ep5 LastDinner
日が沈み月明かりが世界を照らし出す頃、外では屍の動きが活発になっていた。
動きが活発になるのは屍だけでは無い、人間も各々の行動に出ていた。
ある者は食料の調達、ある者は武器の調達と生きる為の行動を始めていた。
「なあ裕也、もし外の状況に誰も気がつかなかったら今頃こんなに落ち着いて行動はしてないよな」
ふと、そんな事が頭を駆け抜けた。
数年前に見たアニメがまさにそうだった、アニメでは外の状況に気がついたのは奴らが侵入してきてからだったのだ。
「幸太の言う通りだ、なんとか侵入は防げたけど一時的に足止めしてるに過ぎない。明日になればここはもう安全じゃなくなってるかもしれない」
安全なのは今だけだ、だから今のうちに逃げる準備をするしか無い。
俺達は逃げる準備は整っている、あとは部員が来るのを待つだけだ。
最後の晩餐の準備を終えた頃、ようやく部員の一人、大井 蓮が姿を見せた。
「遅くなってごめん!みんなの事探してたんだけど、どこにもいなくて……ここには来てないよね?」
どうやら他の部員を探していたらしく、誰も見つからないので部室にいると思って来たようだ。
しかし、部室にいるのは俺と裕也、そして放送部の佐々木さんだけだ。
「来てないよ、いるのは俺と裕也、あと放送部の佐々木さんだけ。他のやつは来てないから、もうダメだろうな」
校内にいない時点で諦めるしか無い、外は最悪の状況だ。こんな状況で生き残るには引きこもるしか無いが、引きこもっていても屍が群れになって襲ってきたら普通のドアなら破られてしまう。
「そっか……なら仕方ないね、今いる人だけで脱出しよう。ボクの車は技術棟の裏にあるし、その気になればいつでも出せるよ」
技術棟の裏ならここからすぐ近くだが、出来るだけ近くに停めておくのが得策だ。できることならガレージの中に入れて、ある程度の改造を施したい。
「お前の車、今すぐガレージに入れてくれ。車直してる間の代車だが、逃げる為の改造はやらないといけないだろ?」
蓮はニヤリと笑い、「すぐ持ってくる」とだけ言って技術棟の裏へ向かった。
俺と蓮が話している間、裕也は黙々と肉を焼いていた。
佐々木さんは放送を続けている、恐らく安全なうちは続ける気なのだろう。
校内に流れるラジオの音は外の現実を忘れさせるかのように響き渡り、生き抜こうとする人達を支えている。
そんな中で俺たちは呑気に飯を食おうとしているのだ、我ながら図太い神経だと思う。
そんな事を考えていると、バラバラと音を轟かせながら一台の車が姿を見せる。
大きく切り上げられたフェンダーアーチ、そこに収まるオフロードタイプのタイヤ、その車ではあり得ない車高の高さ、それはまるで世紀末を思わせるような一台だった。
ゆっくりとガレージの前に停車した車のドアが開く。
車高が高く、飛び降りるように降りてくる蓮は服装の事も気にしていない様子だった。
「蓮……もう少し気をつけて降りろよ、見えるぞ?」
大井 蓮の今日の服装はワンピースの上からコートを羽織っているだけ、しかも丈は膝上10センチくらいだ。
蓮は顔を赤くすると「幸太くんのえっち……」と呟いてガレージの中に入って行った。
「乙女心とは難儀なものだよ、川崎くん」
俺の横から聞き覚えのない声が聞こえる。
声の主は蓮を追うようにガレージの中に入って行く、長く艶のある黒い髪を揺らしながら歩く姿を見て思い出す。
「貴女は確か、剣道部主将の……」
名前を言いかけたところで彼女は振り返り、自ら名乗りを上げた。
「桐生 冴子だ、よろしく」
桐生冴子、剣道部主将であり数多の大会で優勝している剣の達人である。
「桐生先輩、貴女のような人が何故自動車部に?」
そう、彼女にはここに来る理由はない。
彼女は車を所有していないし、俺たちとは今まで一切の関わりがない。それなのにどうして来たのか、聞いておかなければならない。
「聞いてないのかい?私は蓮の従姉妹だ、可愛い従姉妹がここから逃げるというなら手を貸さないはずがないだろう?」
聞いてないぞそんな話、というか蓮の素性なんて誰も知らない。知っているとしたら、あいつが金持ちだって事くらいだ。
大井蓮、謎の多い女だ。
「おい幸太、なにボケーっと突っ立ってんだよ、肉焼けたぞー?」
我に帰ると、裕也が肉を載せた皿を片手に仁王立ちしていた。
これが最後の晩餐になるかもしれないのだ、冷めないうちに食べよう。
こうして最後の晩餐が幕を開けた、狂った世界の夜の幕開けと共に