文化祭の序文
彼らはおよそ人とは言えない歪で、不吉で、不気味な姿をしていた。
頭蓋骨は人のそれよりも何十倍も大きく、それと比例どころか反比例するかのようにある八本の手足は細長すぎる。頭身で表すならば一頭身を切るレベルである。胴は巨大な頭のせいでほぼ隠れ、もはや体のバランスをとる用を成してない。となると触手のような手足が体を支える軸となっているはずだが、そもそも手足というものがあるのか、あるとするならば何本が手なのか、それすらも分からない。
いわば、立っているタコのような生き物だった。触手の基部と思われるところにはぽっかりと開いた円状の口腔があり、時折体中を覆っている黄緑色の膜を手(か足)でむしり取るとそれを無造作に口腔へ放り込む。どうやらその行為こそが彼らにとっての食事らしく、辺りに食べ物と見受けられるものは何一つない。
積もりに積もった脂肪は肉厚で目すらも委縮させ、その視線がどこを見ているのか、どこを把握しているのか、それすらも分からない。
そんな生き物が計七体。一つの真っ白な空間内で、寸分違わない姿をせわしなく動かしている。
世界中どこを探してもここまで変わった生物は存在しないだろう。彼らはきっと別次元の生物。事実、彼らは宇宙船に乗っていた。
外見は人間がイメージするものとわりかし近く、真横から見たら人間の視覚では捉えることができないぐらいの薄さだった。上から見れば漆黒という表現が一番適切な色をした円盤が確認でき、そんな機体がぶれることも、宇宙内に存在する岩やごみと衝突することもなく、加速を続けたままどこかに向かって一直線に進んでいる。
そして、加速度が一気に衰えた時、彼らの中の一匹が急に震え始めた。まるでその個体の周りだけ地震が起きているかのような、異常なまでの震えようである。
それこそ茹でられたタコのように、黄緑色の体は真っ赤に染まり、体は沸騰したかのように熱を持っている。苦しみに体をうねうねとよじらせながら、それでもさらに体温を増幅させていく。他の個体は手を差し伸べず、ただただ傍観していた。まるでこの個体が苦しみ、悶えるを知っているかのような動きである。あまりの熱にぴくぴくと痙攣までもを引き起こしていたその個体はひときわ大きく体を揺らすと、事切れたかのように動きを止める。
いや、『ような』ではない。怪魔が具現化したようなタコ型の宇宙人は、すでに生を手放していた。
他の六体はまだ動かない。死んだ個体から熱の残滓が消えるころ、やっと彼らは動き始め、焼死体を取り囲むと貪るように食べ始めたのだ。彼らに獲物を噛み千切る牙はない。触手を器用に扱い、死体から肉片を引きちぎると、広げた口腔の中に触手もろとも捻じ込んだ。
晩餐の開始である。
彼らは意外にも食欲が旺盛のようで、消化液でどろどろに濡れたままの触手を振るいながら、それでも食い散らかしていった。
一匹は頭から脳汁があふれ出すのもいとわず、一匹は一番太い触手を先端から次々と体内に取り込んでいく。さしずめそれは獲物に群がるカラスのようだった。
と、真っ先に頭を食べ始めていた一匹の個体が食を中断する。頭はまだまだ残っているにも関わらず、だ。
胃内が満杯になったというわけではない。不承不承食べるのを諦めたような、そんな動きである。
食べるのをやめた一匹に続くように、一匹、また一匹と死体に群がるのを止めていく。
――最後の個体が食べるのを終えた。
別にそのこと自体には、何のおかしな点はない。変わっているのは、異常なのは、そこではなく残った死体が浮かび上がらせるシルエットの方だった。
人。
そう、死体は完全に人の形を模していた。指はしっかりと五本に切り分けられ、足から上に辿っていくと、胴、首、頭へと続く。15、16ぐらいの、凛々しさがあどけなさを上回り始めてきた頃の印象を抱く外見だった。
薄い膜に身体を覆われており、うずくまっているように見える。
透明度が高いのか、内臓や、血管、その他臓器が透け、もろに体内を晒している。脱皮した直後の生き物のように、半透明かつ柔らかい身体は少し力を加えるだけでも潰れてしまいそうだ。
しかし、見れば見るほど人である。まぶたは閉じているが透明なせいで丸見えな目玉も、骨も、心臓もその全てが人となんら変わりない。
時間が経つうちに、肌が色を帯びて来る。人が言うところでの3日が経つ頃には、爪が生え、髪の毛が伸び、筋肉が骨の周りを覆っていた。
そして、やっと少年は動き出す。
ゆっくりと幕を破いて、立ち上がる。
遂に宇宙船は加速をやめた。後はだんだんと減速していくのみとなった。
当着地点が目の前にあるのだ。
少年はゆっくりと辺りを見渡し、宇宙船についている窓に目を向ける。
とあるものが映っている。
その存在を理解した瞬間、ただ立っているだけの宇宙人にはわき目もふらずに少年は窓に歩み寄る。
あるものをじっと見つめたまま全く動く気配がない。その表情にまだ思考の色は見えていない。きっと目に映っているものが何だか理解はできていないのだろう。
なのに。
それなのに、彼は目を離さない。離せない。頭が理解するよりも先に本能が理解している。それは自分に関係があるものだと。なにか自分に重要なものだと。
少年は窓越しにそれを見つめおもむろに撫でるようなしぐさを見せた。
彼が見ているのは一つの星。青い海が大半を占めている丸い惑星。
地球、だった。