9 Bad! 強引な合コンサークルに勧誘された日
午後一番の授業が無く、時間が空いた悠と朱里は人が少ない学生食堂に来ていた。
悟と洋介は選択科目の授業に出ている。女子二人で、初の学食だった。
「あたし、カレーライス!」
朱里が子どものように目を輝かせる。
「わたしは……ラーメンにしようっと」と悠。
二人とも安めのものを選んで、プレートを持って厨房から出てくる食事を受け取り、空いた席に座った。
「普通の学食ね。あたしの高校はカフェとかインドカレーとかあったのに」
「まあまあ。メニューは少なくても、学食は安いのがいいんだよ」
「ここの近所にお洒落なカフェがあったよ! 今度行こうね、悠!」
「うん」
会話が弾む。一人暮らしを始めて、朝晩と寂しいごはんを食べていた悠にとって、朱里とのランチはとても嬉しかった。
「ねえ、君たちー!」
食べ終えたころ、二人に声をかける男子学生がいた。
いかにも遊び慣れしてそうな雰囲気の男だ。
「サークル決めたー?」
「まだ……ですけど」とおずおずと答える悠。
「うち、おすすめよ? 合コンとかパーティとかいろいろやってるんだけどー」
悠たちの席に割り込み、男がぐいっと顔を近づけてニタニタと笑う。
「今なら、月三万円の会費でそれだけ出会いがあるんだー。お得だと思わないー!?」
「三万円!?」
仕送りに頼って新しい生活を始めた悠だ。とてもそんな高額の費用がかかるサークルには入れない。
しかし、どうこの男に切り出せば良いか?
男からは断りにくそうなオーラを感じる。
悠は初めての強引な勧誘に戸惑っていた。
「あ。あたしたち、そーいうの結構なんで!」
悠が言葉を出せずにいると、朱里がきっぱりと男に告げた。
「悠、行こう!」
ガタガタと朱里が席を立つ。悠もあわてて後に続いた。
「チッ」と、男が豹変して舌打ちするのを後ろに、悠と朱里は学食を出た。
もう大丈夫だろう、というところまでとにかく歩いた。
「ダメだよ、悠! いくら優しくても、嫌なことは嫌って言わないと」
「うん……ごめんね。ああいうの、初めてで。断ってくれてありがとう、朱里さん」
「怪しいと思ったやつとは、すぐ離れなくちゃ。女子大生っていうだけであたしたちを狙ってるやつだっているんだよ! 何をされるか分からないんだから、ああいう変なサークル勧誘は簡単に信じちゃダメ!」
「……そうだね。お金の話をすぐにするから、変だなあとは思ったんだ……」
「ああやって見境なしに誘ってくるところには本当に気を付けなきゃね!」
「……うん。でも朱里さん、よく知ってるね?」
「あたしの高校、有名どころだったから、校外のヤツのナンパとかもけっこうあったんだ。ほんっとに迷惑だった」
朱里が心底嫌そうな顔をする。
「でも、今回、そのおかげでわたしは助かったよ。ありがとう、朱里さん」
「どういたしまして! ……嫌な気分になったからさ、口直しに、さっき言ってたカフェにコーヒー飲みに行こう?」
「うん、そうしよう!」
二人は大学を出て、カフェに着いた。カフェの店の壁面には綺麗なステンドグラスの窓があり、その周りを長い蔦が這っている。
『Sunny days』と店の名前が看板に書かれていた。
入り口の木製のドアを開けると、カランカランと鈴の音が鳴る。
落ち着いたオレンジ色の照明が店内を灯していた。
「……いらっしゃい」
朴訥とした口調のマスターが、カウンターの向こうから声をかけてきた。
「あの……二人、いいですか?」と悠。
「カウンター席しか空いてないけど、いいかい」
「はい! 構いません」
悠と朱里はカウンター席に横に並んで座った。
コップに入った水とおしぼりが出てくる。温かなおしぼりで手を拭くうち、朱里は大きな深呼吸をした。
「ああ、恐かったー!」
朱里が大きな声で呟く。
「朱里さんも恐かったんだ……!?」
「そうだよ! しばらく学食には行けなさそう」
ぶるぶると朱里が震える。
「どうかしたのかい」と、マスターが優しい声で聞いてきた。
「えっとね……実は……」
朱里は事の次第をマスターに明かした。
「それは災難だったなあ。大学もだが、社会にはいろんな人間がいるからな」
「うん……入学早々、嫌な目にあっちゃった」と朱里。
「ほら、これは俺の奢り」
マスターがカップに注いだコーヒーを二人に出す。
「え……いいんですか?」と悠が驚いて尋ねる。
「嫌な思いをしたんだ。社会にはいい人間も悪い人間もいるってことを勉強できた記念と思ってくれよ」
「わあー! マスター、ありがとう!」と朱里が笑った。
「素敵なお店で良かったね」と悠も微笑む。
マスターから奢られたコーヒーの味は、二人とも、格別おいしく感じられた。