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調査を終了したリートたちを待って、街中の冒険者が集められた。先日の緊急招集に応じたパーティーを始め、その時クエストなどで外に出ていたパーティーが幾つか。すでに噂などの形で事件の事を知っているのだろう。誰もが険しい顔を隠せない。
そんな中で、リートとラフェは丸テーブルの一つを陣取っていた。ラフェは頻りに視線を動かして落ち着かない様子だ。とはいっても、それはヴィディーレが冒険者として腕が立つから気付いただけで、普通に見ればただリートに張り付いているように見えるだろう。
そのリートはというと、この近辺を模写した地図を広げ、トントン、と細い指で叩いては何かを考えているようだ。
「リート。ラフェ」
「お、お疲れディーレ。終わったか?」
「ああ。何処かの誰かが逃げたせいで散々だったぜ」
暫くすると、奥からヴィディーレと何人かの冒険者が現れた。少し言葉を交わすと、一人で二人の方に歩いてきたヴィディーレ。声を掛けるも、応じたのはラフェ。嫌味を混ぜ込みつつリートをチラリとみるが、反応無い。
一瞬ヴィディーレにも警戒した様子を見せた気がしたラフェだったが、次の瞬間には何事も無かったかのように笑う。見間違いだったか、とヴィディーレは気にしない事に下。
「そう言うなや。俺たちみたいなのが説明するより、発言力のあるお前の方が適任だっていう判断だろ」
「それにしても俺たちには分からない事が多すぎる。コイツの事だから何かしらの仮説を立てているだろうに。その情報の方が欲しい」
「うーん。今は無理だろうな。何せ、こんなんだから」
そう言ってラフェは残った竹串をリートに向けた。至近距離で話をしているにも関わらず、全く反応なし。地図を見つめる視線は、しかし焦点が合っておらず地図を見ているのかも定かではない。
「考え中は絶対に何事にも反応しないからなぁ」
「……お前はその間を守る護衛ってか?」
「ご明察」
パチパチと手を叩かれ、その頭をひっぱたく。痛い、と大げさに悲鳴をあげるラフェを半眼で見やる。護衛として成り立っているのかねぇと思いつつ、ふと周囲の者達がざわめいたのに気付き、視線を巡らせる。皆が見つめる先に、インハーバーの姿があった。
先程の話合いの後、職員を交えてちょっとした話し合いをしていたはずだが、終わったのだろう。即席で作られた演台に大柄な元冒険者が降り立った。
「さて、先ずは急な招集に応じてくれた事を感謝する。すでに聞き及んでいる者も多いだろうが、厄介な問題が発生した」
重々しく話し始めたインハーバーは、リートと以前整理した街の状況を伝え、先の事件の詳細とヴィディーレ達が報告したそこからの考察を淀みなく説明していった。話が進むにつれて、徐々に冒険者たちの顔が強張り、ひそひそと話合う声が出てきた。
「現在分かっている情報は以上だ。不幸中の幸い、とでも言うべきか、先程述べた一件で他の街のギルドに応援要請する事が出来る。すでにその手続きは始めている。しかし、ここから近いギルトであっても、ここまで何人もの冒険者が来るにはある程度の日数が必要だろう。そこで頼みがある」
そう言って、歴戦のギルドマスターは、ゆっくりと会館の広場を見渡したかと思うと、徐に頭を下げた。
「力を貸してほしい。このウヌスを守る為に。ウヌスを頼りとする周辺の村の為に。お互いに協力してきた仲なんだ、俺たちは彼らを守る義務がある。だが、冒険者は本来自由を生きる。強制する事はしたくない。だから、依頼する。力を貸してくれ」
真摯に頼み込むギルドマスター。場所によっては威張り倒すのがギルドマスターと勘違いする所もある中で、インハーバーは頭を下げてでも助力を乞うた。その姿勢に協力を叫ぶものもいた。その多くが先の事件を目の当たりにした者達だ。
しかし、戸惑い、ウヌスを去る計画をするパーティーの方が多い。当然だ。何せ、どうして魔獣が多いのかもわからず、いつまで戦えばいいのかも分からない。端的に言って、勝利条件が余りに朧すぎる。乗る方が割に合わない。無理からぬことだろう。それが分かっているから、インハーバーは彼らに協力を強いる事が出来ないのだ。ヴィディーレはぐっと拳を握った。
「俺たちは冒険者だ。自由に世界を旅して、適当にクエストして、金を稼いで観光して、また旅に出る。自由の代名詞だろう」
一歩前に出たヴィディーレが声を張り上げる。ざわついていた室内が静まり返り、何事かとヴィディーレの方を振り返る。訝し気な視線も多い中で、ヴィディーレは声を上げ続ける。
「俺はAランクのヴィディーレ。流れでこの件に関わってる。先の事件でも被害に遭った村に行っていた者だ」
Aランクの申告に、何人かが驚いた顔をし、不透明な戦力に予想以上の実力者が混じっている事に安堵した。少し顔付きの変わった彼らに頷きかけ、訴える。
「俺たちは確かに自由に生きている。でも、それは俺たちの自由を支えてくれる者たちがいてこそだ。この街だってそうだ。俺たちに宿を提供し、苦しい中で食まで提供してくれる。金を対価で支払っているのかも知れない。でも、仕入れた食材を自分達が食べる分にせず、俺たちにまで分けてくれている。その時点で、俺たちは彼らに世話になっていると言えないか?」
ざわざわとざわめく室内を見渡し、もう一押しとヴィディーレは問いかける。
「俺たちは自由だ。だが、自由には責任が付きまとう。魔獣の対処は俺たち冒険者の仕事で責任だろう?そこから逃げ出して冒険者を名乗れるか?」
一人、また一人と戦うべきだという声を上げる。声を上げずとも、その瞳に宿る色は煌いている。確かな感触を経て、ヴィディーレは最後の後押しを始める。
「だが、不安なのはよく分かる。第一に、敵の姿が不明瞭。魔素溜りだと思われていた問題が、そうではないと知って、対処方法も分からなくなっている。第二に、いつまで戦い続けなければいけないのかも分からない。それじゃあ士気が下がるのは当然だ」
その通り、と頷く彼らが期待を込めた目で見つめてくる。解決策はあるのか、と誰ぞが叫ぶのに対し、ヴィディーレは頷く。
「悪いが、俺にはその解決策を提示する事が出来ない。だが、その代わり、その解決策をひねり出せるであろう人物に、もっと言うならば、この状況を最も把握し何が起きているかを正確に把握しているであろう人物を知っている。ソイツを軍師として指揮官に推薦し、俺からの誠意としたい」
あまりに潔い他人任せ宣言に、驚いたようだ。それで大丈夫か、とざわめく中、何人かの冒険者が前に出た。
「お前さんが言うのはあの美人さんだろう?鱗片しか見てないが、確かに頭は切れるだろうさ。ハッキリ言ってこの状況じゃ彼に任せるのは妥当だろう」
「俺たちは闘う事しか出来ないので、指示を下さい!」
「適材適所ってヤツだな。どんな指示でもやって見せる。どうすればいい?」
リートと共に調査に出ていた者達が、一斉にヴィディーレを支持し、指示を求めた。彼らの中にはこの地に根付く者もあれば、このギルドでは名が通っている者もいたのだろう。驚愕も混ざった視線が行きかい、この分だったら、と希望を見始める。
「このあんちゃんみたいに難しく考えるなや。冒険者としてカッコよく街救って英雄って呼ばれようぜ。その方がすかっとしてカッコいいじゃんか」
ニヤリと調査を共に行った壮年の槍使い冒険者が笑って、仲間達を煽る。徐々に賛同の声が高まり、ギルド会館をその雄たけびで揺らす。びりびりと揺れる空気に、その冒険者とヴィディーレは顔を見合わせて笑みを交わした。
「改めて。センシア、Bランクだ。よろしく」
「ああ。助かった」
手短に名乗ってきた男と握手を交わす。援護に感謝すると、鷹揚に頷かれる。経験者のなせることか、器が大きい。こういうタイプがいると助かる、と思っていた時だった。
「って何が起きてるんだ?」
呆然とした声に振り替えると、椅子からずり落ちかけた姿勢で固まったリートがポカンと口を開けていた。やけにやる気になっている冒険者たちを見つめ、呆気に取られている。漸く戻って来たか、とラフェが笑っている。
「と言う訳で、頼んだぞリート」
「いや、全く意味が分からない」
「冗談。この状況見ればわかるだろう軍師殿?」
丸投げ宣言にすかさず反論されるが全く歯牙にもかけられない。絶句している中で、ヴィディーレは冒険者たちに向かい、リートを指さした。
「件の軍師、リートだ。突拍子もない発言と毒舌がデフォルトで、発言毎に殴りたくなるか自尊心を根こそぎおられるが、実力は折り紙付き。黙って従うのが一番傷が浅いとアドバイスしておく」
「ディーレ君。どうやら一度君とは膝をつき合わせて話をする必要がありそうだな?」
褒めているのか貶しているのかよく分からない説明。しかも何処か不穏。黙り込む冒険者の一方で、蟀谷に青筋を立てた件の軍師が。どうしてくれようか、と本気で頭を動かしているのを見たラフェがどうどう、と落ち着かせに動く。その眼前で腕組みをしたヴィディーレは半眼になって言い放った。
「事実だろう」
「ほぉ。良い度胸だ覚えておけ」
「悪いが俺の性能の悪い頭では覚えてられん」
いつかの仕返しだ、とばかりに切り捨てると、真剣な表情でリートに手を伸ばす。不貞腐れた表情でソレを眺めるリートに尋ねる。
「お前の事だ。仮説に加え、策も立てているのだろう?俺たちを好きに使え」
「俺の本職は薬師だが?」
「状況でコロコロ変えんな面倒くさい。前に本職が軍師って言ってたの覚えてるからな」
往生際悪いぞ、と悪態をつき、そのほっそりした白い手を無理やりに取る。傷を付けないように気を付けつつ力を込めて引っ張る。
「コレは冒険者の闘いだ。そう言えば満足か?」
「……全く面倒な奴だ」
ため息をついたリートは渋々と言った体で立ち上がり、蟀谷を揉んだ。面倒そうな顔で冒険者たちを睥睨し、腕を組んだ。
「準備に一時間程度かかるだろう。その間に各自の準備。闘いに参戦する者は、名前とランク、ポジションと得意技を申告の上、準備して来い。一時間後にこの場所に再集合。その際に作戦の詳細を伝える」
冒険者達が雄たけびを上げる。煩そうに耳に指を突っ込んでしゃがみ込んだリートだったが、ただし条件がある、とそれに負けないように全力で声を張り上げる。どうにか鎮まった事を確認して、冷やかに告げた。
「やるからには徹底的にやるつもりだ。その際に重要になるのは正確さと素早さだ。と言う訳で、場合によっては面倒な説明質問を省く。どんな命令でも黙って従え。一度でも駄々をこねる事は許さん。それが出来ないなら出て行け」
ギロリ、と睨みつけて牽制すると、解散だと手を振った。そしてリート自身はギルドマスターの方に歩き始める。その途中で職員に視線を送ると、我に返った一人が、声を張り上げた。
「参加される方は、受付に来てください。先程軍師殿が言われた項目を紙に記入して準備に入ってください!」
それを皮切りに皆が動き出し、闘いへと向かい始めた。