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中国古代の王朝~「周王朝 春秋時代」 宰相 倒行逆施 その三十四~
闔閭は夫差へ「王位についたら、まず私の仇を討つように」との遺言を遺す。これは端的には越を討てと云うことである。この時代、親の遺言は跡継ぎの命題ともいえるものでった。まして名君と呼ばれた王の遺言である。絶対になしとげねば成らないものであったが、国益にかなったものであるなら民も受け入れやすい。夫差としては有難たい遺言であっただろう。伍子胥もまた、越を討つことは再三進言していたので、この遺言に反対することはなかった。思うに、呉にとって越を攻略する事は時間をかければ必ず出来たことであろう。其位、両国の戦力差はあったのである。闔閭としては、自分というカリスマ亡き後、呉の国と次代の夫差が向かう先を決める事で、国がバラバラになることを防ぎたかったのではないか。そして夫差に分かりやすい功績を積ませることで、王としての治世をやり易くしたい、との親心ではなかったか。夫差はこの遺言を達成するため、非常に分かりやすいパフォーマンスを始めることとなる。後の世にも残った言葉「臥薪嘗胆」の元となるそんなパフォーマンスである。
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