18
さっさと歩くラフェに追いつくと、ヴィディーレは何を言うかと口ごもる。それに先んじて、ラフェが何時もの様に笑う。
「さぁて、何とか剣も返してもらったし、どうすっか」
「クラウ・ソラス、か」
何となく剣の銘を呟くと、ラフェが切なそうに笑う。
「そ。クラウ・ソラス。いい名前だろ?でも秘密な」
その笑みに疑問を飲み込んで苦笑する。探られたくないことくらい人にはある。話を逸らそうと思った事を口に出す。
「プエルの家、この近くだし、母親の様子を見がてらぼったくり薬師の顔でも拝みに行くか」
「頼むからソレ面と向かって言うなよ?」
虚ろに頼んでくるラフェ。ヴィディーレは吹き出すと進路方向をプエルの家へと向ける。
すぐにプエルの家が見えてきて丁度ぼったくり薬師、もとい、リートが家から出てきた所だった。声を掛けると、コトリと首を傾げる。その様だけ見ていると本当に美人だ、と思いつつ近寄る。
「マーテルさんの様子はどうだ」
「かなり良くなった。もう特に心配はないだろう。そろそろ俺も離れて大丈夫だ」
力強い言葉に安堵の息をつく。ラフェも安心したように笑い、リートの頭をわしゃわしゃと撫でる。嫌そうな顔をしつつも、何処か嬉しそうにその手を受け入れているリートに、こんな顔もするのかと思いつつ、疑問を解決することにする。
「なぁ、いい加減ダンジョンから脱出出来たワケを話してくれね?」
「めんどくさい」
「後学のためだ。付き合え」
嫌がられるのは想定の内。なんとしてでも付き合ってもらうぞ、と仁王立ちすれば諦めたように近くの噴水広場へと誘われる。早朝の為まばらな人影を見つつ、噴水の脇のベンチに腰を下ろし、話せとせっつく。
「まず違和感を持ったのは、クエレブレの行動だ。ヤツの攻撃パターンは?」
リートと話すと、幼少時に通った学校を思い出すなと思いつつ、問答に付き合う。
「前方から近づいたら前腕。性格には鉤爪。後方から近付けば尾。攻撃をしかければ、基本的に鱗で防御。それが出来ないときは飛行して回避。遠距離攻撃として猛毒のブレス」
「簡潔で結構。さて、問題だ。前腕が届かない位置で機会を窺っていたディーレに対しブレスを仕掛けたヤツ。最初にラフェが注意を引き付けていた時に尾に届かない位置で走っていた時にはブレスを仕掛けなかった。何故だ?」
そう言われて思い出す。始め、ラフェが引き付けていた時には尾に注意し走った。届かなければ確かにブレスで攻撃すればよい。リートが言ったように、後にヴィディーレに向かってブレスを吐いたのと同じく。なのに、わざわざ距離を詰めて物理攻撃してきた。不可解である。
答えられないヴィディーレに肩を竦め、先を続ける。
「第二問。三人の中で最も手練れのディーレが真正面から突っ込み、攻撃をした。その時、ラフェがナイフを投げた。狙ったのはクエレブレではない。にも関わらず、クエレブレはそのナイフをはじいた。何故だ?」
あの時視界をかすめた光はナイフだったのか、と小さな疑問が解消するのを感じつつ考える。
「狙ったのは?」
「良い質問だ。ラフェには、ヤツの尾が届く範囲内、花畑を狙わせた。そもそもラフェにヤツを狙う事もガキを狙う事も出来ん」
「念のためだがプエルではないよな?」
「その質問はナンセンスだ。ヤツがガキを庇う理由はないだろう」
つまり、下手をしたら少年は死ぬ。そんな賭けには出ないだろう。愚問だったと反省しつつ、ふと違和感を覚える。逃げられない様に慎重に違和感の尻尾に手を伸ばす。そして気付いた。
「花畑……?」
「ザッツライト。その通り。奴は花畑を守っていたのさ。まぁ、泉である可能性もあったが、花畑を狙ったナイフを弾いたんだ。花畑を守っている可能性が高かった」
サラリと告げられ、納得するヴィディーレ。ついでに、新しく出てきた疑問をぶつけてみる。
「何で花畑を?」
すると、リートは一瞬ためらう様な顔をしたが、そのまま回答を口にする。
「薬と毒は別物であり、同一の物でもある。成分が同じでも少しの量で毒にも薬にもなる」
「あの花もそうだと?」
「そもそも、あの花を利用した薬の精製方法が伝えられなくなったのは、あの花の扱いが恐ろしく面倒だからだ。あの花はどちらかと言えば、薬と言うよりは毒物と言って良い」
そんな裏事情があったのか、と目を見開くと、リートは疲れたようにため息をつく。
「それも猛毒だ。下手すれば、何でも溶かす」
そう言うと、意味ありげにチラリと流し目をよこす。なんだ、と思ったがすぐに思い至る。
「クエレブレのブレス……!」
「正解。何かの文献で読んだ。クエレブレはその成長に例の花を必須とする。だが、副産物として毒が生まれる為、それをブレスに応用したのではないかとな」
「つまり、ヤツの、と言うよりヤツの子供の成長にどうしても必要だったから守ってたわけか」
「珍しいな、お前が理解できるなど」
一人噴水の縁石に腰かけていたラフェが割って入ると、すかさずリートが返答する。純粋に驚いた顔をしている所を見ると、毒を吐いたと言うより無意識に零れ出た、もっと言うなら褒めているのだろうが。
「褒められた気がしねぇ……」
ガクリとラフェが項垂れる。いじけたラフェは放置して、先を続けることにする。話が進まない方がヴィディーレには死活問題なのだ。
「それで?」
「脅してみることにしたのさ。燃やすぞって」
リートの無茶ぶり要求でヴィディーレがクエレブレに挑みかかった時、突如現れた業火はそういう意味だったのか。納得して、そのまま首を傾げる。
「あれ、ラフェなんだよな?」
「そうだが?」
「あれだけの炎を発生させられるのに、どうしてEランクなんだ?そもそも剣士じゃなくて魔導士目指した方がいいのでは?」
「ふむ」
リートがやや硬い顔で顎に指をあてる。ラフェに目をやると聞いてないフリをしているようだ。
「いや、言いたくないなら」
「まぁ、そうだな。詳しく言う気はないが、とりあえず。ラフェは元々魔力が強い。その上、五属性の一つ火に対して適正を持つ」
魔法は大まかに二つに分けられる。属性魔法と属性外魔法。多くの魔法の使い手は前者に属する。ヴィディーレとラフェもそう。後者は逆に非常に少ない。
特徴としては、属性魔法は五つに分けられ、木・火・土・金・水がある。木は雷を表し、金は風を表す。魔力と属性には適正関係があり、適正が無ければ使えないと言う訳ではないが、如何せん、制御などが不安定になるため、余り使用されない。
ラフェは火に適性がある為、火を使った魔法が得意という事だ。
「だからあの程度であれば簡単に出来る。お前もそうだろう?」
「まぁな。俺は木と水に適性がある」
「風じゃないのか」
ヴィディーレの申告に驚いたようだ。リートもラフェも目を見開いている。ヴィディーレは苦笑する。
「良く勘違いされるけどな。俺は魔法が結構好きで練習しまくった結果、属性魔法であれば基本使用できる。まぁ、雷と水が一番使いやすいのは確かだし、属性外は流石に無理だけどな」
属性外魔法は完全に生まれの素質に依存する。種類も多岐にわたるが、適正が無い限り使用は不可能。異能や超能力のレベルである。
「で?適性があるのは分かったが」
「簡単に言えば、燃やせても使用できないという事だ。ラフェには戦闘能力がない。戦闘に応用できないんだ。魔法も剣も」
「リート」
ふっと俯いて力なく説明するリート。気の強いリートしか見ていないヴィディーレが、動揺して固まる。逆に宥めるように名を呼んだのはラフェだ。苦笑気味に、だが、優しい目でリートを見つめている。ヴィディーレに視線を移すと、困ったような顔をする。
「ランクを上げるには試験が必要だろ?ろくに剣を振れず、燃やすしかない魔法じゃあ不安要素大きすぎて落とされるのさ」
「成程な」
「そんでもってコイツ自身は、剣を振る所か走るのもやっとな体力しかない、能力値が頭脳全振りの非戦闘員」
「……なるほどな」
余りにも哀れなパーティーに、ご愁傷様の言葉しかないヴィディーレである。思わず労わりの目をむけると、上がりたいけどなぁとショボンとされる。
「ともかく、そういうことだ!」
復活したリートが何時もの様に強気な声を出す。やれやれとヴィディーレは苦笑すると、最後に一つ、と続ける。
「何で俺たちはいきなり外に追い出されたんだ?」
「炎で燃やすぞと威嚇すれば、クエレブレは下手に手を出せない。花畑に向かって超ド級の魔法を打ち込めば、それを守りたいクエレブレは自分から飛び込み自滅する」
ふむふむと頷きながら拝聴する。まさかあんなモン落とすとは想定外だったがなという小言は無視。ヴィディーレにやらせたリートが悪いということにする。
「予想通り、満身創痍になり動けないクエレブレは格好の的。加えて、片方でも翼が潰されたことで飛ぶことも出来ない。詰み状態で、首を落とすのは簡単だとダンジョンに思わせたのさ」
「そう言えば取引めいたこと言ってたな。ダンジョンに通じるのか?」
「知らんね。だが、様子を窺っているのは確かだろうし、ギーヴルからまんまと逃げおおせたディーレがいる以上、相当強い手駒であるのは確かだろうと思ってな。それを殺そうとする気配を察知させられれば、慌てて戦闘を中断させ、外に放り出すだろうなと」
下手に他の場所に転移させて更に手駒を減らされれば困るだろうし、とあっけらかんと言われ、慌てて制しする。
「転移?」
「ダンジョンが成長しているにも関わらず、マップは完成していた。更に奥があると冒険者達に悟られなかった。何故だ?」
呆れ顔で指摘され、撃沈する。そういえばそうだった。
「認識阻害の魔法を使用できる可能性、それと……」
「ガキ共の証言からして、転移の魔法を使える可能性もあった。なんせ魔力を散々溜め込んでるんだからな。何を惚けてる馬鹿」
「面目ない……」
はあ、とため息をつく。何だかんだ言いつつ、優秀な軍師だ、とリートを眺め頭を振る。
「ま、一件落着だし、良いとするか。死者は出たには出たが、結果から見れば最良の解決だろう」
さり気なく言った言葉だが、ふとリートを見ると、虚ろな目で冷笑を浮かべているのが目に入る。何かマズいこと言ったか、とラフェを振り返ると何とも微妙な顔でリートを見つめていた。
「最良なんてないさ」
自嘲気味に呟くリート。顔を上げると、儚げな笑みでヴィディーレを見つめる。
「外に出れば冒険者という危険がある事を知っていたクエレブレは、住かであるあの場所でひっそり子孫を残そうとしていたんだろう。泉があるとは言え、最も必要な日光はゼロ、僅かな光だけだ。薬草の育成にはけっして向かないその地で、僅かに育ったその草を、クエレブレは大切にしていたはずだ。それを俺達は奪い取って来たんだ」
「……そういうモノだと思うしかないだろう」
「その通り。こっちにも大義名分があり、それは向こうも同じ」
そっと天を仰いだ青年が一人事の様に呟く。
「正義、そんなものは、ない」
「リート」
飛躍した話に付いて行けないヴィディーレ。ラフェがそっと名を呼び、戻ってこいと呼びかける。視線を元に戻してふわりと笑ったリート。
「戯言だ。忘れろ」
それだけ言ってすっと立ち上がると足取り軽く歩み去っていく。それが何故か痛ましく、ヴィディーレが眉根を寄せる。その肩を軽く叩いたラフェが後を追っていく。
ヴィディーレは一人、朝霧の中にぽつんと残された。
基本的に出てくる魔獣等は実際に神話等から拾ってきてますが、花が成長に必要~等、勝手に作った設定があります。