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翌日。一行は二手に分かれた。一方は生存者を連れて帰還するグループ。もう一方は周辺の調査をして帰還するグループ。皆の意見からリートは薬師として生存者に同行すべきとなりかけたが、ストップをかけたのはヴィディーレだった。
「悪いんだが、ソイツは薬師兼軍師でな。調査にその豊富な知識と洞察力が欲しい」
「俺もその案に賛成だ。俺の知る限り、この手の調査でもっとも成果をあげるのはリートだ」
ラフェも賛同し、結局押し切られるままに、リートも調査組へと配属。森に分け入る事になった。
「で、どうする軍師?何か策は?」
生存者護衛組を見送り、他の仲間を集めたヴィディーレはリートに尋ねた。先程から白い指を小さな顎に当てて何事かを思案していたリートは、一瞬だけ顔を上げたが、すぐに目を伏せた。
「ない」
「っておい」
あっさりと見捨てられ、がっくりと沈み込むヴィディーレ。周りの視線が若干痛い。真面目な話をしているんだが、と喚くもリートは煩そうな視線を向けるだけ。
「だから言っているだろう。お前たちは自分の仕事をしろ」
「……?」
ピタリと黙り込んだヴィディーレがリートの顔を窺う。その表情は投げやりでも何でもない。となると、何か別の考えがあって指示を出しているのだろう。
「俺たちはただ魔素溜りを探せばいいと?」
「正確には、魔素溜りにはあまり興味が無い。この周辺を探して、動き回れ。魔獣にエンカウントしたら、種類と数を報告しろ。それだけでいい」
あまりにも雑な指示に冒険者達が戸惑い、ヴィディーレに指示を仰ぐ視線を向けてくる。そんな彼自身も、魔素溜りに興味が無いという台詞に戸惑っていたが、意識を切り替える。そんな所で引っかかっていてはリートに置いて行かれる。皆の顔を見回し、頷きかけた。
調査が始まった。
―――――――――――
「Eランク!エンカウント!数は5!」
「こっちはDで3匹だ!」
あちらこちらで残党と思われる魔獣と遭遇する。とても数が多すぎて魔素溜り探しどころではない。お互いに背を預け合って守り合いながら、徐々に進んでいく。
「おいおい。冗談じゃない。増えてるとは聞いていたが、ここまでなんて想像してなかったぞ」
「ああ。まるで魔素溜りを探させないようにも感じるな」
壮年の槍使い冒険者と息を合わせて魔獣を屠りながら、意見を交わす。はっとした表情でこちらを見てくる彼に、険しい顔を見せる。その会話が聞こえていた周囲の者達にも動揺が走る。このまま魔素溜りが見つからなければじり貧だ。後から後から滲む汗をぬぐい、ヴィディーレはマップを引っ張り出す。
「つっても、なんで見つからないんだ……?!残りこれだけしかないのに見つからないとか、どれだけ運が無いんだっての」
「あるいはそうではないのかもな」
「リート?」
ゆっくりと後方から歩み寄ってきた軍師が、切り捨てられた魔獣の傍に片膝をつき、観察している。その表情は今までで一番固い。じっくりと観察していたが、優雅な動作で立ち上がり、ヴィディーレを鋭く一瞥した。
「皆に声を掛けろ。街に戻るぞ」
「は?」
そのままさっさと背を向けて馬にまたがるリート。冒険者達も、慣れてきたとは言えいきなりの方向転換についていけないようだ。動きが固まっている。慌ててその細い背中を追いかけると、そのまま追い抜いて前に立ちふさがる。
「ちょっち待て。説明」
「面倒……」
「なんて言ってる場合か!俺たち何が起きてるのか全く理解できてないんだ。お前のよく回る頭を全員持ってる訳じゃないんだから、せめて突拍子もない事をするなら説明しろ!そうでなければ動き様がない!」
「兵士の仕事は黙って動くことだが……分かったその視線を止めろ」
何がなんでも吐いてもらうぞ、と座った目を向けられリートはため息をついた。面倒だから簡潔に話す、その足りない頭に刻みつけておけ、と毒を吐くとピンと指を立てた。
「何度も言っているが、今回の件において俺は魔素溜りに興味はない。何故だかわかるか?」
「それが分からん。魔獣の大量発生と言えば魔素溜りだろう。見つけなければならないと思うのは当然だ」
「ああ。それが定石だからな。だが、あくまで定石だ。物事には例外がある」
すっと指先を魔獣の死骸に向け、リートは疑問を呈する。
「ここでクエスチョン。先程まで、何度も戦闘が起った。この戦いに関して、なにか違和感を持ったヤツはいないのか」
あまりに抽象的な問いに対し、皆がその指先を無意識に視線で追いかけ戦闘を反芻する。だが。
「弱いヤツ、としか思わなかったんだが」
「俺も」
ぼそぼそと声が上がる。困惑気味に顔を見合わせていたが、その内の真っ先に声を上げた年若い冒険者に向けてリートの指先が突き付けられる。
「ザッツライト。その通り、弱すぎる」
「は?」
そりゃそうだろう、DランクEランクなのだから、と顔に書く彼ら。まだ分からないのか、とリートは不機嫌そうに言う。
「ディーレ。魔素溜りが発生しているだろう可能性がある場所は?」
「?既に調査済みの所が大半だから、マップからして、未調査のこの辺にある……はず……」
条件反射的に質問に応えたヴィディーレだったが、ふと自分の回答に引っかかりを覚え、思考し始めた。何が引っかかった、と自問自答していると、リートがもう一問出題してきた。
「愚か者どもにサービスだ。クエスチョン。魔素溜り周辺の魔獣はどうなる?」
それを聞いた瞬間に、察しの良い者達が何人か顔をあげ、青ざめさせた。その内の一人であるヴィディーレも、どうして気付かなかったのかと愕然としている。
「魔素溜りがある場所の魔獣は強くなるのが一般的。それがギルドが警戒し、さっさと解決を図る理由。なのに」
「そう。魔素溜りがあるだろうこの周辺ですら、このザマだ。ランクが低い魔獣でも疑似的に一つから二つランクが上がるのが、それこそ定石。なのにもかかわらず、コイツ等はあくまでレベルに見合った力しか持ち得ていない。どうして低ランクの魔物しか出てこないのだろうな?」
そこまで来て、事の異常さが分かったのだろう。冒険者達が色めき立つ。その過程で行けば、魔素溜りが存在しないという事になる。そうでなければ辻褄が合わない。だが、それではどうして魔獣が大量発生しているのか。全く読めない状況に置かれている事を理解し、冒険者達の警戒が最大にまで引き上げられる。
縋るような眼差しを受け、心底嫌そうな顔をしたリートは渋々口を開く。
「仮説にしか過ぎないがな。とある若い冒険者がなかなか面白い事をさっき口走っていた。それが正解かも知れんぞ」
そう言って視線を向けた先に居たのは、先程リートの問いに真っ先に応えた青年。多くの視線に晒されたじろいでいる。しかも身に覚えのない話付き。汗を流して記憶を遡っている青年に背を向けたリートは、街に戻るぞともう一度声をかけた。
「警戒され様子を見られているようだ、だと。なかなか面白い事を言うと思わないか?」
そう言うや否や、リートは馬に命じて走り出した。キャパオーバーで凍り付いていた男たちであったが、見送って暫くすると、はっと我に返りリートの後を追った。
既に事は彼らの想像を超えている。ここはリートに従うべきだ。男たちの意見は一致した。