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決死の形相でCランクやその他の魔獣たちを追いかけまわしているその一方で、よろよろ起き上がった一人の男が怒声を上げていた。
「って殺す気かこの馬鹿っ!脳筋だ脳筋だってコイツの事罵倒する癖にお前も大概だアホ!」
「アハハハ。何となくやりかねない気がしてたけど、まさか本当にやるとは」
センシアとラフェである。一度ヴィディーレの本気を目にしているラフェは、攻撃の直前で咄嗟に防御態勢を取れたらしい。しかし、それ以外の者達は目の前の獲物に意識を向けていたのもあって、雷の副作用たる轟音と閃光をもろに浴びたらしい。死ぬかと思った、と虚ろな目をしている。
「なぁにが俺の平穏とジビエ料理を返しやがれだ畜生!言うに事欠いてそれなのか!こんな所で言うセリフじゃねぇだろ、せめて焼かれた村の恨み!くらい言いやがれ馬鹿!」
「やかれたむらのかたきだちくしょう」
「遅いわっ!ってなにこんな戦場で漫才してるんだ俺は!」
後ろから襲い掛かってきた魔獣の魔法攻撃をかわして槍を突き出すセンシア。ついでに槍を回して近くにいた別の魔獣にも攻撃を加える。絶え間なく攻撃を仕掛ける槍は無駄がなく、魔獣たちも攻めあぐねているようだ。
口を動かしつつ、それだけのパフォーマンスを見せるセンシアに拍手喝采のラフェとは逆に、ヴィディーレが撃沈している。
「なんかもう、俺、キャラが変わって来てる気がする……」
「なぁに。今更だ。アイツの傍に居れば、キャラ崩壊起こす奴なんてザラだぜ?」
ブンブンと大剣を振り回しながらラフェが笑う。センシアとは真逆で全く当たる様子のないそれに、ラフェは気にすることなく振り回し続ける。ちっとは真面目にやりやがれ、というセンシアの怒声は聞いていないようだ。
そのままそっぽを向いていたヴィディーレ。ああそれから、と言うラフェの一言に凍り付いた。
「あとで説教されるぞ。俺の作戦を台無しにするつもりかこのド阿呆ってな」
チラリとラフェが視線を向けた先に居るのは、戦況を監視しているであろう軍師のいる場所。離れているとは言え、すぐそこに居るのだ。彼にも多少の影響が出ているだろう。
恐ろしくご立腹な麗しい笑みを浮かべ、ありとあらゆる罵詈雑言を並べ立てているであろうことを想像し、ヴィディーレは汗を流し始めた。その様に、センシアは脱力し、ラフェはクツクツと笑った。
「さてさて。こっちもさっさと片付けようぜセンシア。援護する」
「……。ああ。なんかもう早く帰りたくなってきたからな」
そう言ってため息をついたセンシアは意味ありげにラフェを見やり。
「戦闘音痴と聞いていたが、ほんと援護しか役に立たないんだな。使い所が面倒だ」
「だから自己申告したじゃねぇか。役に立たないってな」
クラウ・ソラスを構えたラフェが、何処か悲し気な苦笑を漏らす。
――――――
「ラフェ。センシアの援護。お前たちでBランクを相手にしろ。俺は後ろで戦況を見る。合図を出したら――」
「……断る」
「何だと?」
淀みなく指示を出していたリートが眉根を寄せてラフェを振り返る。ここまで一切口を聞いていなかったラフェが険しい顔をしていた。
「お前とディーレが真っ先に乗る気になって始まった闘いだろう。仕事しろ」
「だが、今回は敵の増援がどこから来るかも分からないし、味方も多くはないがいる。だとしたら俺は後ろに下がってお前の護衛をする。軍師がやられたらお仕舞いだと言ったのはお前だ。どうせ戦闘能力がない俺では足手まといだろうしな」
「……合図を出したら、先程渡したもう一つの魔法陣を使え。強引な方法だが、手っ取り早い」
「リート!」
確かに今までの布陣で行けば、戦力を全て投入する形になり、リートを守る者がいない。そしてリートは戦闘に向かない頭脳派。忘れてた、とヴィディーレが天を仰ぎ、センシアが微妙な顔をしている。存在感がありすぎる癖に闘えないとかコイツ等ホントめんどくさいと内心で悪態をついていたが、次の瞬間、背筋が凍った。
「舐めるなよ馬鹿が」
リートが今まで以上に怒気をあらわに吐き捨てたのだ。お前があれ以来俺から離れない事に気付いていないとでも思ったか。苛立ちとともにそう零し、身に纏うその冷たい空気がヴィディーレ達をも圧倒する。
「自分の身くらい自分で守れる。貴様の力など必要としていないのだ。反論は聞かん」
そしてギロリとラフェを睨みつけると、すっと近寄り胸倉を掴みあげた。
「見失うな愚か者。罪悪感に駆られて大義を捨てるなど、俺の知っているラフェという男はそんな事をせんわ」
ぐいっとその体を押しやると冷たい目でラフェを見つめた。その強い視線に瞳を揺らしたラフェだったが、ふっと肩の力を抜いて、わりぃと苦笑した。
「どうもあの村の事件から調子悪くてな」
「知ってる。だが、忘れろ」
ふんっと鼻を鳴らすと、その胸に細い指を突き付ける。
「お前が仕上げだ。気を抜くな。脳筋は脳筋らしく闘いの事だけを考えていろ馬鹿」
そう言ってそのままラフェの耳に何かを囁きかけた。じっとその指示を聞いていたラフェが、ニヤッと吹っ切れたように笑って、やってやると呟いた。
「よし。行くぞ」
軍師の声を皮切りに、気配を消した冒険者達が一斉に動き出し、戦闘へと繋がっていく。
――――――
「ったく。なんか面倒なもんしょってるんじゃないだろうな」
「あはは。そこはまぁ流してくれやオヤジ殿」
「喧しい。俺はオヤジなんて呼ばれる年じゃねぇよ」
襲い掛かってくる魔獣をいなしつつ、会話をする二人。攻撃が全く当たらないくせに、躱す事だけはやたら上手いというアンバランスな闘いを見せるラフェを、不審者を見る目で見つめてくる。
「あははは。最初は防御も出来なくてリートに散々な目にあわされたもんで。結局死ぬ気で回避能力身に付けましたもの」
「……いや、聞いてないし、どっから突っ込めって言ってるんだこの馬鹿は」
なんかやりづらいと、内心脱力気味ながらも戦闘を続行しているセンシア。その間にも向かってきた爪を立てた剣でいなし、そのまま剣を振って牽制するラフェ。魔獣の意識を惹きつけ、その間に後ろへ回り込んだ別の者が着実にダメージを与えていく。
多くはない戦力で、多くはない敵勢を少しずつ少しずつ削っていく。チラリを周囲の気配を探りつつ、指示されたように草地の中心へと魔獣たちを追い込む様に剣を振るっていく。
タイムリミットは敵の増援が来る前。先だって雑魚清掃隊が連絡役たるワーウルフを排除していたはずだが油断はできない。じりじりと追い詰めつつ、リートの合図を待つ。ヴィディーレも、先程の攻撃から回復し始めたワイバーンが起き上がるのを見て、デュランダルを回収するために隙を伺う。
その時、魔獣たちの動きが一瞬止まった。