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八話



 昴は波打つ黒髪をかるく揺らして私達の方に近づいてくる。愛美と陽菜の腕を掴み、自分の後ろに来させると私とシュアを親の敵という様な憎しみのこもった眼で睨みつける。

 実の兄にこんな風に睨まれるのは悲しい。昴に危害を加えるつもりなど全く無いのに。

「悪の魔法使い! あの子をどこにやった! 殺したのか!?」

「アンドロイドの事ね。廃棄処分にはしていないわ」

「どうしたんだよ!」

「十時頃に来る事になっているわ」

 昨日の夜、あのアンドロイドを引き取るように手続きをした。マスター登録というアンドロイド所有者として政府に申請し、前のマスターの個人情報を完全に消去して貰っている。十時頃には、あのアンドロイドが来る事になっていた。

 アンドロイド一体は新車が三台買えるだけのお金がかかる。中古品の旧型なので半額以下で引き取る事が出来たが、痛い出費だ。貯蓄はそれなりにあるので、昴に嫌われるよりはずっといい。

「どういう意味だよ」

「あの子を殺さないように引き取ったの」

「本当か?」

 疑り深い目で私を見る。昴は父似のはっきりとした二重だ。私も同じ父譲りのはっきりとした二重。やっぱり兄妹だなっと思う。

「ええ、安心して」

「まだ、あの子の無事を確認していないから、信用は出来ない」

「昴、疑り深いよ」

「そうだよ、私達見てたけど、ちゃんとアーネさん引き取るように、って話し合いをしていたよ」

 しまった。ずっと愛美と陽菜には私の行動が映し出されるように、映像装置を渡していた。シュアとの会話も聞いていたのなら、私が昴を見て兄と言ったのを聞いていたはずだ。と言う事は、私が彩音だと二人にばれているかもしれない。

 もう、日本に戻る気の無い私は、三人に正体をばらすつもりはなかった。


 二人が気付いていると言う事は後で確認をしてみる事にする。

そうこうしている間に、シュアが仕事に行く時間になり、私達は荒れ果てたリビングの片づけをする事にした。

 この惨事を愛美と陽菜が起こした小火が原因だと知ると昴は謝ってきた。今は少し、混乱して動言がおかしい兄だけど、普通は面倒見のいい頼れる兄なのだ。

 四人で消火剤まみれのリビングを片づけていると、私に一通のメールが届いた。

 中を見ると、衝撃的なものが書かれている。

 昴達が防犯カメラなど施設を破壊した請求書が私の所に送られてきた。三人を引き取ると施設に連絡を入れた時に親族だとばらしたので、保護者の私に請求が廻って来たのだろう。額が凄い、私のお給料六カ月分ぐらいある。これでも、特別事故処理班は政府のエリートが集う場所で、お給料も一般の倍は貰っている。その六カ月分。痛い。痛すぎる。アンドロイドの出費も痛かったが、この出費も痛い。

 頭痛がしてきた。貯蓄はあるから、生活に困る事はないけれど、昴達には破壊行為は絶対にしてはいけないと教えよう。これ以上何か壊したら、私の貯蓄がゼロになりかねない。



 玄関のチャイムが鳴り、ブレスレットを操り手のひらほどのモニターを空中に呼びだす。映し出されたのは紫色の瞳に、ふわふわと波打栗色の髪を持つ少女。

 アンドロイド、マールベル‐8628だ。

「来たようね」

「あの子だ!」

 昴の行動が一番早かった。リビングを飛び出して玄関に向かう。愛美と陽菜は出遅れた感じで私を見ていた。二人に一緒に来るようにいい、マールベル‐8628を迎えに行く。

 玄関では、昴が嬉しそうにマールベル‐8628の手を握っていた。

「マスター! 不束者ですが今日より宜しくお願い申し上げます!」

 昴の手を振り払い、私を見るとその場に正座して頭を下げた。

 ……あれ? なんか、性格設定普通の子にしたはずなのに、少しずれた子が出来てきた気がする。

 昴の視線が痛い。私がマスター登録したんだから、私を一番にするのはシステム上仕方がない事なのだ。だから、そんな目で見ないで欲しい。

「洗脳したのか……」

 あの時昴の後ろに隠れて震えていたのに、私を見てお辞儀までするのだから疑われても仕方がないかもしれないが、洗脳ではない。

「違う、この屋敷にいられるようにしたから感謝されているのだと思うわ」

 昴の前で、システムの話をしても通じないだろうしデータを、入れ替えたと言えば、本当に洗脳していると言われかねない。

 だから黙っておく。

「宜しく頼むわ。マールベル‐8628……。製品番号じゃ色気がないわね。昴、名前を付けてあげて」

「マールベルが名前じゃないの?」

「違うわ」

 前のマスターが付けた名前があるだろうが、データを消去しているので今は名前がない。この名前を付けると言う行為は、アンドロイドのマスター登録者の大切な役目でもある。

 未だ頭を下げたまま、反応を示さないマールベル‐8628を見て昴は膝をつき、肩に手を置く。顔を上げてと、優しく笑う。私には一度もまだ笑いかけてくれていないのに、と少しだけ、マールベル‐8628に嫉妬してしまう。


「アヤメって呼んでも良いかな? 君の瞳が綺麗な紫色だろう。だから菖蒲の花から名前を取ってアヤメ」

 菖蒲の花。お母さんが好きだった花だ。庭に菖蒲の花が植えてあり六月ごろには、紫色の菖蒲は咲いて綺麗だった。

「良い名前ね。今日から貴女はアヤメよ」

 アヤメは可愛らしく笑う。栗色のふわふわとした長い髪を揺らして、立ち上がるともう一度頭を下げた。

「はい。有難う御座います」


 それから、アヤメは後ろから鞄を差し出して自分の整備品と充電器を出して取り扱いなどの説明を始めた。昴が本当にアンドロイドなんだとちょっとショックを受けている様子だったが、現実は早めに分かって貰った方がいい。

 来て早速だが、アヤメには三人の子守りを担当してもらう事にした。三人と一緒にリビングの掃除をして貰う。だいたい片付いたら、リホーム会社にきてもらい、リビングを綺麗に整えよう。

 その費用はもちろん私が出すのだが、一体いくらになるのか考えただけで恐い。



 アヤメの働きぶりは好調だ。三人と一緒にリビングの掃除を確りしてくれている。やり方が違えば丁寧に教えて、可愛らしい笑みを絶やさない。アンドロイドを持った事はなかったけれど、一家に一台とうたっているのが良く分かるかもしれない。こんな風に、掃除も子守りも確りしてくれるアンドロイドがいれば、便利だろう。

 でも、頼り過ぎて仕事しか出来ないと言う人が増えているらしいので、料理ぐらいは私が作ろうと思う。



 昼を過ぎ私は仕事に行く時間になった。今日は帰りが遅いかもしれない。その事を三人とアヤメに伝えて、屋敷から出ないように再三注意しアヤメにも三人の子守りを確りするように頼んで出勤した。


 アンドロイドの瞳には、映像を転送するシステムがついている。離れた所にいても、これで三人の様子を確認できるので、何かあった時は対処が出来るはずだ。

 


 特別事故処理班につくと、午前出来なかった分の仕事が溜まっていた。事故処理班は通称、事務処理班。事故が起きた時の状況や、今後起きない為にどうするべきか、対策方法を考えて書類として提出するのも仕事の一部だ。出動する事よりも、事務作業で机に向かっている時間の方がよほど長い。

 昴達を日本に帰す為に渡りをしてきた時の数値を、計算すると言う大切な仕事もある。少しでも、数値を間違えば、三人は歪から出る事が出来なくなる。だから確りと、集中して計算に取りかかた。


 周りの人が帰り始めて、時計が八時を回った頃やっとひと段落した。私もそろそろ帰ろうと仕度を始めた時、ブレスレットから通信が入る。

「屋敷に不審者が侵入しています。マスターどうしましょう?」

 屋敷に侵入できるとはタダものではない。シュアが不審者対策としてありとあらゆる防犯システムを屋敷の周辺に設置しているからだ。

「警護官に連絡を入れるわ。三人は無事?」

「はい。まだ、不審者と接触はしていません」

 私はアヤメに屋敷の地図を転送して、防犯用のシステムを起動させる。

「三人を地下室の隠し部屋に入れて。接触させないで」

「はい」

「シュアはまだ帰ってきていないの?」

「帰宅されていません」

 アヤメの瞳から映像が送られてくる。昴達三人はリビングの片づけを真面目にしているのが映し出される。まだ、三人共、侵入者がいる事に気が付いていない様だ。アヤメが、三人を地下室の隠し部屋に誘導を開始する。三人を怯えさせないように、掃除道具を取りに行くのを手伝ってほしいと三人に伝えて、連れて行く。

 私はその映像を見ながら、屋敷の防犯カメラを確認する。防犯システムの起動がおかしい。

 正常に起動出来たのだ。屋敷に侵入してくる者の人ならば、システムをハックや妨害していていいはずなのに。それとも、わざと防犯システム普通に起動させる様にしたのだろうか。

 シュアに連絡すると、彼にも連絡が行っていたようで自分の作ったシステムをくぐりぬけて侵入してきた人がいる事にご立腹のようだった。彼も直ぐに帰宅すると言い私も、直ぐに帰宅する事にした。

非常事態なので、特別事故処理班の緊急車両を借りられるように上司頼むと、快く貸してくれた。警護官だけでは心細いだろうと、職場にまだ残っていた一班の尖鋭達も一緒について来てくれる事になった。


 三人が無事でいる事を祈りながら私は帰宅を急いだ。




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