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 「へい、お待ち!ジビエ定食に、串焼き二皿ね!こっちのジュースはオマケだ!さっぱりするぜ」

 「おう、ありがとう」


 森での蝙蝠との闘いから暫く経った頃。ヴィディーレは念願の食事にありつこうとしていた。


――――――――――


 様子見が必要だ、というリートの指示で今も森の監視は続いている。しかし、よくも悪くも、森に入ると様々な魔獣たちに出くわすようになった。それも無秩序的に。魔獣の被害に気を付けなければならない、という事はあれど、やはりあの小さな元蝙蝠が元凶であったとみて間違いないだろう。歴戦の冒険者達は代わる代わる蝙蝠の死骸を囲み、唸っていたが。


 「やっとここまで(ジビエ料理)まで辿り着いた……!」

 「お前さんたちのおかげさね!怯え切って姿を現さなかった獣たちも徐々に戻って来ているし。猟師たちも魔獣に襲われるケースがかなり減ったって聞くしな。お陰で目端の利く商人たちまで戻り始めていると来た。さっきも一番乗りで来た商人と話したが……やっぱいいもんだな!」

 「あはは。そりゃよかった」


 半分涙ぐみながらの店主。しみじみと言う限り、相当思う所があるようだ。この喜びを誰かと分かち合いたい……!と目を輝かせているが、ヴィディーレの意識は目の前の料理に向いている。言外に食べていいか、と尋ねている彼はご馳走を目の前に待てさせられている犬そのもの。


 まだまだ話したりないが、と言った風情の店主だったが、苦笑するとごゆっくり、と声を掛けて奥に入って行く。それを見届けるや否や早速ナイフを手に取った。


 「いただきますっと」


 行儀よく手を合わせたヴィディーレが早速串焼きに手を伸ばす。香ばしい匂いが鼻をくすぐり、口の中に唾液が満ちる。湯気の立つ熱々の串をおもむろに口に近づけ、大きく齧りつく。


 「っ!くぅ!」


 次の瞬間、極熱の肉汁が口の中を焼き、ヴィディーレは悶えた。しかし、美味い。溢れ出る旨味が口の中で踊っている。人によっては顔を顰める獣臭さだが、やはり名産として売り出しているだけあって処理が完璧だ。見事に旨味に転用し、独特の風味を醸し出している。焼き加減も完璧で、素材を生かすように調理されたそれが実に旨い。


 「あー。ドラゴン相手に死にかけた甲斐あった……」

 「それは良かった。次もお前を盾にすることとしよう」


 しみじみと呟き、熱い目がしらを押さえていたその時だった。独り言に何故か返答が。しかも、よくよく聞き覚えがあるどころか、これ以上関わりたくないと本気で思う鬼の声。一瞬固まったヴィディーレは体勢を崩し危うく椅子から滑り落ちそうになり。


 「お、確かに旨いコレ」

 「何そこで一人漫才してるんだ。全然面白くないぞ」

 「……どっから沸いて出やがったてめぇら!」


 どうにか机にしがみ付いて顔を出したその先。何時の間にか現れたラフェとリートの姿が。ラフェは勝手に串焼きを強奪して幸せそうな顔をしているし、リートは憐れむ様な瞳でヴィディーレを見据えつつ片肘をついて頬杖をついていた。一瞬絶句したヴィディーレの絶叫が店内に木霊して、奥から店主が何事かと飛び出してきた。






 「で、何の用だよ全く」


 さも魔獣の襲撃かと言わんばかりの形相で出てきた店主を宥め謝り奥に返した後。げんなりした表情でヴィディーレは二人を見やった。とりあえず、二皿合ったうちの一皿はラフェの前に置いておく。若干惜しい思いもあるが、それでラフェだけでも大人しくさせられるのであれば儲けものだ。その代わり定食ともう一皿はきっちり目の前に確保しておきながら、警戒心マックスで応対する。その様にリートが肩を竦める。


 「毛を逆立てた猫か。そんなに警戒する必要もなかろう」

 「てめぇ。今までしでかしてきたアレコレを全て反省してから言いやがれ」

 「全く心当たりがないな」

 「いつかぶっ飛ばす」


 全く答えた様子の無いリートに、ぐっと奥歯を噛みしめて耐える。腕力で勝負すれば簡単に勝てるだろうが、その後がさらに面倒だ。絶対倍返しされる。それをするくらいにはリートは意地が悪いし、それを理解するくらいにはヴィディーレも二人に慣れていた。


 「一つ言っておく。三倍返しが基本だが、必要によっては十倍返しまでやるのが俺のモットーだ。要相談ってヤツだな」

 「聞いてねぇよ。つか、誰がそんな相談するってんだ鬼畜軍師」


 サラリとヴィディーレの心を読んだ回答。全然嬉しくない、と頭を抱える。そんな彼らを他所に、次々に人が入ってくる。インハーバーに教えてもらっただけあって有名らしい。冒険者もそうでない者も増えてきており、もうすぐ満席だ。


 どうにか復活して食事に戻る。せっかくのジビエ料理が台無しだ、と内心嘆きつつ頬張るが。


 「やっぱり旨い。目の前に鬼が居て居心地悪くてもこの旨さ。流石だな」

 「ディーレ。ディーレ。それ、マズいヤツ」

 「……」


 ウットリと肉汁に酔いしれながらうっかり漏らす。刹那、店内の温度が一気に下がった気がした。勘の良い客が、なんか寒くなってない、と腕をさすっているのが横目に見える。見えるがそれどころじゃない。満面の笑みを浮かべた目の前の美人が、怖ろしく怖い。


 「なにか、言ったかい?」

 「いや、目の前に美人……っく、じゃなかった、とても優秀な軍師殿がいると食事が旨くなるもんだと感心していただけだ」


 咄嗟にリートを持ちあげようとして、美人と褒め、ラフェに足を踏まれる。そうだった美人とそれに付随する褒め言葉を口にした瞬間殺される、と慌てて方向転換し、どうにかひねり出す。実に足が痛いし、普段だったらやり返すが、今回ばかりは命拾い。目線でラフェに礼を述べると、竹串を振られた。焼き串の礼らしい。


 「礼儀正しく誠実な相棒持ってるのに何でコイツはこんなんなんだ……?」

 「ホォ?」


 思わず零れた本音。慌てて口をふさぐが、遅い。冷気発生装置が、更に温度を下げている。既に勘が良い者達以外も気付き始めている。店主に声を掛ける者まで居る始末。額に手を当てて天を仰ぐラフェに、どうにかしろと必死に視線で頼むが、にぱっと笑みを向けられて。


 無理。


 あっさり見放された。我関せずと残りの焼き串に専念するラフェ。後で一発なぐる、と決めて頭を必死に回す。冒険者の癖に街中で死ぬとか嫌すぎる。しかもそれが非力な軍師、もとい薬師による凶行なんて恥ずかしすぎる。冷や汗で全身を濡らすヴィディーレに手を差し伸べたのは、それは麗しい笑みを浮かべた元凶その人。ニッコリと笑って、絹糸の様な髪を優雅な動きで耳に掛けるとコテン、と首を傾げた。


 「うふふ。では哀れなディーレ君に挽回のチャンスをやろうでは無いか。質問に答えてくれたら、水に流してやる事もやぶさかではない」

 「……答えなかったら?」

 「おや、そっちがお好みかい?それはそれは……楽しくなりそうだ」

 「許してくださいお願いします」


 悪足搔きをするも撃沈。同性にも関わらずゾクリとするほどの妖しい色気を全身から立ち上らせたリートが甘ったるく微笑む。普通の人間が見れば、十人が十人見惚れて情けを乞うだろう。しかし、それを真正面から受けるヴィディーレは、自分の脳内で未だかつてない勢いで鳴らされる警鐘に突っ込みを入れる事しか出来ない。


 いや、危険なのは分かってるから対処法を考えやがれ俺のポンコツ頭脳!と胸中でののりしつつ、項垂れた。この顔をしている時のリートには逆らうべからず。ラフェに真っ先に教えられたことであり、なおかつ身をもって学習された最重要事項である。

 

 「で、この次は何処に行くんだ?そろそろ出発だろう?」

 「ってなんでそんな事知ってやがる!」


 確かにそろそろ旅に出ようと思っていたがと喚くと、リートはにっこり笑って宣った。


 「なに。ギルマスと世間話をしている最中に教えてもらっただけさ。親切で何よりだ」

 「俺を売りやがったなあのクソ親父」


 リートの無茶ぶりに青ざめていたインハーバーを思い出し、逃げ場はないと諦観がヴィディーレの頭に満ちる。どうせコイツが本気になったら逃げられないか、と理解しつつそれでも足掻きたくなるのは人の情。じっくりジビエの代わりに味わう事になった苦虫を噛みしめつつ、そっと尋ねる。


 「あー。ここでパーティー解散っていう選択肢は?」

 「……そんなっ!なんでそんな事を言うの?!」

 「は?」


 突如一瞬だけニヤリと笑ったリートが、泣き崩れる。ぎょっとしているラフェとヴィディーレを他所に、何事かと店内の視線が集中する。いや、なんでこんなに注目されてと考えた瞬間にヴィディーレの顔色が変わる。先程の性別を感じさせない色気たっぷりな麗しい笑み。それがヴィディーレに圧力をかけるだけではなく、周囲の注目も集める事までも計算に入っていたとしたら。


 「嵌めやがったコイツ……!」

 「どうして、だってここまで一緒に来た仲じゃない!この前の大規模作戦も一緒に参加して、守ってやるから大丈夫だって言ってくれたのに!嘘だったの?!そんなに俺たちが一緒に行くのは嫌?」

 「いや、嘘ってかそもそもそんなセリフいつ言った?!どうせ殺しても死なないだろう……って、いや、あの?」

 「酷い!このままじゃ俺たちパーティーの仲間に置いて行かれちゃう!」


 徐々に周りの視線がいたくなってくる。こんな健気な子を置いていくのか。可愛い子を泣かせてる。大規模作戦に参加するくらいに勇気ある子なのに。可哀想。


 そんな視線がひしひしと伝わってくる。先程とは別な汗が垂れてくるのが分かり、視線が泳ぐ。ラフェは既に気配を消して傍観に徹している為役に立たない。段々視線だけではなく言葉で責められるようになり。え、コレ俺が悪いのか、と全力で喚きたくなるがそれをしたら更に立場が悪くなる事が容易に想像ついて。八方ふさがり。


 「うぅっ!置いて行かないでよぉ!」

 「大丈夫だよ。大丈夫。絶対連れて行ってくれるさ。なんなら俺たちと来るかい?」

 「ううん。ずっと一緒だったからディーレ君がいいの。強くて優しくてかっこいいんだ。だから、今の俺の目標はディーレ君とギルド登録正式パーティーになる事なんだ」


 きゅるん。

 涙を浮かべた瞳をわざとらしく光らせて、健気な笑みを浮かべて見せるリート。美貌も相まって、下心を秘めて慰めと勧誘を口にした男たちがいぬかれたのが分かった。こんな子にここまで慕われるなんて、と謎の憎悪も籠った鋭い視線が勢いよく突き刺さる。いや、そいつ誰だよ、別人すぎるだろう、と内心で突っ込むのに忙しいヴィディーレには気付いていない。


 「いや、だから、その」

 「見た所ソロなんだろ?いいじゃねぇか連れてったって」

 「いや、そいつらなら二人で十分……」

 「この可愛い子に何かあったらどうするんだい。一緒に居てやらないなんて男が廃るってもんだ」

 「いや、むしろ俺が殺される……」


 元気女将っぽい女性まで参戦し、たじたじになる。逃げ道を探すがそんなモノはなく。ああもう、とキャパオーバーを起こした頭を抱える。


 「分かった分かった分かったって。連れてきゃ良いんだろ連れてきゃ!」

 「じゃあ、ギルドに一緒に登録しに行ってくれる……?」

 「ああ、やりゃいいんだろやりゃ……って」


 すかさずそっと割り込んできた儚げな声に投げやりに対応して、すぐに固まる。今、誰が、何て言いやがった。ぎぎぎ、とブリキのおもちゃの様に首を回すと、皆に守られたその奥で、麗しい笑みが、ニヤリと歪む。してやったり。


 嵌めやがった、とわなわなと震え叫ぼうとしたが、男たちの方が早かった。歓声を上げて、リートの頭を撫でまわしている。気付かれないうちに華麗にはかなげな低ランク冒険者に転身したリートが、はにかみながらありがとうございます、と涙ぐんでいる。


 「おい、誰だアイツ」

 「馬鹿だな。アイツから逃げられる訳無いだろうに」


 開いた口が塞がらないヴィディーレに哀れみの視線を向けるのはラフェ。この空間では唯一正しい状況認識が出来ている男だ。そっと肩を叩かれて、行き場の無い怒りが僅かに宥められた気がした。


 「これからもよろしくな。長い付き合いになりそうだ」

 「よろしくしたくねぇ……」


 ギルド登録正式パーティー。一度登録してしまえば、口約束のソレとは格段に解消が面倒になる。何せギルドとしては生存者を増やすためにパーティー結成を推奨しているのだ。色々と特典もついてきて美味しい面もあるが、何せその引換えが精神の平穏とは。この先の苦労を想像して、ヴィディーレは頭を抱えた。


 「じゃあ、皆が付き添ってくれるみたいだから一緒に行って登録しよう?」


 にっこり笑って確実に外堀を埋めてくるリート。彼らがいなければ逃走も出来るが、付き添ってくる限り逃げられない。やる気満々の付添人達をながめ、ヴィディーレは唸った。


 「いつか絶対ぶっ飛ばす」


 そのためにも絶対生き残る。そう固く決意したヴィディーレは冷めきったジビエ料理を頬張った。美味かった。若干塩味が強い気もしたが。


 これにて一時完結です。また彼らの旅が始まるようでしたら、書き溜めて投稿したいと思っています。またお目に掛かれる日が来ることを楽しみにしております。

 ありがとうございました。

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