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8月上旬の夏祭り

 8月上旬、今日は休日だがそもそも夏休みの僕には関係ない。しかしこの休日はちょっとだけ特別だ。なぜならば今日は松野宮市での最大のお祭り、その名も松野宮祭りである。名前に捻りなんて一つもない、しかしその捻りのない名前がむしろ何やら巨大そうな祭りであることを物語る。

しかし僕、相井進はこの祭りに参加する予定はなかった、なぜならこの祭りはだいぶ人が来るからだ。子供の頃は何度か行ったことがあるがピーク時には人ですしずめ状態になるこの祭りに好んでいくような勇気は僕にはない。しかしそんな僕を松野宮祭りに駆り出す要因が僕のバイト先の仲間にあった。

「相井さん、少しお願いが・・・」

バイト先の仲間である六倉香苗だった。街中に提灯が飾られる頃、バイトから途中まで一緒に帰る六倉さんが声をかけてきたのだ。

「私のタイヤキ屋を手伝って欲しいのです」

初めて聞いた話だったが六倉さんは商店街のタイヤキ屋の娘だったらしい、僕は商店街の位置は知っているがタイヤキ屋の存在は知らなかった。

 話はこうだった。実家のタイヤキ屋が松野宮祭りに屋台として出店するためそれの手伝いをして欲しいとのことだった。それなりのお金はもらえる、これで二つ返事だ。


 こうして松野宮祭りがやってきた。時刻は午前9時、集合時間の30分前だ。夜には花火大会もあるので基本的に昼間は夜に比べれば人は少ない。しかしやはりお祭り、夜に比べて少ないとは言え、それでも通常の日に比べると人口密度は高かった。六倉さんとの待ち合わせ場所は街中の神社前、鳥居の前で落ち合うことになっていたのだが、鳥居は幅20mほどある巨大なもので鳥居の前といっても駅前の銅像のようにはいかない。今日はお祭りなので人も多く六倉さんを探すのは至難の業だった。といっても僕が早すぎる可能性があるので六倉さんが来ていない可能性もあるが・・・


 結局約束の時間まで六倉さんを発見できなかった。六倉さんは小柄である、千佳よりも10cmばかり背が小さい。以外に頑丈な六倉さん(重そうにしているとはいえジュースの箱を持ち上げる)でも人の波に飲まれてしまっている可能性がある。

「お、電話だ」

発信元は六倉さん、どうやら目視での捜索を諦めたようだ。人混みの中なのでポケットの携帯に取り出すのに若干の時間を要した。通話ボタンをおして雑踏の中でも聞こえるように耳に押し付けた。

『相井さーん!どこですかー!』

電話越しに六倉さんの声と雑踏の声、周りがガヤガヤしていてよく聞き取れない。

『鳥居の足元―!』

この雑踏の中では語尾を伸ばしてハッキリ喋らないと相手に聞こえそうになかった。語尾を伸ばして聞こえやすいように喋る、オウムが喋っているみたいだ。

『あれ?私も鳥居の足下ですよー!』

あれ?っと感じて僕は鳥居の柱をぐるりと一周、六倉さん発見ならず。

『ここですここー!』

どうやら向こう側の柱にいるようだ。よく見るとぴょんぴょんと手首が人の海で跳ねているのが見える。アレが六倉さんだろう。この人ごみの中、よく跳ねられるものだ。

『あ、見えましたー!今から向かいまーす!』

六倉さんは納得したのか電話を切った。最後のあたり若干息が切れていたところを見ると結構一生懸命にジャンプしていたようだ。これ以上六倉さんにジャンプさせないためにも早めに彼女のところにたどり着こう・・・そう思った。

「しかし・・・意外と遠いよな」

鳥居の柱から柱まで20m、いつもならすぐにたどり着ける距離だが今日は人の波がある。神社から見て右側は神社から出る波、左側は入る波に自然と分かれている。僕はその波を真横に突っ切ることになるのでかなり大変なのはわかりきっている。しかし僕は行かねばならないのだろう。なんだかお城に閉じ込められているお姫様を救出する気分だ。

「行くしかないよな・・・」

僕は覚悟を決めて波を真横から突撃した。


結果、20mを進むのに5分かかった。

「お、お待たせしました・・・」

「お、お疲れ様です・・・集合場所、鳥居じゃない方が良かったですね・・・」

そうですね・・・と言いたいところだが言わないでおこう。集合場所を指定したのは六倉さんなので気を悪くするかもしれない。

「ところで六倉さん」

「はい?」

僕の問いかけに六倉さんは上目遣いで答えた。人口密度が高いのでどうしても僕と六倉さんの距離はいつもより短くなる。

「浴衣なんですね」

本来、浴衣の知り合いと会った時は最初に指摘するはずの事を2番手に指摘した。六倉さんの浴衣は薄いグリーンに水玉模様でめちゃんこ似合っている。正直“集合場所は鳥居じゃないほうがいい”より前にする感想だが・・・

「六倉さんはお店の手伝いをするのでは?」

タイヤキ屋の屋台を手伝うのに浴衣ではせいぜい看板娘程度にしか役に立たない。六倉さんは看板娘として適任だろう、しかし人が多い上に浴衣姿も多い今日はいくら六倉さんでも目立ちそうにない、しかしなぜ僕は六倉さんが看板娘をやる前提で考えているのだろうか・・・

「いえ、屋台なのでさほど人手はいりませんし・・・」

「え?じゃあ何で僕を誘ったのですか?」

「いや、そのぉ・・・何やら早くお金を稼ぎたいオーラが出ていたので・・・」

「あぁ・・・ハイ」

実は六倉さんには僕が“早く一生分のお金稼いで早く楽に過ごす”という僕の企みを知らない。多分六倉さんは「何か欲しい物があるのかも」とか思っているのだろう。六倉さんはご好意で僕に仕事先を紹介してくれた・・・と言うより仕事を作ってくれたのだ。奨学金生活で家は貧しいだろうに非常にありがたい。そして今更僕の企みを話すことができなくなってしまった。


「お父さん、連れてきたよー」

僕はタイヤキ屋の屋台だと思っていた。

「相井進です、今日はよろしくお願いします・・・」

しかし六倉さんに連れられてやって来た屋台は人形焼きだった。

「君が相井くんか、噂には聞いているよ」

人形焼だった。大事なことなので2度いった。

「あれ?相井さん、どうかしましたか?」

六倉さんが異変に気がついて声をかけてくれる。

「いや、その・・・タイヤキじゃないのかと」

てっきり“タイヤキの屋台”なのかと思ったが正確には“タイヤキ屋の屋台”だった。“タイヤキ屋の運営する人形焼の屋台”だった。

「香苗、言ってなかったのか?」

父親は豆鉄砲を喰らいながら実の娘に質問。

「あ・・・」

娘は忘れていたようだった。

「じゃあ私はお祭りに出かけます~」

逃げるようだ、六倉さんは逃走を選択した。

「行ってら!気をつけろよ!」

親父はサムズアップ、やたら清々しい顔で“ここは俺に任せろ”と言いたげに。案外、娘に弱いタイプの父親のようだ。

「は~い」

そして六倉さんは逃げ・・・お祭りに行った。


 僕の仕事はわりかし簡単だった。というのもいつもは親父さん1人で屋台をしているらしい。つまり基本的に僕はやることがなかった。親父さんはメスを切って出したような仕事を僕に授けた。梱包・・・焼きあがった人形焼を詰める作業だった。

「今日はありがとうございます」

ほぼ無理やり働かせてもらったお礼をすることにした。

「いや、それほどでも」

親父さんは一言だけ返事をすると顔を向けないまま話を続けた。

「さっきにも言ったが君のことは娘から聞いているよ」

「どのように?」

本人には絶対に聞けないことを聞いてみることにした。

「変わっているがいい人」

なるほど納得。


 お昼の時間を少し過ぎてお客さんの姿も少なくなってきた。この屋台は焼きそばやお好み焼きに比べると並ぶようなことは無い。そう考えると気軽に仕事ができた。

「ところで親父さん」

「なんだ?」

僕は今までツッコミしようかどうか悩んでいたことを今突っ込むことにした。

「なぜタイヤキじゃなく人形焼なのですか?」

ここに来てからずっと気になっている疑問、親父さんはカッカと笑ってから

「タイヤキよりも人形焼の方がお祭りっぽいだろ?」

それだけ!?

「それにお祭りの日にはお客さんが取られるんだ、お店には人は来ないしある意味出稼ぎだな」

松野宮祭りは市街地の大通りを封鎖して行われる。商店街とは少し離れているので確かに客足は減るだろう。

「そういえばうちの店長も“祭りの日は暇”とか言っていましたね」

多分店長は今、あの台風の日のような暇地獄に陥っているだろう。

「あー!本当に進がいるー!」

僕と親父さんの会話の中に聞きなれた声が横槍を入れてくる、この声は紛れもなかった。

「千佳、何しに来た・・・」

「何しに来たってご挨拶だなぁもう」

千佳の後ろには六倉さんがいて控えめに手を振っていた。千佳も今日は浴衣だ。赤に近いオレンジの浴衣で大きめの花柄だった。オレンジというあたりがなんか千佳っぽい。

「とりあえず進、人形焼2パック」

「おぅ」

僕はお金を受け取って人形焼を千佳と六倉さんそれぞれに渡した。そういえば六倉さんは自分の家の屋台なのにタダにはならないのだろうか・・・

「千佳が松野宮祭りに出向くなんて珍しいな」

「そういう進もだよ」

千佳は一見すると活発女子だがその割に省エネを心がけるので行動力は低い。そんな千佳が人ごみだらけの松野宮祭りに出向くことはもちろんない。実は昔、僕と千佳で松野宮祭りに行ったことがあるのだがその時はお互いに疲れきってしまい「「もういいや」」と意思疎通をしたのであった。

「今年は香苗ちゃんがいるからねー」

「あはは・・・」

親の前で千佳がそんなことを言うものだから六倉さんの顔はすぐに焼きあがった。人形焼の顔みたいだ。

「じゃあお父さん、また行ってくるね」

そして六倉さんは本日2度目の逃走を図ることにした。

「おじさん、進、ありがとー」

2人は再び人ごみの中に消えていった。

「こういうのもなんだが香苗は引っ込み思案の人見知りに育ってしまってな」

2人が見えなくなったことを確認してから親父さんが語り始める。六倉さんが引っ込み思案の人見知り、初めて僕が六倉さんにあった時の印象そのものだった。

「でも感謝しているよ。君や千佳ちゃんに出会って変わったみたいだ」

「良かったですね」

「ああ!」

こっちまで焼きあがりそうになった。

「しかし別にお金を払っていかなくても良かったのだが・・・娘なのだから・・・」

そのあとにボソっと親父さん、やはり六倉さんには娘特典があったようだった。

「もしかして親父として認めてもらってない!?」

「エッいや、そんなことは・・・」

親父さんのテンションは少し下がってしまった。


 空はオレンジ時間は夕刻、メインの花火大会までもう少しといった時間になった。この時間帯は花火を見るためにいい場所を取ろうと大勢の人がやって来る、つまりこの時間帯は書き入れ時なのだ。さすがにこの時間帯は忙しく僕は人形焼を詰める作業に明け暮れていた。

「お、花火の音が聞こえてきましたね」

花火の花は見えないが音だけはビルにこだましてよく聴き取ることができた。僕が今いるところは市街地だが花火は川の方でもちろん河川敷も屋台でいっぱいだ。今頃河川敷は人で溢れているだろう、しかしビルが多く花火の見えない市街地は人並みさったところである。

「こっちはひと段落だな」

親父さんがそんなことをいったところで浴衣姿の来客、ではなかった。

「ただいまー」

六倉さんだった。

「あれ六倉さん、千佳は?」

六倉さんは単騎で行動していた。確か出かけることには一緒にいたような気がするが。

「人ごみが嫌だとかで夕方の前には帰りました」

妙に納得する僕がいた。結局千佳は千佳だった。さすが千佳だ、何年経ってもブレない。

「相井くん、そろそろ上がってもいいよ」

「はい?もうですか」

「波過ぎたからね、せっかくの祭りだから楽しんだら?」

「どうです、河川敷まで」

親父さんから「一緒に行って来い」オーラがする。察しろと・・・

「じゃあお言葉に甘えます」


 市街地から歩いてしばらく、ここはちょうど花火スポットの定番の場所。人は多いので静かに見ることはできないがしばらくお祭りに出向いていない僕は全く穴場を知らなかった。そして六倉さんも穴場を知らない。結局2人並んでたどり着いたのは大道スポットだった。

「人、多いっすね・・・」

「しかも出向くのが遅かったので後ろの方です」

ちょっと、残念

「でも街の中よりはずっと見えやすいです」

人ごみと川の向こうに大きな音が複数、スターマインによる連続花火があたりを赤や青、オレンジにと順番に染めていた。

「・・・・やっぱり出るの遅かったみたいです」

さっきまで喧しいくらいに音を出し、眩しいくらいに光を出していた夜空は月と星を静かに光らせるだけになった。

「もう終わりか・・・」

2人揃って月とにらめっこ、諦めかけて視線を地上に戻そうとしたときに空に一筋の光が地上から空へ登っていった。

「「あ・・・」」

本日最後の花火はそれはそれは大きなものだった。周りからは拍手がパチパチと聞こえてくる。

「今度こそ終わりですね」

「もう不意打ちは勘弁してもらいたいです」

周囲の人の動きが激しくなってくる。みんなもう帰り支度だった。


「そういえば相井さんはどうしてバイトを?」

帰り際に六倉さんが少し歩調を速めて顔をこちらに向けてきた。前を向いていないと危ないような気もするが・・・

「早く楽したいからです」

「楽?」

「早く一生分のお金を稼いでその分楽に暮らす、それが目的です」

笑うかなと思っていたが六倉さんは案の定、笑っていた。

「なんだか相井さんらしいです」

「親父さんから聞きましたよ、”変わっている人”と聞いたって」

本当は“変わっているがいい人”なのだが後半は恥ずかしいので伏せておくことにした。

「言っちゃいましたか・・・あらら」

「六倉さんも大変ですね、バイト」

「一緒の仕事先じゃないですか」

しかし馬鹿らしい目的の僕と六倉さんは違う、六倉さんは奨学生、家計も厳しいものだろう。アルバイトもきっと家計を助けるためだ。

「まあそれに、月々の携帯代とお小遣いくらいしか稼いでないし・・・」

「え・・・?」

「どうしました?」

あれ、想像と違うような・・・

「もしかして私が奨学生だから大変だとか思っていませんでした?」

図星だ!

「言っておきますけど食うのに困るまで大変じゃないですよ!私の稼ぎは100%私が使ってますし」

「はははは・・・なんだかお互いに全然知らないままでしたね」

「ふふ、確かに相井さんのバイトの理由なんて初めて知りました」

僕と六倉さんはそのままどうでもいい事を喋りながら親父さんのところまで帰った。六倉さんとは一緒のバイト先で働く仲間だが知らないことがたくさんあるということを思い知らされる一日になった。しかしこの一日でお互いがお互いのことを知る日になったと思う、このことは素直に嬉しかった。

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