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 人によっては不快感を覚える回と思われます。自分で言うのもなんですが、残酷です。苦手な方は是非、お戻りいただけますよう……。


 クエストを引き受けたヴィディーレは、その日の内に必要な買い物を済ませると休養日としゃれこんで次の日はゆったりと過ごした。かなりの危険性が見込めるからこそきちんとした調整をしておきたかったのだ。


 とは言え、寝ているだけでは面白くないと、愛剣の手入れを鍛冶屋に依頼したり、フラフラと買い食いしていた。




 そして更に次の日。早々に起き出したヴィディーレは、日課にしている走り込み、素振り、筋トレの三つを時間を掛けてじっくりと済ませ、鍛冶屋に向かった。


 「お、来たな兄ちゃん」


 店にはcloseの看板が掛かっていたが、事前に無視していいとの許可を貰っていたので遠慮なく入る。待ちわびたという顔をした初老のドワーフに声を掛けられ微笑する。


 「早かったかと思ったんだがな」

 「仕事に夢中になったドワーフに時間なんてあって無いようなもんさ。特に、こんな剣見せられちゃあなぁ」


 濁声で飄々と告げた店主は、手に持ったヴィディーレの愛剣を掲げる。皺まみれの顔に微かな笑みが浮かぶ。


 「久々に良いもん手にしたんで気付いたら夜が明けてたわ」

 「そうか」 


 慎重に、丁寧に愛剣を扱ってくれるのをみて、ヴィディーレの顔にも笑みが浮かぶ。そして、そのまま手元に戻ってきた愛剣に視線を落とす。所謂"頑固おやじ"が多いドワーフにここまで言わせる剣を誇らしく思う。


 「デュランダルなんざぁ、結構な名剣を手に入れたもんだ小童の分際で」


 煙管に火を付けながら濁声で呟く店主に、クツリと笑ったヴィディーレ。銘を言った覚えはないのにあっさりと言い当てた。流石だ、と思いつつ、ジャラリと大金貨と小金貨を数枚取り出してカウンターに置くと背を向ける。


 「ちゃんと手元に戻って来てくれて何よりだ」


 その言葉にカッカッとドワーフが笑うのを聞き流して店を出る。ドワーフによっては使い手の実力が剣の能力に釣りあって無いと手入れはして貰えても引き渡してもらえない事があるらしい。あの店主もそんな雰囲気を醸し出していたものの、この街一番の鍛冶屋は彼の店である事と、若干の怖いモノ見たさから預けてみたのだ。


 戻ってくる自信はあったから預けたものの、ちゃんと戻ってきた事や歴戦のドワーフに認められたことは思った以上にヴィディーレを喜ばせた。


 「幸先、良さそうだな」


 ふっと口元に笑みを浮かべた青年は朝靄の中、ダンジョンへと歩き出していった。


――――――――――


 異変に気付いたのはダンジョンに潜ってから暫く経った頃だった。湧き出てくる魔獣をサクサク倒しつつ徐々に探索の範囲を広げていく。


 「高ランク冒険者が行方不明になるようなダンジョンには感じられないんだがな」


 ぼやきつつ、軽くデゥランダルを振って魔獣の体液を剣から振り落とす。研いでもらったばかりとは言え、粗末に扱っては剣がダメになる。どこかで休憩を取りつつ手入れするかと算段をつけていたその時だった。


 「?」


 微かに悲鳴が聞こえた気がしてヴィディーレは動きを止める。眉根を寄せて、魔力を薄く広く伸ばしていく。詳細は分からないが、術ではない分反動が少ない為、索敵によく使われる手段だ。


 「気のせいか?」


 暫く周囲を探っていたが特に引っかかるものがなく首を傾げる。そろそろダンジョンに潜って数時間は経とうとしている事から疲れが溜まっているのかと思い、休憩ではなく撤退を考え始める。しかし。


 「!」


 響き渡る甲高い悲鳴に、一も二もなく走り始める。泣き喚く声を頼りにダンジョンを疾走する。今までの魔獣の様子からして、そこまで苦戦することはないだろう。心配すべきなのは間に合うかどうか。にもかかわらず、ヴィディーレの顔は酷く険しかった。なぜなら、聞こえてきたその声がどう聞いても。


 「子供……⁈」


 普通ならばダンジョンは子供が入り込める場所ではない。親が許さないだろうし、ギルドだって目を光らせているのだ。にもかかわらず、先程の悲鳴はどう聞いても子供の甲高い声だった。疑問はいくらでも湧き上がってくるものの、今はそれどころではない。ヴィディーレはスピードを上げた。すぐに通路の出口が見え、煌々と灯の灯る広間へと飛び出した。そこで見た光景にヴィディーレは絶句する。


 「な⁈」


 10歳から13歳ころと思われる数人の子供たちチリヂリになって泣き喚く。その内の一つの小さな影に覆いかぶさる巨大な影。


 「ギーヴル⁈Aランク魔獣が何故⁈」


 おおよそドラゴンとは似ても似つかない姿をした、人食いで有名なドラゴン。蛇に蝙蝠の翼が生えたようなそのおぞましい姿に、さしものヴィディーレも動揺する。しかも、猛毒を持つために近づくことも困難。討伐できるのは歴戦の猛者たちのみであろう。


 それ故にAランクに祭り上げられたギーヴルを前に、立ち尽くす。そうしている間にもギーヴルは暴れ続ける。ついに幼い少女が一人壁際へと追い詰められる。


 「いや、いや、来ないで……」


 掠れた小さな声で懇願する少女。その大きな瞳は零れ落ちんばかりに見開かれ、涙が留まる事を知らずに流れ続ける。絶望と恐怖に染まるその顔を前に、ギーヴルがニヤリと笑ったかと思った瞬間。


 「いや、いや、……嫌ぁぁぁぁ!!!」

 「グギャァァァァァァァ!!!!」


 最後に身の毛がよだつ叫び声と共に少女の姿が消える。


 「あ、あ、あ、」


 すぐ近くで、おぞましい音と共に咀嚼するギーヴルと少女が消えるその瞬間を目の当たりにした少年が言葉すら発せずに後ろに這いずってでも逃げようとする。余りの恐ろしさに失神することも出来ず、唯々震える少年。ゆっくりと咀嚼していたギーヴルだったが、突然ピタリと動きを止め、ぐるりと頭を回して少年を見据える。


 「ヒィッ」


 ついに失神した少年が倒れ込む。ズリズリと巨体を近づけたギーヴルが再び大きく口を開ける。少し後ろに引いて勢いをつけたその様子に、漸くヴィディーレがわれに返る。


 「な、にを、しているんだ俺はっ!」


 ガクガクと震える体を叱咤し、剣を構える。タイミングを見計らうと、息を吸って止め、ギーヴルの前に躍り出る。


 「シッ!!」

 「グギャァァァァァァァ!!!」


 ガキィン、と鈍い音がして弾かれる双方。もんどりを打つ巨体をチラリと確認しつつ、ヴィディーレは勢いを利用して少年諸共に距離を取ることに成功する。勢いあまって壁に激突した背中の痛みに舌打ちをしつつ素早く腕の中の少年の様子を確認する。どうやら気を失っているだけのようだ。


 ほっと安堵のため息をつきつつ、素早く視線を走らせる。広間の中央には食事を邪魔されてご立腹のギーヴル。少し離れた所に最年長らしき少年が呆然と座り込み、ギーヴルの更に奥の壁には少女が一人張り付いている。血痕からして更に二人は居たようだが、恐らくは。


 そこまで思考を巡らせたヴィディーレだったが、頭を振って余計な考えを振り落とす。今は生き残りを助けることが先決。物事には優先順位があり、迷えば全てを失う。師に骨の髄まで叩き込まれたその言葉で余計な思考を片隅に追い出し、再び算段を付ける。


 「そこのへたり込んでるガキ!聞こえるか⁈」


 油断なくギーヴルを睨み据えつつ怒鳴る。反応がなかったため、危険を承知で一瞬だけ鋭い視線を少年へと飛ばす。そこまでして漸く気付いた少年はというと、ビクリと大きく体を震わせて、オドオドと視線を彷徨わせる。


 「え、あ、え、ぼ、ぼく……?」

 「お前意外に誰がいる⁈」


 鋭い叱声に、少年の体がますます縮こまる。本来ならば出来るだけ安心できるように、体の力が抜けるように話しかけなければならないのだが、生憎とヴィディーレにそれだけの余裕はない。ギーヴルの動きにいつでも反応出来るように全身に力を行きわたらせながら怒鳴る。


 「合図したら通路に向けて全力で走れ!途中でこのガキを渡すから引きずってでも一緒にこの広場から出ろ!」

 「む、むり!むりだよぉ!!」


 すすり泣く少年に怒鳴り返す。


 「怖いのは分かる!けどな!今はそんな事言ってられねぇんだよ!んな事してたら全員死ぬぞ!」


 "死ぬ"と言う単語に過剰に反応して肩を跳ね上げる少年に向けて叫び続ける。これ以上の犠牲者を出さないために。


 「死にたくなければ走れ!生きろ!足掻いて見せろ!そうしたら!」


 一旦言葉を切る青年を涙に濡れた瞳ですがるように見つめる少年。一瞬も視線をくれることなく、しかし、力強く青年が宣言する。


 「俺が必ず守ってやる。フォローしてやるから、信じろ」


 ハッキリと言い切ったその姿に、少年が微かな希望を感じ、唇を噛みしめる。それでも、少年の体はその意志を聞くことはない。動け、動け、と念じていた時だった。


 「グギャァァァァァァァ!!!!」


 雄叫びを上げた巨体が痩身の青年をめがけて突っ込んでいく。


 「おにいさんっ!!!」


 掠れた悲鳴が響く。顔を青ざめさせ、硬直する少年だったが、土ぼこりが晴れるにつれ、その瞳が輝く。上手くギーヴルの牙を剣で受け止めせめぎ合う姿が見えたのである。それまでは蹂躙されるのみだったが、あの青年がいるならば。無意識にそう思った瞬間。


 「走れっ!」


 背中を蹴り飛ばさんばかりの声に、少年の体が、弾かれたように飛び出す。視界の端に見えていた唯一の脱出口を目指しガムシャラに走る。


 「グワァァァァ!!!」


 背後で轟音が響き、地面が揺れる。それに足を取られ転びかけた時、グイッと腕を引かれ悲鳴を上げる。けれどもすぐに聞こえてきた声は。


 「しっかりしろ!走れ!」


 ヴィディーレの力強い声で。恐怖に固まりかけた体が力を取り戻す。ついでと言わんばかりに押し付けられる幾分か小さい体を何とか抱きかかえてよろめきながらどうにか広間から転がり出る。

あともう一人。ヴィディーレは気を引き締めた。




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