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中国古代史あれこれ  作者: kuroyagi
~中国古代の王朝~
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中国古代の王朝~「周王朝 春秋時代」 士と庶民 その一~

春秋時代の主役は貴族であったが、士や庶民の活躍も史書には描かれている。彼らが活躍できた背景には色々あるが、一つには前話で書いたように、君主が貴族を恃みとしない場合、士や庶民から抜擢するしかなかったからだ。また戦争が増えた事により、個人の武勇を奮う機会が多くなった事も原因の一つであろう。貴族は基本的に肉弾戦をしないので、庶民や士の階級の者が戦場では目立つようになっていく。

一例としてまず二人を紹介してみたい。一人目は斉の宰相として、天下に名が轟いた「菅仲」である。彼は庶民の出であったが、鮑叔という理解者を得て、敵対者として命まで狙った桓公に重用されて、宰相として不朽の名を遺す。おそらく貴族以外で、このように史書に記録を遺した始めての人であろう。彼の存在が、後の人材登用に影響を与えた可能性は高い。

また、奇しくも菅仲と同時期に、斉の隣国の魯にも同じような立場から登用された人物がいる。名を曹沫(そうばつ)という。出身は定かではないが、庶民の可能性が高いようだ。彼は魯の重臣を通して、魯の君主に将軍として仕える。そして将軍として、連戦連敗であった隣国の斉に一敗地を与え、一泡吹かせる事に成功する。その後曹沫を警戒した斉は破れる事はなく、魯が連戦連敗になってしまったが、魯の君主の曹沫への信頼は揺るがなかった。しかし、曹沫は忸怩たる思いであったのだろう。魯が斉へ領土を割譲する会盟の際に大事件を起こす。あろうことか、天下の覇者たる桓公に匕首(あいくち)をつきつけ、領土の割譲を反故にするよう迫ったのだ。命の危機が目前にあった桓公は、頷くしかなかった。当然桓公は激怒したが、菅仲に「諸侯の前で誓ったものを取り違えては、信義にもとります。それに曹沫を誅しては、彼を忠義の士として高めてやるだけです。」と諌められ、結局曹沫の暴挙というべき行動は報われ、領土はそのままとなったのである。

さて、この二人には共通点がある。まず読み書き以上の知識を持った、所謂知識階級であったことである。そして自分を高めたい欲求に駈られたのか、高い地位の者に雇われる事を可能としている。かたや大国の公子、かたや小国なりと君主である。そして、最終的には貴族以外にはなかなか昇れない、顕貴な地位についている。

おそらく菅仲は、斉が敗北した時から曹沫の事は調べていたであろう。自分との共通点もわかっていたはずだ。もしかすると曹沫を自分の後輩のように思っていたのではないか。その曹沫が暴挙に出たとき、自分の事を思いだし、菅仲は一種の感動を覚えたのではなかろうか。なにしろ菅仲も自分の仕える公子のため、その時の敵対者(ライバル)であった桓公を暗殺しようとしたのだから。桓公への進言は、まず第一に桓公を思ってのことであろう。しかしそこには、後輩の主君に対しての忠義に報いてやりたい、菅仲の情も入っていたのではなかろうか。

もし桓公が曹沫を誅してしまったら、この出来事は凡百の例として歴史に埋もれていたはずだ。そして、そのような結末になっても諸侯は納得したであろう。しかし、この逸話は「赦す」という一点で、歴史にのこったのだ。曹沫の主君への忠義、菅仲の情と理性、桓公の器の大きさがなければ、この逸話は成り立たなかった。正に歴史上の奇跡がここにあったのである。


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