Keep smiling ~ えみの物語 ~
「ゆかちゃんってば、めちゃくちゃ綺麗だったねー。まきちゃん」
「えみもまだ若いんだから、早くいい男ゲットしなさいよ」
いい男かぁ。
でも私、男見る目ないもん。
そんなこと、まきちゃんが一番知ってるくせにさ。
あの時、みんなが私に目を覚ましなさいって言ったんだよね。
だけど、えみは馬鹿だから
どうしたらいいのかわからなくって。
しんちゃんとは家出してすぐに、道端で声かけられてそのままホテルに行った。
別に初めてでもないし、泊まるところもなかったからちょうど良かった。
行くところがないって言ったら、俺んち来ればいいじゃんって言ってくれた。
お母さんは私が小さい時に離婚した。
新しいお父さんは最初は私を可愛がってくれたけど
妹が産まれてからは私の事は邪魔みたいだった。
お母さんもそんなお父さんに何も言えないみたいだし、そんな家が面白くなくって毎日遊び歩いてた。
あの日、私が家を出た日
いつもみたいに友達とテキトーに遊んでうちに帰ったらみんなでケーキ食べてて、私の顔を見てお父さんが言った。
お前の分は買ってきてないからなって。
お母さんと妹は、自分の食べかけのケーキを私にくれようとしたけど
お父さんはそんな事する必要ないって言った。
別にケーキが食べたかったわけじゃないけど、なんだかそこにいられなくて、そのままうちを飛び出した。
きっと私はいらない子なんだって思って帰らなくなった。
高校は通ってたけど、そのまま行かなくなったからきっと退学させられてる。
まぁどこにでもある話って感じかな。
しんちゃんは一人暮らしだからいつまででも居ていいって言ってくれた。
でも仕事をしてないしんちゃんの家には、食べるもののお金もなくって
だから年を誤魔化して夜のお店で働いた。
まだ誕生日きてなかったから実は17歳だったもんね。
お化粧品とかはかばんに入ってたし何とかなった。
ドレスだって貸してもらえるし。
しばらくしてからしんちゃんは警察に連れて行かれたんだよね。
薬やってたって、実は知ってたんだ。
時々おかしなこと言ってたし、優しくえみを抱いた後で、いきなり殴ったりするから。
そんなには驚かなかった。だから嫌いになんかならない。
しんちゃんに会いに行ったら、すぐに出られるから待ってろって言われた。
えみのことが好きだから待ってて欲しいって。
だからずっと待つことにした。行くところもなかったし。
家賃も払ってなかったみたいで大家さんに出て行けって言われたけど
そこでしんちゃん待ってるって約束したから私が働いて少しずつ払った。
そんな時、近くのお店の京子さんが声かけてくれて、すごく嬉しかった。
京子さんはえみが来てくれたら助かるっていってくれた。
だから私は京子さんのお店に移った。
まきちゃんはちょっとこわいけど、なつみちゃんもゆかちゃんも優しいし
京子ママも綺麗でいい人だし、みんなのことが大好きになった。
お店の仕事は全然嫌じゃなかった。
お酒はあまり飲めないけど、私が一番若いから、お客さんはみんなちやほやしてくれて、私が席についたらみんな楽しい子だなって言ってくれた。
帰りにはよそのお店のお兄さんが御飯まで食べさせてくれるからすごくラッキー。
お金かからないもんね。
そんな時、お父さんが街に飲みに出てたみたいで、店の近くでばったり会ってしまった。
無視してもいけないよねって思ったから、そこで働いてるんだよって一応教えてあげたけど、お父さんは何も言わないでどっか行っちゃった。
会社の人と一緒だったから私が声かけたらまずかったんだろうね。
お父さんはそれから一度も店には来てくれなかった。
ちょっと連れ戻されるかもなんて思ったりもしたけど、それはないみたいだった。
京子ママが辞める時には違う店にいくつもりだった。
でもあのこわいまきちゃんが、えみに居て欲しいって言ってくれて、それがすごく嬉しくって。
まきちゃんは本当はいい人なんだねってまきちゃんに言ったら、ちょっと怒られた。
一言多いって言われちゃって、やっぱりこわいかもって思い直した。
もうすぐしんちゃんが帰ってくるってわかった時はすごく嬉しかった。
だけど帰ってきたしんちゃんはやっぱり働かなくって。
薬の方もまだやめられないみたいで、アパートには怖い人いっぱい来るし、えみがお金出さないと薬が買えないからって言ってた。
しんちゃんは優しくしてくれたし、えみが大好きだって言ってくれた。
でも薬ってものすごく高いんだ。
耳かきいっぱいが三万円もするってしんちゃんが言ってた。本当かなぁ?
だからそんなにお金が続かなくって
でも・・・しんちゃんのためだから。
しんちゃんの知り合いの人に連れて行かれたお店で働いた。
でもそこはお酒を売るところじゃなくって・・・・・。
次から行きたくないって言ったら、しんちゃんは優しくえみを抱いてくれた。
えみしか助けてくれる人いないって、えみがいないと困るって。
頼むからって言うから、しんちゃんにはお世話になってるし。
そんなことしてたらお店の方には段々行けなくなっていった。
本当は行きたかったけど、みんなの所に戻りたかったけど
しんちゃんのために、私がいないと駄目だっていうしんちゃんのために、言われた通りに仕事をした。
その日のうちにお給料も貰えるしお金はたくさん入ってきたけど
しんちゃんはあっという間に使ってしまう。
ある時、仕事終わって帰ったら部屋の中から変な声が聞こえてきて
女の人が泣いてるようなそんな声だったから
まさかって思って中に入ったら、やっぱりしんちゃんが他の女の人と・・・・・。
びっくりして、あの女とはちょっと遊んだだけだって言った。
でもその時すごく悲しかった。
えみのこと大好きだって言ったのに、えみがいないと困るって言ったのに。
だから仕事には行かないって言った。
怖い人が迎えに来ても絶対に行かないって。
そしたらしんちゃんがすごく怒って、あんなに怖いしんちゃん初めて見た。
顔も声もいつもとは違っててしんちゃんじゃないみたいに怖くて
殺されるんじゃないかって思った。
そのまま走って逃げたけど、やっぱり行くとこなくって
結局しんちゃんのとこに戻るしかないのかって諦めた。
でも帰ってもまた殴られるだけなのはわかってた。
ぼろぼろになった服で夜の街の中を歩いて、気がついたらあのお店に行ってた。
だけどお店の電気ついてないし、鍵もかかってて、入り口のドア叩いたけど誰も出てきてくれなかった。
携帯電話はお金払ってなかったからとっくの昔に止まってた。
誰にも連絡できないし、誰にも助けてはもらえない。
もう歩くのも辛くて、でも外に出たらしんちゃんに見つかるから、そこに何時間いたのかも覚えてない。
殴られたから顔も体中も痛くって、泣いたから頭がぼーっとしてきて
もうこのまま死んじゃうのかなとか思った。
遠くから私を呼ぶ声がしてきて、見たらなつみママとゆかちゃんがいた。
もしかして助けに来てくれたの?えみのこと。
だけどそういうことじゃなかったみたいで、ここにいてももう仕方ないって思って、もう随分時間も経ってるからしんちゃんも寝てるかもしれないし、謝って許してもらおうと思って、結局また来た道を戻った。
家に戻ったらしんちゃんは起きてて、さっきはごめんなって謝った。
大丈夫か?って私の事を心配してくれた。
絆創膏もぺたぺた貼ってくれた。
体はあちこち痛かったけど、元通りの優しいしんちゃんに安心した。
でもそれはきっと、また薬やっただけの事なんだろうけどって思った。
次の日からまた仕事しなきゃいけなかったんだけど
前の晩の傷がひどくて、とても仕事できる状態じゃなかった。
お店の人に今日は帰れって言われて、でもお金持って帰らないとまた殴られるから
飲み屋街を何となくとぼとぼ歩いてたら、昔よく御飯を食べに連れて行ってくれたお兄さんに会ってまきちゃんのお店の話を聞いた。
聞いた店の前に立ってたらまきちゃんが出てきたから、無理を承知でお金貸して欲しいって頼んでみた。
もう他に頼る人なんかいないし。
案の定、まきちゃんは駄目だって言った。
当然だよね。
だって返すあてなんてないしさ。
店の前で黙って立ってた。
もうどうしたらいいのか本当にわからなくって。
しばらくそうしてたらまきちゃんがまた出てきた。
店の中に入るように言ってくれて、冷たい氷水を飲ませてくれた。
喉がカラカラだったから凄く美味しかった。
「えみ、今の男と別れるなら、お金貸してあげてもいいよ」
まきちゃんはしんちゃんと別れるならって言った。
それは無理だって最初は思った。しんちゃんと別れられるとは思わなかったから。
そんな事言ったらきっと・・・殺される。
だけどお金貸してくれるって言ってくれたから、私はまきちゃんに嘘ついた。
絶対にこれが最後にするからって、お金さえあれば別れられるからって。
まきちゃんはそれ以上は何も言わなくって、黙って財布からあるだけ貸してくれた。
金額はたぶん50万円くらいあったと思う。
お礼を言ってしんちゃんのところに急いで帰った。
まきちゃんに嘘をついてしまった事は本当に悪いと思いながらも
これだけあればしんちゃんが喜ぶ、また優しくしてくれるって想いのほうが大きかった。
だけど、家に帰ったらしんちゃんはまた・・・・・
裸の女の人が私を見て笑った気がした。
しんちゃん、どうして・・・・・
気がついたら握ってたのはお金じゃなくって、台所にあった包丁だった。
二人とも引き攣った顔に変わっていくのがおかしくて
刺してやればよかったんだろうけど、そしたらすっきりしたんだろうけど
そんな時に限ってお母さんの顔を思い出して
小さい時、包丁でりんごの皮最後まで切らないで剥いてみてって私が頼んだら
お母さん頑張ってたけど指切っちゃって
私が謝ったら、舐めといたら治るからって笑ってくれた。
何だか懐かしくなって思い出して笑いが出た。
そんなお母さんも今は私の事、迎えにも来ないけどさ。
包丁もお金も放り出して何も持たないまま、私はしんちゃんの家から出た。
もう追いかけてもきてくれないんだね。
これでもう仕事も住むとこもない。
まきちゃんに借りたお金、どうやって返したらいいのかなぁ。
気がついたらまたまきちゃんのとこに来てた。
私を見つけたまきちゃんが、店終わるまでそこに座ってなさいって言ったから
じっと座ってた。まきちゃん 怒ると怖いし。
お店閉めてからまきちゃんは私を連れて家に帰った。
まきちゃんのマンションは凄く広くって綺麗なとこだった。
私はまきちゃんに、しんちゃんの事を全部話した。
それでよかったんだよってまきちゃんは言って、泣いてる私の頭を撫ぜてくれた。
「しばらく ここにいなよ」
「でも・・・まきちゃんに迷惑かけるよ」
「いいから。わかったね。どこにも行くんじゃないよ」
そうして私はまきちゃんの家に居候させてもらうことになった。
まきちゃんは実は料理がとても上手で、昼前には起きて御飯を作ってくれた。
お味噌汁もとても美味しいし 卵焼きはお母さんと同じで甘くて柔らかくて・・・。
しばらく家から出なかったから、洗濯物たたんだりお米研いだり
私が出来そうなことは手伝うようにしてた。
「まきちゃん、私もお店で働いてもいい?借りたお金、働いて返すから」
「そう?じゃそうしてもらおうかな。でもうちは厳しいよ」
「まきちゃんのお店なんだから、大体想像はつくよ」
そう言ったらどういう意味だよって怒ってたけど顔は笑ってた。
まきちゃんは家に電話だけはしておきなさいって言った。
どんな親でも娘の事、心配しない親なんかいないんだからって。
うちの親は心配なんかしないよって思ったけど、まきちゃんが怒るから電話した。
平日の昼間だったらきっとお母さんしかいないだろうと思ったから。
「・・・もしもし、お母さん?」
「えみ?あんたどこにいるの!今 何してるの?」
「お父さんに会った時にちゃんと言ったんだけど、何か聞いてない?」
「あの人に?会ったの?・・・そうだったの・・・ごめんね、えみ」
謝ってるお母さんの声の感じで、私が家に帰ったら困るんだなって思った。
電話の向こうでお母さんが泣いてる声しかしなくなったから
元気で働いてるからって、また電話するからって言ってこっちから切った。
なんだかすごく悲しくなって、まきちゃんの前でいっぱい泣いてしまった。
まきちゃんは何にも言わなかったけど、やっぱり頭を撫ぜてくれた。
それからは時々お母さんに電話するようにした。
その度にお母さんは私に謝るから、私はいつも笑って大丈夫だよって言った。
まきちゃんが新しい携帯を買ってくれてお母さんに番号教えたら
お母さんからもちょくちょくかかってくるようになった。
まきちゃんのお店は言われてた通りほんとに厳しかった。
お客さんがちょっと偉い人が多くて、新聞を読みなさいって言われた。
なんで新聞?って思ったけど、お店に出たらその意味が分かった。
スポンサーさん、つまりまきちゃんの彼氏はどこかの会社の社長さんで
お店に来るお客さんといつも難しい話をいっぱいしてる。
新聞読んでても私にはわからないことばっかりで
ちょっとへこんでたらまきちゃんが言った。
「大丈夫、あんたには武器があるじゃん」
武器って何?って聞いたら
「えみの笑顔」
まきちゃんはそう言って笑った。
若さとその天然には勝てないよって。
何言われても笑ってなさい。笑ってればきっといいことあるから。
えみが笑ってるだけでお客さんは癒されてるんだよって。
「えみ」っていうのは実は本名だ。
お母さんがいつでも笑っていられるようにってつけてくれたって聞いたことがある。
私はお母さんに感謝した。
いい名前つけてくれてありがとう。
その頃かな。京子さんがこの世界に戻ってきたって聞いたのは。
まきちゃんに何となくたずねてみたけど、別にどうでもいいことだからって。
だから私も何も聞かなかったけど、それまでたまにしか顔を見せなかったゆかちゃんが頻繁に来るようになった。
いつも悲しそうな顔をしてて、えみが笑ったら元気になるかなぁって思ったけど
まきちゃんが今は何も言わないほうがいいっていうから。
しばらくしてお母さんが離婚するつもりだからって言った。
お父さんとはもうやっていけないからって。
そしたら一緒に暮らそうねって。
妹は?って聞いたら、もちろん一緒だよって。
妹の事は大好きだ。
小さい頃からいつもお姉ちゃん、お姉ちゃんってついてきてた。
もしそれがほんとの話ならとても嬉しいことで
まきちゃんに話したら
「やれやれ、これでやっとここに男連れ込めるわ」
そんなこと言ってたけど、本当はとても喜んでくれてるって分かってた。
まきちゃんはまた私にお金を貸してくれて
これで三人で住めそうな所探しなさいって言った。
お母さんに心配かけた罪滅ぼししなさいって。
私はお母さんにまきちゃんの事を話して、一緒にアパートを探した。
今はお母さんと妹と一緒に三人で暮らしてる。
離婚調停っていうのがあるみたいだけど、お母さんは心配しなくていいって。
全部まきちゃんのお陰だと思ってる。
あの時まきちゃんが助けてくれなかったら
もしかしたら私はもう生きてないかもしれない。
いつかまきちゃんみたいなママになりたいって言ったら
あんたはさっさといい男見付けて結婚しなさいって言われちゃった。
でも今日ゆかちゃんがお嫁さんになってるの見て思った。
あんなきれいなウエディングドレス、私には着る資格もないんじゃないかなって。
だって・・・私は・・・・・
「えみ、ほらあの人!えみの事ばっかり見てるよ」
「かっこいい人だよね。でもさ、私には・・・無理だよ」
「何言ってんの。もしかして今までの事 気にしてるとか?」
図星だよ。さすがだね、まきちゃん。
あんな仕事してたんだもん。
もしかしたらこの中に、そんな私を知ってる人が居るかもしれない。
そんなこと考えてると、自分がここにいてもいいのかなって思えてくる。
「ばっかみたい」
「なんでだよぉ」
「あんたさぁ、昔の事はどうやったって消えないよ。じゃあ今からやり直せばいいんじゃん」
「そうだけどさ、えみ、あんな仕事してたし・・・」
「心配しなくても大丈夫。あんたそんなに有名人じゃないから」
そりゃそうだけど。
「この結婚式なんて言ってみればえみのお陰であるようなもんだし?手ぶらで帰るってのもねぇ」
「だけどさ、私なんかじゃ・・・・・」
「あんたには武器があるって言ったでしょ」
「笑ってればいいってもんでもないんじゃないかな」
「あんたはそれでいいの。ほら!その生まれ持っての天然、存分に発揮してきなよ」
そう言って背中を押してくれたまきちゃん。天然ってとこだけ余計だよ。
でもそうだよね。
どれだけ後悔したって、過去はもう戻せないんだもんね。
今からのえみを見てもらえばいいんだ。
よし!じゃまずはあの人のとこ行ってみようかな。
駄目なら次の人、それでいつか絶対に運命の人、見付けてやるんだ。
まきちゃんが言ってくれたから
えみの笑顔は最高だよって!