春秋左氏伝~戦場にて~
春秋左氏伝は春秋時代の戦争についての記述も詳細に書かれている。数々の会戦の記述があるが、どれもが俯瞰のような視点と現場の人々の生々しい会話で描かれており、しかも表現が素晴らしいのである。こちらはさしずめ「どこの戦場カメラマンか!」とでも言うべきか。
例えば、晋と楚という大国が戦った「邲の戦い」の描写は、部隊毎の配置から軍議のようす、個々の将軍のふるまい、撤退の様子まで、まぁ細かく書かれている。戦いは晋の負けに終わり、撤退は川を渡っておこなわれたため舟に乗っている兵と、乗り込もうとする兵との間で争いが起こった。その様子を左氏伝は「舟中の指、掬すべし」と一言で著している。これは「舟の中に指が掬えるほどあった」という、戦場の凄まじさを物語っている。
何故これほど詳細を記せたのか?それはこの春秋時代の戦争が今と違い、人と人だけでなく、天や祖霊といった人ならざる者がみている認識があったためである。天や祖霊を意識するなら、占術や天文の知識が必要であるし、祖霊に語りかけるには史官も必要であった。そういった人びとが、書記官や従軍記者のように随行していき、記録をとったのであろう。そして、おそらく史官は歴史を記録するために、最後まで戦場に残ったに違いない。
また、この時代の戦は程よく勝つことを良しとしていた。殲滅戦はまずおこなわれなかったから、史官等の非戦闘員は見逃されやすかったはずだ。こういった人びとが、詳細な記録を残していき、史官のネットワークにより伝えられていったのだろう。




