中国古代の王朝~「周王朝 春秋時代」 宰相 倒行逆施 その二十九~
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闔閭は呉の内政に10年近く専念することとなる。その間、楚も越も大きな戦いを仕掛けてくることはなかった。
楚は、呉の侵攻だけでなく、荘王以降の王達の乱れた政治の影響もあり、10年位では復興が追い付かない位のダメージを受けていたに違いない。また、このように大きな外部からの力を受けたときには、貴族達も力を失い血も流しているため、内部の改革を断行するチャンスでもある。呉が攻めてこない事を幸いに、楚の昭王は色々と改革を行っていたに違いない。実際にこれから行われる呉と越の血で血を争う抗争に、楚はあまり登場しない。漁夫の利を得るような事もしなかったということは、それだけ他国への干渉ができないほど弱っていたのであろう。
また、越は火事場泥棒はできても、正面切っての戦いをするほどの力はなかった。呉が虎視眈々と力を蓄えていることはしっていたであろうが、だからといって攻め込むことなど自殺行為であった。いつかあるであろう、呉との戦いに戦々恐々となりながらも、自国の強化につとめていたであろう。しかし、呉に人材が集まったように、越にも不世出の人物が現れる。「范蠡」がその人である。彼の登場により、呉と越の関係に大きなうねりが訪れる。その事が伍子胥の命運にも大きく関わってくるのである。
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