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 体が、重い。


 戻った意識で真っ先に浮かんだ言葉がそれだった。ヴィディーレは呻き、これまた重い瞼を押し上げる。


 「おにいさん!」


 えらくぼやける視界に眉根を寄せつつ、何処かで聞いたことのある甲高い声の持主であろう影を見やる。


 「良かったぁ。いつまでも目が覚めないから、起きなかったらどうしようって」


 ひょこっと現れたもう一つの影が、少し震えた声で呟く。徐々にクリアになる視界で少年と少女を認識したヴィディーレ。ややあって、ダンジョンで子供を助けたことを思い出す。


 「ちょっと待ってて!薬のおにいちゃん、読んでくるから!」


 それだけ言い放って少年が勢いよく飛び出していく。その様と残された少女の今にも泣きそうな顔に苦笑するヴィディーレ。大丈夫だ、と言おうとして掠れた音しか出ず、大きくせき込む。


 「ああ、えっと、水、飲める?」


 突然ゴホゴホと咳をするヴィディーレに慌てた少女が水を差しだす。それを一瞥して重い体を無理やりに起こす。とは言え、長らく眠ったままだったのであろうと思われる体はギシギシと抵抗するわ、頭がくらくらするわでなかなか思うように動けずもがくと、少女が手を貸してくれた。そのままどうにか喉を湿らせると、少女に微笑む。


 「悪い。ありがとな」


 そう言って頭を撫でると、少女はクシャリと顔を歪め、良かったと呟く。そんな事をしていると、再び賑やかな声と足音が聞こえ先程の少年が戻ってきたのが分かる。声と足音的に大人二人を連れているようだ。


 「連れてきたよ!」

 「相手は病人なんだから静かにしなさいよ!」


 部屋に飛び込んできた少年を少女が一喝する。ぴきんと固まった姿にクスクス笑っていると、鈴を転がす様なという表現を体現したかのような美しい声が三人に突き刺さる。


 「仲がいいのは結構だがそこを退いてくれ。痴話げんかには興味ないんだ」

 「なっ!」

 「ちわげんか?」


 部屋に入って来て早々毒を吐く青年に少女が固まり少年が無邪気に首を傾げる。違います!と顔を真っ赤にして喚く少女とちわげんかって何?と首を傾げる少年をまるっと無視して近づいてきた青年の姿に目を見開く。


 華奢な体つきに小さな顔。見る限り170半ばの様で背が低いというわけではないだろうが、その体つきの為に高身長には見えない。切れ目の双眸と高い鼻梁。肌は雪の様に白く、対照的な薄く赤いの唇の為に何処か蠱惑的である。腰まで伸びた美しいストレートの髪を無造作に項で纏めている。


 一見すると少女と言っても通じそうな青年は、しかし、骨格からすれば明らかに男で。それでも美しすぎる彼に、さしものヴィディーレですら動揺する。


 確かに、美しい。それ以外にない見事な美人である。あるのだが。


 ふわり、と美しい笑みを浮かべたその顔の、紅い唇がゆっくりと開き。


 「言っておくが、俺は男だ。可愛い、美しい、美人、及びそれに準ずる言葉を言ってみろ。心からの返礼として地獄への片道切符を熨斗付けて贈呈してやる」


 少し低めな声で一気に言い切ったその内容。一拍置いて理解したヴィディーレの顔が引きつる。


 「あ、いや、その」


 口ごもって言葉を探すが、彼の口元に浮かんだ笑みと声の温度が絶対零度であるのを感じ取り早々に撃沈する。


 なぜ顔を合わせた次の瞬間に挨拶もなく脅し。いや、そもそもこの美人、何者だ?子供たちとどんな関係?って、第一ここは何処だ⁈


 冷静を売りにしているはずのヴィディーレではあったが、頭が良く働いていない状況下でのやり取りに、珍しくキャパオーバーを起こす。せわしなく視線を泳がせるヴィディーレに何を感じ取ったのだろうか。益々笑みを深めた青年がゆっくりと口を開いた瞬間。


 「はい、そこまで。とりあえず俺も中に入れてくれんかねリートさんや?」


 その後ろから今度は巨体がひょっこり現れる。ぐいぐいとリートと呼んだ青年の背を押して中に入ってくる。こちらはヴィディーレと大体同じ身長か少し高いくらいだろう。しかも服を着ていても分る鍛え上げられた肉体。思わずヴィディーレの体がブルりと震える。


 思い切り闘ってみたい。


 明らかに強者と分かるその姿に知らず知らずのうちに笑みを浮かべ、食い入るように見つめる。熱い視線を浴びた男はというと、その浅黒い精悍な顔に獰猛な笑みを浮かべて、やる気満々なようだ。


 「おお?やるか?」


 短く刈り込まれた髪がサラリと流れる。背に背負った大剣に手を伸ばし、首を傾ける。体の痛みも忘れて起き上がるヴィディーレを楽しそうに見つめていたが、ふとその視線が動く。男の視線を追いかけて見つけたのはリートの笑顔で。唯々綺麗なだけのその笑みが逆に恐ろしく思え、二人の顔が揃って引きつる。


 「えっと、その、リートさんや?その笑みの、その心は?」


 最早言語としては崩壊している問いかけをする男。漲っていた闘志が一気にしぼむ。あの笑顔、危険。長い付き合いでよくよく分かっている男は冷や汗をかく。視界の隅でヴィディーレが大人しく空気を読んでいることに内心感謝しつつ、美青年の顔色を窺う。


 「別に?ヤリたければヤレばいいじゃない?脳筋……戦闘狂……戦い大好き人間同士楽しめるんじゃない?」

 「脳筋……。戦闘狂……」


 思わずというように呟くヴィディーレ。余りの言われ様に頬を引きつらせる。真正面から対峙する男は最早動揺すらしていない。言われ慣れているのだろうか。


 「それにぃ?」


 うふふ、と至極愉し気かつ無邪気な笑みと共に呟いたリートがスススと男に近づき、その耳元に紅い唇を寄せる。


 絵だけ見れば、酷く官能的で美しい絵ともいえるその状況。しかし、みるみるうちに青くなり白くなる男の顔を見れば、睦言などと程遠いことが簡単にうかがえる。


 一体、何が。いや、聞かない方が身のためか?


 出会って数分にも関わらずヴィディーレはなんとなくリートへの対応の仕方を察した。遠い目をしていると、バッという音が聞こえてきそうな勢いで振り向いた男がリートの体を引き剥がしヴィディーレに真剣な目を向ける。


 「えっと?」


 引きつる頬の感触を感じつつ、とりあえず問いかける目を向けてみる。すると男は真剣を通り越し、必死な瞳で重々しく告げる。


 「俺たちは、闘う運命では、なさそうだ」


 ……とりあえず、誰か状況説明してくれ。


 男の背後から聞こえてくる心底残念そうな声を聞き流し、ヴィディーレは天を仰いだ。


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