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中国古代史あれこれ  作者: kuroyagi
~中国古代の王朝~
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中国古代の王朝~「周王朝」と「天」~

「天災は忘れた頃にやってくる」とは寺田寅彦博士の言葉だが、この「天災」には台風や大雨等の「気象」だけでなく、地震等の「地象」も含まれている。これが「天変地異」となると、「天災」のみならず、日食や月蝕といった「天文」まで入ってくる。「天」という言葉には、様々な自然現象に関わるイメージがある。

そもそも「天」は、「人の頭」という意味であった。そこから「天」は頭上にあるものをイメージして、「空」までを指すようになった。商の人々の想像力は逞しい。そして、周王朝は更に「天」に大きな意味を籠めた。それが前話の通りである。

商王朝の王は自身がシャーマンであり、天界にも行き来できる立場としていたので「天界」にたいして、「御願い」ができたのだが、周王朝の為政者が「天子」、つまり「天の子」となり「天命」に導かれし者となったとき、天子では「天の声」を「承る」存在となってしまった。しかも周王朝は基本的に王と神官の役割を分けていたため、王が直接「天」に関われなくなったのだ。

その事が、冒頭の様に気象や地象、天文といった様々な「災い」や「現象」が「天」からの「声」と解釈されるようになった原因だと思われる。こうなると、困るのは周王朝以降の為政者たちだ。「民」の声のみならず、自然現象たる「天」の声まで相手にしなくてはならないのだから。

実際、大雨や旱による飢饉や地震による被害といった災害について、王の治世が悪いと非難された例はある。特に「日食」に関しては、万物の源たる太陽が隠れてしまう現象なので、かなり不吉に思われたようだ。天からの声があった時には、為政者が善政をしいていれば禊や改元などですんだようだが、苛政や失政を行っていた場合はかなり深刻に受け止められた。

現在を生きる我々は、こういった自然現象、特に日食や月蝕についての科学的な知識があるが、それでも「天」という言葉のちからを信じている。古代を生きる人々が「天」に籠めた気持ちに寄り添うことも、歴史を理解する上で大事な事であろう。


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