10月週末の体育祭
10月週末、僕を起こしたのは目覚まし時計ではなく花火の音だった。本日は快晴、絶好の体育祭日より、そう本日は体育祭だ。新生徒会発足からの初仕事であるため新生徒会長の白沢先輩はとても張り切っている。
「千佳、千佳ぁ」
「お、おはよう進・・・」
千佳は制服を着ているがまだ眠そうだ。別に遅刻しなければいいのでそれはいいのだが・・・千佳はある重大なミスを犯している。
「千佳、今日は体育着だぞ・・・」
「・・・・・」
無言で玄関の先の闇に消えた千佳だった。
約5分のタイムロスをしたがもともと早めの行動を心がけていたので遅刻するようなことはない、早めの行動はこのような自体にも対応できる。おかげさまで学校に着いたのは時間の20分前だ。
「「選手宣誓!」」
選手宣誓を行うのは白沢先輩と高田誠司さんだ、生徒会選挙は敗れた高田さんだったが選手宣誓には選ばれた。
「僕たち」
「私たちは」
白沢先輩と高田さんはそれぞれ別のベクトルで声がハッキリしている。2人の声はグラウンドの隅から隅まで響き渡った。
「スポーツマンシップに則り」
「正々堂々勝負することを」
「「誓います」」
代表2人の宣誓のあとには全校生徒と教師陣の拍手が響いた。
「玉瀬さーん、進さーん」
自分の出番を待つことにした僕たちのもとを訪れたのは六倉さんだった。彼女はバイトの時はポニーテールで学校では髪をおろしている。本日は体育祭なのでバイトの時と同じように髪をポニーテールにまとめていた。
「香苗ちゃんは何に出るの?」
「障害走です」
六倉さんは小さくジャンプした、ハードルを越える真似だろう。
「あたしと一緒だ!競争だね!」
千佳もぴょんぴょん跳ねて喜んでいた。この体育祭はクラス対抗戦なので千佳と六倉さんはライバル同士だ。千佳は普段運動しない上に練習もテキトーにやっていたらしいので走る以前に途中でコケないか心配である。
「えっとそちらは大地さんですか?」
「おう、直接会うのは初めてだな」
背の高い大地と小柄の六倉さんが握手した、少し背伸びをしている六倉さんが可愛らしい。
「大地、そろそろ行こうぜ」
僕と大地の出番である綱引きの出番が近づいてきた。
「綱引きいってらー」
「頑張ってくださいね」
適当な返事の千佳とは対照的に六倉さんはエールを送ってくれた。正直これから六倉さんのクラスと戦うのだがいいのだろうか・・・
「行ってくるぜー」
「おー」
なんとなくだがガッツポーズで気合を入れながら入場門に行くことにした。入場門に向かう僕たちを2人の女生徒が見送ってくれる、これは勝たなければならない、勝たないと格好がつかない。
「あっ・・・」
見送っている途中で六倉さんが小さく声を上げた。
「香苗ちゃんどうしたの?」
「いえ・・・私のクラスには金剛くんがいることを忘れていました・・・」
「金剛くん?」
この会話の内容は2人の勇者の耳には届いていなかった。
グラウンドの四隅に設置してあるスピーカーから体育祭っぽい音楽が流れる。しかしこの音楽は”天国と地獄”のようなクラシック系ではなくアニメのオープニング曲をアレンジしたものだ。
「懐かしいなこの曲・・・」
約5年前のアニメの曲に大地がしみじみしていた。
「いや、懐かしんでいるところじゃないから・・・」
入場を済ませて待機位置に体育座りした。綱引きに限らずすべての競技はクラス対抗で行われる、綱引きのような対戦競技は競技直前に引いたクジによるトーナメント戦だ。紅葉学園は7クラスなので数の都合上、1クラスだけがシード権を得る。
「クジはどうなった?」
「1年3組は・・・」
朝礼台の前に設置されたトーナメント表には僕たちのクラスは3戦目だ。唯一のシード権は1組が勝ち取った。
1試合目の4組対2組の試合が始まった、紅葉学園の綱引きは少しだけ特殊な競技だ。お互いの選手は綱から50mの位置で待機、ピストルの合図とともに綱に向かってダッシュしてそれから綱を手にとって引っ張っていく。この徒競走と綱引きが融合したような競技はパワーだけでなくスピードも求められる、相手より早く綱にたどり着ければそれだけ試合が有利になるのだ。
僕の前の2試合が終了した。次は僕たち1年3組と1年6組の試合だ。僕たちは縄の前のスタートラインで構えている。
「大地、正直頼りにしているぜ」
「おう、任せておけ!」
僕はバイトである程度鍛えられているとはいえ、帰宅部なので運動部にはとてもかなわない。その点大地はサッカー部なのでとても頼りになる。
「位置について、よーい・・・」
ピストルから音と共に煙が上がった、お互いのチームは縄に向かって一斉に駆け出す。大地はそれなりに前の位置、僕は中間辺りの位置の綱を手にとった。
「進~大地~頑張れ~」
「3組の方が若干早いですね」
観客席では千佳と六倉さんが応援していた、全体的に3組の方が綱を手にとっている。先手必勝、このまま勝負をつけたい。
「お、いい感じに押しているんじゃないの?」
「綱引きなので押すというより引くですが・・・」
現在、3組が若干のリード、このままの状態でタイムアップがくれば勝利だ。
「そのまま、そまま!」
「玉瀬さん、言葉おかしくなっていますよ・・・」
パンッパンッ・・・
六倉さんが千佳に突っ込んでいるあいだに試合終了のピストルが響いた。有利な状況をそのまま維持して見事3組が勝利した。
「よっしゃ、まずは一勝!」
「このまま押し切るぞ!」
3組の面々はみんなガッツポーズ、3組は地味に運動部の割合が多いので体育祭にはいい感じもメンバーになっていると思う。次の試合は・・・確かシード権の1組だ。
そしてこちらは観客席、千佳と六倉さんは3組の勝利に盛り上がっていた。
「運動部さすがぁ!運動部率の勝利だね」
「快勝ですね」
既にグラウンドでは次の試合が2回戦の第一試合が始まっているが千佳と六倉さんは無関心だった。
「そういえば香苗ちゃんは1組だっけ?」
「そうですよ、次の対戦では当たりますね」
くじ引きの結果、1組はシード権を得ているため1回戦には参加していない。勝ちを目指すのであれば嬉しいことだが楽しむことを考えれば試合数が少ないのが傷だ。
「それで金剛くんだっけ?どんな人なの?」
「あぁ・・・」
その時にピストルの音が2度聞こえた、試合が終わったようだった。その時になってやっと対戦カードを見たが4組と7組の試合で4組が勝ち上がったようだ。あそこのクラスは陸上部が何故か多く、素早く綱の元までたどり着けるのだろう。綱引きといえばパワー勝負だがこのルールになるとむしろ足の速さが物を言う。
「もう次の試合ですよ・・・」
「見てのお楽しみということか・・・」
果たして金剛くん、その実力はいかに・・・
快晴の空の中にピストルの音、2回戦のスタートだ。対戦相手は1組、シード権だったので謎の集団だ。確か六倉さんが1組だったような気がする。なんかやりづらい感覚もあるがライバルはライバルなので正々堂々勝負したい。
位置について、よーい・・・
1組との試合が始まった、お互いは綱に向かって全力疾走するが走ることに夢中だ。運動部が多い利点だろうか、3組の一人が真っ先にたどり着いて綱を突っ張っていく。スタートダッシュのおかげで1組を大きく引き離すことができた。やはりこの競技は先手必勝なのだ。
「このままいくぞぉ!」
前の方で大地の叫ぶ声が聞こえた。大地の姿は見えないがこの掛け声は俄然やる気が出る。
「!?」
あれ、何か綱の挙動がおかしくなったような・・・
ズルズル・・・
引っ張られている!?引っ張られているの!?なんで今になってこんなに引っ張られているんだ?
パンッパンッ・・・
「ど、どうなった?」
僕はもちろんクラスのみんなも審判の旗を見た。審判の旗は無情にも1組の勝利をジャッジしていた。
「な、ナニが起こったのでショウカ・・・」
選手一同は何が起こったのかわからなかったようだが観客の皆様は口をあんぐりさせながらその一部始終を見ていた。
「マ、マンガや・・・マンガや・・・」
千佳はいつの間にか関西出身に転生していた。
「さすが金剛くんですね、ここまでとは・・・」
「やっぱりあの人が金剛くんか・・・」
それではこの試合に何があったのか、その一部始終をお見せしよう!
スタート直後、全体的に3組の方が早く綱にたどり着く、やや遅れて1組がたどり着いた。この時点では早めに綱引きを始めた3組が大幅にリードしている。
しかし、1組の後方に見るからに相撲とかやってそうな生徒がドタドタと土煙を上げながらゆっくり接近してくる。見るからに遅そうだが逆に考えれば見るからにパワーがありそうだ。
この生徒の正体は言うまでもなく金剛毅、体重111kgの巨漢である。彼がほかの生徒から遅れること約5秒、彼が綱を手にとった瞬間に攻勢は逆転した。1組の逆転勝利である。
ベスト4の成績に終わった綱引き、一応点数はもらえるのだが落胆の僕たちは下を向きながら帰還した。
「お、おかえり・・・」
千佳は顔をひきつりながらも迎えてくれた、六倉さんは自席に帰ったっぽい。六倉さん、逃げたな・・・
「なぁ、あの大男は誰だよ・・・」
決勝戦の4組と1組の対決は周りよりも5秒遅れてやってきた大男の武力介入によって逆転、1組が優勝した。
「こ、金剛くんだって」
金剛・・・大地とは別のベクトルで大男の彼1人で見事に形成を変えた、対戦しているときは何が起きたのかわからなかったが決勝戦で観客としてみているとなぜ途中から引っ張られたのかよくわかった。金剛という男、鈍重の分だけえらいパワーがある。生徒何人分のパワーがあるのだろうか・・・
「香苗ちゃんによると元ジュニア横綱らしいよ・・・」
「す、相撲取り・・・どうりでパワーがあるわけだ・・・」
完敗だ・・・まさか1組にこんな隠し球がいたなんて・・・
お昼休みをはさんで午後の部、一発目は玉入れだ。この種目には白沢先輩の姿を見ることができた。白沢先輩はいつもとは違って長い髪をポニーテールにまとめている。六倉さんといい白沢先輩といい長い髪を持っていると動くときに困るようだ。その点、千佳はショートヘアなので楽なのかもしれない。
「そういや千佳は前髪が長いんだった」
思わず独り言で喋ってしまった。
「いや、何でもない・・・」
ショートヘアに長い前髪という実用性低い髪型を何年もしているが、千佳が何故このような髪型をしているのかは謎だ。ここで聞けばその理由がわかるかもしれないが・・・なぜか聞くのは悪い気がした。
「玉入れ始まっちゃうよ」
そうだったそうだった、グラウンドに目を戻すとちょうどピストルの音が聞こえたところだ。スタートの合図とともに円形に知られた白線の中に選手たちが飛び込んでくる、みんな玉を拾っては投げ拾っては投げ・・・
「ひ、姫梨先輩どこ?」
「わ、わからん・・・」
白線の内側ではとにかく人が縦横無尽に駆け巡っている。その中から姫梨先輩を見つけ出すとこは難しかった。
「あ、いた!」
人ごみの中から一瞬だけ白沢先輩が見えた。
「どこ?」
「消えた・・・」
千佳に対して場所を教えようと思ったがその頃には姫梨先輩は人ごみというブラインドの中、テレポーテーションした用に錯覚できる。
「のおぉぉぉ!」
試合中、むしろ姫梨先輩を見ることができた時間のほうが少なかった気がする。ちなみに姫梨先輩の2年4組は5位・・・地味な順位だった。
「小学生の運動会でわが子を撮る親の気持ちがわかった気がする・・・」
千佳がやたら気の早い妄想をした。
続いて障害走、千佳と六倉さんが出場する競技だ。障害走は障害走でもそのコースはいろいろある、今回はトラックの半分を走り、スタートしたあとにハードル、ネット、平均台のあとに空中に設置されているアンパンを食べてあとはゴールに一直線だ。
「あ、順番的に六倉さんと当たるんだね」
「なんという運命か・・・」
1クラス1名ずつ、合計7人が一斉にスタートする。六倉さんと千佳は同じタイミングでスタートするようだ。これはライバル対決として見ごたえがある。
スタート地点でお互いににらみ合う女子生徒2人、ついに千佳と六倉さんの出番がやってきた。
「始まるようだな・・・」
「ゴクリ・・・」
別にこの勝敗が体育祭に影響するわけではないのだが僕はつばを飲んでおくことにした。
ピストルの音とともにスタート、最初のストレートは六倉さんに軍配が上がった。千佳は普段運動していないのでこの辺はバイトで体を動かしている六倉さんが有利だ。
ストレートの終了ポイントに最初の障害であるハードルが迫ってくる。六倉さんはそれを飛ぶというより乗り越える形で越えた。ほんの少し遅れて千佳もジャンプで無事に飛ぶ、この障害ではそんなに差を縮める、もしくは離すことはなかった。
カーブに差し掛かって次の障害であるネットがお見えする、もちろんこのネットはくぐる必要がある。先にたどり着いた六倉さんは現在7人中4位、ネットをくぐり始めたが腕が変な方向に絡んでしまった。その後ろに5位の千佳、六倉さんと同じように潜り始めるが特に絡むようなことがなく進む。この障害で手こずっていしまった六倉さんは千佳とさらに一人抜かされて6位になってしまった。
次の障害までに千佳は後ろから来た1人に抜かされて5位、表情を見る限りバテてきていると思われる、ここに来て運動不足が祟った。後ろから来た六倉さんとほぼ同時に平均台に差し掛かる。
「あ、落ちたな・・・」
大地が熱気ある観客席に不釣合いなドライなツッコミ、千佳は平均台の中間ほどの地点で落下、この平均台で落下すると最初からやり直しだ。
「ありゃ・・・六倉さんも落ちた」
なんと千佳の落下で差をつけたと思われた六倉さんも平均台の終盤で落下、やり直しだ。実はこの平均台はトラックのカーブ終了の地点に設置されているため曲がって走ってきた選手はとにかくバランスを崩しやすい。曲がって走るのとまっすぐ渡るのはバランス感覚が全然違うのだ。この曲者平均台は1レースに2~3人ほど落下者を出すため逆転劇が起こりやすいポイントだ。
2人が平均台を渡り直している間に1人抜かされてしまった。現在千佳が6位少し遅れて六倉さんが7位、なんと2人の勝負は最下位決定戦ともつれ込んだ。
最後のストレートでホンの少し先に六倉さんがアンパンのもとにたどり着く、六倉さんのジャンプ・・・しかし届かない!後からやってきた千佳は・・・見事に1発!六倉さんは3度目のジャンプでアンパンを加えてゴールにダッシュ・・・
「どうなった!?」
僕と大地はゴールラインに目をやる、こちらからでは場所の都合上ゴールが見えにくい。
千佳は6番の旗を、六倉さんは7番の旗を持っていた。千佳はこっちに向かってピースしている。別に自慢できる点数ではないが・・・
「あそこのアンパンか・・・」
「千佳の方が六倉さんに比べて背が高いからな、そこだな」
どうやら勝敗を決したのは背の高さだったらしい、胸の大きさとかじゃなくてよかった。
本日快晴なり、天気予報でも晴れるとは言っていたが無事に晴れてよかった。
「くそ・・・来年は絶対に優勝してやる」
大地が心底悔しそうだった。僕たち3組は4位・・・可もなく不可もなくといったところだ。ちなみに六倉さんの1組は2位、白沢先輩の4組は5位だった。
「ん、千佳どうした?」
後ろを歩いている千佳の様子がおかしいことに気がついた、なんだかフラフラしている。
「筋肉痛・・・」
「早いな・・・」
というかトラック半周しかしていないのだが・・・
「まあ早く筋肉痛が出るということは若い証拠じゃないか?」
大地が慰めになっているのかわからないような慰めを入れる。確かに年をとると2日後とかに筋肉痛が出ると聞いた。
「大地は余裕そうだな」
「まあ鍛えてるからな」
「あたし、鍛えようかしら・・・」
多分千佳が筋トレを始めたとしても3日で飽きるのが目に見えている。
なにはともあれ無事に体育祭を終えることができたので僕としては満足だった。
体育祭は土曜日、休日の日曜日をはさんで月曜日だ。本日は振替休日なので学校はないがその代わりに朝からバイトを入れておいた。
「ん・・・と・・・めざまし~どこ~」
布団から腕だけを伸ばして目覚まし時計のスイッチを探すが・・・
「痛・・・」
腕がなぜか引っ張られたように痛い、これは筋肉痛の痛みだ。その筋肉痛のせいで僕はすっかりお目覚めである。
「え、でも昨日はバイトも休みだったし宿題も出てなかったからゴロゴロしていたはずだが・・・」
筋肉痛の痛みは腕と足にある、はてどこで使ったのか・・・
「まさか・・・!」
僕の筋肉痛の正体は一昨日の綱引きだった。綱の元まで走った足と引っ張った腕がいま悲鳴を上げている。
僕は何時年をとったのだろうか・・・




