく。
「へっへっへ。わかるよ、そういう表情にもなるよね」
「ちょろいものだよ。たった一人、この前知り合った人から食事に誘われただけなのに自分でも頬の感覚がわかるんだもの」
友達ができた、この一点だけで彼の陰鬱な感情には大きな光が差し込んだのであった。
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