1節|地下牢で少女は独り(前)
ぼんやりと、宙に浮かんでいるような気分。
「う……」
うめく。
意識がはっきりしない。自分はなにをしてたっけ。冷たい。なにが冷たい。頬。それと身体。全身が氷に押しつけられてるみたい。違う。氷じゃなくて石だ。石畳。石。城。古城。
古城の廊下だ。そこにうつぶせで倒れている。
少し、感覚が戻ってきた。
「ここは……?」
顔を上げる。
すると、裸の女の子が目の前にいた。
「…………」
ぱたり。
(寝よう)
「こら。二度寝するな!」
女の子の声。
無視無視。
幻覚見るほど疲れてたっけかなあ、自分。
「……このっ」
次の瞬間、ぐしゃあっ、という音と共に背中に激痛。
「あいててててててっててててててギブギブ! いたい痛いホント痛いなにこれ!」
悲鳴を上げると、ふん、と鼻息が聞こえてきて、痛みが引いた。
「いつつ……な、なんだったんだ……?」
ちょっと涙ぐみつつ、起き上がる。
すると、目の前にさっきの女の子がいた。
さっきは裸だと思ったが、よく見るとそうではなかった。たしかに肌色多めだけど、いちおうボロッボロではあるが服らしい布切れをまとっている。
というか。
「……牢屋?」
牢屋だった。鉄格子によって区切られている。その鉄格子もめちゃくちゃ隙間が大きくて、大の大人でも軽くすり抜けられる。
牢屋には窓ひとつないのだが、なぜか明るくてまわりが見える。中には椅子がひとつだけぽつんと置かれていて、まったく生活感がない。
その椅子に女の子がひとり、ぽつねんと座っている。
見ようによっては。
玉座みたいな感じにも、見えなくもない。
「まあそれはともかく、夏とはいえそんな格好だと風邪ひくよ」
「この状況でそのセリフが出てくる空気の読めなさにはある意味感動するけど、いまはそういうアクの強い個性とかはいらないのよ。ていうか」
がたん。と、女の子は椅子から立ち上がった。
小さい。僕はつい最近12の誕生日を迎えたのだが、それよりは4つくらい下だろうか。それにしてはずいぶん達者な感じのする子供だけど。
「なんでここにいるのよ、おまえ」
「……んん?」
「こら。なに言われたかわからないみたいな顔してとぼけるな。あの廊下を無理やり越えてきたのはおまえなんだからね」
「いや。ちょっと待って。寝ぼけててなんか状況が思い出せない……ああ」
思い出した。
たしか、ノスのやつの無茶な計画に付き合って、古城の地下を探検していたんだった。
そしたらなんか急に寒気がして、風邪かなあとか思いながら進んでいたらぶっ倒れて。
そして、そこから先の記憶がない。
「あらら……風邪でぶっ倒れちゃったのか。思ったより消耗してたかな」
「……あのね。そんなわけないでしょ。ここの廊下を通ったときに、瘴気のバリアをくぐったわよね。倒れたのはその副作用」
「瘴気……?」
聞いたことない単語だ。
女の子は、仕方ないなあという感じでため息をついて、
「簡単に言うと、大型の魔物とかが出している『怖っ!』って感じのオーラのことよ」
「へー。そうなんだ」
「吸い過ぎると死ぬわ」
「怖っ!」
実害あるんだ。それを先に言って欲しい。
ていうか。
「じゃあ、僕が倒れたのって……」
「わたしが瘴気のバリアを解かなければ、死んでたわね」
「うわあ……」
なんてこった。怖いこともあるものだ。
と、そうだ。
「じゃあ君が助けてくれたんだね。ありがとう!」
「…………」
あれ? なんか変なものを見る目で見られているよ?
照れ隠しって感じでもないけど、なんでだろ?
「おまえ……どこまで馬鹿なの?」
「罵倒された!? なんで!?」
「はあ……まあいいわ。とにかく、ここはわたしの部屋よ。邪魔だからどっか行きなさい」
「ん……ああ、ここを先に見つけたってことね。わかったよ」
言って僕は立ち上がった。
「ありゃ。灯り取りの杖がないよ?」
「あのヒカリゴケ生やした杖ならたぶん、廊下の途中に転がってるわよ」
「あ、そうなんだ。にしても……」
僕は、くんくんと鼻を利かせてみる。
……むう。
「……なによ」
「君、風呂入ってないだろ。ちょっとくさいぞ」
「うるさい。勝手でしょ」
「しょうがないな……ちょっと待ってて」
言って、僕は返事を聞かずに走り出した。
ところで、僕がいまいるここは、ペリアモンという街の街外れにある古城である。
古城。
と言うと、なんか怖そうに聞こえるが、実態は子供の遊び場である。
なにしろ水道まで引かれている。トイレも完備だ。すごい。
ここが放棄されたのはもう数百年も前だということだが、街のみんなの取り決めで、決められた当番の人間が掃除等を担当することになっている。だから、崩れてたりするところも特になく、きれいなままだ。
……まあ、当時の領主がここを放棄した理由については、いろいろ怪談じみた話とかもあるみたいだけど。子供たちはみんな本気にしていない。
手軽に使える秘密基地だ。
なのだが、子供たちにもグループがある。そしてグループごとに彼らは、それぞれ自分の縄張りを作ってしまっている。
先に取られた縄張りを取ってはいけないという紳士協定があるので、出遅れ組は空きを探すのに必死だ。
だから、ガキ大将気取りのノスが僕らにいろんなところを探させているのも、そういった経緯なのである。
まあ、あの地下の通路はさすがに穴場すぎたけど……暗すぎるし。
それに、先客がいたし。
紳士協定的にはもちろん、あそこはもう先に取られているから僕らの縄張りにはできないわけだが、それはそれ。
まずは、あの小さな女の子の面倒を見ないと。
お兄さんとして、それくらいは当然だろう。
「というわけで、濡れタオル持ってきたよ」
はい、と差し出した手を、女の子はなにか異常なものを見る目で見た。
「あの……なにこれ」
「え? だから濡れタオル。ほら、身体拭くから服脱いで」
「…………。
わたしは女の子で、おまえは男だよ?」
「子供がなに言ってんの。ほら、早く」
言うと、彼女はむすっとして。
「えいっ」
「うわ!?」
べしゃあっ! と、僕の身体が地面にぶっ倒れた。
「うわいたたたたなにこれ!? ちょ、重、重いー!?」
「そのまま這いつくばってなさい」
言いながら彼女はタオルをかっさらって、視界から消えた。
「うぬぬぬぬぬ……! う、動けない……!」
「ちなみに、その攻撃は人間二十人分くらいまで加重できるから。肋骨へし折りたくないならおとなしくしていることね」
「攻撃!? 僕、攻撃されてるの!?」
驚愕の事実だった。
なのだが、彼女はふう、とため息をつくだけで、そのままごしごしと身体を拭く作業に入った。
しばらくして、彼女は満足したように、
「うーん。悪くないわね。滅菌と表皮の掃除は定期的にやっていたけど、やっぱり水の感触は格別だわ」
と言った。
とたんに身体が軽くなって、普通に立てるようになる。
「あいたたたた……よっこいしょ」
「ほら。タオル返すわ」
「あ、どうも……にしても、ここまでしなくても」
「空気が読めないのは基本的に罪よ。攻撃されても文句言えないと思いなさい。
それと訂正しておくけど、わたしは子供じゃないわ。おまえよりはずっと年上」
「え、うそだー。何歳?」
「2498歳」
「あははは」
子供の嘘は大げさだなあ。
彼女は笑う俺をちょっとイラっとした顔で見ていたが、
「まあいいわ。ところでおまえ、なんて名前?」
「え、ナドカだよ。ナドカ・シュライツ」
ふうん、と彼女は気のない返事をして、それから、
「じゃあナドカ。おまえ、いまから水場にわたしを案内しなさい」
「え? なんで?」
「濡れタオルひとつじゃ足りないわ。久々に沐浴したい気分なの。わかったらさっさと行く」
「ちょ、ちょっと」
話を聞かず、彼女は僕の手を取って歩き出した。
「ま、待ってよ! そもそも、僕は名乗ったけど、まだ君の名前を聞いてないぞ」
「モンよ」
「え?」
「モン・オウナ。それがわたしの名前」
ぶっきらぼうに、彼女は言った。
それがどんな奇蹟だったのかということを、僕はまだ知らない。
【注意】
あらすじで書いた通り、この作品はまだ本格始動のめどが立っていません。
予定が定まり次第ぼちぼち動いて参りますので、ご興味を抱いていただけた方は、お気に入りに入れておいていただけますと幸いです。