第10話 互いを知りたい
なんだかんだで10話まで来れました。今回は詰め込めるところに詰め込むつもりで書いていました。結果は…うん。
ロックは自分が悩んでいたことがバカらしくなるほど安心していた。最近の忙しさと不安の連続で憔悴しきっていた彼には今回のように上手くいきすぎる現状は喜ばしかった。現在、彼らが向かっているのはルオンの入院する病院であった。大型のジープにはいつものメンバーが座っている中で唯一違ったのはロックの隣にアーノルドが座っていたことであった。そう、彼はルオンに会うことを了承してくれたのである。
互いに軽くとはいえ自己紹介は済ませたにもかかわらず、車内ではロックとギャリー以外の3人は何度もアーノルドに視線を向けていた。後ろに座るリュータやアシュリーはもちろん、助手席に座るオルレアンもバックミラーを利用して彼を何度も見ていた。口にはしないものの見知った親友とあまりにも似ていたことに驚いているのだろう。クローン人間がオリジナルと出会うことが滅多にないため、このような反応は珍しくなかった。
ロックも隣に座って緊張はあったが、間もなく親友との約束が果たせそうなことに喜びを感じていた。
「アーノルドさん、本当にありがとうございます」
「いいよ、俺はキミに命を助けられたんだ。これくらいでお礼を言われるほどではない」
ロックの礼にアーノルドはなんてことなさそうに手を振る。自己紹介時の堅苦しさはなく、すっかり砕けた態度であった。これから上司になるだけでなく年齢も一回り近く上なので当然ではあるだろう。ロックとしてもそちらの方が余計な気を使うこともないため安心であった。
「それに俺もこれからこの星で働く以上はクローン人間のことを知らなければならないんだ。せっかく近くに俺のクローンがいるというのなら会っておくのは当然じゃないか」
「そうは言いますが自分のクローンと会おうと思う人はなかなかいませんよ」
アーノルドの後ろからアシュリーが言う。彼女の言う通り、大抵の人間は自分のクローンには気味悪がって会ってくれないのがほとんどであった。ロック達はこの事実に直面したのはまだ地球の施設にいたころだが、これについては当時衝撃的だったことを覚えている。別に法律で禁じられているわけでもないのだが、自分たちがクローン人間であることを最も実感したのはこの事実を知った時であろう。
そのためロックとしては最悪、自分が彼を助けたという恩を利用してルオンにあってもらおうと考えていた。恩着せがましいのは気が引けるし、それも面の皮が厚い役人なら仕事だから当然というように無下にされただろう。
だが実際のところアーノルドは好意的であった。声からすぐにロックを命の恩人であるガジェット装着者と理解した上に、頼みについては快く引き受けてくれてすぐにでも行動に移してくれた。
ストレートな行動がロック達にとっては何よりもありがたかった。これだけでも嫌みな上司とは違う雰囲気を感じさせる。政府の人間ではないがバロックは別れるギリギリまで苦言を呈していた。結局はアーノルドの強い希望により彼はマーク達と共に中央施設に戻っていったが、それを見るとアーノルドの方が異端であるのだろうが。
「俺は自分のクローン人間に会ってみたいというのもある。そもそも俺はキミたちについて何も知らないからな」
「でもたまに顔を会わせるかもしれないくらいですよ?」
「それでも知っておくことに越したことはないだろ」
当たり前のようにアーノルドは答える。熱心な男だと思うが、同時にこんな性格で政治をやっていけるのかという疑問がロックに湧いた。Z58惑星に政府の人間が来たのは一度や二度ではない。彼らを見たロックは大概が狡猾で強い精神の持ち主だと感じた。政府や地球のために徹底的かつ非常な手段も講じられる、それが出来るような人間ばかりが世界政府にはあるのだと思っていた。
だがアーノルドはそれを微塵も思わせないような雰囲気を持っていた。強くはあるのだがどこか甘い、同時に正義感だけに溢れるような明るい印象を抱かせた。それとも最近の政府の役人は皆こんなのだろうか?
…いや自分が彼を侮っているだけかもしれない。内心はとても強かでそれを隠していることもあり得る。考えてみれば自分たちクローン人間なんかに直接的に本性を見せるような者はまずいないだろう。
仮にそうだったとしてもルオンに会いに行ってくれるのは感謝しかなかった。
「ねえねえアーノルドさんはどうしてこの星に来たんです?」
「おい、アシュリー!物言いが失礼だぞ!この人はもう上司なんだから」
「別にそこまで気にしなくていいよ。父の付き添いで来たんだ。俺に社会経験させたかったみたいでな」
「だからって残ることもない気がしますけど」
「今回のようなことがあったならば政府関係者は一人でも残っておくべきだと思ったのさ。どの道、俺以外にもここに来るだろうよ。それこそもっとお偉いさんがな。俺はあくまでそこまでの繋ぎでしかない。俺がいたら不満かな?」
「まっさかー!残ってくれたおかげで会う機会がもらえたようなものですもの」
後ろから体を伸ばすアシュリーはアーノルドの肩を叩く。さすがに失礼が過ぎると思ったリュータが彼女を席に戻し、ロックが申し訳なさそうに頭を挙げる。
「いや申し訳ありません。失礼なことをしてしまいました」
「いちいち気にしていては俺もやっていけないよ。謝る必要もないさ」
「そうもいきませんよ。それにアーノルドさんからすればお父様といきなり離れることになるような命令だったんでしょう?」
「命令?いやいや違うな。さっきのは言葉通りの意味。本当に自分の意志で残ったのさ」
あっけらかんと答えるアーノルドだが、ロックはそれに驚いた。しばらくの間、残って共に仕事をするという情報だけだったので、ここ最近のZ58惑星の異変からちょうどよさそうな役人を残して支援を強化させるような目的だと思ったのだが、まさか自分から残るとは。
「失礼ですけど、お父様は反対なさらなかったので?」
「反対はしたさ。でも軍事大臣が説得していたのを聞いてしまってね。このまま残れそうだよ。まあそれが無くても強引に戻るように言われなければ残るつもりだったけど」
「でもそれはお父様にとっては不満だったでしょうね。軍事大臣に言われれば引き下がらざるを得ないでしょうが」
「父がどう思うが俺には関係ないよ」
そこに興味を持ったのかリュータが話に割り込んできた。隣に座るアシュリーは強引に引っ張られたことも気にせずに相変わらず興味深そうな表情を浮かべている。
「お父様は政府のどのようなお仕事をしているので?」
「あー…いちおう政府中枢で働いていることになっている」
「ルオンということはお父様はワイズオル・ルイスでしょう?政府で秘書官やっているのは知っているんですけど、アーノルドさんはお父様とどういったお仕事を一緒にされるのですか?」
「秘書官…そう秘書官だ。でも俺が父と関わることはまずないな。いくら親子でも職場で顔を会わせることが稀だから。俺としてはいちいち口を出されないから嬉しいけど」
違和感を持ったのはどれくらいいただろうか。少なくともロックは彼の答え方に不思議な印象を抱いた。彼の歯切れの悪い答え方もそうなのだが、ロックにとっては先ほどからアーノルドが父親に対して淡白な感情を抱いていることが気になった。だがそれをわざわざ言葉にしようとは思わない。これから自分のクローンに会う彼にわざわざ不快な想いを抱かせるのは避けたかった。
「見えてきましたよ」
会話に割り込むギャリーの声で全員の視線が車の先に向かう。古びた頑丈な病院が徐々に視界に入っていった。
車から降りたアーノルドは目の前の建物を見上げる。外壁はすっかり灰色となあっており老朽化がうかがえる病院であった。ロック達の話ではここに自分のクローンが入院しているという。すぐ近くに自分のそっくりな人間がいるというのが彼に不思議な高ぶりをもたらしていた。
彼は先を行くロック達の後についていく。自然にギャリーとアシュリーが後ろに着くあたり、警護は慣れているのだろう。もっともこんな中で自分を殺そうとする者がいるのかは疑問であったが。それよりもごく自然に動けることにアーノルドは感心した。やはり常に仕事で命を懸けている戦士はこういった日常から意識が違うのだろう。
院内は外観と比べると遥かに整っていた。清潔で真新しさが見える。人も多く長椅子には老若男女問わず座っていた。やはり数日前の襲撃が原因なのだろう、これほどの規模でも人の多さは目立った。
「今日はほどほどだな」
「この人数でも!?」
横を歩くリュータの声に思わず反応してしまう。いきなり声をかけられたのにも驚かずリュータは肩をすくめて答える。
「立って待つ人もいませんからねえ」
開拓地とはいえ常日頃からこの人数を扱っていることには驚いた。ここ以外にも病院はあるようだが、立地のアクセスが特別良いわけでもないしそもそも車やホバーバイクでの移動が多い場所なので、おそらくこの病院だけに人が来るというわけでもなさそうだ。
面食らうようにきょろきょろと辺りを見回していると見たことのある人影がある。年齢相応の禿げかけた頭と神経質な雰囲気はおよそここで働く人間のようには思えなかった。
「バンドルさん!」
声をかけられた主は振り返ると嬉しそうに手を挙げて近づいてくる。リッブ・バンドルと顔を会わせるのは数日ぶりであった。
「アーノルドくん!久しぶりだなあ!まさか病院で会えるなんて…仕事かい?」
「そんなところです。バンドルさんはどうしてここに?」
「医師と話していたんだよ。ここはクローンが多い病院だからね。娘のために実際に会っておきたいと思ったのさ。ところでキミの周りは護衛かな?ずいぶん多いようだが」
物珍し気にバンドルはロック達に目を配る。彼もクローンと会うのは珍しいのだろう。だがわざわざここに来た理由まで明確に話すつもりはなかった。
「護衛…というよりも案内してもらっているんですよ。バンドルさんこそおひとりですが?」
「いや護衛はすぐそこに待たせているんだよ。用事はもう済んだしもうそろそろ出るさ。ところでワイジーから聞いたよ。この星にしばらく残るんだって?」
「ええ、まあ」
「私たちはキミのお父さんらと一緒に3日後に来る物資調達の船団と共に帰るけど、そこからはいつ帰れるかわからないんだよ?」
「その物言い、父に自分を説得するように頼まれたのですか?」
「まさか!私は命の恩人に自分を大切にして欲しいだけさ」
「でしたら私だけでなく彼にも言ってあげてください」
そう言うとアーノルドはロックの肩に手を回し、自分の横に来るように促す。ロックは表情からすっかり緊張しており、対してバンドルは当惑していた。
「ガジェット探索部隊のロックです。あの時のガジェット装着者です。私たちは彼に助けられたのですよ」
「ほう、彼が…」
この紹介にどれほど意味があったのだろうか。バロックの表情からは何も読み取れなかった。アーノルドは自分の行動をすぐに後悔した。クローン人間については名前を知るだけで彼らの扱いや対応にはまるで理解がない。それなのに当たり前のようにロックを紹介したのは愚行だったかもしれない。彼がクローン人間に助けられたことを無下にするような人間でないことを祈るばかりだ。
そしてこの祈りは無駄ではなかったことがすぐに理解した。
「娘のところへ戻らなければならないからあまり時間は割けない。だから一言で終わらせるのを許してほしい。我々を助けてくれて本当にありがとう」
「あ、いや…えっと、ご無事で何よりでした」
ロックはあたふたとバンドルの差し出した手を握り返す。この光景だけでさっきまでの不安が一気に払拭された。
「ではまたな、アーノルドくん。自分から志願したのだから何か考えているのだろうけど無理はしないでよ?」
「お心遣いありがとうございます」
それだけ言い残すとバンドルは早歩きで去っていった。ロックは当惑、アシュリーとリュータは興味深げにバンドルの後ろ姿を見ていた。オルレアンなんかはやれやれという雰囲気で自分に視線を向けているのがわかる。今回のような思い切った行動はもっと勉強してからにするべきだとアーノルドは心に誓った。
間もなく、受付が終わり彼らも目的の部屋へと足を運ぶのであった。
目の前に横たわる男を見て、アーノルドは腑に落ちた。やせ細ってがりがりの腕、落ちくぼんだ目、弱弱しい生気はその男の命が風前の灯火であることを充分に表していた。
生き写しのようだとは思わなかったが、自分と似ているところは多々あった。髪の色はもちろん、肉付きが良ければ自分に向けられている表情もそっくりであっただろう。自分が体調を崩したときの若い頃に何度か似たような表情を鏡で見たことがある。
「あなたが俺のオリジナルですか?」
「証明できるものは何も持っていない。だからそうだと言い切れはしないが…少なくとも俺はキミが自分のクローンだと思ったよ」
「だとしたら間違いじゃないでしょう」
声は弱く、アーノルドの声とも似ていない。声帯はまた別なのだろうか。
ルオンはオルレアンに介助されながら体を起こすと弱々しい笑顔をアーノルドに向ける。本人は喜びを表しているのだろうが、不安を与えるような笑顔であった。
その笑顔をルオンは自分の信頼する友人たちにも向ける。ロック達も頬を緩ませるが衰弱したルオンにはどうしてもぎこちない様子であった。
「みんな本当にありがとう。特にロック。約束を守ってくれたんだな」
「当然だよ。訊きたいことがあるなら何でも言ってみなよ。アーノルドさんは良い人だしさ」
「良いのか?だって俺は…」
ルオンが何を言い出そうとしたのかはわからなかった。少なくともアーノルドはわからなかった。しかしロック達はなにか察するような雰囲気を見せたので予想できたのかもしれない。その証拠に後ろで見ていた誰かが生唾を飲み込むような音が聞こえた気がした。
不思議なものであった。目の前に死にかけている自分と血の分けたならず遺伝子を分けた人間が横たわっている。心がざわつくのはわかるが、それがどんな感情なのか彼にはわからなかった。喜びや怒りではないが、かといって悲しみや気の毒といったものともどこか違う。もっと迷宮のように複雑でしかしゴールがわからない、模索してもつかめないようなもやもやした感情が彼の心を支配する。
少しでもそれから解放するためにアーノルドは話を進めようとする。
「別に訊いてくれるのは構わないさ。俺だって自分のクローンに何を聞かれるのかは気になるしな」
「そう言ってくれるのはありがたいです。しかしどうしようかな。こういう時って何を聞けばいいのかわからない」
「クローン人間はそういうことって思わないのか?」
「真っ先に考える人もいるのでしょうが、俺はただ会ってみたかったんです。そのこと自体が特別な気がして」
アーノルドの中ではガジェット装着者には屈強な印象があった。気のいい性格や大人しそうな雰囲気を持つロック達も腕からのぞかせる強靭な肉体は印象的であったし、彼らの隊長であるマークは脚がないにもかかわらずとてもエネルギーに満ち溢れていた。しかし目の前にいる自分のクローンにはそんな印象は微塵も抱けない。聞けば彼も以前はガジェット部隊にいたらしい。この男をここまで衰弱させるのはいったいどれほどの病なのだろうか?アーノルドの失礼な好奇心が刺激される。
「何の病気なんだ?」
アーノルドの問いかけに周囲にいたロック達の鋭い視線を感じる。非難されることは十分承知していたがそれでも気になった。だが予想と違い、彼らの視線は非難のような冷たいものではなく当惑と驚きであった。
ルオンは友が驚くのを気にする様子はなく、再び弱々しい笑顔を向けた。
「病気…とは違うんですよね。寿命なんですよ」
「俺よりもはるかに若いじゃないか。それで寿命というのは早すぎる」
「クローン人間って決して寿命が長い方でないんですよ。マーク隊長みたいに前の世代だとまた別ですが」
「世代…?」
「俺もそんなに詳しいないので説明するのも難しいですが…」
そこで言葉を切るとルオンは細く息を吐く。どこかが痛むのであろうか、少しでも苦しみを軽減させようする様子であった。
これ以上、彼を興奮させるのは酷だろう。この部屋の中では立場が上であることを自覚していたアーノルドは、自分が言い出さないと彼を強いる状態が続くと思った。
「無理しない方が良い。まずは体調を戻すことを意識するんだ」
「ごめんなさい。会いたいと言ったのは俺の方なのに…」
「互いに会いたがっていたんだから問題ないだろう。お大事に」
ルオンは安心した様子で再び横になる。目を閉じて眠りに着くまでそう時間はかからなかった。
アーノルド達はルオンが眠りについたことを確認すると部屋の外に出る。いの一番に開口したのはアーノルドであった。
「説明してもらえるのが一番ありがたいが…それとも俺自身で調べるべきか?」
自分が知るべきことは多いのだろう。大臣の話していた教えたいことの核心が彼らクローン人間にある気がしたのは、若さと彼特有の直感であろう。
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