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「へ?」
間抜け面だな、とラフェの顔を見て馬鹿にすると、いいかと言って指を一本立てた。
「第一。ウヌスに居る人間が自棄に少ない、というか覇気がない。落ち着いていると気力がない、は似て非なるもの。一緒にするべきではない。
第二。ウヌスの名物はジビエ料理。そこの自称食道楽が釣られるくらいには有名だ。だが、ここに来て数日たつが、名物料理は一切口にしていない。売っている様子もない。それが無ければ経済に大打撃だろうに、だ」
「たしかに。どこにでも売っていそうなモンばっかだったな」
背後で伏している青年を一瞥し、鼻を鳴らす。確かに、と今まで見た街の光景を思い返しラフェが頷く。
「第三。猟師ってのは、猟銃を持っていればどうにかなるわけではない。なにせ、肉の臭みを出さないように血抜きその他諸々をその場で行わなければならないし、不測の事態においては戦闘能力、あるいは逃走能力が必要になる。
しかし、そこのジジイはどうだ。猟銃はよく手入れされてジジイの物だと言う事、もっと言うなら相棒とでも呼ぶべきものであろうことは想像がつく。持ち物、立ち振る舞いからしても、熟練の猟師だろう。にもかかわらず、そのジジイは痩せ細って到底狩りが出来るとは思わん」
今度はセネクスの全身をさっと眺めたリートが指を振り回す。確かに、筋骨隆々出なければ猟師になれないと言う訳ではないが、セネクスは痩せすぎている。まるで満足に食事がとれていないように。そんな状態で森に入って元気な獣を相手にするなど自殺行為だ。
黙りこくるセネクスを見る限り、その事を理解しているのだろう。リートが最初にセネクスを見た時に浮かべた嫌そうな顔はこの所為だったのか、ラフェはやれやれとため息をついた。
「第四。俺たちがこの森に入って遭遇した魔獣は平均D……いや、Eランクだろう。つまり、弱すぎる。なのに、このジジイを襲っていたのはCランクのワーウルフだと?弱いものを狙うのは定石だが、余りに整合的過ぎる。気持ち悪い」
「……最後だけやたら雑というか感情的だな」
「お、復活したか」
ようよう呻き声があがって、リートに影が差す。どんよりと今にも死にそうな顔色で背後に立っていたのはヴィディーレ。呑気に声を掛けてくるラフェに殺気をお見舞いし、どさっと座り込む。
「いつかリートに殺される気がする」
「良かったな光栄に思え」
「全然嬉しくねぇ」
軽く舌戦をしつつ、取り出した水を煽っている。ようやく一息ついた彼は、ぎろっと軍師を睨みつけた。
「で、最後のヤツはどういうことだ?」
「お前も言っていただろう。この森は弱い魔獣しか出てこないから楽だ、と。俺から言わせれば、いっそ安全だと思わせられてる気分だ。なのに、左程遠くない場所ではCランクが群れを成して狩りをしていた。おい、ジジイ、今日あった魔獣は奴らで何匹目だ」
「……一番初めにあったやつだ」
「益々面倒なにおいがする。まるで、狙う相手を決めていたかのよう。気色悪い」
「考えすぎ、偶然の可能性は?」
「十全に。むしろ、そうであってくれと思いたいくらいだ。だが、不信な点がこうも続いては気になるのが人情だろう」
考えうる可能性は全て考える、というのがリートの闘いかた。そしてその勘は鋭い。確かに言いようのない不自然さは肌で感じていた、とヴィディーレは思い、更に問いかける。
「で、そこから導き出せる仮説は?」
「ちょっとは頭を使え。脳筋に足を突っ込んでいるぞ」
それは嫌だ、と顔を引きつらせるヴィディーレに対し、ちっちっちと指を振ったリートはため息交じりに応えた。
「第一から第三を纏めて考えると見えてくるものは、ウヌスには今、商品となるジビエ料理がない、出せない状況だという事。
もっと言えば、その原因は恐らく、材料となる獣の肉が手に入らないという事。何等かの原因で、狩りが上手く行かず、名産を提供できず、金が回らないという経済的問題に到達。それが導くのは、金が無くなり食に困る生活だ。だから、このジジイは危険を覚悟でここに居る。自分の食い扶持を稼ぐ為に」
黙って聞いているセネクスの表情を見る限り、その推測は大きく外れていないようだ。悔しそうに唇を噛みしめている彼を見て、リートは大きく外していないようだな、と呟いた。
「で、そこに第四を加えると、何等かの問題が魔獣に発生し、そのイレギュラーな動きによって、猟師の狩りが上手く行かなくなり、先述の悪循環を巻き起こしているって所だな。これに関しては情報が足りなさ過ぎて憶測にすぎん」
そして、と一旦言葉を切ったリートはひょいっと肩を竦めて軽く言い放つ。
「行きつく先は、全滅だな」
全く軽くない予測を。
「で、どうなんだセネクス爺」
思った以上に深刻な状況であることに気付かされたヴィディーレが顔色を変えて詰め寄る。ここで間違っていれば、リートを揶揄うだけですむ、と思ているのだが、その一方でリートが状況を見誤るという事も目にしたことはない。例えそれが短い旅路であっても。
「……ああ、その綺麗な兄ちゃんの言う通りだ」
「おい」
「はい、リート一旦ストップ」
絞り出されたその言葉に真っ先に反応したのはリート。今なんて言いやがった、とそれは麗しい笑みを浮かべたのを見て、ラフェが割って入る。今大事なお話の最中だから、落ち着いてね?と子供に言い聞かせるようにされたリートがキャンキャン喚いているが、そこは無視。詳細を、と促され、しぶしぶ口を開く。
「最近、やたらと魔獣どもが増えたんだ。お陰で、猟師たちの猟が上手く行かなくなってな。名物が出せねぇって事で観光客も減るし、それの所為で金が無いって苦労するヤツも増えた。
俺たち自身、売り物が手に入らないから金が無くなる一方。今じゃ食うもんにも苦労してる始末だ。兄ちゃんの言ってる事そのものさ。ついでに言うなら、このまま行ったら猟師が猟出来なくなる。仲間で死んじまったヤツもいれば、体力と筋力が衰えて狩りを諦めたヤツもいる」
「冒険者ギルドはどうしている。魔獣の大量発生は俺たち《冒険者》の管轄だろう」
「ああ。だが、さっきから言っているが、なにせ外部の奴らが寄り付かなくなってんだ。当然、高ランク冒険者も来なくなっちまった。戦力的にどうしようもねぇのさ」
アンタは強いみたいだが、アンタみたいなのは久々だ、と疲れ切った顔でセネクスは首を振った。その力ない様子に、ラフェが息をのむ。
「だが、クエストとして大量発生を食い止めるという事も考える事が出来るはずじゃねぇか?ギルド会館同士のパイプもあるだろう?」
「そんな事は知らねぇさ。俺たちだって、頼んでるんだ。けど、アイツらは動いちゃくれねぇ」
どうしろってんだ。そういってセネクスがその皺だらけの手のひらに顔を埋める。細かく震えるその肩が、彼の心情を物語っている。黙りこくってしまったラフェをヴィディーレを前に、ふふん、と薄い胸を張ったリート。
「と、言う訳で俺の回答は、聞いて苦労するでもなく、聞かずに苦労するでもなく。頭を使って状況を読んでさっさととんずら、だ。ラフェ、帰ったらすぐにここを出る準備をするぞ」
やたら得意げにドヤ顔をするリート。しかし、彼とて読み違いをすることもある。すぐにわかった、という返事が来るだろうと視線を向けて絶句した。なにせ、謎のやる気に満ちた精悍な顔が二つ。
「何を言っているんだ、リート!困った人がいたら助けるのが冒険者だ!」
「その通りだラフェ!この森で起きた異変がジビエ料理に影響してるってなら、解決すれば食えるんだろ?やるっきゃねぇじゃねぇか!」
「は?」
どうやら正義感に燃える馬鹿の情熱と名物を食べられない自称食道楽の恨みはリートの予想のはるか上にあったらしい。呆気にとられ、すぐにリートは頭を抱えて蹲った。
「マズった……」
思考に没頭すると、ついつい些細な事を見逃してしまうリートの悪い癖。思考の整理のつもりで話した内容が彼らに火を付けてしまう、という簡単な事を予想できなかった自分を、全力で罵倒したくなった。
「この脳筋と自称食道楽め!」
「何とでもいいやがれ、毒舌軍師め」
付き合ってもらうぞ、とそれはいい笑顔で言い切られ、リートは珍しく絶望した顔をした。