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「で、まさか金が無いとは思ってなかったが?」
「いや、あるはずだって。何せリートはぼったくり薬師」
「何か言ったかどんぶり勘定の単細胞」
街の様子や二人の違和感など、吹っ飛んだ。ヴィディーレはがっくり項垂れたまま、二人と共に森を歩いていた。
――――――――――
買い物に出た三人。さっさと目的の物を買い占め始めたヴィディーレ。その脇で、同じように買い物をしていた二人だったはずなのだが。
「買う気があるのかないのかどっちなんだ?!」
「あるに決まってるだろう!単純に高すぎるって言ってるだけだ!」
「んだと?!これ以上は赤字だ畜生!」
なぜか始まる舌戦。慌てて様子を見ると、もはや何処を見ているのか分からない、彷徨うラフェの茫洋とした瞳を見つけ。その前では、絶世の美貌を不機嫌そうに歪めた佳人と、頭から蒸気が出ているのではないかと思うくらいに顔を赤くした店主。目を離した一瞬で何やってやがる、と内心絶叫し聞いてみた曰く。
「俺の店を潰す気か!」
値切り交渉をやりすぎたらしい。慌ててヴィディーレが建替えラフェがリートを回収して撤退したのが先程。
「金ならあるだろうがぼったくり薬師!」
「希少な薬草は高いんだぞ。それ以外にも入用なんだ。金など幾らあっても足りん!」
「とか言って本当はケチってるだけじゃないのか守銭奴!」
「お前に分かるかラフェが腹減ったとそこら中の食い物を買い占めているその姿を見る俺の気持ちが!」
嫌に切実な顔で叫ばれた。しかも、その背後ではいい匂いに釣られたラフェが焼き串をやたら買い占めている姿が。
「目下の問題は、金欠なんだよっ!」
「ああ、なんかもう、なんで俺はこいつ等に付き合ってるんだ……」
何度目か分からない嘆きが、ヴィディーレの口から洩れた。
――――――――――
そんなくだりがあり、結局そのままギルトに直行し、依頼を受けることに。俺には関係ない、と逃げようとしたヴィディーレだったが、リートが逃がしてくれるわけもなく。結局口八丁手八丁で丸め込まれてここに居る。どうにでもなれ、と自棄っぱちである。
「今回は薬草採取か?」
「ああ。ここらに希少な薬草も生えてそうだしな。ついでに依頼も達成できれば一石二鳥だ」
「ちゃっかりしているというか。つか、希少な薬草が生えてるっていつ調べたんだ?」
「以前に読んだ本に書いてあった。気象条件的にも満たしてるしな」
サクサクと進みながらリートの案内で先に進む。途中、何度か魔獣に出くわしたが、ヴィディーレがさっくりと切り捨てた。
「ここらは弱いヤツが多いな。楽で助かる」
「何処かの馬鹿が打ちひしがれているがな」
「ほっとけ」
後ろでいじけている男が一人。敵が出てくるたびに目を輝かせて突進しようとするが、戦闘音痴に付き合ってられぬとその前にデュランダルが一閃。結局何もできず、脳筋としてはつまらないらしい。恨めし気な上目遣いが向けられる。
「うわ、鳥肌」
「ちょっと一回話合わないかディーレ?!」
青ざめた顔で腕をさするヴィディーレに、ラフェが泣きそうな顔をする。しかし、その次の瞬間、二人そろって身を翻した。
「どうした」
「悲鳴が聞こえた」
「あ、おい!」
端的にラフェが答え、パッと走り出した。慌ててヴィディーレが声を掛けるも、止まる事無く姿を消す。リートを見やるとあっさり肩を竦められた。
「甘い奴でな。ほっとけないのだろう。あれでも長所だから責めるなよ?」
「ちょっとは手綱握っとけ!」
全くいさめる様子の無い彼を怒鳴り飛ばすと、諦めて後を追う。すぐ後ろにリートがついてきている事を確かめながら。問題の場所は、そこからさほど遠くない場所だった。
極近くまで駆け寄り様子を窺うと、猟銃を持った老人が一人へたり込んでいた。先程の悲鳴はこの老人の者だろう。その前には大剣を構えたラフェが。剣をデタラメに振り回し、魔獣の群れを牽制している。
「チッ!」
しかし、ラフェの力ではこの状況を打破できない。一瞬でその結論に至ると、ヴィディーレは飛び出した。敵は全部で七体。ワーウルフ。Cランクだ。見た目は狼そのもの。一説にはワーウルフに噛まれた人間がワーウルフとなるとか。
ちらりと老人を確認すると、腕から血を流している。ヴィディーレと同時に飛び出したリートが老人に駆け寄り様子を見ているようだ。視線に気づき、手を振られる。
「ワーウルフに噛まれるとワーウルフになるというのは都市伝説だ。単純に狂犬病を発症して暴走するからそんな噂になったといったところだろう。そっちをさっさと片付けろ」
「了解。ラフェ」
「ああ」
すっとリートたちの傍まで下がったラフェが戦場を見渡せる体制で警戒する。戦闘能力に関しては壊滅だが、索敵に関しては問題ない。背後を気にしなくていい事を確認して、デュランダルを構える。
グルルルル。
一体が唸りながらにじり寄ってくる。油断なく観察していたが、くっと目元に力を入れたヴィディーレが一気に距離を詰める。虚を突かれた一瞬で一体目を横薙ぎで屠る。構えが解かれた瞬間を狙って左右から同時に襲い掛かってくる。
前進した勢いを殺さずそのままもう一歩前に出ると、横薙ぎにした剣の勢いを利用して回転、振り返るとそのまま目の前に丁度爪をたてて着地した一体の首を落とす。殺された仲間を目隠しに飛び掛かってきたもう一体を返す剣で切りつける。
「まずは三体」
声に出して状況を確認しつつ、ワーウルフの位置を確認する。残り四体。二体は三人を挟み撃ちにするように周辺をうろついている。しかし、そちらはラフェの威嚇で攻めあぐねているようだ。だとすれば残り二体を優先する。視線を戻すと、目の前に一体。
「もう一体が確認できない場合は背後からってのが相場だな」
誰とはなしに呟きながら、背後の気配に合わせて、脇からデュランダルを真後ろに突き出し、ワーウルフの腹に思い切り突きさす。そのまましゃがみこみながら腹を引き裂いて確実に仕留める。そして、そのまま爪先に重心を乗せると、なめらかな動作で地をすべるように蹴る。
そのまま残り一匹に肉薄すると再び横薙ぎに仕留めようとするが、流石に同じ手は通用しないらしい。同じように前に飛び出してきたせいで間合いが狂い、ヴィディーレの攻撃が一瞬遅れる。咄嗟に片足を地につけ軸足にすると、突進のスピードを回し蹴りに転用する。
上手く腹にクリーンヒットし、ぎゃんと悲鳴をあげてもんどりうつワーウルフに改めて近づきデュランダルをつき下ろす。一瞬の痙攣を経て動かなくなった事を確認して振り返ると、残り二匹となったワーウルフがペタリと地に伏せ、ヴィディーレを警戒していた。
「さて、残り二匹っと」
チロリと唇を舐めて勢いよくデュランダルを引き抜く。ぱっと振って血を振り払うと、どちらから仕留めようかと思案する。しかし、劣勢を悟ったのか二匹は視線を交わしじりじりと後退すると、パッと身を翻して去っていった。
「流石獣。引き際は分かってるか」
「ずりぃの。俺もやりたかったなぁ」
「言ってろ」
羨ましそうな視線を向けてくるラフェに肩を竦めて見せると、すっとデュランダルを鞘にしまう。何のかんの言いつつも、自分の欲を優先せずに状況にあわせて動けるラフェ。つくづく戦場を知っている。一瞥するとニヤッと笑われた。食えない男だ。
「痛ってぇなぁ」
「我慢しな」
その足元では怪我をした老人にリートが治療していた。丁度終わったようで、きつく結んだ包帯によって圧迫されて傷んだのだろう。呻く老人に取りつく島もなく吐き捨てるリート。さっさと道具をしまう彼を、礼を言わなきゃならないが、無礼すぎてどうしてくれようと言った顔をしてみている。ヴィディーレとラフェは顔を見合わせて苦笑した。
老人の葛藤は非常によく分かる。何せ、実体験済みだから。二人の声にならない訴えが重なった。