10月上旬の選挙活動
10月上旬、10月に入ってすぐだが涼しくて過ごしやすくなった今日この頃だ。この紅葉学園では10月最後の土曜日に体育祭が開催されるので体育会系の大地は日々、筋トレに励んでいる。逆にエコを考える千佳は「だるい」と言いながらも体育の授業に参加していた。
そんなある日である、廊下の掲示板にこんなものが貼ってあった。
「立候補者募集?」
僕の横にいた千佳がイントネーションを疑問系にしてその張り紙を読み上げていた。
「生徒会選挙かぁ」
紅葉学園に通う僕たちは選挙権を持っていないので学園内で見かける立候補者とか選挙とかの言葉は基本的に委員会系のものだ。
「生徒会と言ったらあの人よねぇ」
「あの人?」
「ほら、姫梨先輩」
確かに僕たちの中で最も縁のある生徒会メンバーといえば白沢姫梨先輩だ。
「白沢先輩は確か2年生だよね、今年は会長に出馬するのかな?」
生徒会選挙は今年の2年生1人が会長になり翌年の10月までの間、その会長としての仕事を全うする。つまり白沢先輩は被選挙権を持っているのだ。
「姫梨先輩、やっぱり出馬するのかな?」
「確かに僕が知る中ではあの人以外に会長にふさわしい人は知らないけど・・・」
しかし僕たちは1年、しかも共に帰宅部なので顔見知りの先輩は少ない、正直白沢先輩くらいしか知り合いがいないのだ。もしかするとサッカー部の大地なら先輩の知り合いも多いかもしれない。
「まあ、もし姫梨先輩が出るなら姫梨先輩に投票しようよ」
千佳が妙にテンション高く提案してきた。こっちを振り向いた拍子に長い前髪が目にかかったらしく前髪を直すあたりが安定の千佳リズムである。
「そうだな、白沢先輩にはいつもお世話になっているし」
僕も千佳の提案には賛成だった。立候補の締め切りは1週間後、投票日はそれからさらに1週間後だ。どんなライバルがいるのかは知らないし、そもそも白沢先輩が立候補するのかも分からないが全力で白沢先輩を応援しよう。
その時はその程度の認識だった。
そのすぐ翌日だ、放課後になってすぐに白沢先輩が僕の教室にやってきた。
「あ、白沢先輩!生徒会選挙に出るのですか?」
僕としては開口一番その質問を聞いてみたかった。
「その事なのだけど・・・推薦状を書いて欲しいの」
「推薦状?姫梨先輩やっぱり出るんだ」
僕の左脇の下から千佳が顔を出してきた。
「うん頼まれてね、それで立候補するには推薦人が何人か必要なの」
「推薦人か・・・高田さんもそんなこと言っていたな」
右の肩から屈んだ大地が顔を出してきた。僕は現在、3つ首のケルベロス状態になっている。
「高田さんって誰?」
千佳の頭がクエスチョンマーク、正直なところ僕もその人の名前は初耳だった。
「高田誠治君、サッカー部の部長さんよ、確か彼も出馬するのよね」
大地の代わりに白沢先輩が答えた。どうやら2年生の中では有名らしい。
「ねぇ大地、サッカー部の部長ってことはやっぱりサッカーうまいの?」
「確かに高田さんはレギュラーではあるがエースじゃない、あの人はなんというか・・・カリスマがあるんだ」
どうやら高田さんは白沢先輩にとっての強敵みたいだ。やはり僕と千佳では上級生の知識が乏しかった。世の中は広い・・・
「それで推薦人は何人必要ですか?」
「最低10人、でも人数が多いほどいいわね」
「あたし、推薦人になりますよ」
「あ、僕も」
別に勝負ではないのだが千佳に先を越させてしまった。どうでもいいのだがなんか悔しい。
「ありがとう、ここに署名してくれる?」
白沢先輩から推薦状とボールペンを借りた。さすが白沢先輩といったところか、制服の内ポケットにキャラ物のポールペンが常備してあった。推薦上には名前とクラスを書くところがあり既に20人くらいが埋まっている、やはり白沢先輩は人望厚いようである。
「あの、すいません俺は・・・」
僕と千佳が署名する中、大地だけが気難しそうにしていた。
「わかっているよ藤和くん、高田君に署名しちゃったんでしょ?」
「はい・・・」
ちなみに一度署名するとほかの人を推薦できないらしい。
「大地の裏切り者~」
千佳がバタバタ騒いでいた、前髪がブランコのようによく揺れる。
「すまないが高田さんは直接の先輩だから・・・」
「別にいいわよ、気にしていないから」
白沢先輩は本当に心が広かった。
「それで千佳さんにお願いがあるのだけど・・・」
「なんでしょう?」
白沢先輩が上目遣いで千佳にお願いしてくる、僕がやられたら聞く前からOKするつもりだが千佳もタジタジのようだ。
「私の応援演説をして欲しいの?」
「え?」
意外なお願いだった、千佳も驚いたが大地と僕は本人以上に驚いている。
「別に誰でもいいのだけど他学年の生徒の方が印象いいし・・・」
白沢先輩によると生徒会長候補の応援演説は推薦人であれば誰でもいいが毎年下級生が演説することが暗黙の了解らしく白沢先輩もそれに習いたいようだ。しかし白沢先輩は生徒会にずっといたせいで生徒会メンバー以外の下級生には知り合いが少ない(意外だ)。その下級生もほぼ全てのメンバーが副会長や書記会計といった枠に立候補しているので応援演説ができない為、千佳に相談したというわけだ。
「千佳で務まるのか?」
不安だ、不安材料しかない。エコを心がける千佳にそんな大役が務まるだろうか。
「大丈夫、私がサポートするから」
「サポートするのはむしろあたしの方ですが・・・」
「まぁ是非!」
白沢先輩にここまで押させてしまったら千佳も引き受けるしかない。
「わかりました、引き受けます」
千佳が折れた。
「・・・・・むぅ」
そんな中、大地だけが渋い顔をしていた。推薦状のことをまだ気にしているのだろうか?
千佳はそれから、原稿の制作に取り掛かっていた。千佳のことなので一体どんなものが出来るのかすごく不安であるが・・・
「やっと書き終わったぁ」
休日、僕は千佳の原稿作成に付き合うために千佳の家におじゃましていた。そういえば紅葉学園に進学してから千佳の家に上がったのは初めてだ。毎日家の前まで千佳を迎えに行っているのに不思議なものである。
「原稿終わったんだ、見せてみてよ」
「どーぞぉ」
千佳から手渡された原稿はそれはそれは素晴らしいものだった。
「ち、千佳とは信じられない完成度だ・・・」
僕の感想一言で千佳は得意げそうに鼻を鳴らしていた。
「これ、本当に千佳が書いたのか?実は白沢先輩が書いたとか・・・」
「正真正銘、あたしが書いたものだよ。というか書いているところ見ていたでしょ!」
そういえば千佳は短歌コンクールで入賞したことがあったのだった、それに国語だけは何故か頭がいい。省エネを心がけ動かない千佳はその分、動かないでもできる文章能力に特化していた。
「明日姫梨先輩に見せようっと」
千佳は得意げだった。
翌日、朝一番に投稿した僕と千佳がいた。僕はいつも早めの行動を心がけているし毎日千佳のもとに迎えに行っているのでこのこと自体は至って平常運転である。しかし本日の千佳はやたらご機嫌だった。
「じゃあ、姫梨先輩に見せてくる!」
教室にカバンを置いてすぐに千佳は教室を飛び出した。多分白沢先輩でもまだ登校している時間帯とは思えないのだが・・・おや、足音が聞こえてくる・・・
「忘れ物!」
千佳はすぐに舞い戻ってきた。そして自分のカバンの中から原稿を取り出すと再び去っていった。
「嵐みたいなやつだな・・・」
それからしばらく経ってサッカー部の朝練から帰っていた大地が教室に入ってきた。千佳はあれからまだ戻ってきていない、早くしないとチャイムが鳴ってしまう。
「あれ、千佳は風邪か?」
いつもは僕が来ているイコール千佳が来ている感じなのでそう思うのも無理はない。さて、僕は説明しようと思ったところでちょうど千佳が帰ってきた。
「お、噂をすればなんとやら・・・」
「すすす!一発オッケーだって!」
千佳は僕の名前を思いっきり噛んでいた、すすすって・・・
「とりあえず落ち着こうか」
大地が頭を抱えていた。それにしても一発オッケーとは・・・やはり千佳には文才があるようだ。白沢先輩のお墨付きなので間違いない。応援演説は明後日、投票はその翌日だ。
遂にやってきた演説の日、千佳はこのために血のにじむような練習を重ねていた。自分で書いた文章でもあるし本番で舌を噛むようなことはないだろう。問題は緊張とかは千佳のことなので大丈夫だと思う・・・たぶん。
体育館に集合した全校生徒は皆ステージ上に注目している。やがて選挙管理委員会からの挨拶が始まりそれから演説が始まった。
「これで副会長の立候補者による演説を終了します」
若干眠くなっていた僕を叩き起こしたのは司会の声だった。現在、副会長候補の演説が終わったところ、次は生徒会長立候補者の演説だ。今年の生徒会長ポストには4人が立候補しているが噂によると事実上白沢先輩と高田さんの一騎打ちらしい。白沢先輩は現職の生徒会副会長としてのネームがある。一方の高田さんは現職ではないがサッカー部員を中心に絶大なカリスマがある。どちらが選ばれるかは演説にかかっているだろう。
1人5分ずつの演説はこちらとしては長く退屈なものだが本人としてはとても短く感じるだろう。
「つづいて白沢姫梨さんの演説でございます。白沢さん、よろしくお願いします」
早くも2人目の演説が終わり白沢先輩の出番がやってきた。檀上に白沢先輩と応援演説の千佳がステージに上がる。
「千佳、相当緊張しているな」
千佳の歩き方はカックンカックンしている。1年は1番後ろなのだが緊張しているのはここからでもよくわかった。応援演説は本人の前、つまりこれから演説することになる。
「白沢姫梨先輩の応援演説をさせていただきます玉瀬千佳です」
自己紹介を済ませて千佳は丁寧に礼をした。やれば礼儀正しくなるものだ。礼をした後に前髪が邪魔になったのか千佳は前髪を横に払った。
「白沢先輩は今までも生徒副会長として学校行事の運営にも力を入れており、学校外でもボランティア活動に積極的です・・・」
千佳による無難な応援演説が始まった。無難かもしれないがそれが寧ろいいのである。
「それでは白沢先輩に清き一票をお願いします」
1分ちょいの短いスピーチだが千佳はあくまで前座、ここで白沢先輩にバトンタッチだ。
「ご紹介に預かりました白沢姫梨です。本日は御集まりいただきまして・・・」
白沢先輩の演説が始まった、内容はさすがといったところか無難ながらすばらしいものだった。千佳も緊張はしていたがしっかり喋れていたので満点だ。
「続きまして最後の演説、高田誠司くんでございます。高田くん、よろしくお願いします」
ライバルの高田さんの演説が始まった。ステージに上がるのはいかにもサッカーやっていますという感じの先輩が上がる、その後ろの応援演説の人はとても背の高い男子生徒だった。
「高田誠司さんの応援演説をさせていただきます藤和大地です」
というか大地だった。僕はそこで列の後ろを見るが当然大地の姿はどこにもない、出席番号1番の僕はクラスで一番前の列にいるため大地が不在なことに気づかなかった。
「大地、いつの間に・・・」
「高田先輩をよろしくお願いします」
気づいたら応援演説が終わってしまった。高田さんの演説が続いて行われる中、大地はしきりにステージの下を気にしていた。列の一番前には立候補者が座る席になっている。きっと千佳が殺し屋のような視線で大地を睨んでいるに違いない。
すべての演説が終わり僕は教室に帰ってきた。立候補者、及び応援演説の人は体育館の片付けを選挙管理委員会とやるらしくまだ帰ってきていない。
「あれ?」
教室のドアからモグラたたきのように顔だけを出している大地が目にとまった。大地はキョロキョロあたりを確認すると恐る恐る教室に入ってくる。
「ち、千佳は?」
「まだ帰ってきてないぞ」
「そ、そうか・・・」
その怯えっぷりから千佳から相当なプレッシャーをもらったのだと感じることができる。
「進、悪いがチョコあるか?」
「あぁ賄賂か、いいぞ」
千佳の機嫌をチョコで補おうとするあたり大地は必死だ。額には汗すら浮かんでいる、ステージ上での演説よりもこれからの方がプレッシャー高いのではないか・・・
「だーいーちー!」
1年3組に竜巻が襲来した。教室の誰もが振り向くようなドスの効いた声で千佳がズカズカと教室に入ってくる。
「なんで裏切ったのかなぁ!」
背の高い大地に対して恐ることなくメンチを切ってきた。怖い、怖すぎる!
「いや、千佳が頼まれた頃には既に俺も応援演説をすることが決まっていて・・・」
高田さんはサッカー部の部長なのでサッカー部の部員から応援演説を頼んでも何ら不思議はない、部活の先輩の頼みだったので大地も断れなかったというわけだ。
「ぐるるるるる・・・」
千佳は唸り声を上げて臨戦態勢にはいった、まあ予想済みだ。
「す、すまない・・・これで許してくれ」
大地は先ほど僕からもらった一口チョコを差し出す・・・しかし、千佳の怒りは収まらなかった。(しかしチョコはもらった)
「大地は普段こんなものを持ち歩いていないよねぇ・・・進ならともかく」
千佳の目線が僕にも降りかかる。あっいけね、大地にチョコ渡すんじゃなかった。
「姫梨先輩が落ちたらただじゃ置かないから!」
効果がないと思われたチョコだったが多少の効果はあったらしい。千佳は捨て台詞を吐くと自分の席に戻っていった・・・命拾いした。
「きょ、恐怖政治や・・・」
大地がうわごとのようにつぶやいていた。
投票日も終わり翌日の当選結果発表の日になった。昨日の投票であるが僕はもちろん白沢先輩に投票した。千佳は聞いていないが応援演説も務めたし白沢先輩だろう、大地ももちろん・・・もしかすると千佳の迫力に負けて白沢先輩に投票したかもしれない。
廊下の掲示板には白沢先輩が当選したことを告げていた。
噂で結果は聞いていたがせっかくなので実際に廊下まで出向いてみた。ポスターには投票数は記載されていないがクラスの選挙管理委員会によると接戦だったらしい。
「はぁ、よかった・・・」
大地が非常に安堵していた。千佳に殺されずに済んだので安心したのだろう。自分が応援した先輩が落ちたというのに・・・なんだかアレだ。
「姫梨先輩にお祝いしに行く?大地抜きで」
大地抜きを前提に千佳が話を進めていた。
「その必要はないわよ」
「姫梨先輩!」
「あ、おめでとうございます!」
「やっぱりここに来ていたのね」
どうやら僕たちの行動は読まれていたらしい。ウェーブのかかった髪を揺らしながら満面の笑みを浮かべていた。
「いやぁ・・・その・・・おめでとうございます」
大地が控えめにお祝いをした。
「と、藤和くん・・・その前のことは気にしなくていいから、私も藤和くんが高田くんの応援すると思って頼まなかったわけだし・・・」
なるほど、大地が高田さんを応援するのは想定済みだったわけか。
「あれ、じゃあなんで進じゃなくてあたし?」
「だって千佳さんは文章得意だもの」
まあ、確かに文才があるなら千佳に頼む・・・ってあれ?
「なんで千佳が文才あるって知っていたのですか?」
「ヒントは私の名前」
白沢先輩は人差し指をたてて片目を閉じた、どうやらクイズらしい。
「しらさわひめり・・・しらさわひめり・・・」
僕の脳内に“しらさわひめり”の文字羅列が駆け巡っていく・・・
「「白沢!」」
ひらめいた僕と千佳は白沢先輩を呼び捨てにした。
「どうしたんだよ進、千佳!」
大地だけが動揺している。白沢先輩はニコニコしていた。
「し、白沢先生のお子さんだったのですね・・・」
「ふふ、私のお父さんよ」
白沢先生・・・白沢享は僕と千佳の元担任の先生だ。千佳が短歌コンクールで入賞したのも国語だけは成績が良かったのも担任の白沢先生なら知っていたわけである。
「でも6月のボランティアの話題を家族とするまで私も気づかなかったのよ」
「世間って狭いな・・・」
人ってどこでつながるかわからない・・・
「なんか俺だけ蚊帳の外だな・・・」
大地の発言に千佳はギロリと大地を睨んだ。この気まずい空気は続くだろうが忘れっぽい千佳のことなので1週間くらいでもどると思われる。
「なにはともあれ応援ありがとう!おかげで当選できました」
白沢先輩は後輩の僕たちに深く頭を下げた。
「姫璃先輩そんな、いいですよ」
「あなたたちならいつでも歓迎だわ、いつでも生徒会室に遊びにいらっしゃい」
「えへへ、じゃあ今度行きます」
千佳が頬を染めていた、千佳も頑張った甲斐である。
「あ、チャイム・・・」
廊下には予鈴が響き渡る、そろそろ次の授業が始まるだろう。
「本当にありがとう!じゃあね!」
「「おめでとうございます、会長!」」
副会長は会長になった。




