5月下旬のカニカマ
5月下旬、連休のあんまん地獄からなんとか回復した今日この頃である。ちなみにそのあいだは千佳や大地、さらに六倉さんや店長までよくわからない白い目で見られた。
「イヤッッホォォォオオォオウ!千佳!やったぞぉ!」
「うっさい餡子!」
「餡子いうな!」
せっかく朝に迎えに来てやったのに玄関から出てきた千佳は僕を餡子呼ばわりした。因みに連休明けの僕の奇行のせいでクラスでは“餡子”と呼ばれている。このまま紅葉学園にいる間はもちろん卒業してからも餡子のままでは僕の精神が本当に餡子になってしまう。しばらくすれば餡子呼ばわりもなくなると思うが万が一にでも餡子のあだ名だけは浸透して欲しくなかった。
「千佳、昨日は僕の初給料が出たのだ!」
「はぁ・・・」
「働くのはいいぜえ!これほどの金額になるとは!」
昨日もらった茶封筒には今までもらったことないような金額が書かれていた。働いた分だけ稼げるこの資本主義社会に拍手喝采である。
「うんまあ・・・よかったね」
「ほめてぇ!」
「はいはい、よしよし・・・」
千佳は屈んでいる僕の頭を背伸びして撫でてくれた。あの千佳が今日はデレている!給料も出たし千佳には撫でてもらえるし今日は本当に最高な日だ!
そう思ったのは本当に朝だけだった・・・
本日もシフト15分前にバイト先に到着した。今日も頑張ってバイトだ。
「おはようございます・・・何ですかコレ・・・」
ミハラ薬品松野宮店に訪れた僕を出迎えてくれたのは茶色の箱の山だった。
「カニカマだ」
店長は自信満々に、それでいて困り果てていたように答えた。カゴ車2台に満載になっているカニカマは軽く100箱はある。100箱といっても箱自体が小さいので倉庫を埋め尽くすほどではない。
「カニカマ!?このダンボール全部カニカマですか!?」
「大量に来ちゃったねー」
「なんでこんなに大量に・・・」
「自分も最初は間違って発注したかと思ったのだが送信履歴を確認しても1箱しか発注していない。しかしカニカマと一緒に送られてきた伝票は100なんだよね・・・」
どうやら配送業者側のミスらしい。店長は「僕のクビが飛ぶかとヒヤヒヤしたよ」と笑いながら頭を掻いていた。
「で、どうするのですか?」
「売らないと破棄になってもったいないからね、値引きしてでも売るよ」
売るのか!?この量を!?
「店長、相井さんおはようございます・・・えっ」
六倉さんはやってくるなり固まっていた。まあこのカニカマの山を見れば固まるのも無理はない、実際僕も初めて見たときは固まったし。
本日の朝礼、内容はやる前からわかっている。ホワイトボードの日程表には僕と六倉さんの日程部分に横線が引いてあってその上に“カニカマ”と書かれていた。レジやら品出しやらよりもカニカマが優先のようだ。
「というわけで何としてもカニカマを売って売って売りまくってくれ」
「カニカマってそんなに一度に大量に食べるものじゃないですよね・・・」
僕はもう笑うしかない。ちなみにカニカマは1パックに6切れ入りでそれが1箱に12パック、ダンボールは100箱なので1200パックを売らないといけない。
「1200パックも売るのですか・・・」
ダメだ、六倉さんも顔が笑っている。こんなんで本当に1200パックも売れるのか・・・
「ほかの店舗に協力してもらってここで売るのは50箱、つまり600パックで大丈夫だ。残りは他の店舗に送って売ってもらう」
ミハラ薬品が小規模ながらもチェーン店で助かった。困ったときは仲間に頼ってみるものである。しかし数が半分になっても多いことには変わりない。そもそもカニカマなんて大体の家族は1パックしか買わないし600パックになったといっても先が思いやられる。
さあ、戦争・・・いや、カニカマ売りのスタートだ!
「とりあえずどうします?」
事務所のホワイトボードに“カニカマ販促作戦”と書いて六倉さんの向かいに座る。
「別にホワイトボードに書かなくてもいいじゃないですか・・・」
「こういうのは気持ちが大事なんですよ!」
「はぁ・・・」
ポニーテールにまとめて仕事モードに入った六倉さんは作戦会議早々にため息をついていた。僕がやたらハイテンションなのは非日常的なカニカマ戦争にテンションがおかしくなっているからである。
「とにかくポップを作りましょう。真っ先に思いつくのはそれですね」
宣伝なくて物は売れない、最も基本的であって最も重要なものだ。さすがは秀才の六倉さん、基本はしっかり押さえている。
POPを作るために紙とペンを持ってきた。問題はここにどうカニカマを宣伝していくかである。六倉さんは早速なにやら書き始める。
「何書いているのですか?」
「カニカマの絵を描いてみようかと」
六倉さんはカニカマを描いたことがあるのだろうか、少なくても僕はカニカマを描いたことがない。僕は画才が無いのでイラストは六倉さんに任せて(地味に六倉さんは絵がうまいようだ)僕は紙に“サラダに!”とか“お買い得!”とか“一家に一台”とか書いて・・・
「相井さん・・・その・・・」
おや、僕がコメントを書いていると向かいから六倉さんが話しかけてきた。まだカニカマのイラストは完成していないようだ。何の用だろう。
「“サラダに!”と“お買い得!”はわかりますけど“一家に一台”は・・・」
「あぁ、そうか・・・」
僕のしたことが、凡ミスをしてしまったようだ。
「カニカマの単位は一台じゃないか・・・」
「そこじゃないです・・・」
「六倉さん、カニカマの単位って何ですか?1切れかな?それとも1本?」
そういえばカニカマなんて数えたことがなかった。
「あの・・・相井さん、聞いています?」
一悶着あって結局カニカマのイラストと“一家に一台”以外のコメントが店頭に並んだ。僕の力作のコメントだったのに残念だ。
大胆にカニカマを売り場に配置して若干はカニカマの売れ行きは上がった。しかしそれだけではカニカマを売りつくすには足りない。
「値引きシールを貼る作業が無いのが幸運でしたね」
山となったカニカマを見てポツリと僕はつぶやく。いつもなら値引きシールを貼る作業があるのだが量が量なので元の値段を変更した。商売あがったりの叩き売りだが今回はしょうがない、本当にしょうがない。
「私、蟹よりカニカマの方が好きですね」
唐突に六倉さん。
「カニカマって蟹の代用品として生まれたんですよね・・・」
「でもカニカマの方が好きです」
六倉さんは語る、カニカマを語る。カニカマのいいところ、それはカニカマは蟹ではなくあくまでカニカマなのだと・・・蟹の代用品などではなくあくまでカニカマはカニカマなのだと・・・お客さんのいる店内だというのに六倉さんは5分間カニカマについて語った。やばい、六倉さんに変なスイッチが入ってしまった。僕はカニカマトークの8割を聞き流していたが、どういうわけか六倉さんのカニカマトークのおかげでカニカマに手を伸ばす人がいた。六倉さんは意外と営業能力があるのかもしれない。しかしPOP作っているときはため息ついていた六倉さんがこんな状態になるとはカニカマ恐るべしである。
このままだと六倉さんも僕もカニカマに洗脳されてしまいそうだったので一旦事務所の方まで引き返してきた。値下げ効果とPOP効果、それにカニカマトークのおかげでカニカマの売れ行きは普段とは比べ物にならないくらいだと店長は言っていた。もともと売上額なんて考えていない値段設定なのでカニカマがいつもより売れるのは必然的なことである。しかし決して値段だけの問題ではないことは僕も六倉さんも、そして店長もわかっていた。
「相井さん、次なる手を考えましょう」
事務所に帰ってきた六倉さんは大人しいキャラ設定を無視して強めの発言。
「六倉さんテンション高いですね・・・」
カニカマ販促作戦の主導権はいつのまにか僕から六倉さんになっていた。
「こういうのは気持ちが大事なんですよ!」
少し前に僕が言ったセリフを今度は六倉さんが言っていた。六倉さんはもしかすると毒されやすい人なのかもしれない。多分エロゲとか勧めると一気に入り込むタイプだ。エロゲを黙々と、もしくはノリノリでやる六倉さんを拝んでみたいところだが、それはそれで困るのでやめておこう。僕もそっち方面はそんなに詳しくないし。
「しかしいくら値下げしても優秀なPOPを作ってもカニカマはカニカマなので売れ行きには限度があると思います」
僕はごもっともな事を発言する。確かにカニカマの売れ行きはいつもの倍以上だが、そのペースでもカニカマを売り切ることは難しかった。
「カニカマをなめないでください!美味しいじゃないですか!」
えー!本当にどうしちゃったの六倉さん!
「しかし人が一番来る夕方の時間帯が過ぎてしまいました。夕方のようには売れませんよ」
ミハラ薬品松野宮店の書き入れ時は夕方である。パート帰りの主婦はもちろん夕飯の買い出しに来る人もいるので夕方の時間帯は一番混む時間帯だ。さっきまでは時間帯の恩恵も受けられたがそれを過ぎてしまってはカニカマの売り上げは下がってしまうだろう。
「じゃあ私たちで食べればいいじゃないですか」
「六倉さん、叩き売りとはいえ売り物なので勝手に食べちゃダメです」
「じゃあ店長に言って・・・」
「そこまでしてカニカマ食べたいですか?」
一応店長に聞いてみたが案の定NGだった。賞味期限の日の閉店後なら食べてもいいと言っていたがお店としてはその前に売り尽くしたい。結局交渉は無駄となりそしてその為にわざわざ店長のところまで行った僕は文字通り無駄足だった。
「あ・・・」
事務所に戻る途中で僕は気がついた。僕たちが食べるのはダメだけどお客さんが食べる分にはいいのではないかと・・・
「六倉さん・・・」
「なんでしょう?」
「試食スペースを設けましょう」
試食ならOKとの店長の許しが出た。何度も言うようにそもそも今回のカニカマは儲けなんて度外視でとにかくカニカマを無くすことに目的がある。そして何もカニカマを無くすにはお客さんに買ってもらうことだけではなく食べてもらうことでも数が減らせるのだ。
僕は試食スペースを設置し六倉さんがカニカマを試食サイズ(といっても結構大きめ)に切った。さらにカニカマを売る場所もスペースを広げ、それに見合う大きなPOPを作りカニカマの存在感をアピールした。おそらくミハラ薬品史上最大のカニカマ祭りだ。試食コーナーの効果で売上も上がり、さらに試食することによってカニカマも減っていく。流石に1日では売り切ることはできなかったが翌日もカニカマを展開して。
そして3日目にはカニカマの在庫は平常に戻った。
「相井くん、六倉さん、よくやったよ!おかげでカニカマが無くなった!」
閉店後に店長とハイタッチ。正確にはまだカニカマは残っているのだがその量はいつもの量くらい。品切れはむしろ回避したいので事実上売り尽くしたといっていい量だ。3日間お世話になったカニカマPOPを撤去すると何か感傷深いものがある。
「一時はどうなるかと思いましたけど良かったです」
僕もほっと一息、無事にカニカマを売り尽くしたという達成感に満ち溢れていた。この達成感は気持ちのいいものではあるが毎日は困るものである。
「店長、相井さん、ここは記念にカニカマで乾杯しません?」
「・・・・・」
「・・・・・」
六倉さんの提案に僕、そして店長は固まる・・・
「いや、しばらくカニカマは見たくないね・・・」
正直に店長。
「六倉さん、カニカマ好きですよね・・・」
僕は店長ほど度胸はないので話題を変える。
「はい?確かに蟹よりかは好きですけど・・・」
え!?その程度なの!?じゃああの時のカニカマテンションはなに!?
「カニカマにトラウマを覚えたなら大丈夫です。家族で適当にカニカマパーティします。店長、カニカマ買っていいですか?」
いや、絶対にカニカマ好きだろ!
「あ、あぁ・・・レジはまだ閉めていないし大丈夫だよ」
「やった!」
六倉さん満面の笑みである。女神に例えてもいいくらいに満面の笑みだ。多分、いや絶対に六倉さんはカニカマが好きだ。なぜ六倉さんはカニカマが好きだと認めないのだろう、隠すようなものではないと思うが・・・
六倉さんはカニカマを1パック買って一度事務所に置きにくと店内の清掃を始めた。店長はレジを閉めて僕は冷蔵庫のカーテンを閉じる。このカーテンは冷気を逃さないようにするためだ。冷蔵庫に売り場が縮小したカニカマを見ることができた。今回は本当にやりきった、清々しい気分である。頑張ってそれに見合う成果が得られたのに六倉さんのカニカマ好きか否かの部分妙に引っかかるところがあった。分かるでしょうかこの微妙な感じ。
何はともあれカニカマ販促作戦は大成功ののちに幕を閉じた。もうカニカマの叩き売り・・・いや、カニカマでなくても叩き売りはごめんだ。
もうごめんとは思ったが、気持ちが良かった。
「おつかれさまでした」
今日は店長と六倉さんも同時に帰ることになった。帰る方向が同じ僕と六倉さんは一緒に歩き出し店長は自分の愛車に向かう。
さっきはもうごめんと思ったが、たまにはいいかな?
そんなことを僕は思ってしまった。カニカマの入った袋を下げている六倉さんもきっと同じことを思っているだろう。