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 ヴィディーレからしてみれば何が起こったのかいまいち分からないのだが、一行はひとまず街へ戻る事になった。


 唯一全容を把握しているであろうリートに、もの言いたげな目を向けてみるが、説明する気分では無さそうなので早々に諦めた。


 プエルはと言うと、街に戻る途中ではっと目を覚まし、恐慌状態に陥った。ラフェが咄嗟に羽交い締めにしてプエルを捕獲したので、ヴィディーレは目線を合わせ根気強くプエルに呼びかけた。


 その甲斐あってか、プエルの目は割かし早く焦点を結び落ち着いた。それでも恐怖は去らぬと言うかの様にラフェにしがみつき、時折ヴィディーレの姿を探すのは仕方がないだろう。自業自得とは言え、歴戦のヴィディーレでも未だに戦慄の走るあの状況に居たのだ、トラウマにならないはずがない。リートも特に何を言うでもなく肩を竦めていた。


 ダンジョンに潜ったのは昼前位だったはずだが、四人が戻ったのは日の落ちた宵の口であった。プエルに住まいを尋ねると足早にその住所に向かう。


 プエルの家と思われる建物が見えたとき、それでも泣かずにいたプエルが号泣を始め、その声に飛び出してきた壮年の男とひと悶着あったものの、無事にプエルを送り返す事が出来、ヴィディーレは一息ついて肩の力を抜いた。


 だが、それで終わりではなかった。


――――――――――


 ギルドへの報告の為に事情を聞いておこうとしたときだった。誤解とは言え、息子の命の恩人に罵声を浴びせてしまったと恐縮する男―パテル―を宥め、室内に入る。すると奥から別の男が現れ、医者と名乗ったのだ。そのまま少年の様子も気がかりだからと同席を求められ、同意した。


 ヴィディーレ、ラフェ、リートの三人とプエル、パテル、医者の計六人が落ち着いた所で話し合いが始まった。


 少年は中々話そうとしなかったが、辛抱強く待っていると、しゃくり上げながら話し出す。


 「お母さんの病気に、あのダンジョンの奥にある白い花で作った薬が効果あるって聞いて、それで」


 今まで決して離さなかった手の中の花をそっと机の上に置く。リートをチラリとみると肩をすくめられた。間違いなく。


 「あの時の花か」

 「逆に天晴だな。あの状況で離さなかったなんて」


 呆れ百パーセントの声で呟くリートに頷く。意識を失ってもなお離さないなど普通は無い。


 「ウチのは娘……コイツの妹を産んだすぐ後に倒れましてね。難病だと先生に」


 パテルが苦し気に吐き出すと、医者と目くばせをする。医者も悔しそうだ。


 「娘は母親の元気な姿を知らず、周りの家のソレをみて、どうしてお母さんは元気じゃないの、と聞いてくることがありましてね」


 隣のプエルの体がピクリと反応する。再び涙を零し始めた姿に、ヴィディーレの胸が締め付けられる。


 「娘はまだ幼い。理解が出来ない上、母親が恋しい年齢です。それをコイツも幼心に憐れんだのでは無いかと」


 そこまで言うと、パテルは立ち上がって深々と頭を下げる。驚きに目を見開くヴィディーレの前で、絞り出すように告げる。


 「申し訳ない。今回の件は俺からもコイツによくよく言って聞かせる。だから、ギルドからのペナルティーがあるなら、俺に課してくれないか」

 「ごめんなさいっ」


 頭を下げた父親を見て、慌ててプエルも立ち上がり頭を下げる。そのまま動かなくなる二人に途方に暮れ、リートに助けを求める。縋りつく様な目に呆れ顔を見せたリートは、ため息を一つつく。それでも小さく揺れた息子とは対照的に微動だにしない父親に向けて気だるげに口を開く。


 「ひとまず、頭を上げて座ってください」


 淡々と告げ、顔を上げた二人に目線で促す。着席する二人に合わせ目を閉じたリートが再びその眼を開けた時、一切の色が消えていた。青ざめるプエルは無視して、硬い表情のパテルを見据える。


 「そもそもギルドはその職に就く者がより動きやすくなるため、安全に職務を行えるように、そして有事の際の連携を取りやすくするために作られた自治組織の様なもの。今回の件で言えば、管轄は冒険者ギルドになるが、あくまで自治組織でしかないギルドにペナルティーを課す権限はないでしょう」


 その言葉に、強張った顔を緩めたパテルだが、リートの視線の温度が一段と下がった事に再び硬直する。


 「だが、それにしても今回の件は目に余る。


 冒険者ギルドは自治組織でありながら、それでも周囲に対し情報を公開、警戒を促しているのは、彼らなりの誠意であり矜持によるものだ。それを無視して好き勝手すればその好意を無駄にするだけでなく、下手をしたら住民とギルドとの間の関係に亀裂が走る。


 こちらのいう事を聞かず好き勝手した結果の問題をこちらの責任にする輩がいるという事だ。誠意に対し悪意を返せば―それが悪意と思っていなくても―関係はひび割れ、修復は困難になる。誠意に悪意を返す者に尽くそうと考えるのは相当なお人よしか考えなしの阿呆だ。どれだけいると思う?


 辿り着く先は、ギルドも住民の協力を得られないが、住民も有事の際にギルド、正確には所属するギルドの冒険者に頼れないという状況だ」


 サラサラと告げられた内容にパテルの顔色が白くなっていく。そこまでの大事になるとは、とその顔に書くのを見て、リートが冷笑を浮かべる。


 「あくまで可能性の問題だ。だが、起こりうる可能性だとは思わないか?」

 「リート」


 そこまでだ、とヴィディーレが制止する。任せたのは間違いだったかと蟀谷を押さえつつ、目前の二人を見据える。


 「ハッキリ言って、俺はそこまで考えていませんでした。でも、リートの言に一理ある。確かに間違えてはいけない一線だ」


 プエルに視線を移し、微苦笑する。どこまで理解しているのかは分からないが、空気の緊張感に押され、泣きじゃくる姿が痛ましい。


 「とは言っても、ソレを言い聞かせるのが、親の責任でしょうし、事情も事情。俺たちはギルドに報告しますが、それまででしょう」

 「ありがとうございますっ……!本当に申し訳ないっ」

 「ごめ、なさっ」


 ガバっと頭を下げるのを見て、しどろもどろになるヴィディーレ。こう言う状況に慣れていないのであろう。彼も半泣きになりながらリートを見ると絶対零度の視線が返ってくる。


 「甘い」

 「しょうがないだろ」


 冷ややかな声に、むっと口をとがらせると、何故か軽蔑の目が向けられる。舌戦が始まろうとしたのだが、それを察したラフェが慌てて介入する。


 「話も纏まったようだし、まずは母親の治療が先じゃねぇか?せっかくソイツが頑張ったんだし、俺らも死にかけたんだし、これで花がダメになったら骨折り損だろ?」


 真っ当な言い分にヴィディーレとリートが渋々休戦する。だが、ここで問題が浮上する。治療を、と視線を向けた先の医者が花を手に微妙な顔をしていたのだ。


 「どうした?」

 「いや、それが」


 口ごもった医者だったが、意を決したように説明する。


 「マーテル……お母さんの病気なのですが」

 「まさか、これでない?」


 おいおいと一瞬よぎった可能性に顔を引きつらせると、医者は慌てて首を振る。


 「いえ、確かにこの花で薬を作ることが可能なはずです。ただ……」


 顔を歪ませた医者が肩を落とす。


 「私には、その製薬方法が分からないんです」


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