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中国古代の王朝~「周王朝 春秋時代」 宰相 倒行逆施 その二十八~
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闔閭と伍子胥は国力の充実に努めることとした。伍子胥の人生を賭けた平王への復讐は、もう終わったと言えるであろう。それよりも闔閭と協力して呉を強国にする事が、これからの伍子胥の生きざまとなった。しかし、呉が強国になることは、楚が弱体化する事に繋がるわけで、結局のところ楚に対する報復となったことは否めない。どちらにしても、呉は遠征の疲れと内乱の傷を癒すため、当面は外征を控えることとなる。
その間楚は、申包胥や有能な王族と共に、国の立て直しに専念する。また越の王の娘を妃に迎え、呉に対する牽制も行っている。といっても、積極的に呉と事を構える気はなかっただろう。呉軍を楚から追い払ったといっても、秦軍なしにはできない事であったし、それを分からない昭王ではなかった。また、呉軍に対する楚軍のアレルギーは中々とれなかったに違いない。昭王という人は、生い立ちの問題もあり、史書によれば謙虚に控えめに人生を亘った様子が伺える。この事が、数代に亘って問題のあった王達とは違い、楚復興へ楚の民が一丸となれた原因であろう。組織は良くも悪くもトップ次第である。
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