7月平日の台風
7月に入って梅雨明けも発表された。梅雨による雨続きの毎日もオサラバではあるが本日は梅雨の雨以上のひどい雨だ。理由は夏恒例とも言える”台風”という名の台風である。ちなに結局台風じゃんというツッコミはNGだ。とにかく現在台風は松野宮の真上に存在する。つまり大雨にプラスして大風、そりゃもう大嵐である。どれくらいの大嵐というと今日は平日にもかかわらず学校が休校になるくらいの大嵐だ。おかげで期末テストの日程が変わったのはありがたい(主に千佳が)。
「お、おはようございます・・・」
この台風の大嵐だというのに僕、相井進はミハラ薬品松野宮店のシフトに入っている。
「あ、相井さん!ビッチョビチョのグッショグショじゃないですか!?」
僕が台風で若干遅かったとはいえ珍しく六倉さんが先に来ていた。
「そりゃ台風ですからね・・・」
「えっと・・・タオルです」
六倉さんは僕にタオルを差し出してきてくれた。非常に気が利く行動だが六倉さんのタオルは可愛い感じの女の子らしい柄ではなく“松野宮銀行”と文字の書かれた白地のタオルである。なんか残念だ・・・
「あれ?そういえば六倉さんは濡れていませんね」
僕よりも早く来たといい髪が濡れていないといい・・・
「今日はお母さんに送ってもらいました。お母さんの時間に合わせたので若干早めにつきましたが」
「そ、そういうことか・・・」
濡れ濡れのスケスケの六倉さんを見てみ・・・これ以上妄想を続けるのはやめよう・・・いろいろな方面から怒られそうな気がする。
「2人とも無事に来ているね」
シフトインの時間5分前に店長が事務所に入ってきた。
「無事じゃないです」
「・・・そうみたいだね」
店長はどうせ車なので濡れる心配は最小限だ。僕が濡れていたとしても所詮他人事である。
「じゃあ、朝礼はじめるよ」
今日の日程は僕と六倉さんが交互にレジと品出しを行うことになっている・・・のだが・・・
「ただ品出しなのだけど補充も含めて全て終わっているんだよね」
「ずいぶん早いですね」
いつもならこの時間は品出しが終わっておらずそれを片付ける時間が用意されている。
「ほら今日台風じゃん?お客さんが少なくてその分、品出しの時間がいっぱい取れたから・・・」
確かに雨の日は客足が鈍るが今日は特別のようだ。そりゃ誰だってこの台風の中わざわざ買い物に行きたくはない、僕の家だって事前に買いだめをしておいた。
「それでは品出しの時間はどうすればいいのでしょうか?」
六倉さんが当然の質問をする。店長は5秒ほど深く、深く考え込むとねじれこんだような声で回答を発した。
「掃除?」
なぜかイントネーションが疑問系になっていた。
シフトイン、まずは六倉さんがレジで僕が品出しという名の何かをする。一応僕はまだ補充できるものがないか確認してみるが・・・
「本当に補充できるものがないな・・・」
これでもかと言いたいように店内のどこの棚も満杯に補充されていた。たまに補充できる隙間を見つけてもそれは在庫が無いものでそれも店長が発注している。作業は終了です。はい、次に移りましょう。
「あと考えられるのは先だし前だしか・・・」
先だし前だしは小売店の基本である。先だしとはお菓子などの食品を賞味期限の順に陳列すること、賞味期限の近いものを前に置く。前だしとは商品を棚の手前に陳列してお客さんが商品を取りやすくすると同時に見栄えも良くするのだ。基本的には品出しのついでや閉店後にするものなのだが・・・
「全部きれいに陳列されてんなぁ・・・」
どうも店長が暇つぶしに先だし前だしをしていたみたいだ。今現在お客さんは人っ子一人来ていない。店内にお客さんがいないこと自体が異常な光景であり店長も暇なのはわかるのだが僕の仕事を取らないでもらいたい。
「後は・・・掃除か」
結局最初に店長に言われた“掃除”をすることになった。早すぎる、あまりにも早すぎるしどう転んでも早すぎる。こうなったら店内の端から端まで掃除してやる。
気持ちよかった、本当に気持ちが良かった。どれくらい気持ちいいかというと爽やかな風の吹く大草原にいるみたいだ。残念なことにここは大草原ではないので芳香剤売り場の香りサンプルで我慢することにしよう。
「お、ちょうどいい時間だ。六倉さんとレジ交代しないと」
掃除も綺麗サッパリに終わったことなので六倉さんにバトンタッチをする事にした・・・うん、今の店内のように綺麗にバトンタッチしたかった。
「あ、交代ですね。相井さん、もうちょっと早く来てください」
無表情の六倉さん・・・一体どうしたさ?
「いや、時間通りだと思いますが・・・」
「30分くらい早く来てください」
それは無理です、いくら僕でも早すぎると思います。というかさっきから六倉さんがふてくされる。全然キャラじゃない。
「と、とりあえず交代しましょう」
なんかさっさと六倉さんと離れたかった。このままだと六倉さんの瞳が刃となって僕も身体をブッ刺していくだろう。
「・・・相井さん、何かすることは?」
散り際に六倉さんが振り向かないまま僕に訪ねてくる。表情が見えないのがむしろ怖さを醸し出しているが多分顔が見えていても怖いだろう。
「そ、掃除はしておきました・・・」
「つまり何もないと?」
「・・・・ハイ」
僕のカタコト外国人のような返事を聞くと六倉さんは無言で去っていった。
レジに入ってすぐに異変に気がついた。
「何だあれ・・・」
レジの脇のちっちゃい机にチラシを折ったものが大量に積んであり高いタワーを形成していた。
「まさか六倉さん、コレ全部折ったのか・・・」
レジの脇にはチラシが積まれておりお客さんが居ないときはこのチラシを折る作業があるのだがそもそもお客さんがいない時が少ないので一日折れたとしても数枚である。
「コレ、こんなに折れるものだったのか・・・」
100枚位のチラシを六倉さんは黙々と折り続けていたのだ。まぁお客さん居なかったし、かといってレジを無人にするわけにもいかない、つまりチラシを折るしかやることなかったわけだ。そりゃ六倉さんでも病むだろう。
「・・・あかんヒマだ」
レジに立っているだけで何もやることがない。とにかくお客さんがいないからレジなんか動くわけがない。さっきからレジの画面は白紙のまま、まるでバーコードを読み取りたいと懇願しているみたいである。
「そして六倉さんが挙動不審だ・・・」
六倉さんはまるで幽霊のように店内をふらついていた。店長は事務所で書類でも整理しているのだろうが多分スローペースでやっているに違いない。“仕事中に仕事が無い”は大敵だった。
時間が来て再び六倉さんとレジを交代、六倉さんは暇そうにチラシを折って僕は暇そうに見慣れた店内を散策した。この間の出来事は残念ながら省略させてもらう、なぜなら何もやっていないからである。僕は単に店内をうろついて六倉さんは単にチラシを折っていた。事務所の店長の様子を見に行ったが来るはずのないお客さんを防犯カメラ越しに見ていただけだった。いつもは何かしら忙しそうにしている店長ですら暇そうだった。相変わらず外は台風による大嵐、結局僕がシフトに入ってからお客さんは片手で数えられるほどしか来店しなかった。お客さんが来た時はそれはそれは大喜びである。お客さんが手にとったところは前出しができるのだ。仕事ができるのはとても嬉しい。そんなことを考えながらバイトの時間を過ごしていった。
「2人とも、閉店だよ」
僕と六倉さんは揃ってレジの時計が閉店時間を指すまで待った。そして閉店の時間が来るのと同時に店長が声をかけてきた。
「店長、閉店作業は?」
僕はとりあえず聞いてみる。先だし前だしに加え掃除とゴミ捨てまで済ましてしまったのでバイトはやることがない。
「後はレジ閉めて電気と鍵くらいかな?先に帰っていいよ?」
「「やったあ!」」
随分と嬉しそうにバイト2人は声を上げた。ようやく退屈なバイトが終わったのはいいのだが・・・
「でも外、台風ですよね。お母さん呼びます」
六倉さんがポツリと発言・・・
「あ・・・・」
今日は徒歩で来たし僕も呼んでおこう・・・
「2人とも明日入っていたっけ?明日は台風一過だろうし忙しいよ」
確かに今日が台風だった代わりに明日は忙しそうだ。しかし僕も六倉さんも関係ない。
「明日はシフト入っていないです」
「私も・・・」
僕に続いて六倉さんもシフトに入っていないアピール。
「マジ?」
「「はい」」
店長は1人うなだれていた。
翌日はやっぱりと言いたいくらいに快晴、そういえば台風が過ぎたあとは何故晴れになるのだろうと思いながら授業を受けた。前日が台風で休校だったので週明けの気分である。そしてその週明け気分の授業も無事に終えることができた。ホームルームの最後に号令をして放課後だ。
「千佳ぁ、せっかくいい天気だしどこか行こうぜ」
今日はシフトに入っていない。昨日が大嵐だったのでミハラ薬品は激混みだろう。しかしシフトに入っていない僕には関係ない、宿題もないし悪いが遊ばせてもらう。
「あれ、千佳?」
千佳の席に停泊したがお目当ての千佳が既にいない。
「千佳ならもう帰ったぞ」
千佳の代わりに大地がやってきた。
「帰った!?」
「ああ」
大地の回答はそっけないものだった。たった2文字の回答は心に刺さる。
「帰ったって用事でもあったのか?」
「その前に進こそ千佳に用事があったのか?」
無い、ハッキリ言ってない。遊びに行きたいだけだ。
「いや、一緒に遊びに行こうとしただけだけどさ・・・」
「仲いいなおい・・・」
辛かっているような気がするが気にしないことにする。
「それで千佳は?」
「号令のあとすぐに教室を早足で出たな。満面の笑みで」
満面の笑みとなると千佳の用事は真面目なものではないだろう。しかし好きな雑誌の発売日でさえゆったり行動する千佳をここまで焦らせる用事とは一体何だろうか。
「ちっ、遊び相手がいない・・・」
とりあえずわざとらしく舌打ちをしておいた。一方的だが千佳には後で借りを返してもらおう。
「俺、空いているけど・・・」
申し泣けなさそうに大地が挙手。そういえば大地と遊ぶという選択肢がなかった。
「部活は?」
「台風は去ったがグラウンドがぐちゃぐちゃでな」
そういえば今日の体育もグラウンドが使えないだとかで屋内競技になった。台風は過ぎ去ったあとでも困るものである。
「進、ゲーセンでも行くか?」
大地が僕の肩をぽんと叩いて提案、肩を叩く行為が何やら僕を慰めているようにも感じる。千佳がいなかったことがそれほどショックに見えたのだろうか。
「ああ、行くか。ちょうど給料も入ったし」
男2人が寂しくゲーセンに行くことになった。
紅葉学園から近場のゲーセンまではそう遠くはない、しかし家とは反対方向なので帰る時に割とめんどくさいことになる。
「とれたぁああああ!」
ゲーセンの入口に着くなり叫び声、その声の主はよく知る声。
「進、千佳がいたな・・・」
「あぁ、いたね」
放課後すぐに姿を消した千佳はゲーセンにいた。なぜにここまで急いでゲーセンに・・・
「あれ?」
千佳の横に何やら別の人が1名いるのが確認できた。様子から見て千佳に振り回せれている感覚があるが。
「誰だ?」
大地は知らぬが僕はその人を知っている。昨日共にヒマヒマ地獄を戦いぬいた・・・
「む、六倉さんだ・・・」
「むつくら?」
「あぁ、バイト先の人だ」
そういえば六倉さんも今日はシフトに入っていないのだった。そして以前のボランティアで千佳と六倉さんは意気投合している様子だった。概ね天気のいい日に六倉さんがオフだったから千佳が誘ったのだろう。
「おい、いい加減に中に入ったらどうだ?」
大地の一言でようやく気がつくが僕たちは未だゲーセンの入口に突っ立っているだけだった。梅雨も明けたことで熱くなったし外にいるのは辛くなってきた。
「いや、2人の邪魔しちゃ悪いしカラオケに変更だ」
「ん?まあいいけど」
なんとなくだけど千佳と六倉さんの間に割ってはいるのは気が引けた。僕個人としては顔見知りの六倉さんに友達ができるのは嬉しいし、昔からよく知っている千佳に友達ができるのも嬉しいことだ。千佳が今日あれだけ早くここに来たのはそれだけ六倉さんに会うのが楽しみだったという事、あの千佳がここまで積極的になるのは珍しい。別に千佳も六倉さんも僕たちを拒絶することはないだろうが今は2人で楽しくさせてやろう。
そのあとのカラオケは何故かバラード中心だった。