花火はすごく綺麗でした
はじめましてにるたそといいます。文法など至らないこともあるとは思いますが、読んでいて面白いと思えるような小説にしていきたいです。読んでいただけたら幸いです!
唯の肌は昔から白かった。
本人は最近焼けたと言うが、他の女子と並んでいるのを見ても彼女の肌はいつだってとりひときわ白くてよく目立つ。
彼女が部活のために高校からはじめた、シャギーを入れた肩までの長さのショートカットは、汗でまとまってちらちらと細い首筋を覗かせていた。
────あのさあ。
────なに。
────夏休み、祭りあるらしいよ。
俺の言葉に唯は疑わしげに眉を寄せた。
────知ってるよそんなの。私もひとつ教えてあげるね、明日から夏休みらしいよ。それに今は夏みたいよ。
唯が意地の悪い顔でにやにやと俺の方を覗き込んでくる。大きな目がいたずらっぽく細められる様子に、思わず照れ臭くなって俺は顔をしかめる。
────知ってるよそんなの。馬鹿にすんな。
────なによ、自分だってそうしたくせに。お祭りがあることくらいこの街に住んでいれば誰でも知ってるわよ。
────はいはいすみませんでした。
唯の嫌味な言葉にため息を吐くと、彼女は嬉しそうに笑った。
────ねえ、もしかして怒ったの? カイトってほんと短気だよね。やーい、この短気。短気って大人になりきれてないから短気らしいよ、短気さん?
────.................。
────返事は? 答えないってことは私の言うことが全部正しいってことになるけどいい? おい、無視すんな顔面うんこ。
じっと俺の顔を見つめて、
────ほんとカイトってうんこみたいな顔してるね。
水を得た魚のように生き生きと嬉しそうに、なおかつ楽しそうな顔で饒舌に俺を罵ってきた。
別に怒ってなんかいないのに、こういう言い方をされるとだんだんと本当に腹が立ってくる。だがここでそれを表に出せば唯の思うツボだ。
深呼吸をしてからゆっくりと口を開く。
────お前って人を馬鹿にするときだけ元気になるよな。性根が腐ってるよまじで。
────カイトよりはまし。それにカイトが相手のときだけだから、勘違いしないでくれるかな? ほかの人にはこんなんじゃないから。
────俺にだけ厳しいのかよ。
────特別扱いなんだからいいじゃん、喜んでよ。
────喜ぶことなのかよ。
────分かってよ、人見知りなの。いまこんなに自分出せるのカイトくらいだよ。
唯がその本性とは裏腹に、極度の人見知りなのは昔からだった。俺達が高校生になって半年が経ったものの、クラスの違う唯が学校で1人きりで過ごしているのを見ることは毎日のことだった。
────まだ馴染めないのか?
俺の問いかけに、それまで楽しそうだった顔が少しだけこわばった。まだ無理、とぼそりとした声が返ってきても俺はいつもみたいに「まあお前いいやつだから大丈夫だよ」と励ますことしかできなかった。
夏の暑さは本格的になり始めていた。梅雨が明け、その日は一番の暑さを記録していた。歩いているだけで吹き出してくる汗を首にかけたタオルで拭う。
別れ際、唯がぽつりと言った。
────お祭り、カイト誰かと行くの?
────行く。1日目だけど
3日間あるうち、打ち上げ花火が上がるのは3日目だけだ。屋台が最も多く出るのも3日目で、つまり祭りは3日目が本番だ。
明日は祭り初日だ。
────あ、そう。
そう答えたきり、唯はなかなか自宅の方へ歩いていこうとしない。いつもならば俺がなにか話しかけてもしてもさっさと帰ってしまうのに。
俺は唯の不機嫌な様子をひとしきり楽しんでから、3日目の祭りに唯を誘った。彼女は嬉しそうに、うん行くと頷いた。
────ねえ、すき。
────なんだよ急に。
思わず吹き出してしまう。
────彼女に好きって言われてるんだから喜べあほ。カイトは?
────まあ俺も好きだけど。
────きもちわる。
呆気に取られる俺を置いて、唯はけらけらと笑いながら「じゃあ3日後、お祭り楽しみにしてる、浴衣楽しみにしといて。綿あめおごれよ!」とさっさと帰って行った。
俺は呆れながらも、それでも唯が好きだった。口が悪くて素直じゃないところ。強いようで弱いところ。本当に好きだった。
俺は祭りが本当に楽しみだったし、それはきっと唯も同じだったはずなのに。
これは終業式の日の帰りのことだ。
唯が死んだと聞いたのはその翌朝。祭り初日のことだった。3日後に祭りに行く約束をしたその夜に、彼女はいなくなってしまった。
その日、俺はなにをしていたのだろう。待ちわびた夏休みがようやく始まったというのに、きっと何も覚えていないのだから、何もしていなかったに違いない。
祭り2日目は唯の通夜だった。身内だけの通夜だったらしいが、俺も参加させてもらった。
祭り3日目は告別式があった。通夜と同じく学生服で参加した。中学の同級生が数多くいたが、高校の唯の友達はひとりも来なかった。
中学時代の唯の友達はみんな声を上げて泣いていたが、なぜだか俺は泣けなかった。
告別式は夕方に終わった。それから俺はぼんやりとした頭で祭りへ行った。行ったというよりも、足がひとりでにそこへ向かっていた。
赤提灯や派手な看板を掲げた屋台が数多く立ち並び、ごった返した客は誰もが祭りを盛り上げようと活気よく騒いでいた。
俺もその中に混ざろうと人混みを歩いてはみた。
しかしお好み焼きやかき氷のシロップのような甘ったるいにおいを嗅ぐと、なんとも言えない吐き気が突然こみ上げ、慌ててその場を離れようと人を押しのけるようにして街道を走り抜けた。
土手沿いまで出るとひんやりとした空気が頬をかすめてほっと息をついた途端、こみ上げた吐き気がとしゃ物となって足元に飛散した。
「なんでなんだよ」
絞り出すように声を出した次の瞬間、夜の暗闇が色鮮やかに照らされた。遅れてドン、という低い音が地面を揺らす。
続けざまに2発3発と花火は打ち上がる。小さな歓声が上がった土手の方へ顔を向けると、そこには1組のカップルがいた。
浴衣を着た女の子の手には、大きな綿あめが握られていた。
そっと目を閉じる。唯が浮かんだ。
浴衣を着て、大きな綿あめにかぶりついて顔を汚す姿が容易に想像できた。それでも楽しそうに笑う唯の姿が。
「なんでだよ、唯」
瞼の奥で熱いものが急激に膨らんだ。それはあっという間に溢れ出して頬の上を流れ落ちてゆく。
なんで、なんでと呟く度にそれが大粒の涙となって流れる。嗚咽が止まらなかった。肩が震える。堪えようとしてもよけいに唯の顔や声が浮かんできて、涙がやむことは無かった。
くらい始まり方ですがここからカイトの成長と冒険は始まっていきますので追いかけていただければと思います!