4月某日の職場探し
4月某日、始まりっぽいイメージの4月に本当に始まりが起きた。僕が紅葉学園に入学した事だけではない。僕、相井進は学校生活をバイトにつぎ込むことに決めた。理由はさっさと一生ぶんのお金を稼いで余生を楽して過ごすという真面目なのか不真面目なのか分からない人生設計を実行するためである。
「バイトするぞー!」
有言実行だ、早速有言を実行する事にしよう。
「大地、バイトするには届け出が必要なんだよな?どこにある?」
「進路指導部じゃねえかな?」
「よし、行くぞ」
僕はほとんど空っぽの鞄を持つと早速職員棟の校舎に向かうことにした。進路指導部はおそらく教室とは違う校舎にあるはずである。
「今から行くのかよ!?」
僕の先にやりたがる性格は生まれてからなので大地も知っているはずだが動揺しているようだった。激流のごとく流れる話について行けないようである。
「大地、予定悪いの?」
千佳が大地の顔を下からのぞきこんでいた。大地の背丈上どうしても上を向いて会話することになってしまう。僕でさえ自然と顔が上に向いてしまうので僕よりも背の低い千佳は顔を上に向けたうえでさらに目玉を上に向けていた。
「いや、俺は問題ないが・・・」
大地はただでさえ背が高いのに更に顔を斜め上にあげて頭をかいていた。
「あたしはこの後、家族と一緒にお昼ご飯を食べる予定なのよね・・・悪いけど進の早すぎる就職活動につき合っていられる余裕はないわ」
まあ今日は入学式なので終わったら家族や親戚たちとともにお食事会という家もあるだろう、現在時刻は正午を過ぎておりお腹をすかせた成長期真っ只中の生徒たちは足早に下校していた。今残っているのは家族の迎え待ちなどで残っている僅かな生徒だけだ。
「別に付き合ってくれと言ったわけじゃなかったのだが・・・こっちこそ悪かったな」
「ごめんね進、あたしは先に帰るね」
「おう、じゃあな」
「また明日!」
僕と、そして大地は新品の鞄を持った千佳を手を振って見送ると僕は進路指導部を探すことにした。これまた頼んだわけではないのだが大地が付き添ってくれることになった。
さて、渡り廊下を渡って職員棟にやってきたのはいいが進路指導部の場所が分からない。入学初日である僕たちにとってはこの学校の敷地内を歩くだけでも命懸けの冒険物語である。
「あれ?もしかして一番最初に来た相井くん?」
体育館に通じる渡り廊下の角からガラガラ音がしたと思うとそこから姿を現したのはウェーブのかかったロングヘアー、間違いなく白沢姫梨先輩だ。白沢先輩は台車を押していてその台車の上には大きなお花にこれまた大きな花瓶が乗っていた。多分僕の記憶が正しければこの花と花瓶は入学式の時に壇上に飾られていたものだと思われる。花の品種は男の僕にはわからないが多分入学式にピッタリな花言葉だとかいわれのある花だと思われる。とりあえず今言えることは“高そうな花と花瓶”だということだ。
「白沢先輩、名前覚えてくれたんですね」
一新入生である僕の名前を覚えてくれた事は素直に嬉しかった。
「物覚えはいいほうだし、それに2時間も前に学校に来れば印象に残るよぉ」
「2時間前!?8時!?馬鹿じゃないの!?」
そういえば大地は今日僕が8時に来たことをまだ知らないのだった。
「そちらは進のお友達?」
白沢先輩は台車と花瓶越しに大地を見た。当たり前だが190cm近くある大地は白沢先輩にとっても高いので見上げる形になる。
「ああ、藤和です。よろしくお願いします」
僕が“白沢先輩”と呼んだからか、それとも白沢先輩の副会長オーラに魅せられたのか。大地は敬語で自分の名前を名乗った。やたらハッキリと名乗るあたりはやはり運動部(正しくはまだ紅葉学園サッカー部に入部していない)である。
「私は白沢姫梨、生徒会副会長よ。よろしくね、藤和くん」
台車越しなので握手ではなく軽いお辞儀で挨拶となった。
「それで職員棟に何の用?」
「進路指導部を探しているのです」
挨拶のせいで忘れそうになったが僕は白沢先輩に進路指導部の場所を聞くことにした。ちょうどいい時に顔見知りの先輩が来てくれてよかった。
「進路指導部?もしかしてバイトするの?いい機会ではあるけど気が早いわね」
進路指導部は生徒のバイト先の紹介だけでなく本来の業務である進学、そして就職の相談も行っている。3年は進学と就職の目的で訪れることが多いが基本的に1年はバイト以外の目的で訪れることはない。白沢先輩は生徒会ということもあってそのへんの状況は詳しいのだろう。
「まあ、手が早いことが僕のモットーなので」
「手が・・・早い?」
少しだけ先輩の顔が赤くなっていた。そして目線をそらす。はて?
「その進、その言葉はないんじゃないか?」
その言葉で僕はようやく自分が発した言葉に“もう一つの意味”があることに気がついた。
「あー!違います!そっちじゃないです!」
いやあ、こうなってしまうと僕は必死になりますよ。はい、必死になります。
無事に白沢先輩から進路指導部にたどり着くことができた。“無事に”とは迷わずに進路指導部に来れたことである。正直白沢先輩には悪いイメージを与えてしまったのではないかと未だにおかしな汗が背中を流れている。いい先輩であることには間違いないのだろうがしばらくは顔を合わせたくなかった。いい先輩なだけに本当に残念である。
進路指導部の掲示板にはバイト募集のチラシが何枚か貼ってあった。大体は工場やイベントの設営などで少しだけではあるがボランティアの募集もある。
「おや?新入生かな?」
掲示板を見ていると中から男の先生が出てきた。進路指導部の部屋から出てきたので進路指導部の先生なのだろう。
「はい、バイトがしたいのです」
「バイトかあ、君は長期と短期のどちらのバイトがやりたいのかな?」
突発的にバイトがしたいと思っていたので長期も短期も考えていなかった。僕が腕組みをして悩んでいると先生が口を開く。
「長期は自分で携帯代払いたいとか、継続的にお小遣いが欲しいという人がやるね。反対に短期は自分のギターが欲しいとか、新しいゲームが買いたいとか少しだけ稼ぎたい人がやるよ。ロマンチックなところだと彼女にプレゼントを買うとかあるね」
おぅ、なんとロマンチストな。僕もそんなことを一度はやってみたいものである。てかそんなことを考えている場合じゃなくて。
「僕の目的的には長期かな?」
「月々のお小遣い目的かい?」
「まあそんなところです」
一生ぶんのお金を早く稼ぐためとは言えなかった。まあ、その・・・なんとなく後ろめたい何かがあったのである。大地がニマニマこっちを見ているが気にしない。
「長期のバイトはここに貼っていないんだよな、学校生活まで支障がありそうな長期バイトはあえて貼っていなんだ」
「長期バイトは禁止しているのですか?」
「別に禁止しているわけではないよ。こんなの言っちゃアレだけどポーズだけだし、短期も複数のバイトを続けてやれば長期と変わらないし」
本当に先生、それも進路指導部の先生が言っていいのだろうか。
「進、ここに短期しかないとなるとどうやって探す?」
「そうだな・・・」
「バイト紹介のサイトを見るのもアリだが自分の足で調べるのが一番かな?近所のスーパーやレストランに行くと案外貼ってあるのだよ」
自分の足、なんと原始的な方法だろうか。しかし自分の足で調べるということは必然的に自分で行ける範囲内のみを探すことになるため通勤時間に無理のないバイトをすることができるのだ。近所の店でバイトは学業とも両立しやすくなる。
「分かりました、親からもらった足で探します」
よし、そうと決まったら早速探すことにしよう!
「あ、ちょっと待ってくれ」
早速行動しようとした僕を先生が呼び止めた。
「どこでバイトするにも申請がいる。中で書類を書いてくれ」
そういえば申請がいるのだった。ちなみに無許可バイトがバレたら1週間の停学である。僕と付き添いの大地は進路指導部の中に入った。先生が2枚の用紙をそれぞれに渡したが大地は「僕は今のところバイトする予定はないです」と用紙を返した。
「ここに君の名前とバイトの理由を書いてくれ」
書類の一番上には名前と理由を書く欄が有り、やたら難しい言葉遣いの文章をはさんで3つの四角があった。そのうちひとつは既にハンコが押されている。
「理由はどうすればいいですか?”小遣い稼ぎ”じゃアレですよね?」
僕はそばにあった机を借りて用紙に名前を書くと理由のところでつまずいた。
「“経済的理由”でいいよ」
いいのか!?用紙をもらった時点でハンコが押されてあるあたりかなりいい加減な匂いがこの用紙からプンプンする。横で見ている大地も苦笑いしていた。結局僕は言われるがまま“経済的理由”と書いた。ハンコは既に押されているが、まだハンコを押すスペースはあと2つある。
「それじゃあ、その用紙を担任の先生と学年主任のところに行ってハンコをもらってくれ。済んだらまた私のところに来ればいい。しばらくはここに居るから留守は心配しなくていいぞ」
「分かりました、失礼しました」
「失礼しました」
僕と大地は一礼をして進路指導部を出た。
職員室の場所は進路指導部の隣にあったので迷うことはなかった。担任の先生と主任の先生から“学業に支障ないように”との言葉付きでハンコをもらって僕は再び進路指導部に戻ってきた。ちなみに大地は用もないのに職員室に入るのは嫌とのことで廊下に待機していた。まぁ気持ちは分かる。
「先生、ハンコもらってきました」
進路指導の先生が接しやすい為か今度は大地も一緒に入ってきた。生徒と密接になる必要がある進路指導の先生はこのような性格が適任なのかもしれない。
「スタンプラリーは終わったか、よかったよかった」
「スタンプラリー・・・ふっ」
大地がどうやらツボにハマってしまったようだが僕はお構いなしに申請書を先生に渡した。
「そ、そういえば今日は他にもバイトの申請に来た人はいたんですか?」
まだ笑っている大地が先生に気になった質問を投げていた。
「新入生が4~5人いたかな?節目の日だし居るものだよ」
先生は僕のスタンプラリーの成果をファイリングすると椅子に座って質問に答えた。新たな生活に新たなバイトをという人はそれなりにいるのだろう。
「許可さえ貰えばここは割と自由だからね。バイトしたいからここに入学する人もいるようだ。厳しいところはバイト自体を禁止しているからね」
その点、紅葉学園は理事長の意向があるとはいえ自由だ。下手に規制する方が規則を守らない生徒も生んでしまうのだろう。何はともあれ無事に許可をもらった僕は堂々とバイトをすることができるようになった。
僕と大地は一緒に帰宅することにした。そして帰宅のついでのバイト探しである。たまに学校帰りに買い物をすることはあるのだがここまで蛇行運転で帰るのは初めてである。
「進、済まないがバイト先を探す前に何か食べに行かないか?」
「まあ、もう1時半だよな・・・」
確かに僕もお腹がすいてきた。僕でさえお腹がすいているのに運動系の大地はもう限界だろう、確か大通りにハンバーガーがあったはずだ。
「くうなぁ・・・よくヨタバーガー食えるな・・・」
僕は無難にテリヤキバーガーを頼んだが彼はヨタバーガーを平らげたのである。ちなみにこのヨタバーガーはハンバーグが8枚も挟んである。このハンバーガー1つでカロリーはどれほどあるのだろうか、僕は気になってメニュー表のカロリーの項目を見たがそれはそれは信じられない数字だった。スポーツマンの消費するカロリーは計り知れない。
「しかし先生の言っていた通りだったな、ここもバイトを募集している」
その通りだった。入口の脇にあった張り紙にはバイト募集と書かれていたのだ。今まで気にも止めていなかったが意識しようと思えばバイト募集はどこでもやっているようである。確かにこれなら自分の足で探すのも悪くはない。
「ただ時間がアウトなんだよなあ」
張り紙には条件に“平日の昼勤務できる方”と書かれていた。学生身分の僕にとっては無理難題な条件である。ここの募集は諦めるしかなさそうだ。
「まあ、学校サボってバイトというわけには行かないからな」
結局ここは“ただの客”として振舞うことにした。食べ終わったトレイを回収の場所に持っていって紙とプラスチックに分けてゴミ箱に入れた。お腹も膨れたことだしバイト先を探すことにしよう。
その後はレストランに募集があるかどうか見ようと思ったが食べる予定もないのにお食事どころに入るのは気が引けたのでやめた。ホームセンターは閉店時間が早く、土日ならともかく学校帰りにバイトするとなるとあまり稼げないと判断した。スーパーはそもそもバイトの募集をしていなかった。
「バイトの募集自体はあるけど自分にあったものは難しいな」
「ある程度の妥協は必要かもしれないね」
僕は次に近所のドラックストアに向かうことにした。自宅から徒歩10分の位置で学校とも方向がほぼ一緒だ。立地条件なら問題ない場所である。問題は勤務時間や年齢、そして募集をしているかどうかである。はじめは給料も考えていたがこうなると割と給料はどうでも良くなっていた。動機が金目当てだったのに不思議なものである。
「お?募集あったな」
僕よりも先に大地が募集の張り紙に気がついた。壁にデカデカと募集の張り紙があったのである。あまりに大きかったので僕は最初、商品の宣伝ポスターかと思った。ここまで大きくするとは余程バイトが欲しいのだろうか。
「時間も年齢も問題なしだね」
夕方勤務ができて年齢も問題なかった、場所も家から近くていい。ここならば問題なくバイトができそうである。ポスターの一番下には電話番号が書いてあって“お電話の上、写真付き履歴書持参ください”と書かれていた。
「ミハラ薬品の松野宮店、ここにしよう!」
僕のバイト先候補が見つかった。