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中国古代史あれこれ  作者: kuroyagi
~中国古代の王朝~
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中国古代の王朝~「周王朝 春秋時代」 宰相 双頭の蛇~

力政の傾向が強い楚の国でも、春秋時代に所謂「徳政」と呼ばれる政治を行った宰相がいる。その人の名を「孫叔傲」という。この人の氏名は本来「蔿敖」であるが、後の世では孫叔傲と呼ばれる。ちなみに「孫叔」は字であるらしい。このあたりが、古代中国の面倒な所でもある。思うにこの人が生きていた時には字の「孫叔」と呼ばれる事が多かったであろう。また、「蔿」という氏は、孫叔傲の曾祖父が王から賜った地の名前である。四代も続いたのだら、親類縁者は沢山いたと思われる。しかも字に「叔」がつくということは、この人は長男ではないという事である。となれば蔿氏を継ぐ立場でない以上、蔿氏以外の他の呼び方を考える事となる。こういったとき、古代中国ではその人の賜った地の名や地位を諱に被せることが多かった。孫叔傲の場合はこの字があまりない事と、業績が際立っていたので、珍しく字を使ったのではないだろうか。余談ながらこの先「公孫」や「王孫」という氏がでてくるが、これらはその名の通り「公の孫」や「王の孫」が、氏を創る事となる。この「孫叔傲」は曾孫であるのに、何故「孫叔」なのかは良くわかっていない。

さてこの人を語る際に必ず登場するエピソードが「双頭の蛇」である。とある銀河の覇者足らんとした金髪の孺子が使った陣形ではない。

〰孫叔傲が子供の頃、家に泣きながら帰ってきた。母が驚いて訳を聞くと、「道で双頭の蛇をみました。双頭の蛇を見た者は死がすぐに訪れると申します。」と泣きながら孫叔傲は訴えた。母は血の気が挽く思いながらも、「その蛇はどうしたのですか?」と聞くと、「他の人が見て災いを受けてはいけないので、頭を潰して殺し地に埋めました」と孫叔傲は話した。母は微笑み「貴方は人に知られることなく、とても良い行いをしました。このような善行をしたものを天は必ず見ています。そんな者が直ぐに天に召されるはずはありません。」と言って孫叔傲を安心させたという。

この事は俗にいう「蔭徳」というやつであろう。私も最初にこのエピソードを見たときには、何と良い行いかと感嘆した覚えがある。しかし、このエピソードが前漢時代に採られたものらしいことを考えると、少々胡散臭さが増してしまった。剰りにも儒教的すぎるのである。おそらく孫叔傲には幼少時代に似たような話があったのであろうが、儒教が教訓をたれるのに丁度良い材料だと取り上げたのではないだろうか。

とにかく孫叔傲は楚の宰相、その役名を令尹というが、その地位にあって軍事ではなく内政にて功績を認められた。これは楚の国にあって大変珍しいことである。令尹とは、宰相にして最高司令官でもあるからだ。そして楚の国は軍事の功績を尊ぶ傾向がある。それだけ孫叔傲の業績と、それを認めた春秋時代の覇者の一人荘王の相性が良かったのであろう。孫叔傲はできる限り戦ではなく「徳」によって相手を従えていく事を選んだようである。これもまた儒者にとっては、この人を取り上げやすい下地だったのではないだろうか。

孫叔傲は、死ぬ際に「王から地を賜る際は寝丘の地を望むように」と子孫に遺す。希望通りその地を賜った孫叔家は、その土地の貧しさと名前の不吉さに、他の貴族たちも孫叔家を狙わなかった。これ以降、争いを起こすことなく家を存続させていく。名宰相たる最後と言えるのではないだろうか。

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