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 チラリと流し見た先で少年二人が広間から出たのを確認したヴィディーレは、再び視線を走らせ、自分と敵の位置、そして残っている少女の位置を確認する。


 常に真正面に敵が来るように気を付けているため、ギーヴルは真正面奥。少年二人は背後、通路の幅からしてギーヴルは通れないであろうことから暫く意識の外に締め出すことにする。問題の少女はというと。


 「……斜め前奥。ほぼ脱出口の対角線上かよ。……ってうおぉ!?」


 思わず乾いた笑いを零す。それを隙と見たのだろうか。再び巨体が突進してくる。馬鹿の一つ覚え、などという言葉が脳裏に浮かびあがるのを押し込めながらタイミングを見て転がるように躱す。


 力と言い、体格と言い、猛毒と言い真正面から闘って勝てる相手ではない。避けて避けて隙を見つけるしかない。力量さを見分けられない者から死んで逝くということは、ヴィディーレも良く知っていた。それと同時にただ闇雲に動き回るだけでも死は避けられない。残された少女の方へと上手く切り抜けその背に庇う。


 「大丈夫か!?」

 「は、い」


 か細いものの、きちんとした応えが返ってくる。随分と気丈な子だ。


 「あのガキどもよりよっぽどしっかりしてるな」

 「あんな弱虫と一緒にしないでください」


 震えているものの、しっかりした声。今までも一人声を上げることなく壁際で耐えていたことと言い、頭も良いのだろう。戦闘中において最も危険なのは恐怖に理性を無くして暴れ回る事。それで相手が倒せれば文句はないが、今回の様にひっくり返しようのない力量差のある相手では死期を早めるだけだ。


 特に女はそういう傾向が多いと思っていたが、この少女はその点において大丈夫そうだ。一瞬で結論を下すと、素早くしゃがみ込む。


 「負ぶされるか?」


 聡明な少女はそれだけで理解したようだ。すぐに温かいものが負ぶさって来てギュッとしがみつかれた。


 「そのまましっかり掴まってろよ」


 一応声を掛けるとヴィディーレは立ち上がる。背中に伝わる細かい震えに気合を入れ直す。愛剣を構え灯の加減でおぞましいシルエットを形作るソレを睨み据える。


 最悪な事に唯一の脱出口はその後ろにある。此処から逃げ出すためにはどうにかしてその横をすり抜けなければならない。力量差もあるにはあるが、それよりも状況的に見て倒すことが不可能である以上、それ以外に道はない。


 「さあて、どうすっかね」


 どう考えても絶望的な状況。しかし、彼の口元には獰猛な笑みが浮かんでいた。戦闘狂、というわけではないが、彼とて血沸き肉躍る展開は好物だった。特にこの様な死の近い、ゾクゾクするスリル満点な状況は愉悦を堪えられない。


 「って、立派な戦闘狂じゃねぇか、俺」


 クツリと笑って自分にツッコミを入れる。なんと呑気な、と苦言を呈する者もあろう彼の様子だが、本人にとっては余計な力を抜くための儀式の様なもので。


 「グギャァァァァァァァ!!!」

 「行くぜっ!!!」


 ギーヴルの咆哮を皮切りに、勢いよく飛び出す。倒すことは考えない。ならばすることは一つ。


 「吹き荒れろ!!」


 体内の魔力を一気に練り上げ、鋭く呪文する文言と共に放出する。魔法は魔力を用い世界に干渉する技術。もとは神への祈りに通じるその行為は、思い描くイメージを祈りの如く言葉にすることで発動する。吹き荒れる風を招く言霊と、渦を巻く激しい風をイメージしたその魔法はヴィディーレの想像に違うことなく発動し。


 「ギャァァァァァ!!!!!」


 ギーヴルの巨体を竜巻の中に封じ込める。サラサラとした砂に覆われたこの広間ではその風に巻き込まれて最早砂嵐の様になっているその竜巻の所為でのたうち回っているのが微かに見える。


 倒せないというならば、倒さない。するべきことは無力化であり、封じ込め。


 僅かな隙が、活路を創り出す。


 「っ!」


 副作用的に飛んでいる砂に自分もダメージを受け、苦笑するものの、走り出す。体内の魔力が急激に減っているのが分かる。元々剣特化型であり、魔法はそれ程得意ではない。にもかかわらず竜巻を作るほどの大技を出してしまったことで魔力を吸い取られているのである。


 「けど、これだけやらねぇと足止めできないとか、ふざけてんだろっ!!」


 食いしばった歯の隙間から呻くようにぼやきつつ二人の少年のいる場所を目指す。意識のない少年を抱えたもう一人の少年が、食い入るように見つめてくる。あと少し。そう思ったその時だった。


 「ウギャァァァァァ!!!!!」

 「うっそだろ⁈」


 バチンという音を立ててギーヴルが力任せに竜巻を弾き飛ばす。その勢いに押され踏鞴を踏む。少女と少年の短い悲鳴が響く。


 「クッ!」


 踏ん張っていられるのも長くはない。一瞬でその結論に至り、首に回された細い腕を掴む。


 「文句は後で聞く!」


 それだけ叫ぶと荒れ狂う風の中無理やりに勢いをつけ少女を投げ飛ばす。その軽い体はどうにか出口まで弾け飛び、ゴロゴロと転がった所を少年が慌てて受け止め広間から引っ張り出す。


 よし。


 子供三人が無事に脱出したことで一瞬の隙が生まれたのだろう。


 「ぐぅっ⁈」


 太く固いモノに思い切り弾き飛ばされ勢いよく壁に激突する。


 「俺は飛ばされる趣味も壁に激突する趣味も無いんだが⁈」


 全身に走る鈍い痛みに呻き思わず恨み言がこぼれ出る。見る限り大層ご立腹のギーヴルの尾で思い切り叩かれたようだ。ペッっと血を吐き出すと剣を杖替わりにしてどうにか立ち上がる。


 「おにいさん!」

 「大人しくそこで待ってろ!」


 子供たちの叫び声に返答を返し、無事を伝えつつ指示を出す。その間にもギーヴルの巨体が迫ってくる。またも突進か、と身構えた時、その姿が掻き消える。


 「はぁ⁈」


 一瞬事態把握に遅れ固まったが、突然闇に包まれたことで何が起きたのかに気付き。


 「うっそだろ!?あの図体で飛ぶか普通⁈」


 上から降ってきた巨体を慌てて避けて出口へと一目散に駆け出す。いや、確かに羽生えてるけど大きさといい想像できる重さといい飛べないだろ普通⁈と内心悪態付きつつ走る。だがしかしそれを黙ってみているはずはなく、ギーヴルの尾が鋭く打ち付けられる。


 「何度も同じ手を食らうかっての!」


 ヴィディーレは尾を避けると、一転して飛びつきしがみつく。その行動はギーヴルにとっても予想外だったようだ。驚いたように尾を振り回す。その勢いを利用してヴィディーレはギーヴルの頭目掛けて飛び掛かり重い一撃を振り下ろす。


 「せぇやぁ!!!」

 「グギャァァァァァァァ!!!!」


 その鱗は固かったが、勢いと重さを利用した一撃はどうにかその体に傷を負わせることに成功し疵口から血が噴き出す。一瞬ニヤリと笑ったヴィディーレだが、グワリと振り向いたギーヴルがガバリと口を開いたのを見て顔色を変える。


 空中の不安定な体勢ではその吐き出す息を避けることが出来ずその肌に降りかかる。刹那、ヴィディーレの体に灼熱の痛みが走る。


 「毒っ……!!」


 一番忘れてはいけない基本的かつ重要な事を忘れていた自分を罵倒する。その吐き出す息は猛毒。とっさに息を止めたが多少吸ってしまったのと肌からの吸収で意識が遠のく。そこにダメ押しとばかりに固い尾で弾かれる。


 「ぐぁぁぁぁっ!」


 地面に叩きつけられ視界がかすむ。ヤバい、と焦ったその時。


 「おにいさん、こっち!はやく!」


 少女の声が近くから聞こえる。はっとして目を凝らすとすぐそばに出口があった。同時に少年と少女の細い腕がヴィディーレの腕に絡みつき引っ張ろうとする。


 「ギャァァァァ!!!」


 雄たけびを上げて迫ってくるギーヴルの気配を背後に感じ、無理やりに重い体を動かして子供たち諸共に広場から転がり出る。次の瞬間、ガキンと音がしてヴィディーレの足のすぐそばでギーヴルの口が閉じる。その巨体では細い通路に出てくることはできず、首を突っ込んだまま引っかかったようだ。


 「グギャァァァァァァァ!!!」


 悔し気に一言吠えてギーヴルの大きな頭が引っ込められる。三人揃って固まっていたが目の前からそのおぞましい姿が消えたことで安堵の息をつくことができ。


 「や、やった」


 少年の呟きに少女がクシャリと顔を歪め、泣きじゃくる。気丈にふるまっていても怖かったのだろう。嗚咽交じりの声に少年が慌てて宥めようとするものの、彼の目にも涙があふれていた。ほっと一息ついたヴィディーレではあったが、その刹那、全身に走った種類豊富な痛みに呻く。


 「おにいさん⁈」


 はっとして振り向き慌てだす子供たちに、ヴィディーレは苦笑して軽く手を上げることで落ち着くように示す。青ざめてオドオドと様子を窺ってくる二人にもう一人の少年を担ぐように頼んで自分は兎に角立ち上がる。立ち上がった瞬間に走る痛みと眩暈に体が傾ぐのをどうにか堪え、手を壁について息を切らせる。


 「悪いがこの様で、そのガキを背負えん。どうにかついてこい」


 不安そうな二人に微笑する。小さな頭がコクリと頷いたのを確認してフラフラと歩き出す。


 途中、低レベル魔獣に出くわしたものの、やり過ごしたり、場合によっては動かない体を無理やり動かして蹴散らし頭の中のマップを必死に辿る。行きは探索しながらだった為何時間もかかった道のりだが、直線では一時間もかからないだろう、とざっと計算して痛みから意識を逸らす。そうでもなければ痛みにのたうちまわる羽目になる。


 一時間もかからないとは言うものの、如何せん重傷者一名、気絶者一名、疲労困憊の子供二名ともなればそのスピードは恐ろしく落ちる。ヴィディーレは早々に高効果の解毒薬を飲んだが、気休めにしかならない。高い熱を発する体を引きずり、子供たちを気に掛けながら出口を目指す。


 一体どれくらいの時が経ったのだろうか。漸く光が見えてきたときには、視界も思考も霧がかかった状態でオートパイロット状態と言っても過言ではなかった。ついに外に出られることに安堵し泣きじゃくる子供たちの声を遠く感じつつも、僅かに口角を上げる。


 心地よい風が頬を撫で新鮮な空気を吸い込むと、体から一気に力が抜けていくのを感じた。


 「そと、外だっ!帰ってこれたぁっ!」


 叫ぶ子供たちの横でついにヴィディーレは片膝をつく。慌てたように体に縋り、声を掛けてくるのを微かに感じ、大丈夫だと答えようとしたがヴィディーレはそのまま力尽き、意識が闇へと落ちていった。



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