あの人との食事
ぴろろろろろろろ
「…………」
ぴろろろろろろろ
「………………」
俺は今恐怖の感情を抱くと同時に、この怪奇現象に困惑している。
買い物から帰ってきて、貧乏飯でも作ろうかと思った矢先に、壊れていた筈の固定電話が突然鳴り出したのだ。
俺の勘違いで実は壊れていなかった……なんて事は無く、固定電話以外の電化製品は当然ながら使えなかった。
買い物に行っている数十分……よくて一時間程の間に、固定電話だけ突然直るなんて事は、到底考えられない。
もはやこれは怪奇現象としか言えまい。
一つ分かる事は、電話が鳴っているという事は、誰かしらが俺の電話に掛けてきているという事だ。
恐らく掛けてきている人は悪意の欠片も無く、純粋に俺に電話を掛けてきている筈だ。
もしくは、ホラー映画等でよくある幽霊やこの世の者ではない存在から電話が掛かってきたという可能性だ。
もちろん、そんな事は無いと分かってはいるが、かと言ってそう簡単には受話器を取る事は出来なかった。
人間それは絶対に無いと思いつつも、心のどこかではもしかしたら何て思ってしまう生き物だ。
そうは言っても、怪奇現象が起きているからと言って受話器を取らないのは、所謂ビビリやチキンと肝っ玉の小さい男のやる所業だ。
ましてや今回は電話という相手が見えない環境なのに怯えているのだ。
これで電話に出なかったらビビリ以外の何者でも無い。
それは嫌だと思った俺は、恐る恐ると受話器を取った。
「あ!やっと繋がった……もしもし?私だよ」
電話先からは、幽霊やこの世の物とは思えない音が聴こえてくるわけでもなく、明るい印象を与える女の子の声が聴こえてきた。
(ふぅ……)
「もしもし?」
俺は内心で安堵の溜息を吐きつつ、簡単な返事を返した。
「今から千真の家から一番近いゼリヤに来て……それじゃー」
すると一秒の間も開けずに、女の子からゼリヤに来いと言われた。
それも一番最初の明るい印象とは違う、否定を許さぬ声色でだ。
おそらく、電話では言えない緊急の用事でもあるのだろう。
「まぁ行くしかないよな……ゼリヤは確かファミレスだったよな……金無いし水だけ頼むのか……」
俺は若干憂鬱になりながらも、ゼリヤに向かった。
ぜリヤに着くと俺の事を手招きしている女の子が居た。
その女の子は、白……茶色とも言い難い特徴的な髪色をしていた。強いて言うならば、ミルクティー色と言える色合いだろう。
その女の子だけではなく、買い物先で出会った女の子も居る。
「待たせたか?」
俺は取り敢えず待たせかの一言を掛けた。
「えぇ待ったとも。すごーく待ったんだよ?……それで言う事は?」
するとミルクティー色の女の子は、凄く待ったですよアピールと同時に、何か言う事はないかと問いかけてきた。
「……特にないです」
「そっか……」
そう言われても俺には言う事が無いので、特にないですと答えたが、当然と言うべきなのかハズレの回答だったようで、女の子の周囲が凍り付くような雰囲気に包まれてきた。
これは比喩表現ではなく、実際に女の子の周りの温度が二、三度程下がってきている。
この現象は、この女の子の持つ異能が齎している。
異能とは、約千人に一人というそう低くない確率発症する、いい意味で言えば特殊能力。悪い意味で言えば障害の事だ。
先天的に発症する事が多く、後天的に発症するのはかなりのレアケースと言われている。
異能を発症した人は、俗に異能者とめ呼ばれている。
そして異能は名前の通り、発症した人間に人外の能力を与える。
例えば炎を出す事を始めとし、水や風等も出す事も可能とする。
当然、身体強化や重力を変化させたりする事も可能とする
但し、基本的に扱える異能は一つだけで、炎の異能を最初に発症した場合は、炎の異能しか使えず、水の異能を発症した場合は、水の異能しか使えないようになっているらしい。
例外として複能と言われる、二つの異能を発症する人も居るが、それはもはや神から選ばれし存在と言われるくらいに、発症する確率が低い。
そして異能を持つものには、序列がつけられるようになる。
一番上がSでそこからABCと下がっていき、一番下はEまである。
Sの異能者は、核兵器としばしば言われる程に強力な能力を保持している。
一方Eの異能者は、日常的に使えるか使えないか程度の異能を保持している人間が、Eの異能者と言われている。
さらに異能を発症した人間は、隔離都市と呼ばれる、東京湾を開拓した所に集められるようになっている。
それも当然の対応で異能を発症した人間は、端的に言ってしまうと普通の人間よりも強い。
異能を持たない人間と同じ所で生活させていたら、何が起きるか分からない。
当然ながら親や親戚とも離れて暮らす事になるので、最初は反対する人も居た。
だが、次第に異能を持つ人間がどのような扱いをされるか、またどのような事を仕出かすかというのが認知され、今では殆どの人が反対しなくなったようだ。
もちろん、未だに反対する人も少数存在するらしいが。
「だんまりしちゃって……遺言はある?」
俺が異能について纏めていると、それを無視する態度と受け取ったのか、ミルクティー色の女の子は、物騒な事を言いながら、さらに周囲の温度を二度程下げた。
「本当に言う事が無いんだ……」
「そっか……それなら仕方ないね」
そして女の子はそう言い、指をパチンと鳴らした。
俺は何かが来ると思い、反射的に身を構える……。
「つ、冷た!」
しかし俺の構えは、無駄な行動に終わってしまった。
なぜか……それは女の子が異能を俺の髪の毛に発動したからだ。
触って確認してみると、髪の毛が凍っていることがよく分かる。
「あの……解いてくれませんか?……」
「……どうせ何で怒ってるか分からないだろうし、仕方ないから解いてあげる」
駄目もとで言ってみたが、思いの外女の子は異能を解除してくれた。
「それで、何でここ数日家にも居なかったし、ホームにも来なかったの?」
異能を解除すると女の子はそんな事を聞いてきた。
俺はこの質問をされた時ふとある事を思い出し、そして確信を得た
それはミルクティー色の女の子の隣に居る、買い物先で出会った女の子が言っていた「あの人」という言葉だ。
そしてあの人は、何故ホームに来ないのかと怒っていると言っていた。
ミルクティー色の女の子の態度と質問の内容を鑑みると、この女の子があの人という人物としか思えない。
そう思うと髪の毛を凍らされたのも納得でき……る。
「熱中症で病院に運ばれてたんだ」
俺は慎重に理由を考え、ありきたりとも言える理由を選んだ。
それに今は八月の猛暑日の中だ。何ら不自然ではない筈だ。
「ふーん……熱中症ね……そういう事にしといてあげる」
女の子は俺の回答に渋々と言った感じで納得したようだ。
「じゃーこれで話は終わり……千真は何頼むのか決めた?」
「いや、決まってない……というか金無いです」
ミルクティー色の女の子は、流れを変える為なのか何を頼むかを聞いてきたが、悲しい事に俺は水以外頼む事が出来なかった。
「……仕方ないから今日は奢りで良いよ……もちろん私だけじゃなくて凛にも払ってもらうからね」
「えー……今日だけだからね!」
「あ、ありがとうございます……」
どうやら俺は今日は奢ってもらえるらしい。当然俺は「ありがとうございます」と言ったが、内心では情けないという気持ちと悲しみの気持でいっぱいだ。
女の子に奢られる男なんて、もはやダサいの一言でしかないからだ。
(いつかレストラン奢りとかにすればチャラになるかな?……いや、なるな)
俺はそう強引に自分へ言い聞かせ、今の自分の感情を振り払った。
(そういえば買い物で出会った女の子の名前は凛というのか……これは思わぬ収穫を得たな)
それと、買い物先で出会った女の子の名前も分かった。
これでこの先買い物先で出会った女の子……凛の呼び名に困らなくなる。
「ほら、千真も早く選びな」
そんな事を考えていると、ミルクティー色の女の子が俺に一言掛けてきた。
二人は既に決まっているらしく、俺待ちの様だ。
「じゃーナポリタンで」
俺は一番とは言えないが、そこそこ安いナポリタンを選択した。
当然ながら高い料理を頼む事は出来ない。
「分かった……じゃーボタン押すね」
――ピンポーン――
そこからは店員に料理を注文し、届いた料理を食べるという、ごく普通のお食事会が始まった。