病室
「君の演技力には感服するよ」
目の前に居る医者はそう言う。
そうでもないです、と俺は謙遜する。
「記憶喪失をしているのに、常の様子と何ら変わらない態度を取るなんて事は、常人には出来ない事だよ?」
今更常人には出来ない事だよと言われても、俺は既に自分が常人では無い事を自覚している。
医者曰く、運び込まれてきた時は腕、及び足は複雑骨折。その他にも、臓器等のの損傷がかなり激しかったようだ。
加えて記憶喪失だ。まともな生活を送っていたら、まずそんな事にはなり得ない。
何よりも、俺をこの病院に連れて来た人物の雰囲気が、常人の放つ雰囲気では無かったらしい。
ある人は死神と間違え、またある人は、神秘的だと言っていたらしい。
俺がその話を聞いた時は、「何だそれは」の一言しか出なかった。
「まぁそれは置いといて、何故君は演技なんてしたんだい?」
医者はそう質問してきたが、俺にとってはその質問は愚問だとしか言えなかった。
医者は言っていた。とある少女が君を訪ねて、毎日のように病院に来ていると。
何度面会を拒否されても、その少女は俺に会う為に何度も何度も病院に来たのだ。
そんな健気な少女は、俺の大切な人だった筈だ。
ならばその少女を悲しませるような素振りは、欠片も見せてはいけない。
「あの子を悲しませたらいけないと思っからです」
記憶喪失の少年は、すらっとそう言った。
「ふむ……やはり君は常人とは程遠い存在なんだね」
医者は笑みを浮かべ、そう言う。
医者は少年の発言を聞いた瞬間、確信した。
この少年は間違いなく、この世界に蔓延る闇を屠る存在になると。
少年はおそらく……いや、確実に闇の主と殺りあった。
それは少年に付着していた、異能の残滓が物語っていた。
闇の主とは一度だけ出会った事があるが、その時見た異能と、少年に付着していた異能の残滓は、酷似していた。
あの様な特徴的な異能を持つ存在は、後にも先にも闇の主以外存在しない。
そんな存在と殺りあった少年には、期待という言葉が、何よりもピッタリだと思った。
「常人とは違うからこそ、あの子を悲しませなくて済んだんです」
医者はビックリしたような、それでいて思惑的な表情で記憶喪失の少年を見る。
「君は本当に面白い」
本当に面白い少年だと、医者は思った。
「それでは、ここら辺で失礼するよ」
医者はそう言い、病室を去ろうとしたが、何かを思い出したように突然足を止めた。
「あっ……。あの少女の名前は、明石緋音と言うらしいよ」
医者は独り言の様に一言言い残し、今度こそ病室を去った。